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n回目の喜びを何度でも

腰を曲げて小さくなった丸い背中が、視線の先にゆらゆらと杖をついて歩いているのが見える。

陽炎のせいではなく、持っている荷物が重すぎるせいだろう。

日中の暑い時間に買い物なんてやめておけばいいのにと思うけれど、きっと彼女にしてみれば習慣のひとつだろうから、外野の人間は黙っているのがいいのだろう。

ゆらゆら揺れている小さな背中はいつも大きなレジ袋をぱんぱんにして3つも担いでいる。

一体どうやってスーパーから3つも背負って歩いているのだろうかと気がしれない。

手元には杖が必須アイテムだし、千住観音さまじゃないんだから手はきっちりふたつしかないはず。

問題はこの急な階段で、ヒビがあちこちに入っていて、いまにも崩れそうな不安定な足場。

手すりも頼りなく錆びれている。

そんな階段を小さな背中はえっちらおっちらと、杖、足元、荷物3つを順番に一生懸命に上げている。

見ないふりをして過ぎ去ることはできるまい。

さっと駆け寄ってひと声かける。

「こんにちは。お荷物、私が上まで運びますね。倒れてはいけませんからゆっくり足元に気をつけて登ってください。」

遠慮されては困るので、なるべく早口で問答無用な雰囲気で畳み掛ける。

「ごめんなさいね、おでかけ帰りで申し訳ないわ。綺麗な洋服には似合わないわ。」

そんなことを言われても、小さな背中が転げ落ちてしまうのを目撃する方が嫌に決まっている。

階段を登りっきたところの角を曲がれば、彼女の大きな庭付きのお屋敷が見える。

いつもその角に荷物を置くように言われる。

今更だが、この状況が初めてというわけではなく、おそらくn回目。

こんなに立派なお屋敷に住んでいるのならお手伝いさんがいてもおかしくないのになと思ってしまう。

母に聞けば、昔は綺麗な着物を仕立てる有名な先生だったそうでお弟子さんが頻繁に出入りしていたそうだ。

いまではすっかり隠居生活で、顔を出しにくるお弟子さんも滅多にいないとのこと。

一人で大きな屋敷に住むなんて寂しい以外のなにものでもないだろう。

会話をすることもなく一日が過ぎていくなんて考えられない。

いまこうして3つの荷物を運ぶために交わした言葉は、彼女にとっては今日初めて発した言葉だったかもしれない。

「ありがとうね、とても助かったわぁ。荷物、重かったでしょう?」

彼女の柔らかな表情に心がふわっと舞い上がる。

たった一言だけでもいい。

誰かに寄り添える喜びが、芽生える瞬間をあなたにも。

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