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#障害者差別解消法
差別という訳じゃないんです
障害者差別解消法。
平成25年。私は、その法律が制定されたことを、自分とはあまり関係のないこととして聞いていたと思う。
全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する
車椅子の来店を断らないとか、そうだね、そういう国になってほしいよね、と良いニュースとして聞いた。
私がそのニュースを思い出したのは
障害のある男性の自殺は、私とつながっている。
目の前が真っ暗になるニュースだった。
「おかねのけいさんできません」男性自殺 障害の記載「自治会が強要」
毎日新聞 2020年7月31日
障害を持つ子の親として、当然、怒りを覚える。さらしものにされた本人の気持ちを思うと、なんてことをしてくれたんだ、と思う。
「障害があることを皆に説明せよ」と強要したのが事実であるならば、それは責められて当然だ。ネットにもそんなコメントがたくさんあった。
「断られる」というダメージ
「断られる」ことが得意な人なんて、いるんだろうか。
私が若い時、就職活動で落ち続けたときはもちろんのこと、会社員となっても、取引先に「高いな~。無理無理」と言われただけでも「泥棒!」と言われたように落ち込んだし、婚活のようなものをしていた時期も、いつも自分が値踏みされているような感覚があって、アリかナシか判定されていることに(そして、たいていナシと判定されて)疲弊していた。
「断られる」たびに
どうかこの子がぐずりませんように。次の駅に着くまでは。
電車の中で、ぐずる子をあやす親が居ると、何も出来ないけれど、とにかく頑張れ、こちらは気にしないで、と念を送る。もしチャンスがあれば、気付いてもらえるかどうかはさておき、笑顔を送る。
私も、こどもが小さいときの移動はいつも極度に緊張していた。出来ればお腹をいっぱいにして、疲れて眠りそうなタイミングを狙って電車に乗り込む。或いは、車を走らせる。とにかく、子を寝かせたまま移動できれば、こんなに有り難い
おかあさんは無料ではない
知的障害のあるニンタは、四年生。小学生の支援級に在席していて、支援級というのは知的障害、発達障害、身体障害、事情はさまざまだけれど、一年生の時は、たいていは親に付き添われて登校する。
そもそも支援級でなくとも、一年生だから、さあ、一人で歩けと言われてもなかなか厳しいもので、付き添ったり付き添わなかったり、家庭によってまちまちである。
ニンタももちろんそうで、新一年生の頃はランドセルを背負って学