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銀河フェニックス物語<出会い編> 第三十七話(最終回) 漆黒のコントレール

銀河フェニックス物語 総目次
第三十七話 まとめ読み版
第三十七話(1)(2)(3

「五十二戦五十二勝」
 レイターは誇るでもなく淡々と答えた。

 五十二連勝。
 実弾での戦いに負けたら生き残れない。これはスポーツじゃない。逆を言えばレイターは五十二機を撃ち落とし、五十二人の命を奪ったということになる。

 アリオロンとの『見えない戦争』は現実だ。

 戦争なのだ。たくさんの人を殺すことが正義という世界。
 口の中の苦みが身体中に広がっていく。

 戦地ではカモフラージュしている戦闘機のボディーが、きょうは目立つピンク色に輝いている。お祭りに来たわたしたちを喜ばせるために着飾っている。その不自然さに気分が悪くなる。

 わたしはそっと機体に触ってみた。金属が冷たい。
「悲しい。こんなに美しいのに、人の命を奪う目的で作られた船だなんて」
「人の命を守る目的だろ」
 レイターが静かに反論した。

 敵に勝つことで自分が守られているのはわかる。
 けれど、
「人殺しの道具に変わりはないわ」 

 レイターは悲しい顔をした。
「人の命を奪うことがあっても、それはあくまで味方の命を守るための手段だ。目的じゃねぇ。船に罪はねぇ」
 レイターは愛おしそうに、船を優しく撫でた。

レーシングスーツ見上げる

 わたしは宇宙船が好きだ。
 船は人をいろいろな場所へ運び、可能性を広げる、その存在意義が好きだ。自分の仕事に誇りも感じている。

 それが、この船、戦闘機の存在はわたしの船に対する考え方を揺らす。
人を殺すための船。こんな船、なければいいのに。

 息をするのが苦しい。
 違う。好きなのだ、この船が。
 この美しい船が。これは理性じゃない、感情だ。

 そして人殺しの道具である兵器に惹かれてしまう自分に嫌悪感を感じる。
 自分はきれいごとを言っている。

 戦争反対。人の命を奪うのは最低です。
 そう言いながら戦闘機の美しさに憧れているなんて矛盾している。

 涙があふれてきた。
「この船が、好きなの。おかしいわよね」

n12正面色その2白襟涙

 戦闘機を好きだなんて言ったら、パパには怒鳴られるだろうし、アンタレスの友人たちからはびっくりされるだろう。

「おかしくなんてねぇ。この船は魅力的だ。俺は好きだ。好きであることを好きだと言えねぇ方がおかしい」

 ドキッとした。戦闘機とレイターがかぶって見えた。

「船にもいろんな船がある。それぞれに与えられた役回りをまっとうして、いつか消えていく。こいつは明確に与えられた目標へ命を懸けて向かっていく。たとえ寿命は短くとも充実してる。だから美しいんだ」

 まるでレイター自身のようだった。

 この人は、時々、怖いほどに輝く。命の危険ぎりぎりのところで生きているからだ。
 そして、時に人を手にかけることもある。

銃大人@シャツティリー後ろ

『人の命を奪うのはあくまで手段だ、目的じゃねぇ。船に罪はねぇ』
 レイターがつぶやいた言葉がレイターと重なる。

 人を守るために人を殺す。
 そして、わたしはそんなレイターに守られている。

 レイターが連邦軍に予備役登録していることを、きよう、初めて聞いた。今も軍の関係者で、状況によっては戦闘機部隊で働く可能性があるということだ。

「五十二戦五十二勝」と語ったレイターの声が私を苦しめる。わたしの知らないレイターがまた一つ姿を見せた。


 そして気がついた、チャムールがわたしを軍の宙航祭に誘った理由。

 わたしとレイターの関係が先へ進むためには、この問題に正面から向き合う必要があると示してくれたのだ。 

横顔真面目

 おそらく、アーサーさんと一緒にわたしたちのことを考えてくれたに違いない。

 理想と現実、理性と感情の間には大きな裂け目が横たわっている。
 簡単には飛び越えられない深い谷。 

  その谷の深い闇からピンクに輝く戦闘機が美しく上昇し、まっすぐ空へと舞い上がっていく。
 描かれたコントレールの残像が、いつまでも心に焼き付いていた。     (おしまい)<出会い編>第三十八話の前に<少年編>「腕前を知りたくて」に続く 
<出会い編>第三十八話「運命の歯車が音を立てた」はこちらから

第一話からの連載をまとめたマガジン 
イラスト集のマガジン

ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」