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銀河フェニックス物語 <ハイスクール編>最終話 花は咲き、花は散る(7)

銀河フェニックス物語 総目次
<ハイスクール編>マガジン
・「花は咲き、花は散る」(1) (2) (3) (4) (5) (6)

「この三日、レイターはほとんど寝ていないんだ」
 そう言うアーサーの顔も真っ白だ。フローラの肌の色とそっくり、そうだ二人は兄妹だ。

16少年正面@2顔色白

「隣のレイターの部屋で寝かせよう」
 アーサーと二人でレイターの身体を起こそうと脇から抱えた瞬間、
「離せ!」
 レイターはものすごい力で、オレたちの手を振り払った。びっくりした。

「お前は少し休んだ方がいい」
 アーサーの言葉にレイターが反応した。

「うるせぇ! 俺はどこにもいかねぇ。フローラのそばにいるんだ」
 オレは、おろおろしてレイターに声をかけた。
「お、落ち着けよ」
「落ち着けだと。落ち着いてなんて、落ち着いてなんていられねぇよ!」
 レイターは床を叩きながら、狂ったように涙を流し出した。

 オレはどう声をかけていいかわからなくて、ただレイターの横に座った。

 アーサーは黙って部屋を出て行った。あいつだって辛いだろうに涙一つ見せなかった。
 逆にオレにはそれが痛々しく感じられた。


* *


 レイターはフローラの死後、いろいろなことを知ることになった。

 フローラの希望は宇宙葬だった。身内だけの簡素な式。
 父であるジャックとの間で葬儀をどうするか事前に細かく話し合われていた。俺の知らない間に。

 フローラは棺の中に、俺が結婚式で着た白のタキシードを入れて欲しいとジャックに伝えていた。

フローラお姫様抱っこ結婚式バックなし白黒

 俺の衣装にあんなにこだわっていた理由をその時、はじめて知った。
 俺と楽しげに結婚式の打ち合わせをする裏で、一体どんな顔でフローラは葬儀の話をしたのだろう。
 そう考えた時、初めてフローラとアーサーが似ていると感じた。俺はフローラのことを何もわかっていなかった。

 フローラの命が残り少ないと知っていたら、自分に何ができただろう。何もできなかったかもしれない。それでも、俺は、フローラの本心を知りたかった。分かち合いたかった。

 どうして、俺は気付かなかったんだろう。
 物事を明解に話すフローラが、未来を語るときだけピントがぼけていたことに。「将来は銀河一の花売り娘になりたい」って、どんな気持ちで話してたんだ、あいつは。

 どうして、自分の命のことを俺に教えてくれなかったんだろう。
 どうして、死の間際に「俺に忘れていい」なんて言ったんだろう。

 俺の一体何がいけなかったんだろう。
 一人で浮かれて、自分は馬鹿で本当に幼かった。今、こうして生きているのが嫌になるほどに…。

「ジャック、頼みがあるんだ」
「何だ」

n91@後ろ目一文字白逆

「俺の仮免を解除して欲しい。フローラを宇宙まで俺が連れていってやりたい」
「わかった」

* *

「アーサー、大丈夫か」
 妹の葬儀にはアレクサンドリア号の艦長、アレック大佐が参列というか手伝いに来てくださった。

少年アーサーとアレック

「宇宙葬は手慣れているから安心しろ」
 笑えないジョークだった。

 私とフローラの幼い頃、将軍付の秘書官だったアレック大佐は、毎日この屋敷に出入りしていた。大佐の顔を見た瞬間、子供時代の妹の記憶がフラッシュバックを起こし、気分が悪くなった。
「ご心配をおかけしてすみません」
 僕は息を整えながら頭を下げた。

* 

 宇宙葬の地点までレイターが船を操縦した。
 仮免のあいつが船を動かすのは、家族旅行以来だ。中型船はゆっくりと動き出した。
 レイターの操縦する船には何度も乗ったが、これほど丁寧な操縦は見たことがない。少しの衝撃を与えてもフローラの魂が壊れてしまうと恐れているかのようだった。

 最後の別れが近づいてきた。
 カプセル型の棺の中でフローラは穏やかな表情をしていた。その周りには自宅の庭園に咲いていた花が敷き詰められている。フローラとレイターが丹精込めて育てた花々だ。
 レイターは泣きながら白いタキシードを棺に納め、冷たくなったフローラに別れのキスをした。


 フローラは葬儀に関して私には何も言い残していなかった。
 寂しくないと言えば嘘になるが、お互いにこの運命をわかっていた。私が二百年生きられないのと同じだ。受け入れるしかないのだ。

 私は自宅から持ってきたインタレス語の辞書を棺へ入れた。
 母から教わったインタレス語を幼いフローラに教えたのは私だ。美しい発音の言葉。母が亡くなった後は、二人にしかわからない秘密の言語となった。
 送り手と受け手がいて初めて会話は成り立つ。フローラがいなくなった今、母の母国語であるインタレス語の会話も消滅した。


 棺を閉じる段になってもレイターは泣きじゃくりその場から離れようとしなかった。
 アレック大佐が棺の蓋を閉めようとすると、レイターは強引に棺の中へ入り込もうとした。
「嫌だ! 嫌だ! 俺も一緒行く。俺を、俺を一人にしないでくれーーー」

 私はその様子をただじっと見ていた。
 そう、家族のいないレイターはフローラという伴侶を失い、また一人になった。そして、私も…。

 フローラの命の炎が消えてから、まだ一度も涙を流していない自分に気づいた。
 レイターのように我を忘れて泣けたら、少しは楽になれるのだろうか。

 棺にすがりつくレイターをアレック大佐が引き離そうとした。
 その瞬間、レイターが大佐の銃を抜き取り、自分の頭に銃口を当てた。
最終回へ続く

第一話からの連載をまとめたマガジン 
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」