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2023年2月の記事一覧

影

「写真とか、やめてくださらない?」

用事があってでかけていった市役所の前で猫をみつけてかばんの中からカメラを取り出していると、どこからか声がした。
「え?」
しかし振り向いても、前に向き直しても右にも左にも人の姿は見当たらなかった。
喫茶店の入り口の横に置かれたプランターの後ろからひょっこりと顔をのぞかせて、じっとこちらを見上げていた猫と目が合った。
カメラのレンズからキャップをはずすと、
「だ

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春の夜

春の夜

コツコツ コツコツと足音が、暗闇の中から私をみつめるようについてきていた。

「またか…」
足音はそうやって私の背後に時々現れた。
気にはなるけれど振り向く勇気もなく、カチカチに力の入った膝でぎこちなく早歩きしているうちに、いつのまにかその音は闇の中に紛れて消えた。
ほっとして歩き出した私の背中を車のヘッドライトが照らした。私の前にすぅーっと伸びる影は私の歩調に合わせてゆらゆらとゆれた。
なんとな

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境界線

境界線

その日は確かに不思議だった。
小脇温め担当の小さな湯たんぽがなぜだか朝にはいつになく余所余所しかった。

100円ショップの湯たんぽに期待をしていいものか、そんなもんよと指先で笑っておいた方が傷付かずにすむのかの中間で私はゆらゆらとゆれていた。
私の期待とあきらめをちょうど裏切るように毎晩彼(か、彼女)は小脇から肩あたりを温めながら眠るまで、ちゃんと見届けてくれた。
うれしい裏切りだった。
その裏

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ザ・ナッツ

ザ・ナッツ

「見た目はそっくりなのに、中身は全然違うんだね」

10分違いの同じ誕生日のミユとマユ、私たちは双子。
ミユはいつもニコニコしていて周りの人をその笑顔に巻き込んだ。
私はミユのそばで影のようにいつもその様子を見ていた。羨ましいというわけではないけれど、羨ましくないといえば、少し強がりになるのかもしれない。
絵を描けば入賞し、作文を書けば大人に褒められ、陸上大会や水泳大会ではたいてい表彰台に上った。

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