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銀河フェニックス物語【出会い編】  第一話 永世中立星の叛乱② (11)~ (20)

  第一話 永世中立星の叛乱①

 翌日、エアカーの助手席でティリーは緊張していた。

 運転席にレイター、後部座席にフレッド先輩。わたしたちを乗せたエアカーはまもなく市内のドームから外へ出る。
 重力制御されたチューブ道路に入った。

 エアカーのナビゲーションシステムからマザーの声がした。
「重力フィールドから離脱します」
 フロントガラスがガスで真っ白になる。

 濃霧のような白いガスを通り抜けるとわたしは思わず目を見張った。

n17ティリー横顔@やや口

「すごい。何もない」
 チューブ道路の外には平らな茶色い大地がどこまでも続いていた。遥か先の地平線まで見渡せる。

「気をつけな。このチューブの外は十Gの高重力だ。あっと言う間にぺちゃんこだぜ、って今もぺちゃんこだっけ」
 笑いながらレイターはわたしの方を見た。ほんとに失礼だ。

「それ、わたしのこと言ってるの?」
「レイター、やめたまえ。ティリー君に失礼だ」
「へいへい」
 レイターと違ってフレッド先輩はちゃんとわたしをパートナーとして見てくれている。わたしは嬉しくなった。

 チューブ道路はそのまま巨大な平屋建ての建物につながっていた。
 壁に大きくガーディア社の名前が描かれている。目的地の高重力検査場だ。

 検査場内は重力制御されていた。
 駐車場にエアカーを停めて受付に向かう。受付にラール八世の肖像画が飾られていた。
 その隣に同じ大きさの肖像画が並べてあった。グレーの髪のスーツ姿の男性。

ラール&ガーディ肖像画

 絵を見ながらレイターが言った。
「さて、誰でしよう?」

 また、試されてる。この肖像画、資料に載っていたことは覚えている。
 レイターがニヤリと笑った。
「学生さんはしっかりお勉強しろよ。ここの社長さ。教皇ラール八世の弟ガーディ社長」
「あ、そうだ」
 思い出した。ここの会社の社長は王弟だった。

 受付を済ませると奥の部屋へと案内された。
 レイターがボディガードとしてついてきた。厄病神にはついて来て欲しくないのに。

 部屋へ入ると、白衣を着た男性と、スーツ姿の女性が立っていた。

ガロンとアドゥール

「クロノス宇宙船会社の方ですね。社長秘書室のアドゥールです」
 女性が握手の手を差し出した。きれいな人だ。

 ストレートの髪が首筋の辺りできれいに切りそろえられていて隙がない。それでいて女性らしい柔らかな雰囲気もまとっている。

 落ち着いた色のスーツを颯爽と着こなしていて、仕事ができる人、という感じ。
 “服は心を映す鏡”と言う言葉を思い出した。

「レイター・フェニックスです。よろしく」

握手にこカラー

 どうしてレイターが嬉しそうにアドゥールさんの手を握っているのか。 
 わたしのことはぺちゃんこ呼ばわりするのに、腹立たしい。

「どうかしましたか?」
 アドゥールさんがわたしを見つめた。
 まずい、わたしのいらだった気持ちが先方に伝わってしまった。厄病神のせいだ。

「いやあ、貴女が美しいから、ヤキモチ焼いているんですよ」
 あなた、と言う丁寧な言葉をレイターの口から始めて聞いた。

 白衣を着た男性は検査技術部の技師長だった。優秀なのだろう、まだ若い。

「ガロンと申します。我々技術者の目から見ても、クロノスさんの船はいつも安定した製品で感心しています」

 優しそうな雰囲気の人だ。自社の製品を誉められるとやっぱり嬉しい。

 アドゥールさんが厳秘と書かれた資料を手にして言った。
「正式発表はまだですが、今期の検査は例年通り御社の製品に5S-Lが認定されます。ご安心下さい」
 アドゥールさんは声も落ち着いていて、同性のわたしが見ても素敵だった。

「後ほど、ガロン技師長が地下にある高重力検査場をご案内いたしますね。検査状況をご確認ください」
「ありがとうございます」
 フレッド先輩が頭を下げた。ここまではうまくいっている。

 問題はこの後、来期の件。

 フレッド先輩が切り出した。
「来期の検査の件ですが、例年通りの予約をお願いいたします」
 アディールさんは、目を伏せた。嫌な予感がする。
「通信でお伝えした通り、来期の予約はできかねます」

「それは、どの様な理由ですか?」
 フレッド先輩がたずねる。
「理由もお伝えできません」
「金額面でご不満でも」
「いえ、そう言う訳ではありません。御社だけでなく、全体的に検査の受注を控えることになりました。ラールの御心のままに」

アドゥール横顔前目普通

「それは、ラール王室からの指示と言うことですか」
「そう、考えていただいて結構です。私たちにとってラールの指示は絶対です」
 アドゥールさんは絶対という言葉に力を入れた。ラールシータは独裁の星だ。

 ガーディア社は王弟が社長で、社長秘書室というのはラール王室と繋がった部署。
 ここまではっきり断られたらどうすればいいのだろう。

 成約率百パーセントを誇るフレッド先輩もさすがに苦しい表情をみせている。
 三日かけてここまで来て、このまま「はい、そうですか」とソラ系へ帰る訳にはいかない。

 フレッド先輩は時間を稼ぐ作戦に出た。
「いったん持ち帰らせていただけますか。本社と相談いたします。その上で、あらためてお話させていただきたい」 

「答えは変わりませんがよろしいですか」
 明日、今度はドーム市内の中心部にあるガーディア社の本社で打ち合わせを持つことになった。

 この後は、高重力検査の確認。
「地下検査場に入るにあたり、こちらのカードにサインをお願いします」
 白衣を着たガロン技師長がわたしたち一人一人に首から下げるIDカードを手渡した。
「地下に入ったら、このカードを絶対に身体から離さないで下さい。識別重力制御の個別キーになってますから。誤ってカードを外すと十Gに襲われます。最悪の場合、命を落とす恐れがあります」

 地下検査場内は十Gで、この小さなカードが一人ずつ一Gに重力制御するのだという。
 カードに「ガーディア社の責任は問いません」という文字が浮かんだ。カード本体が誓約書になっていた。少し緊張する。

「俺のサインは高いぜ」

n33@シャツにやりまゆきり逆カラー

 レイターがバカなことを言っている。
 気を取り直してサインをし、首から下げる。

 カードをセンサーにかざすとセキュリティゲートのフラップが開いた。
「フラップの開かない区域へ入ったら十Gにつぶされますから注意してください」
 このカードがセキュリティシステムの役割を果たしていた。

*  

 ガロン技師長に続いてエレベーターホールへと入る。

 ずらりとエレベーターが並んでいた。
「皆さま御承知のように弊社の地下の検査場では広大な空間を利用した高重力実験が行われています」

ガロン横顔前目口開く

 エレベーターが動き始める。
「私どもは多くの政府や企業から実験や検査を請け負っており、フロアごとに分かれています。御社は地下四十二階になります」

「うちのライバルのギーラル社やイグート社の未発表新型船もこの検査場にあるということですね」
 フレッド先輩が身を乗り出す。

「もちろんありますが、お客さまごとに検査場は独立しています。地下四十二階以外はご案内できません」
「それは残念」
 先輩は本当に残念そうだ。

 その様子を見てガロン技師長は真剣な顔で言った。
「このIDカードで制御しています。もう一度言っておきますが許可のないエリアに入ったら、十Gに潰されます」
 脅しじゃない、本当に大変なことになるのだろう。

「我々ラール人は企業秘密を厳守します。独自の重力制御装置の技術が物理的にも経済的にもこの星を支えておりますので、中立と信用が絶対です」
「どこにも属さず永世中立か」
 レイターがつぶやくように言った。

「そうです。そのかわり我々にはラール王室があります。教皇が重力制御装置を管理しこの星の運営全てを行うことで、銀河連邦にもアリオロン同盟にも属さなくても我々の星は成り立っています。ラールの御心のままに」

 地下四十二階にエレベーターが到着した。

 セキュリティーゲートを抜けて、白衣を着た四、五人の研究員が作業する検査室へ案内される。

 大きな窓の向こうに新型の高級船が置かれていた。その横をロボットアームが動き回っている。
 研究員の一人がフレッドに説明をはじめた。
「もう最終チェック段階です」

「来期の予約はどうしてできないんですか?」
 フレッド先輩は隙をついて理由を調べようとしている。答えにつまる研究員の代わりにガロン技師長が答えた。
「先ほどアドゥールが申し上げた通り、その件については何もお話しできません」

 話の途中にレイターが割り込んだ。
「なあ、技師長さん。俺、エアカーに戻りたいんだけどさあ」
 ガロン技師長が困った顔をした。
「ここ女っ気ねぇし」
 し、失礼な。

n12正面色その2む

「今、案内できる者がいないのですが、お一人で戻れますか?」
「エレベーター上るだけじゃん」

 ガロン技師長がわたしたちの方を見て尋ねた。
「戻ってもらってよろしいのですか?」
 わたしもフレッド先輩もレイターがいなくても困らない。それどころか厄病神はいない方がいいと思っているからレイターを止めようともしない。

「では、必ず一階で降りてくださいよ。他の階で降りてもゲートは開きませんが、誤って入ると十Gにつぶされますから。気をつけて下さいね」
「あいよ」
 レイターはエレベーターに乗って駐車場へと戻って行った。


* *
  

 さてと、このIDカード、ほんとに使えるんだろうな。

 レイターはアーサーから渡されたカードを取り出した。アーサーの奴は昨日ここで、借りたIDカードのデータをこっそりコピーして大慌てでこのカードを作ったと。

 アリオロンの検査場がある地下二十六階。

 俺はエレベーターを降りてセキュリティゲートに近づく。センサーにカードをかざすとゲートが開いた。

 十Gで潰されるのはごめんだぜ。慎重に一歩を踏み出す。

 ふむ。行けるな。
 ま、天才の仕事だからな。
 あいつと組んだらどこでも泥棒に入れるぞ。

 俺はボディーガード、警備のプロだ。不審者を見破る仕事。裏を返せばどうすりゃ不審に見えないか分かってる。

 ネクタイを締め直す。

t28のレイター線画しめネクタイ真面目逆

 初めて入る場所だが、いつも来ているかのように振る舞う。

 十G信仰だな。
 ここで働いている奴らは識別重力制御を信じているから不審者は絶対入り込めねぇと思ってやがる。

 警備員は立っているがこの検査場には毎日の様に視察がやって来るから知らない奴が歩いていても気にしていない。楽な仕事だ。

 ほう、これがアリオロンの新型艦か。
 面白い形してやがる。

 やべ、人が来た。
 アリオロンの奴には、ガーディア社の担当者の様に、ガーディア社の奴にはアリオロンの関係者と思わせる。
 堂々と振る舞ってやり過ごす。

 それにしてもこの実験場、フレッドが見たがっていた他社の新型船でも何でも見られるぞ。

 俺は銀河一の操縦士、船を見てるだけで幸せだ。時間がいくらあっても足りねぇ。

 で、こいつは何だよ。この新型艦は。

* *

 ティリーは高重力検査についての説明を感心しながら聞いていた。 ラール人の祖先はよく宇宙一世紀も前にこんな重力制御装置を開発したものだ。

 高重力の実験はソラ系でもできるけれど、これだけ大規模なものはない。自然の重力を利用したこの検査場は効率的だ。

 ガロン技師長は今日はこの後、ドーム市内にあるガーディア社の本社に戻るという。
「ガロンさん、車でお送りしますよ。これから市内へ戻るので」

n75フレッド笑う

 フレッド先輩が誘った。
「それは助かります。お言葉に甘えて同乗させてもらってよろしいですか」
 ガロンさんが嬉しそうに笑顔を見せた。

 フレッド先輩は親切で誘ったわけじゃない。ガロン技師長から来期の情報を引き出そうとしている。

 ガロン技師長を連れて駐車場に戻るとレイターはエアカーの運転席のシー トを倒して寝転んでいた。
「ふああ、お帰り」
 お客様がいるのに恥ずかしい。

 後ろのシートにフレッド先輩とガロン技師長、わたしは助手席に座った。
 エアカーがすぅーっと走り始める。銀河一の操縦士を名乗るレイターの運転は確かに上手い。

「どうですかねぇ、ガロンさん。さっきの話だけれど僕たちの来期の契約は」
 フレッド先輩が話を切り出した。 

「うーん。厳しいと思いますよ。ラールのご指示は絶対ですから」
「御社の売り上げにも響きますよね」
 先輩の言葉にガロン技師長はため息をついた。
「そうなんですよ。詳しくはお話できませんが銀河連邦系の仕事を減らしているんです」

「永世中立はどうなっているんですか?」
「・・・・・・」
 ガロン技師長は答えない。
 運転しているレイターがチラリと後ろを気にした。

 フレッド先輩が続けた。
「御社の素晴らしい技術はどんどん活用すべきです」
「ありがとうございます。現場の僕たちはお受けしたいんですよ。ここ最近、ラールシータの高重力産業は宇宙船と建築以外は低迷していて、僕たちがこの星を支えているという自負があるんですけどね」

n140ガロン@困惑3

  誰にも話を聞かれないエアカーの中だから気が緩むのだろう。ガロン技師長は本音を話し始めた。

 フレッド先輩はさすがトップセールスマンだ。

 ガロン技師長によると、重力制御の技術は近年ラールシータ以外でも進んできて、わざわざ辺境まで来るのは宇宙船のような大きな製品に限られてきているのだと言う。
 そのためラールシータの国力が落ちて星内格差が広がっている。
 
「でも、私どもにとってラールの指示は絶対ですから仕方ありません」
「異議を申し立てられないんですか」
「異議を申し立てる場所が無いんです。ラール王室が全てを決めるのでこの星には議会も裁判所もないんですよ」

 話を聞いていたレイターが口を開いた。
「国民議会求めて学生運動が盛り上がってんだろ?」

 ガロン技師長は答えるのを躊躇している。
 独裁のこの星で学生運動が盛り上がっているなんて知らなかった。

 チューブ道路の外を代わり映えのしない茶色い平原の景色が流れていく。
 わたしもフレッド先輩もガロンさんの次の言葉を待った。

 車内の沈黙に押されるようにガロンさんはゆっくりと話し始めた。
「そうです。僕の弟も運動に参加しています。両親はびっくりしていますよ。教皇に逆らうなんて天罰が下ると言って。でも、先日、一律税導入の勅令が出て、若者はみんな我慢ができなくなっています。デモで異議を唱えるしかない。この星の何かが狂ってきているんです」

 一律税というのはお金のある人にも無い人にも一律にかけられる税金で、景気の低迷と重なり、王室に対する反対運動が一気に盛り上がったのだという。
 この星始まって以来のことらしい。

 ドーム市内が近づいてきた。エアカーは白いガスを越えて重力フィールドの中に入った。

 市の中心部、二ノ丸にあるガーディア社は十階建てだった。
 五十階建ての神殿を除くとこの星ではかなり高い建物だ。

 一ノ丸が神殿と行政。
 二ノ丸には高重力産業の企業が集まっている、とガロン技師長が教えてくれた。
 スーツを着た人が行き交うビジネス街の様子はソラ系に似ている。星が荒れているという雰囲気は感じられなかった。

 では明日、ここで十時に、と言ってガロン技師長と別れた。

 ガロン技師長を送った後、わたしたちは八ノ丸にあるフレッド先輩が泊まるホテルへと向かった。

 エアカーを停め、硬化ガラスで仕切られた歩行者ロードを三人で歩く。

「流石だな厄病神は」
 フレッド先輩はレイターに嫌味を言った。

s18歩き@フレッド中心

 来期の予約は取れないし、政情不安だと聞いては落ち着かない。

 『成約率百パーセント』と『厄病神』の第一ラウンドは厄病神に軍配が上がってしまった。
「いやいや、どういたしまして」
 レイターはまるで意に介していなかった。    

「とりあえず、今期の認定が取れたのはよかった」  
 フレッド先輩は仕事の話を始めた。
「そうですね」
 わたしは頷いた。けれど、そこは想定内だ。

「来期の件は本社と相談だ。ラール王室が出てくるとなると厄介だが、検査代をつり上げて様子を見てみよう」
「はい」
 と返事はしたけれどアドゥールさんは金額ではない、と言っていた。でも、他に方法が思いつかない。

「もう、どうでもいいじゃねぇか」
 レイターの言葉にカチンとくる。

「レイターにとってどうでもよくても、うちの会社にとっては大事なことなの!」
「なんで?」
 この人はわたしを馬鹿にしているのだろうか。

「5S-Lが取れなくなっちゃうのよ」
「だけど、あんたんとこのライバルのギーラルもイグートも連邦の宇宙船メーカーが、み~んな5S-Lが取れねぇなら、一緒じゃねぇの。どうでもいいじゃん」
「・・・」
 レイターの言うことに一理ある。言葉に詰まった。

「それにしても綺麗だったな、アドゥールさん。出張に来た甲斐があったぜ」
「確かに美人だ」
 にやけたレイターのたわごとに先輩まで鼻を伸ばしている。

「フレッド先輩まで何言っているんですか」

n170アドゥールスーツ

 仕事と容姿は関係ない。とは言え、アドゥールさんは美人な上に仕事もできる。

 レイターがわたしの顔をちらりと見ながら言った。
「やっぱいいよな、大人の女って」
 わたしに対するあてつけだ。

「失礼しちゃうわ」
 つい、膨れっ面になる。
「あれぇ、ティリーさんのことガキって一言も言ってねぇんだけど。なぁに、怒ってんの?」
 レイターの指摘が余計に腹を立たせる。
「いい加減にしてちょうだい」
 と怒った直後のことだった。

 ダッダッダッツダダ・・・。
 身体が揺れる。突然の轟音。

 バリーン。
 硬化ガラスが割れた、と思った時にはレイターがわたしの体を引っ張っていた。

 キャー。
 叫び声が聞こえる。

 いつのまにかレイターの手にはレーザー銃が握られていた。

 そこからレーザー弾が飛び出した。
 ギューン。ギューン。

銃大人@シャツティリー後ろ

 弾は、向かいにある三階建てのビルへ向かって飛ぶ。
 屋上に大型銃を手にしている男の姿があった。

 弾が男を直撃。
 男の身体が路上に落下する。

 あっという間の出来事だった。
 焦げ臭いにおいと煙。
 硬化ガラスのかけらが散らばっている。一体何が起きたの?
「ティリーさん、フレッド大丈夫か? けがはないか?」

 レイターの声が遠くに聞こえる。レイターがわたしの体を揺さぶった。
「痛いところはないか?」

 どこも痛いところはない。

 パトカーと救急車のサイレンが聞こえてきた。
 近くで怪我をした人が救急隊の治療を受けている。

「な、何が起きたんだ?」
 フレッド先輩も呆然としている。

「あの人どうなったの?」
 レイターが撃った男の人。

 路上に倒れている男を警察官が取り囲む。血だまりが目に入った。
「さあな」
 と、レイターがあいまいに答えた。

 答えを聞くのが怖い。でも、あの人はおそらく死んでいる。

 レイターが撃ったレーザー弾で。
 レイターが殺した。

 これは、現実なの?

 制服を着た警察官が近づいてきた。

 レイターが何か証明書を見せた。
「ボディーガード協会の方ですね。ご協力に感謝します。少しお話を聞かせてください」

 そう言って警察官はレイターに敬礼をした。 

 警察官にその場で簡単に事情を聴かれた。
 名前と連絡先、銀河連邦のソラ系から出張で来たと伝えたら、それで聴取は終わった。

 フレッド先輩は本社へ連絡を入れると言って、足早にホテルへ帰ってしまった。

 レイターは手慣れていた。
 事務的に警察の書類にサインをしている。

n205レイター横顔@2前目真面目カラー2

 ボディーガードという仕事だからだろうか、人を殺害したと言うのに動揺した様子もない。
 これまでにも彼は人を殺したことがあるのだろうか。 

 レイターと一言も口を聞かないままエアカーでフェニックス号に戻った。

 “銃乱射事件が発生”というニュースが居間のテレビで流れていた。
 さっき歩いていた八ノ丸の歩行者ロードが映っている。硬化ガラスが割れ無残な姿をさらしていた。
 モニターに目が吸い寄せられる。

 ビルの屋上から男が歩行者ロードに向けて無差別に銃を乱射した。
 五人の負傷者が出たが命に別状はない。
 男は大型銃を所持しており、その場で警備員に射殺された。
 警備員の対応により被害の拡大は防がれた。 
 男の身元はわかっていない。

 この警備員とはレイターのことだ。
 自分の身に起こったこととは思えない。

 男が倒れていた血だまりは映らなかった。テレビ局がカットしたのだろう。

 マザーが出してくれたホットカフェオレを口にする。味がよくわからない。
 目の前のソファーでレイターはブラックコーヒーを飲んでいた。
 さすがにおちゃらけてはいない。彼は何を考えているのだろう。

 わたしが衝撃を受けているのは、自分が撃たれて死んでいたかも知れない、ということではなく、レイターが人を殺したという事実だった。

 頭ではわかっている。
 男が先に撃ってきたのだ。警察の人も言っていた「正当防衛が認められます」と。
 あの場にいた自分が一番わかっている。

 なのに、男よりレイターの方が怖く感じられた。

 レイターが引き金を引く。
 聞きなれないレーザー弾の発砲音と共に、撃たれた男がビルから落下する。その情景がスロー映像となって頭の中に再現される。
 道にできた血だまりが頭から離れない。

 わたしの故郷アンタレスではこんなことは起きない。銃の所持自体が禁止されているのだ。
 息苦しい。どこかへ逃げたい。

 そうだ、フレッド先輩のところへ行かなくては。

 本社との話はどうなったのだろう。わたしはフレッド先輩の補佐なのだ。明日のための打ち合わせが必要だ。いても立ってもいられない。

「どこへ行く気だ?」
 レイターがわたしの腕を掴んだ。
「触らないで!」
 わたしは反射的にレイターの手を振り払った。

n35怒りカラー

「どこだっていいでしょ。ついてこないで」
「あんたを守るのは俺の仕事だ」
 厄病神にはついてきてほしくない。

「なら、銃を船に置いていって」
「おいおい、ふざけんなよ」
「ふざけてなんていないわ。それができないなら絶対について来ないで。わたしは目の前で人が殺されるのは耐えられないの」

 それだけ言うとわたしは走って船から飛び出した。涙が出てきて前がよく見えない。
 エアポート駅からライナーに乗った。

* *


 ティリーが外へ出て行くのをレイターはリビングのモニターで見ていた。ったく世話の焼けるお嬢さんだ。フレッドのところへ行くつもりなんだろう。
 仕方ねぇ追いかけるか。

 腰を上げると真っ赤な瞳に涙をためて訴えるティリーの顔が目に浮かんだ。「絶対についてこないで」かよ。
 アーサーは何て言ってた? 暗殺協定を発動させろ、か。

n28下向き@前向きむ3

「ったく、めんどくせえな」
 レイターはホルスターから銃を抜くと机の上に置いた。

 すぐに追いついた。
 三十五ノ丸エアポート駅でティリーさんを見つけた。
 少し離れて後をつける。

 おいおい、どこへ行くつもりだよ。それは下り線だぜ。フレッドのいるホテルは上り線だろ。

 想定外の行動にあわてて下りライナーに飛び乗った。
 隣の車両からティリーさんを見張る。

 下りライナーは都下へ入った。
 ティリーさんはいつまでこれに乗ってるつもりかね。いい加減乗り間違いに気づけよ。
 あんなに数字が得意なのに、駅の数字が増えてることに気づかねぇのかよ。

 この先は治安が良くねぇ。そろそろ声をかけるか。  


* *


 景色が流れていく。
 ティリー窓の外をぼうっと見ていた。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。
 初めて聞いたレーザー銃の発砲音。
 男の血だまり。

 ライナーに酔ったのだろうか気分が悪い。
 厄病神のせいだ。
 明日も困難な仕事が待っていると言うのに。

 外の風景に平屋の住宅が増えてきて気がついた。
 さっき乗った上り線の眺めと違う。

 都心部へ向かうつもりだったのに、わたしったら下り線に乗ってしまったんだ。
 わたしはかなりの方向音痴だ。次の駅で上り線に乗り換えよう。

n17ティリー横顔泣きそう電車

 外の住宅や町並みがさっき見た都心の風景より古ぼけた感じがする。

 ガロンさん は格差が広がっていると話していた。
 おそらくライナーで下れば下るほど貧しい地域へ向かうということなのだ。


 * *

 
 ようやくティリーさんも間違いに気づいたようだな。

 ティリーが立ち上がったのをレイターは確認した。
 次は七十二ノ丸ステーションか。上り線のホームへ先回りするとするか。


 * *


 ティリーは七十二ノ丸駅で降りるとエスカレーターで上り線ホームへ向かった。
 乗り換え連絡橋でふと足を止めた。
 駅の窓に夕陽が差し込んでいた。白いガスの空が赤く染まり綺麗だ。

 木が生い茂っている場所が駅の近くに見えた。おそらく公園だ。
 故郷のアンタレスを思い出す。足が自然にステーションの出口へと向かった。

 駅の外へ出る。
 暮れかかった公園に人の姿はなかった。

 連絡橋から見た時は緑の木々に惹かれたけれど、実際に足を踏み入れると緑地は雑草が伸び放題だった。
 ベンチも古く、手入れされていない。枯れた葉やゴミが至る所に散乱していた。

 でも人のいない公園は今の自分には丁度いい。
 何も考えたくない。枯葉を踏む音を聞いて歩くと心が落ち着く気がした。

 人の気配がした。
 木に雨よけのシートがいくつも括り付けてある。その前で何人もの男性がご飯を食べていた。ここで生活しているのだろうか。

 ホームレスと言う言葉が浮かぶ。見てはいけないものを見たような気がした。

 離れよう。
 そう思った時に一人がティリーを指差した。

「何だお前?」
 男たちが次々と集まってきた。ステーションへ戻ろうと思うのに足がすくんで動かない。
「何しに来た?」
 取り囲まれてしまった。十人以上いる。思ったより若い人たちが多い。

「さ、散歩していただけです」
「こんな荒れたところの散歩が楽しいか」
 こ、怖い。

「ハイハイ、そこまで」
 後ろから聞き慣れた声がした。驚いて振り向く。レイターだ。
 どうしてここに?
「俺のティリーさんに手を出すんじゃねぇよ」

下から見上げる 青年にやり

 そう言いながら集団の輪の中へスルリと入ってきた。わたしの隣に立つ。
「何だ。てめぇ、こいつの彼氏か?」

 ち、違います、と否定しようとした時、一人が殴りかかってきた。

 レイターがかわしながら腹部に蹴りをいれる。男が吹っ飛び輪が崩れた。
「この野郎!」
 男たちが次々と向かってきた。わたしは足がすくんだ。

 レイターはが向かってくる男たちを次々と倒していく。
 ボディーガードなのだから当たり前なのかもしれないけれど、この人めちゃくちゃ強い。

n41トレスゆるネクタイ

 思わず目を見張る。
 その時、相手の一人が銃を取り出したのが見えた。 

 わたしは無我夢中で叫んだ。
「レイター! 後ろ、あの人、銃を持ってる」

 とその時、奥から太い声が聞こえた。
「汚い真似はするな」

 男たちはぴたっと動きを止めた。
 銃を手にした男もすぐさま銃をしまった。

 がっしりとした身体つきの男性が近づいてきた。

n160オルダイ

 左頬に大きな傷跡がある。目つきが鋭い。
 どうやらリーダーのようだ。

「おまえらでは分不相応な相手のようだな」
「へぇ、よぅくわかってんじゃん」
 と言いながら、レイターがわたしの手を引いた。

「ティリーさん、走れ。まっすぐだ」
 言われるままに走る。

 男たちが追いかけて来た。

「上りライナーに間違えずに乗れよ。すぐ追いかけるから」
 レイターはわたしの手を離し、男を蹴り倒した。

 思わず立ち止まったわたしを見て怒鳴った。
「走れ!」

n27見上げる4叫ぶ後ろ目逆


 レイターの声に押されてわたしは走った。

 こんなに走るのはハイスクール以来だ。息が続かない、苦しい。
 顔を上げると、七十二ノ丸駅と書かれたステーションの看板が見えた。

 男たちは追って来ていない。
 レイターが食い止めてくれている。

 遠くにパトカーのサイレンが聞こえた。

 上りのライナーがホームへ入ってくる。あわてて乗り込むと三十五ノ丸エアポート行きだった。

 電車に乗っても身体が震えた。
 レイターは大丈夫だろうか。すぐ追いかけると言っていたけど、次の便に乗れただろうか。

 また、レイターに助けられてしまった。

 見慣れた三十五ノ丸エアポート駅が終点だった。
 乗り換えてフレッド先輩のいる八ノ丸まで向かう気力がない。

 わたしはフェニックス号へと戻った。
「お帰りなさい」
 マザーの声を聞きながらリビングのソファーに腰かけた。

 机の上に置いてあるものに目が止まった。胸がドキンと鳴った。
 銃だ。
 レイターの銃だ。

 彼が忘れていくはずの無い銃がここにある。

n38 @4白襟やや口驚き怒り

 彼は船へ置いていったのだ。「銃を船に置いていって」と、わたしが言ったから。

「あんたを守るのが俺の仕事だ」
 レイターの言葉が頭の中でリフレインした。

* *

 公園でティリーさんが男たちに囲まれていた。
「俺のティリーさんに手を出すんじゃねぇよ」
 と言いながら男たちの間に入った瞬間、レイターは嫌な感覚に襲われた。

 こいつら変だ。訓練された動きをしてやがる。

 やっぱ銃を持ってくりゃよかったか。
 後悔したのは一瞬だった。
 身体が勝手に男たちを蹴り倒していた。

「汚い真似はするな」と言って、左頬に傷があるボスが出てきた。そいつを見た瞬間、身体中が警報を鳴らした。
 こいつはやり手だ。身のこなしでわかる。

「おまえらでは分不相応な相手のようだな」

 ふむ、こいつと手合わせしてみたい、という欲求に一瞬かられた。いかんいかん。ティリーさんを逃がさねぇと。

 俺はティリーさんの手を握って走った。
 しかし、足の遅いティリーさん連れたままこいつら振り切るのは簡単じゃねぇ。

「走れ!」
 方向音痴なティリーさんを一人で帰すのは不安だが、ステーションまでは一本道だ。とりあえず、ここで奴らを足止めする。

 ボスはゆっくりと近づいてくる。あいつ、俺の動きを観察してやがる。
 雑魚の相手はやめて、ボスとのタイマンに持ち込むか。

 ウウウウ・・・。

 近くでパトカーのサイレンが聞こえた。
 奴らの動きがピタっと止まる。

「散れ」
 ボスの号令と共に、男たちは蜘蛛の子を散らすように消えた。
 ボスの姿もない。

 あいつら警察に追われているのか?

 まあいいや。
 丸腰は落ち着かねぇ。俺も船に戻ろう。

 さっきティリーさんの服に張り付けた送信機の位置情報を確認する。
 ちゃんと上り線に乗ったな。エアポート行きだ。よかった。

 と、その時。

 気配を感じた俺は、横っ飛びに飛んだ。

画像26

 バシュッ

 レーザー弾か。
 間一髪、生い茂った草むらへ逃げ込む。

 バシュッ

 二発目が正確に襲ってきた。
 草が焼け、煙りが立ち上る。

 これはさっきの奴らじゃねぇ。

 心当たりはある。
 アリオロン軍の工作員、ライロットだ。 
 ちっ、暗殺協定の発動かよ。

 あいつ知ってやがるな、俺が銃を持ってねぇことを。

 よく知った低い声が聞こえた。
「丸腰とは君にしては珍しいな、レイターフェニックス」

n81後ろ目にやり

 草の隙間からライロットの野郎の姿が見えた。

「僕はレイターの双子の弟なんです。善良な一般市民に銃を向けないでください」
「善良な一般市民は人を撃ち殺したりはしないものだ」
 昼間の狙撃犯もこいつらか。

 腹が立ってきた。
 一言言わねぇと気がすまねぇ。
「あの攻撃はなんだよ。民間人を巻き込んだじゃねぇか」

「彼は『暗殺協定』を理解していなかったようだ」
「あんたの部下だろ」
「教育不足を詫びるよ。しかし、君がわざと撃たせたから民間人を巻き込んだんじゃないのかね」
「あいつが撃ってから撃たなきゃ正当防衛になんねぇだろが。あんた以外はよ」

「チャダムはおいしかったかね?」
 安易にアリオロンの店に入っちまったな。八ノ丸が行動圏とみてライロットの部下は俺を狙ったのか。

 ライロットの奴、隙がねぇ。

 話しながら逃げるタイミングをはかる。
「チャダム、久しぶりに食ったらうまかったよ。で、何であんたこんな辺鄙な公園で遊んでんだい?」
 こっそりとネクタイを緩める。

「君を張っていたからさ」
 嘘だ。

 バシュッ

 三発目をかろうじて避ける。
 危ねぇ。やべぇな。

 次、奴が撃った時が勝負だ。あいつも同じこと考えてる。
「君こそなぜここにいる?」
「聞きたきゃ金払え」

 バシュッ
 奴のレーザー弾が発射された。

 同時に俺は草むらから飛び上がる。

 手にしたネクタイを鞭にして、思いっきりライロットの目をはたく。
「うっ」
 ライロットがよろめいた。

 その隙に俺は走り去った。

* *

 
 フェニックス号でティリーはレイターを待っていた。

 遅い。「すぐ、追いかける」って言ったわよね。あれから二時間以上が経った。
 外はもう真っ暗だ。

「俺のティリーさんに手を出すんじゃねぇ」と言って男たちを蹴り倒したレイターが頭に浮かぶ。
 わたしにも彼氏を選ぶ権利があるわ。俺のティリーさんなんて呼ばないでほしい。

 鍛えられた動き。まるでアクション映画のようだった。
 レイターはプロのボディガードなのだ。強いはずだ。

 でも、相手の男の人たちは銃を持っていた。
 レイターは銃を置いていった・・・。

 昼間の出来事が思い出される。
 路上の血だまりとレイターの姿が重なる。

 首を振ってそのイメージを打ち消す。

 その時だった。
 入り口のドアが開く音がした。    まとめ読み版③へ続く 

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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」