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創作

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愛をくれ(創作大賞2024応募作品)

愛をくれ(創作大賞2024応募作品)

直子との水曜日の定例会は、その日でちょうど一ヶ月目だった。
代官山の、マスカルポーネを使ったチーズスフレの美味しいテラスカフェに、週のうちの水曜だけ、二人で集まることにしていた。
直子も私も既婚で、直子は子供がいたが私には子供がいなかった。直子の子供は幼稚園の年少組になったばかりで、母親同士での井戸端会議やら幼稚園教諭の教育への意見交換会やら、何かと細々したことで毎日を忙しくしている。直子は専業主

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枯日海

枯日海

電車の中から海が見えた。さびしそうな顔をしていた。灯台の光は真昼の中で行き場を失っていた。そもそも光っているのかすらも分からなかった。薄ら白んでいる光景を見て、それから母を見た。母は眠っていた。健やかな寝顔の中に、あの日、私が見た影の名残がまだ少し残っていた。ふと、母の肩に身を預けたくなった。それでも私はまだきっぱり、母に全体重をかけることが出来なかった。
半分だけ母のほうに預けた私自身が、水平方

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オリジナル掌編「腕化粧」

オリジナル掌編「腕化粧」

ベビーパウダーの匂いは、おしろい花から摂っているのよ。

誰かの子どもじみた迷信のようなものを今さら反芻などしてみながら、私は自分の腕に念入りに粉をはたいた。きめ細かくなった毛穴は緩慢に粉を吸収し、けだるげに香る。
ゲストルームの鍵はすぐそこ、直前まで化粧直しが出来るように準備したメイクポーチの隣にある。今日、会う男の情報は最低限しか知らなかった。私と同じ三十代、それだけだ。鏡台にこびりついた化粧

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BYAKU-DAN

BYAKU-DAN

「私」こと本条祥子は、何事にも一喜一憂せず、人生の一大イベントである結婚式にもどこか上の空。飾り気がないドレスを結婚式用に選んだ彼女は、駅ビルの階段を下りた先の踊り場でミステリアスな女と出会う。彼女は今日、愛人の葬式に行ってきたという話を「私」に語り出すのだった。

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東京駅のあの大きな鈴って、世界に何かあった時には鳴るものなのかしら。待ち合わせをしているわけでもなく、通りが

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