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Keep her steady? /「港」として読む『さざなみはいつも凡庸な音がする』考察

 ノクチルは、いま、どこにいるんだろう。

 夏が消え去りつつある8月31日、ノクチルの新イベント『さざなみはいつも凡庸な音がする』が始まった。その前日にはノクチルのTwitter企画が行われており、シャニPたちは「ノクチル熱」なるものをクライマックスに高めていた。言わずもがな、僕もその一人だった。

 振り返ると、ノクチルは2020年に3月にその存在が公表され、4月より実装。初めてのイベント『天塵』では生配信で歌わない決断をしたり、次のイベント『海へ出るつもりじゃなかったし』では地上波番組の出演を休養が理由で断ったり、とシャニマス世界のファンはもちろん、Pたちからも賛否を集める存在だった。

 そんなノクチルの新イベント『さざなみはいつも凡庸な音がする』(以下、『さざなみ』)。僕は初読時、よく分からなかった。

 まさにタイトル通り「凡庸」。

 web番組が開催するファンの投票によって選ばれたお寺での修行をこなしていく姿が淡々と描かれていく様子は、今までのノクチルとは明らかに違うモノを感じた。

 ノクチルは、いま、どこにいるんだろう?

 それを考えたくて、筆を執った。

ひとあじ異なる「旅」のモチーフ

 【円香】「どこ、行くの。私たち」(天塵)

 ノクチルの物語は、円香の問いかけから始まる。幼い頃、円香は旅行に行こうと言い出した透に対して、同じように「どこに行くの?」と尋ね、透は「海に行こう」と一言。それは円香にとっては皮肉なことに、高校生になった今、透を先頭に彼女たち4人組は「アイドル」になり、漠然とした行き先しか分からないまま走り出し始める構図の下敷きになっている。あらゆる不安がこの一言には集約されている。

 他のアイドルも同様に、「旅」ということはできる。しかし、ノクチルが一線を画すのは、

スタート地点とゴールの立て方が
全く異なる点にある。

 他のアイドル・ユニットには、理想の姿や目的がコミュの中で見え隠れしている。一方で、ノクチルにはそれがない。アイドルを始めた動機が「みんなと一緒にいたいから」で、目的は曖昧だ。そして、それに伴いスタート地点も違う。いわば、他のアイドルが目的地に向かって漂う「海上」での物語を中心に描いているのに対して、ノクチルは…

海に行くまでの過程(天塵)

なんやかんや海に出てしまって
(海へ出るつもりはなかったし)

目的地がはっきりと見えないから
しばらく停泊しようか
(さざなみはいつも凡庸な音がする)

というイメージ。

 『さざなみ』は、港での物語。だから、浮き沈みが無いんだ。それが今回の解釈の土台になる。

ここまでの「旅」は、どうだった?

 とは言っても、全く動いていないわけではない。『さざなみ』は「ノクチル」というクルーが、ここまでの船旅でどんな波に揉まれ、どんな景色を見てきたのか、それを振り返ろうという意図があるように思えた。

 その中で、ノクチルが出会った一番大きな波が「世間」ではないか。そもそも、今回のweb番組の内容決定も、「成長」を題材にした企画であることから、世間は彼女たちに「成長」を求めていることが分かる。

 それは致し方無いことかもしれない。今まで為してきた所業の数々を見ると、「突拍子もないことをする、世間知らずな幼馴染」というイメージは拭えない。

 『天塵』の時は、「なめるな、頑張ってない、覚悟がない」とツイスタで書かれたり、『海へ出るつもりはなかったし』の時は、控室で気を使えず他のアイドルに注意をされたり。他にも様々な場面で注意されることが多かったユニットだ。

 そんな中、偶然Pと番組ディレクターの会話を聞いた4人は、「世間」と対峙することになる。

 いや、果たして4人とも相対していたのか?

 会話を耳にしてしまった時、透はあくびをしていたし、雛菜は少し気にする素振りを見せたけれどいつもの調子だ。ただし、小糸ちゃんはそれを真剣に捉えて、それを円香が心配そうに見ている。

※少し複雑になるから取り上げなかったが、ここで雛菜をどう考えるかは、とても重要な気がする。言葉通りに彼女を考えるか、それとも言葉の裏を読むか

 また、スタンスの違いがはっきりと分かれるのが、掃除の際のグループだ。透と雛菜がお寺の掃除で、円香と小糸ちゃんが海岸の掃除。

 透と雛菜は平常運転すぎるくらいいつも通り。その一方で、小糸ちゃんは面白いかどうかを終始気にしているようで、円香がそれを優しくフォローする。

 つまり、本コミュは、「世間」という大きな波に対するノクチルメンバーのスタンスの違いを明らかにしていた側面がある。

「世間」の波に対して、彼女たちは…

①いつだって、透は

 それぞれの立場から考えてみる。アイドルになるきっかけを作ったのは透なんだけれど、透自身にアイドルとして明確なゴールがあるわけではない。「世間」の波を含めて漠然と海上を漂っているだけであり、今回のコミュ内でも一番の無関心を決め込んでいる。いわば、

世間の波?なにそれ、美味しいの?

って感じだろうか。

➁「世間」さえ貫く、雛菜の強さ

 次に雛菜。きっと多くの人が胸に打たれただろうこのセリフが最も象徴的だった。

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これぞ、雛菜哲学!この核心を突いてくる感、堪らない…。マジで雛菜Pで良かったと思える瞬間である。「成長」という言葉が賞賛される現代社会、この言葉に救われる人間、きっとたくさんいるんだろうな。やっぱり僕の担当アイドルは最強である。

 閑話休題。つまり、雛菜のスタンスは、

波を無視して自分が進みやすい
もしくは進みたい方向に進もう

という感じだろうか。「世間」なんてモノは気にせず、自分のことを「すき」と言ってくれる人を信じて、また自分がなりたい像を願って、アイドル楽しもうよ。とても美しく、そして同時に残酷なことを言う。これを平然と言いのける所に雛菜の強さが垣間見える。

③成長は、小さなことの積み重ね

 小糸ちゃんはこの2人とは異なるスタンスを取る。コミュ内で一番「面白い」かどうかを気にしていて、番組のテーマである「成長」にも一番敏感にファンの願いを何か汲み取ろうと必死になっていた。

 そんななか、雛菜に「成長」について説かれ、円香にも「まだ成長しました、とは言ってない」と言われ、小糸ちゃんは気づく。その最後に小糸ちゃんはこうPにお願いする。

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 何様って感じだけど、これ、すごいことが起きてる。小糸ちゃんは3人の後ろに隠れるみたいな描写が多かった気がするけれど、自分の意見をP、そしてノクチルにぶつける。「世間」が求める「成長」と最も闘った彼女は、世間に見えない形で大きく成長していることを僕らに見せつける。

数多の荒波を乗り越え
気づかずうちに大きくなった私

少し強引感あるけれど、小糸ちゃんはこんな感じだろうか。

④結局、円香は…

 本コミュで一番よく見えないのは、円香だ。というよりも、ノクチルというユニットで見たときに、円香は本当に何を考えているのか分からない。非難を覚悟で、また、腹が立った人はぜひ反論してほしいんだけど、円香はノクチルのなかで唯一「停滞」を望んでいるように見えた。

 結局、円香の一番の目的は、みんなと一緒にいること。一見、冷淡だけど仲間を思う気持ちは一番強いから、「世間」の波に揉まれて傷つくことを恐れている。だから、後ろ向きな表現が多い。

この波は危険だから
このままこうしてやり過ごそう

 3人が前を歩くのを見ながら、1人リスクヘッジを取る。リスクを取らなければ、4人はずっと平和に幼馴染でいられる。ただ、浅倉をはじめとした3人はどんどんと前に進む。

 「リスクヘッジ」と言えば聞こえは良いけれど、ときに手綱をひっぱる円香のすがたは、僕からすれば「停滞」を望んでいるように見えるのだ。

crewのメタファー

 最終的には『海へ出るつもりじゃなかったし』に出てきた船員のメタファーに集約される。

キャプテン…透
航海士…円香
A.B.船員…雛菜
ボーイ…小糸

 行先を決める「キャプテン」透を、「熟練船員(A.B.)」として雛菜が引っ張る。「ボーイ」の小糸ちゃんが皆を支えながら成長し、「航海士」の円香がリスクヘッジを取りながら漠然とした目的地へと最適な道順をきめていく。

『ノクチル号』はこれから何処へ向かうのか?

 では、4人をcrewとした『ノクチル号』は港を出ていずこへ向かうのか?『Landing Point編』がもうすぐ実装され、アルバムもそれに合わせる形で公開されるだろう。これから、大きな波にぶつかることは必至ではないか。

「さよなら、透明だった僕たち」

 ノクチルのユニットコンセプト。僕はノクチルの主題は「喪失」だと考えている。透を追いかけてきたつもりが、深くて広大なアイドル業界という「海」に出てしまい、いまはたくさんの荒波に揉まれている最中だ。

 Pとの関係性のなかで、アイドルとして帆を進めている。同じ船に乗っていたのだけど、いつの間にかそれぞれが違う帆を張り、異なる方向を向いている。そう、この船旅の終着地は「喪失」なんだ。幼馴染という関係性の儚さと、10代特有の青さの刹那性を、ノクチルから読み取ろうとしていた。そしてその見方は、いまでも変わっていない。

 ただ、改めて本コミュでノクチルの船旅を概観したとき、4人が天高く張った帆は、たとえ4人がばらばらな方向に進んだとしても、一つの集合地として機能するのではないかと、思った。4人が強く、自分の「アイドル像」なるものを追い求めた先で、さらに絆を深める。

 つまり…

「喪失」の先にある「何か」を
僕はこの船旅のなかに読みたくなった。

 船旅の先に待つのは悲劇か、喜劇か?ますます、ノクチルのこれからが楽しみだ。

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