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可愛いあの人に。【15作目】「短編」

チョコの匂いが街を覆っている。
休日だからか人も多い。
心做しか今日はいつもよりも
男女の2人組が多い気がする。
そんな見せ付けるように街を闊歩しなくても
幸せなのは充分に伝わってくる。
多分そういう相手がいることを
僕らのような人間に見せつけたいんだ。
うん、そうに違いない。
当然、僕にはそんな相手はいない。
今まで16年間生きてきて、
1度もいたことはない。
欲しくないわけでも、
男が好きなわけでもない。
ただ、女子と話すのが
少し苦手なだけだ。

人の群れを縫って、
ようやく路地の目的地に着いた。
3ヶ月前に見つけた、僕の憩いの場所。
ひっそりと身を隠すように佇む、
いかにも良いコーヒーを出しそうな喫茶店。
まあ僕はコーヒーを飲めないんだけど。

「いらっしゃいませー!!」

軋むドアを開けるのと同時に、
どことなく厳かな店内の雰囲気とは
対称的な、ハツラツとした声が響く。
いつものように満面の笑みで
彼女が出迎えてくれた。
珍しくマスターも他の客もいないようだ。
彼女に軽く会釈をして、
窓際のカウンターに腰掛ける。

彼女は「佐藤さん」というらしい。
ここの看板娘で、
歳は多分僕と同じくらい。
綺麗に肩で切り揃えられている髪。
話さなければお淑やかに見える顔。
それなのに人懐っこい性格と笑った顔。
絶対言えないけど、めちゃくちゃタイプだ。
正直、彼女に会いたくて週に2回
来てると言っても過言ではない。
でも、そんなことを悟られたくなくて
いつも1番遠いこの席に来る。
本当は目の前のカウンターに座りたいけど、
僕にはそんな度胸もコミュ力もない。
そんな自分の不甲斐なさから目を背けたくて
目の前を流れる川を眺める。

「どうぞ!いつものです!」

心臓が止まるかと思った。
右を向くとにこやかに笑う彼女と
緑に輝くメロンソーダが目の前にあった。
不意に声をかけられたことと、
彼女との距離の近さに2度驚いた。

「あ、ありがとうございます。」

つい、どもってしまった。
めちゃくちゃダサい。
リア充はこういう時も、
スマートに受け答えするんだろうな。
また1人の世界に入ろうとしていると
ふと違和感があった。
右を向くとまだ彼女がいた。

「あと、これ良かったら飲んでみてください!」

見ると、コーヒーのような物だ。

「あ、すみません…僕コーヒー…苦手…なんです。」

また情けない声で対応してしまった。
でも、あの苦さはどうにも苦手だ。
せっかく彼女が作ってくれたけど、
飲まない方が傷付けてしまいそうで、
苦渋の選択の末、断った。

「そうだと思いました!なのでチョコレートモカっていう
コーヒーっぽくないのを作ってみました!
いつも来てくれるサービスなので飲めなかったら残しちゃって全然大丈夫です!」

彼女は顔を赤くしながら早口に説明して、
それを置いて去ってしまった。
これは僕の思っているコーヒーとは
似て非なる物のようだ。
僕が無知なせいで
怒らせてしまったかもしれない。
どうしようもなく不安が募っていく。
せっかくの親切を断ろうとしてしまった。
僕はなんて馬鹿なんだろう。
今回ばかりは逃げずに、
ちゃんと向き合わないとダメだ。
意気地無しな僕なりの勇気を振り絞る。
貰ったコーヒーもどきを飲み干す。
緊張で味がしなかったけど、
鼻に甘い香りが抜ける。
そのままの勢いで彼女に伝えに行く。

「さっきはごめんなさい。
初めてコーヒーの物を全部飲めました。
本当に美味しかったです。ありがとうございました。」

噛まずに言えていたかも
定かではなかった。
ただ、ちゃんと伝えられた。
まだ体が熱い。
ふと彼女に意識を向ける。
また自分のことでいっぱいいっぱいに
なってしまっていたことに少し後悔をした。
彼女はまだ顔が赤かったし、
どこか不服そうな気もしたけど、
今までに見た事のないほどの笑顔をしていた。

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