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【書評】千田嘉博『城郭考古学の冒険』

 千田氏の本は好きであり、講演会を聞いたこともあり、書評も書いています。もっと目立つ場所に掲載できたらよかったのですが、諸事情からそうもいきません。またライターとしてもnoteで発信をしなければならず、こちらで掲載させていただきます。

『麒麟がくる』にも生きる城郭考古学

 2020年、『麒麟がくる』の関連番組で千田氏をよく見かけました。城の構造から、信長と光秀の性格や思考の違いを読み解く解説をしていたのです。そうした城の作りから、築城を命じたものの思考回路を読み解いているところが、まさしく城郭考古学の重要な点だと思えます。

 持ち物にせよ、言動にせよ、その人の思考回路や人生経験が見えてきます。
 多目的トイレのことを想像してみてください。普通のトイレよりもずっと広い。このスペースは一体何なのだろう? なんだか無駄だと思いましたか? もしかして、備品やトイレ掃除の道具を収納しようと考えたりはしませんか?
 どうしてそう思うのか? それは車椅子利用者が必要とする回転スペースを想像できないからこそ、そうなってしまいます。今は減りましたが、かつては多目的トイレを物置にしてしまう例が多かったものです。
 どうして多目的トイレの話をしたのか? それは城を見る目にも関係することだと思えるのです。戦闘や権威付けとしての象徴としてだけではなく有事の際に民を守る発想があるか? 家臣領民の心情に寄り添っているのか? そこまで読み解く、そんな城郭考古学のおもしろさが詰まった一冊です。

 『麒麟がくる』では、こうした知見をプロットやセリフにうまく取り入れています。
 帰蝶は、安土城に登ると疲れると光秀相手にこぼします。ならば籠に乗ればよいのか? そういう単純なことでもないのでしょう。登るものの疲労や苦労すら考えず、置き去りにしてどんどん登っていく夫の信長。そんな言動に疲れ果て、危険すら感じる。そんな疲労感が滲む秀逸なセリフでした。
 
 帰蝶すら疲れさせた信長は、安土城を煌びやかにすることに取り憑かれている。安土城を見れば、きっと民も喜ぶはずだ。そう言い出した信長は、自他の区別がつかず、思いやる心を消失した危険性がみて取れます。
 
 光秀は、信長が月に登る夢を見るようになり、本能寺へ向かってゆく。
 見上げるばかりの高い城を作る信長の驕りが、プロットにうまく取り入れられています。城郭から心情まで引き出す。ドラマの理解を深める上でも必読の一冊です。

比較城郭考古学の醍醐味をワールドワイドに考える

 本書は「日本の城」ではなく「城郭考古学」を取り上げているため、他の国の城との比較もしています。
 かつて日本では、日本人独自の築城技術がある前提で進めていました。それは「日本スゴイ!」にも連なる思想でもあるわけでして、そこからの脱却もしていかなければなりません。
 また、西洋と日本を必要以上に結びつける「脱亜入欧」思想も城の研究においてあったと。西洋人がするような工夫をしている日本人は特別であり、優れている。そういう論拠です。ナショナリズムと結びつきかねないこうした論調に、本書は釘を刺しています。

 本書はそうした旧来の誤りを修正し、人類普遍的な城の構造に迫るのです。これぞ最先端であり、あるべき城郭研究だと思いました。そもそも比較なしでは、日本の城郭が持つ特徴だってわからない。和人の城郭だけではない、アイヌや琉球の城郭についても本書は言及があります。

 入り口こそ、いつもの戦国ロマンに迫るものと誘導しつつ、本州を突破し、世界規模まで飛び立ってゆく。そういう発想の広がり方がともかくロマンチック! 城郭を学んでいくと、脳内世界旅行までできてしまう。コロナ時代にこそ必読の一冊と言えます。本書を読むときは、手元に世界のお茶やお菓子があるとよいかもしれませんよ!

城郭の未来についても考える!

 温厚な印象がある千田氏ですが、ものごとについてはっきりとした意見がある方だと思いますこのニュースが出た時、バリアフリーが重要であると述べていて、流石だと思った記憶があります。

◆「大阪城にエレベーターつけたのはミス」安倍首相のスピーチに「バリアフリーの視点は?」と批判相次ぐ https://www.buzzfeed.com/jp/yoshihirokando/nierebetatuketanohamisunosupitinibariahurinohatogu

 遺跡とバリアフリーとは、どうしたって難しい面はあります。けれども、結局そこにあるのは他者への思いやり、配慮なのだとは思います。
 歴史が大好き。戦国時代の小説をたくさん読んでいるけれど、城跡すら登れない。そういう方もいると想像できるかどうか? 
 想像力を駆使することは、過去だけでもなく、未来を見通すこともできる。そんな希望も湧いてきます。千田氏は、観光と城郭の関係性や、バリアフリーについてもきっちりとページを割いて記述しているのです。
 城郭考古学は、過去を明かすだけではなく、未来をも開く。これからも城を愛し、親しみ、保存していくためにも、学ぶことと想像することが大事だと教えてくれます。
 特に奈良県の城についての提言は、ほんとうに勇気があって前向きで、素晴らしいと思いました。
 想像力不足が、どれほど日本の城郭を損ねてきたことか。戊辰戦争のあと、明治新政府は徳川時代との訣別の意味も込めてなのか、城を破壊しました。遊郭に建物が転用された例すらあります。
 そうして壊されたあと、城跡はなまじ敷地が広いだけに利用されてしまう。軍事施設やスポーツ施設が建設してしまい、損傷してしまったこともあるのです。過去の人々が、城についてもっと想像力を働かせていれば、守ろうとしていれば、優しい気持ちがあれば、そうはならなかったかもしれない。私たちは、未来の人々に対して、城を守る義務があるはず。そのためにも、この本を読んで考えられることはたくさんあると思います。城郭だけでなく、歴史そのものや資料の保存についても通じる、そんな優しい心がけを感じました。

 本書は明言しておりませんが、世界的な歴史研究分野で使われつつある、認知革命や心の理論を取り入れているのではないかとも感じたのです。
 心理学を歴史研究に取り入れるのはありかなしか? 実はもう世界的には「あり」になっているとみた。ユヴァル・ノア・ハラリあたりが代表例かと思いますし、ジャレッド・ダイヤモンドも先駆的です。話が逸れますし、千田氏も明確にしていませんので、あくまで私の推察としますが。
 心理学はトンデモなくて、ちゃんとした研究分野です。かつ、脳の研究も進歩している。人間の心理はどう表れるか? どう変わってゆくのか? そういう視点からの研究書が増えているということです。それと同じ香りのようなものがあって、読むだけで頭がスッキリするような気持ちになれました。出歩けない時代にほんとうに救いとなる一冊です。

 いちどそういう目線の本を読んでしまうと、刺激が強いというか、どっぷりハマってしまうのですが。本作にはそういう要素を感じられて、そこが一味違うと感服しました。この濃さが新書で読めるなんて、ちょっと信じられないほど。これは絶対に読むべき一冊だと思う次第です。


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