他人になりたい~「心的外傷(トラウマ)」からの脱出~「七色いんこ」(手塚治虫著/秋田書店刊)



 「七色いんこ」
しかしわたしが知ったのは、皮肉にも手塚が他界した前後である。
様々な関連書が次々と出版される中で、購入したものの1つだ。
たまたま目についたのが愛蔵版であったから、愛蔵版を買ったけど、文庫版もあろう。
一話完結方式をとっている。
1つ、1つが、演劇史上の名作、良く耳にするものとなっていて、大方のあらすじはちゃんと説明されている。これだけでも、めっけもんだ。

小学生時代~旧制中学時代に夢中になった昆虫採集は、ティーンエイジャー。医学生に近づくに連れ、その対象が今度は演劇と落語へと移った。
特に演劇、「他人になれる」魅力に取りつかれた手塚は、数回、舞台に上がったようだ。ペンキ屋さんとしての出演が最後であったが、それ+盗人。
江戸川乱歩と怪盗ルパンを足したようなキャラクターを生み出し、活躍させた。
曰くが「七色いんこ」である。 

代役専門の舞台役者。
どんなに急な出演依頼、例え稽古期間が1日しかないような場合でも、いんこは完璧にやってのける。関係者の間で、知る人ぞ知る存在である。
が、彼の出演する劇場・劇場で、いつも事件が発生するのだ。
追って、追って、追いまくるにも拘わらずなぜか失敗。
次第、いんこに恋心を抱いている自分に気づき、その都度否定しつつも本音がそこかしに現れる女刑事。
実は、2人には秘密がある。

心的外傷。
「トラウマ」などと昨今、ヤワなカタカナで表現されているけども、本当に表現したいと思うのなら、漢字表記が望ましかろう。
「ブラック・ジャック」にも匹敵する心的外傷が、2人の中の根幹だ。
 
実母の死・すぐに愛人を妻に迎え「金で解決」と言い切る父。
サドまがいの家庭教師。
いんこは、子供の時に背負ったものがあまりにも大きい。
たまたま見つけた衣装を身につけ、適当に喋ったのが心地よかった。こうすればなれる他人(舞台上の登場人物、全然、自分とは立場の違う人)によって、そういうものを克服しようとしたのではあるかいか?
或いは脱出。辛さを忘れようとしていたのではなかろうかと重う。
一見すると、元気いっぱい、行動力だらけのお転婆刑事も(元々、ヤンキー。スケバンだった)弱みがあって、過去がある。

演劇ガイド&ドタバタしながら、時にはしっとり進む恋愛劇。
玉ザブロー。半ば押し掛け弟子のような愛犬(かなぁ?)も、物語の導き役として、ちゃんと読者を誘ってくれる。
「1粒で2度おいしい」ならぬ「1つの話に2つの劇」
さすがは天才、手塚治虫と感激する次第である。 

<了>

#創作大賞2023

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