高学歴良佳(こうがくれきよしよし)<掌小説>


「何だ何だ、あの郵便受けの書き方。氏名表示は」
長男がいきなり煙巻いた。ドタバタと大股歩きで居間に来る。
「何だって、家族のフル・ネームじゃないか」
同じ目鼻が、驚いている。もはや挨拶もないらしい。
夫と長男は、そっくりなのだ。

2男1女。
それぞれ独立しているけれど、皆々我が家と近い所に住んでいる。
長男は40、次男35、長女は今年30歳。偶然なのか、或いは何かを企んでいるのか、3人揃って近いのだ。歩いて10分、15分。自転車を使えばもっと短い。
何だかんだとちょこちょこ来ては、2時間ぐらいいる。毎月2回ぐらいは、誰かが来る。
「ったくなぁ。いいトシこいて実家ばかりに来るなよなぁ」
口ではいいつつ、いつも夫はにこやかだ。

長男が淹れてくれたコーヒーを目の前に、お土産のケーキを食べながら、2人の会話をわたしは聞く。そっくりな2人の目鼻立ちが、目の前で動き、喋るのを見るのは、面白い。
40も年の離れた双子のショーを見ているようだ。
「気がつかない?ママ」
「さぁ?郵便受けが突然、三角形になってるとか」
「あはははは。ぐふっ」
笑った途端(とたん)軽く夫が咽(むせ)返る。
「大丈夫か?パパ?」
「なぁ~んてね、嘘だよぉ~ん!」
80にもなり、こんな事を夫はするのだ。軽く100まで生きるだろう。

「何がヘンかっていうとねぇ」
気を取り直した長男が、二杯目のコーヒーを注ぎながら、指摘する。
「高学歴良佳(こうがくれきよしよし)じゃん、漢文方式だと。レ点だか返り点だかをつけて読むと、なるわいな。ウチの表札にある家族の名前」
「あっ」
夫と同時に呟いた。頭の中で思う。

良(りょう・夫) 佳子(よしこ・わたし)
高(たかし・長男) 学(まなぶ・次男) 歴子(つぐこ・長女) 

<高学歴良佳(こうがくれきよしよし)>
確かになる。読めてしまう。
全くの偶々(たまたま)、偶然である。
子供達には悪いけど、命名に理由もない。長男も次男も、パッと思い浮かんだのを夫が命名。長女の時は、歴史ドラマを一家で見ていたので、そこからわたしが命名しただけだ。

「読み方だけみれば、どんな高級志向、エリートなんだと思われるじゃん」「だよな」
ケーキの欠片を口端につけたまま、夫が頷いた。
「中学歴良佳(ちゅうがくれきよしよし)でいいよ、ウチは」
「そうよね」
コーヒーを飲みながら、わたしが賛同する。

「合ってないんだよ。今更面倒臭いかも知れないけれど、郵便受けの名前、パパだけにすれば?<加藤良>。カッコいいじゃん!」
「う~ん」ボソッと夫が呟いた。
「高(たか)くんの名前を、中(ちゅう)。中学歴の中と書いて、<あたる>にすれば良かったのかも知れないね」
「えっ?」
そっくりな目鼻が驚いた。
                              <了>
                            








#創作大賞2023

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