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銀河フェニックス物語 【恋愛編】  第二話 麻薬王の摘発(まとめ読み)

ティリーとレイターがつきあうことになった<恋愛編>の第二話です
銀河フェニックス物語 総目次 
<恋愛編>第一話「居酒屋の哲学談義」

 不特定多数の女性が大好き、というレイターから
「ティリーさんを特定したんだ。俺の彼女って」なんてことを言われると、顔がにやついてしまうのだけれど、彼は相変わらず女性とみれば誰にでも愛想のいいことを言っている。

 いちいち目くじらを立てるのも馬鹿らしい。
 でも、時には気になることもある。


 同期のベルとチャムールと一緒に、三人で社員食堂でランチをとっていた時のことだった。

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「たった今入ってきたニュースです。麻薬王のガルキメデスが逮捕されました」
 壁にかかっている食堂のテレビが、けたたましいチャイム音とともにニュース速報を伝え始めた。向かいの席のチャムールがチラリとモニターを気にした。

 わたしも何の気なしにニュースを見る。

 麻薬王のガルキメデス。
 星系をまたいで暗躍する麻薬コンツェルンの首領で、逃亡生活をしているという話だった。ようやく逮捕されたんだ。
 戦闘服に身を固めた警察官がビルに突入していく。街の中で派手な撃ち合いをしている映像が流れていた。
「麻薬王が潜伏中のところを銀河警察の特殊部隊が突入し、銃撃戦の末、ガルキメデス容疑者の身柄を確保したとのことです。レギ星の現場では多数の死傷者がでているもようです」

 え? わたしは驚いてモニターをじっと見つめた。隣のベルも気が付いた。
「ティリー、レギ星って、今レイターがアディブ先輩と出張中じゃん」

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 ベルの言う通り、レイターは三日前からレギ星へ出かけている。隣の法人営業課のアディブ先輩と一緒に。

「厄病神が発動してるんじゃないの?」
「レイターに連絡入れてみるわ」
 わたしは、あわてて腕につけた携帯通信機の画面をタッチした。

 麻薬王の逮捕。これって、もしかしたら銀河連邦軍の特命諜報部案件でレイターが関わっているかもしれない。連絡を入れたら迷惑だろうか。いや、そんなことを言っている場合じゃない。
 二人が巻き込まれていないか心配だ。

 緊張しながら通信音を聞く。

「はぁい、ティリーさんどうしたんでぃ。慌てた顔して」

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 レイターの陽気な姿がポップアップした受像機に映った。よかった。無事だ。
「レイターは大丈夫なの?」
「あん? 俺がいなくて寂しくなっちゃったかい?」

 隣のベルがカメラの前に顔を近づけてフレームインしてきた。
「今さあ、レギ星で麻薬王が逮捕された、ってニュース、こっちでやってんのよ。厄病神がアディブ先輩に迷惑かけてるんじゃないか、って心配してたところ」

「うれしいなあ、ベルさん、俺の心配してくれて」
 レイターが笑顔でおちゃらけた。とにかくレイターは女性なら誰にでも調子のいいことを言う。
 
「アディブ先輩の仕事は大丈夫なの?」
 業務連絡のように聞いてみる。

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「う~ん、微妙」
「微妙?」
「麻薬王の潜伏先がさあ、アディブさんの取引先企業の向かいのビルで、さっきまで警察がドンパチやってたんだ。だから、午前中の会議が途中で止まっちまって」

「え~っ?! 厄病神の発動じゃん」
 ベルが大きな声を出す。

「ま、ガルキメデスが捕まったから、この後、お仕事再開するんだけど、バタバタしてて出張伸びそうなんだ。ティリーさんに会えるのが遅くなっちまうな。レギ星みやげ買ったから、楽しみに待っててくれよ」
「アディブ先輩はどうしてるの?」

 通信機から落ち着いた女性の声がした。
「ティリー、心配してくれてありがとう。私なら大丈夫よ」

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 スーツ姿のアディブ先輩が映った。レイターの隣にいたんだ。
「世紀の大捕り物が見られたし、レイターが守ってくれたから」

 先輩の言葉が引っかかる。レイターが守ってくれたって、何かあったのだろうか。
「おっと、アディブさん時間だぜ、じゃあな、ティリーさん。連絡ありがとよ、愛してるぜ」
「ティリー、ごめんなさい。許してちょうだいね」
「は、はい」
 許すも何も仕事なのだ。帰りが遅くなるのは仕方がない。通信の映像が切れた。

 二人の無事がわかった。
 なのに、なぜだろう、気持ちが落ち着かなかった。 

「アディブ先輩って、かっこいいよね。レイターは女好きだから、ティリーは二人の出張、妬けるでしょ」

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 ベルの言葉にざわつく。
「何、バカなこと言ってるのよ」
 と口では言いながら、不安がよぎった。

 アディブ先輩は、仕事もできて憧れの先輩だ。

 そして、レイターにとって、アディブ先輩はほかの不特定多数の女性とはどこか違うのだ。二人の醸し出す雰囲気からは、ボディガードと警護対象者という仕事のつきあい以上のものを感じる。

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 過去にわたしは、アディブ先輩がレイターの『愛しの君』じゃないかと疑った程だ。

 二人は同期入社だった。
 わたしの知らないレイターをアディブ先輩は知っている。ベルが言う通りわたしは妬いているのだろうか。

「私、午後の打ち合わせがあるから、先に行くね」

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 チャムールがそそくさと席を立った。

 わたしはその様子が気になった。どこか変だ。
 チャムールは今回の麻薬王の摘発を知っていたんじゃないだろうか。ニュースが始まった瞬間に彼女は反応し、その後は、一言もしゃべらなかった。

 どう考えても、麻薬王の潜伏先の向かいがうちの取引先だなんて、偶然にしてはおかしすぎる。レギ星だって広いのだ。
 ニュースで見た銃撃戦が頭に浮かぶ。
 レイターの特命諜報部の任務に、アディブ先輩が巻き込まれたんじゃないだろうか。
 実はレイターは、麻薬王を逮捕するためにアジトへ突入したんじゃないだろうか。
 危険なことをしていたんじゃないだろうか。と、どんどん妄想が広がり、心配になってきた。

 連邦軍将軍家のアーサーさんを彼氏に持つチャムールは、わたしたちに話せない情報を持っているに違いない。

 チャムールから話を聞きたいけれど、レイターが軍の特命諜報部員だということはベルにも言えない秘密だ。会社で話すわけにはいかない。

 その日の午後には、アディブ先輩の出張が麻薬王の摘発で延びたことは、社内に知れ渡った。また『厄病神』のせい、と噂になっていた。
 それでもさすがアディブ先輩だ、契約はきっちり完了した。

 医大を卒業したというアディブ先輩は頭脳明晰で仕事ができる。容姿端麗で性格もいい。才色兼備とはこのことだ。
 落ち着かない。わたしは知っている。レイターは頭のいい、聡明な女性が好きなのだ。

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 わたしは当てはまらないけれど、前の彼女のフローラさんがそうだった。気持ちが塞ぐ。

 家に帰ってから急いでチャムールに通信を入れた。
「ねえ、チャムール、教えて。きょうの麻薬王の逮捕に特命諜報部って絡んでるの?」
「さあ、どうなのかしら?」
「チャムールは、知ってるんでしょ」
「知らないわよ。ごめんね、ティリー、私、忙しくて。仕事を持ち帰ってきたから、作業を進めたいの」

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 何だかチャムールがよそよそしい。

 忙しいのは嘘じゃないのだろうけれど、わたしと話がしたくない、っていう雰囲気が伝わってくる。こんなことは初めてだ。
「ごめん、切るね」
 チャムールなら絶対レイターの秘密の任務のことを知っている、と思ったのに……

 
 そして、予定より二日遅れてフェニックス号は、レギ星の出張から帰ってきた。
 夕方、わたしは仕事を早く終えると、社内の駐機場までフェニックス号の迎えに行った。
「まだじゃぞ。彼氏の到着時間より三十分も早いわい」
 配船係のメルネさんに笑われた。

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 でも、レイターが早く帰ってくる気がした。メルネさんが航路モニターをチェックする。
「おっ、レイターの奴、途中で速度違反しおったな。あと五分でフェニックス号は到着するわい」

 交通法規は守ってほしいのだけれど、早めに来ておいてよかった。

 帰ってきたフェニックス号の前に立つとマザーがドアを開けてくれた。
 操縦席、というか居間へ向かう。

 話をするアディブ先輩とレイターの姿が見えた。

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 思わず足を止める。
 まただ、レイターが普段見せない真面目な面持ちをしている。
 船の話をしている時とも違う。わたしには見せない、アディブ先輩にだけ見せる表情。

 せっかく久しぶりにレイターの顔を見たというのに、心が黒いペンキで塗りつぶされていく。 

 麻薬王、というワードが聞こえた。二人は今回の出張の話をしているだけだ。なのに、わたしったら、ひがんでいるんだ。どうせわたしは聡明じゃない。

「あら、ティリー、レイターのお迎えに来たのね。遅くなってごめんなさい」

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 アディブ先輩がわたしに気付いた。

「お帰りなさい。ご無事でよかったです」
「う~ん、そうね」
 どうしたんだろう。歯切れが悪い。
「じゃ、レイター、いろいろとありがとう。私はお邪魔なようだから、これで失礼するわ」
「お邪魔だなんて、すみません」
 わたしの顔に出ていたのだろうか。出ていたのだろうな。どす黒い感情が。

 アディブ先輩が船を降りていった。

 レイターと会うのは、一週間ぶりだ。もっと長く会っていない気がした。ずっと心配していたのだ。やっと二人きりになれた。

「お帰りなさい。会いたかった」
 わたしはレイターに思いっきり抱きついた。

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「っつつうう」
 レイターが痛そうに顔をしかめた。
「ど、どうしたの?」
 わたしはあわてて身体を離した。

「油断した。俺としたことが、この熱烈歓迎は想定してなかった」
「ケガしてるのね? どこをケガしたの?」

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「ちっ、せっかく、アディブさんに黙っておいてもらったのに」
 アディブ先輩の応対がどことなくぎこちなかったことを思い出す。口止めしたんだ。レイターは、ケガをわたしに隠すつもりだったんだ。

「大丈夫なの?」
「大した事ねぇよ。ちょっとドジって、レーザー弾がかすったんだ」
 袖をまくるときれいに右腕に包帯が巻いてあった。これはかすり傷じゃない。わたしったら、この上から力を込めて触ってしまったんだ。

「痛む?」
「平気平気、アディブさんがすぐに手当してくれたから」
 アディブ先輩は医師免許を持っている。
 レイターの腕に包帯を巻く先輩の姿が頭に浮かぶ。

 レイターを治療してくれたのだ。アディブ先輩に感謝しなくてはいけない。
 なのに……イライラがさらに募ってきた。

「ティリーさん、何て顔してんだよ。折角の再会だぜ」
「突入したの?」
 詰問のような口調になる。
「あん? 突入?」
「麻薬王のアジトに」
「しねぇよ。突入したのは銀河警察さ。ニュースでやってただろ」
「じゃあ、どうしてこんなケガするのよ!」
 もう自分が抑えられない。
「目の前でドンパチやってんだ、流れ弾も飛んでくるさ。俺は死んでもアディブさんを守んなきゃなんねぇし」

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 レイターはアディブ先輩をかばってケガをしたんだ。仕事なのだ。仕方がない。けれど、鼻の奥がツンとして、涙が出てきた。これは、悔し涙だ。

「死んでも守る、なんて言わないで!」
 レイターが本当に死んでいたら、わたしはアディブ先輩を恨まずにいられない。

 レイターの仕事は死と隣り合わせだ。わかっているのに、わたし以外の女性をかばってレイターがケガしたことが許せない。そして、それを隠そうとしたことも。

 いや、わたしがこうやって怒るからレイターは隠すんだ。
 わたしは心が狭すぎる。 

 レイターがわたしの身体を引き寄せ、頭を軽く撫でた。
「ティリーさん、可愛すぎ」

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 レイターの手のぬくもりが荒れた心を静めていく。
「ご、ごめんなさい。わたし変なことを言って。てっきり今回も特命諜報部の案件なのかと思って、心配したの」
 偶然にしては偶然過ぎるけれど、チャムールも知らないと言っていたし、たまたま麻薬王が取引先の近くに潜んでいたのだ。

「……」
 レイターが不自然に黙った。沈黙が流れる。

「どうしたの?」
「う~ん、正直に言うと、特命諜報部案件だったんだよな」
「今、あなた、銀河警察が突入した、って言ったじゃない」
「突入したのは警察さ。けど、そもそも間抜けな銀河警察に、麻薬王の潜伏先が割れるわけねぇじゃん」
「え?」
 レイターは銀河警察のことをいつもバカにしている。

「アディブさんが、麻薬王の潜伏情報をつかんできたんだ」
「???」
 意味がわからない。

「アディブ先輩がつかんできた、ってどういうこと?」
「彼女は、俺と同じ特命諜報部員だから」
「え? ええっ」
 驚いた。でも、アディブ先輩ならこなせる気がする。

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「麻薬王の野郎、アリオロンとも取引してやがったから、特命諜報部も追ってたんだ。そしたら、レギ星の潜伏先の情報が出てきてさ。証拠をつかむためにアディブさんが向いの業者に売り込みをかけて隠しカメラを仕込んだのさ。で、その情報ネタを、銀河警察に教えてやったんだ。今回の俺の仕事は裏も表もアディブさんの警護だったってわけ」

 アディブ先輩がレギ星に営業をかけたのは半年以上前だ。わたしの知らないところで世界はじっくりと動いている。

「ティリーさんにこんな話をするのは、新鮮だな。俺、昔、アディブさんに命を助けられたことがあってさ。だから、彼女にケガをさせるわけにはいかねぇんだ」
「そうだったのね」
「さっき、アディブさんと特命諜報部のことティリーさんに明かそうって、話してたんだ」

 ようやく飲み込めた。アディブさんに対するレイターの雰囲気が違う理由が。レイターにとってただのクライアントじゃない、同志なのだ。
 わたしは一人で勝手にヤキモチを妬いていた。恥ずかしい。

 軍の仕事の話を今回初めて聞いた。
 銃弾が飛び交うあのニュース映像が浮かぶ。『厄病神』のこの人は、危ないところへ直接、足を踏み入れているんだ。

 下を向いたわたしのあごを、レイターの手が持ち上げた。
 レイターの青い瞳がわたしを見つめている。

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「ただいま」
「お帰りなさい」

 一つ間違えばレイターはここにいなかったかもしれない。

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 一週間ぶりに唇を重ねた。

 生きて帰ってきてくれて本当にうれしい。黒い気持ちが浄化される。あふれ出す透き通った感情に身体が震えた。


「レイターは疲れてるでしょ。手もけがしているから、わたしが夕飯を作るわ」
 と申し出てみたのだけれど、
「じゃ、これ頼もうかな」
 と言って、レイターがドンっと冷蔵庫から取り出したのは大きな肉の塊だった。

「レギ星で、みやげ買ったって言ったろ。レギ地鶏って絶品なんだぜ」
 一羽丸ごとの鶏肉。
 肉の解体から調理を始めろと。それは、わたしには無理だ……

「帰ってくるのが遅れたから、この肉、ちょうど今が食べごろなんだよ。きょう食べる分はソテーにして、ももはフライドチキン、残りはシチューに、してぇんだよな」
「……」
 困っているわたしを見てレイターがにやりと笑った。
「フフ、ティリーさんの右手より、俺の左手のが百倍マシだからな」
「いじわる」

 レイターは左手に包丁を持って肉をさばきだした。
「これは左利き用ナイフなんだ」

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 両利きのこの人は、相変わらず器用だ。わたしの出番がない。

「手伝えることあれば言って」
「じゃあ、ソース作るから、ボウル押さえてくれるかい」
 わたしが両手で支えるボウルの中を、レイターが左手で手早くかきまぜる。シャカシャカ見る間にクリームが泡立っていく。早回しの動画見たいだ。

 ふたりの共同作業。こんな単純なことが楽しくてうれしい。 

 焼きあがったレギ地鶏を口に含む。

「おいしい」
 柔らかくて脂が程よくのっている。名産品と呼ばれる理由がわかる。
 パリパリに焼けた皮に、ふんわりとした舌触りのソースが絶妙だ。素材の良さを生かした味付けに、食べ出したら止まらない。

 今週の夕飯はインスタント食品か、栄養ゼリーばかり食べていた。
「ティリーさん、あんた、ちゃんと飯食ってなかっただろ」

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「え? ええっと」
 図星の指摘に慌てる。
「ったく。あしたはこのチキンでシチュー作っとくから食べに来いよ」
「ありがと」
 幸せだ。彼氏と食べる夕食、しかも美味。

 このまま時間をラッピングして閉じ込めてしまいたい。


「そう言えば、チャムールが変だったのよね」
「チャムールさんが?」
「今回の麻薬王摘発のこと、チャムールなら特命諜報部案件ってこと、知ってると思ったのに」

「知ってるさ。銀河警察にゃ任せておけねぇから、アーサーが陣頭指揮取ったんだ。あいつ、現場からチャムールさんに任務完了、って連絡入れてたぜ」

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「そうなの?」

 やっぱり知っていたんだ。チャムールはずっとアーサーさんのことを心配していたのだろう。ショックだ。

 レイターは任務のことをわたしに隠してて、アーサーさんはちゃんとチャムールに話してて、そしてチャムールはそれをわたしに隠した。

「チャムールはわたしには何も知らない、って言ったのよ。嘘をついてたってこと?」
 声が不機嫌になる。
  レイターが眉をひそめてわたしを見た。
「ティリーさん、あんた、その話、チャムールさんにどこで聞いた?」
 この人はわたしが特命諜報部のことを人前で話したと思っているのだろうか。 

「わたしだってちゃんと気を付けてるわよ。会社じゃまずいと思ったから、家に帰ってから通信で」
「それって普通の通信回線?」

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「え? そうよ」
 レイターが頭を抱えた。

「あちゃぁ、きちんと話していなかった俺が悪かった。ティリーさん、頼む。こういった話は一般回線を使わねぇでくれ。通信だけじゃねぇ、メッセージチャットもメールも」
「それって、盗聴されてるってこと?」

「チャムールさんは、アーサーの婚約者だ。どこで誰が盗み聞きしてるかわかったもんじゃねぇんだ」

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「そうなのね」
「フェニックス号や月の御屋敷とは専用回線使ってるからいいけど、軍の話をする時は、直接会って話すとかしてくれ」
 思い出した。チャムールは時々わたしの家に直接やって来る。そういうことだったんだ。将軍家と付き合うというのはやっぱり普通じゃない。

 チャムールも慌てたに違いない。一般回線で無防備にわたしが特命諜報部の話を始めたから。

「アーサーから連絡よこせって、メッセージが入ってたの無視してたが、この件だな」
「無視はよくないでしょ」
「いいんだよ、一般回線だったから。あいつ、急ぎの仕事ん時は緊急回線で言ってくんだ。そうだ」
 レイターが企んでいる顔をした。

「何する気?」
「アーサーに返事するのさ」
 レイターが通信機を動かした。短い通信音の直後、
「どうした? 何があった」
 緊張した面持ちのアーサーさんが映った。レイターがフフフと鼻で笑った。
「あんたが連絡よこせ、ってメッセージ残したから連絡してやったぜ」
 アーサーさんがむっとした顔で言った。
「緊急回線を使ったのは私への嫌がらせか」 
 レイターったら、仕事用の緊急回線で連絡を入れたんだ。アーサーさんは、何事かと慌てたに違いない。

 通信機のカメラの前でわたしは頭を下げた。
「アーサーさん、ごめんなさい。色々とすみませんでした。チャムールにも謝らなくちゃいけなくて」
「ティリーさんもご一緒でしたか」
 と言うアーサーさんを押しのけるようにして、チャムールが顔を出した。隣にいたんだ。
「ティリー、私こそごめんなさいね。この間、つっけんどんな態度を取っちゃって。どう話していいのかよくわからなくて」

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「謝るのはわたしの方よ。一般回線で話しかけちゃって。気が付かなくてごめんなさい」

 レイターが割り込んできた。
「まあまあ、俺が緊急回線で連絡入れたのには訳があんのさ。業務連絡だ。怪我の分、ちゃんと手当に上乗せしろよ」
「今回の治療費は保険が適用される。しかも、表の仕事でボディーガード協会から見舞金も出るから上乗せは認められない」
「医者に診断書書いてもらうから、それ見てから判断しろよ」
「すでに全治一週間の診断書がアディブさんから提出済みだ」

「マジ?」

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 レイターが目を見開いた。

「さすが彼女は仕事が速い。お前はすぐ変な診断書を持ってくるが、今回は必要ないからな」
「くっそ」

 わたしはレイターの服を引っ張ってにらんだ。
レイター、悪いことはしない、って約束したわよね

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 アーサーさんが付け加えるように言った。
「お前が悪事を働いたら、ティリーさんと別れると言う契約書を作成しておいたぞ」
「は?」
「冗談だ」
「ったく、あんたの冗談が面白かった試しがねぇよ」
 ぼやくレイターのその様子がおかしくて、わたしたちは笑った。

 重たい秘密を抱えるのは辛い。
 けれど、だからこそ、笑顔の瞬間がより一層輝いて見える。

 レイターの横顔を見ながら、わたしは今までとは違う世界を歩きだしていることを全身で感じていた。      (おしまい)
第三話「大切なことの順番」へ続く

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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」