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四半横臥・毒薬未満(掌編)

 少し羽を休ませなさい、どんな風にしてたって君は君なんだから。内蔵。大丈夫だよ。

 むくどりさんが小さな子どもに悪い秘密を打ち明けるみたいな言い方をした。

 石ころ。なぐさめるつもりじゃないんだけれど。緑の底。お願い、そのまま、静かに聞いてくれる? ラフなさみだれ。

 もちろん。むくどりさんが何か聞かせてくれるなら聞いてみたい。網戸を閉じているのにどこからぼくの部屋に入ってきたのか、教えてくれてもいい。いいよ、いいよ、ぼくは快く返事するかわりに肩肘をついて上体を起こした。半横臥になると眠気が和らぎ、わりと長いあいだ気だるく眠りかけていたのだと気付かされて吃驚した。じっさい、浅く眠ってしまっていたのかもしれない。でも足の短いガラスのテーブルへ置きっぱなしにしてたグラスの水は冷たいままだ。氷がまだ溶け切っていない。レースのカーテンは風でひらひらしてる。ビリー・ジョエルの歌が小さなボリュームで無地の壁をつっつくように鳴っている。

 意識はできる? 真っ黒の水晶。もう夜なんだって。紙切れの切れ端の点々。もう夜なんだよ。あんドーナツをつなげたオブジェ。

 そんな風に言われるとなにかだいじな仕事をやり忘れてる気がする。むくどりさんはぼくに冷たくするつもりなのだろうか。もし何かが気に入らないなら仕方がない、でも普通に優しく話してくれと言おうとした。

 まだそのまま、聞いてて。綺麗な半袖の女の子。そのままでいいから考えてみて。膨らませないチューインガム。君は黙ってたって君、それくらいわかるでしょう? 鉄橋の下のカマキリたち。もう夜で、気が付いたら私に耳をかしている。柔らかい新品タオル。それでいい、羽を休ませなさい。ロジスチックな非常灯。ビリー・ジョエルはいいね。暴れ牛のしっぽの煮込み。

 むくどりさんのささやきはさえぎれない。さえぎろうにも、声が出ないみたいだった。ぼくの飲んだ水に何か変な薬剤でも入っていたのかもしれなかった。

 いつも決まって吠える犬。君は、夜から眠る以外の方法で逃げられやしないのよ。ヘイシンを捨てた海辺。眠らなきゃまた向かい合うことになるから。連続する返済期限。羽を休めなさい。白い鉄棒の取り囲み。お願い。戦記のためのグレゴリオ暦。ねえ、せめて君だけでも良い子じゃなきゃ駄目なんだよね。溶岩の欠片の後始末。

 むくどりさんはおそらく催眠術を使ってぼくをおかしくさせようとしている。耳を塞いだ方がよさそうだった。このままだとよくない。まるで助からなくなりそうだ。

 希望ってどんなに素敵か言える? 完璧なスマイル。世界ってどんなに残酷か言える? 乱雑なカルテ。君は全然、悪くない。クリームソーダっぽくうごめく空。君は全然、悪くない。東の砂漠のピンクの雲の広がる絵のついた救急車。きっと洗脳されてただけ。極めて慇懃無礼なセールストーク。

 優しそうな何かの声が悪い夢になることはこれまでにも稀にあった。むくどりさんはぼくの過去の影が少しだけ肥大化したものに過ぎない。必ずやり過ごせる、そうだと思えた頃に突然すごく大きな鐘の音がした。はっとした、と言うか「きゃっ!」って(自分で言うのも何だが)かわいらしい悲鳴が出た。

 普通の朝だ。実に普通だった。窓は空いていない。グラスの水はほんの一口ぶん残っている。そのぬるさがだるいとも感じなかった。むくどりさんはある意味正しくて、意外と大丈夫そうなのだ。汗だくの寝起き、そんなのシャワーを浴びれば一発ですっきりする。部屋の外ではむくどりもカラスも鳴いていない。いや、そこは鳴いててくれてもいいんじゃないか。思わず言いそうになった。

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