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銀河フェニックス物語【出会い編】 第十一話 S1を制す者は星空を制す④

  第一話のスタート版
      S1を制す者は星空を制す①    

プラッタを操縦するレイターの耳にアーサーの無線が入った。
「今どこにいる?」
「どこ、ってサーキットのコース。エースの代わりにプラッタに乗ってんだよ」

 アーサーが一瞬、無言になる。
「エースが襲撃されたという情報が入ったから変だと思っていた。やっぱりお前が乗っていたのか。わかった。必ず優勝してくれ」

「あんたに応援されると、嫌な気分だ。冗談だ、とか言い出すんだろ」

レーシングスーツ

「冗談ではない。我々が探している汚職リストのフィルムが優勝賞品の中に隠されていることがわかった」
「あに?」
「殺された内偵捜査員はリストを副賞のアルファーダイヤモンドの裏に張り付けたんだ。だから死んでも優勝してくれ」

 アルファーダイヤモンド。

 50カラットのピンクダイヤか。時価二億リルだ。銀河総合警備がレベルAの超弩級警備に指定してしまいこんでいる。
「表彰式までは主催者すら触れねぇぞ」
「隠し場所に気付いたアリオロンはギーラル社内に入手ルートを確保した」

 エースがいなければギーラルが優勝する。
「それでエースを狙ったってわけかよ」

「ああ、アリオロンはマフィアの黒蛇にエースの襲撃を依頼したんだ」
 黒蛇はS1賭博で儲けようとしてエースを狙ったんじゃなく、襲う依頼を受けたついでにギーラル社へ張り込んだと。

「お前がエースの代わりに出場してくれたおかげで再度アリオロンが動きはじめた。敵のアジトが割れそうだ」

 敵さんはギーラルを優勝させたい、ってことは・・・。嫌な予感がする。
「おい、次はこの船が狙われるんじゃねぇのか」
「そうだろうな」
「策はあんのかよ?」
「お前に将軍家を受け取りとする生命保険をかけておいた」
「は?」
「冗談だ」
 レイターは思いっきり無線を切った。

 チッ。
 レイターは軽く舌打ちした。 
 あいつ何て言った? 死んでも優勝しろか。

 一瞬、後悔が胸をよぎる。

 そうと知っていればこんなに早く勝負をかけなかった。最後に抜いて逆転すりゃ良かった。
 
 ま、しょうがねぇな。俺は銀河一の操縦士だ。

 第三チェックポイントの前にアクセス反射圏がある。
 
 デジタル機能が失われ、通信も遮断される。
 テレビの中継もここを飛ぶ三分間は途切れる。

 アクセス反射圏へ入ると同時に、レイターはアナログ操縦に切り替えた。
 ナビゲーションシステムも切れたが、予選の航行ログは見たからルートはわかる。

 点在する小惑星を目視でよける。
 敵さんが狙ってくるにゃ格好の場所だな。
 
 目の端に影が映った。

 反射的に操縦桿を動かす。
 何かが右翼をかすめる。飛行に影響なし。

「おいでなすったか」
 目で確認する。
 
 岩石弾。
 敵は本気だ。事故に見せかけて撃ち落とす気だ。

 周回遅れの船が反転し、行く手をはばむように接近してきた。 

 脅しに急接近をかけてみる。
 敵は一歩も引かず、再度、岩石弾を撃ち込んできた。

「この動きはレーサーじゃねぇな。戦闘機乗りだ」
 
 こっちは丸腰。

 だが、プラッタは銀河で一番速い船だ。
「相手になるぜ。俺様を誰だと思ってんだ。銀河一の操縦士だぜ」


* *


 クロノスのピットの裏の控え室でティリーはイライラしながらモニターを見ていた。
「早く、レイターの映像を映して」

 トップのレイターがアクセス反射圏に入ったため、番組は後続のレースを伝えている。
 通信も途切れていてピットもレイターの様子が一切わからない。

t23食事夏服への字

 隣に座るエースが眉間にしわを寄せながら言った。
「アクセス反射圏は予選でもコースを放送していない。彼は初見で飛んでいるのか・・・」
「でも、予選の航行ログは見てました」
 レイターは数字の羅列にしか見えない航行ログを見てはニタニタ嬉しそうに笑っている人なのだ。何とかするはず。

 待つことしかできないピットの空気が張り詰めている。
 メロン監督が渋い顔で聞いた。
「突入から何秒だ?」
「百七十八、百七十九・・・」
 タイムキーパーが百八十をカウントした。
 プラッタが姿を見せない。

 レイターの腕なら三分を楽に切れるるはずなのに。一体、どうしたちゃったのよ、銀河一の操縦士は。

 メロン監督が絞り出すような声で呟く。
「何かあったな」

 二位のギーラル社は一分遅れでアクセス反射圏に入った。

 ウウウウウウ・・・。

 緊急サイレンが鳴った。

「アクセス反射圏で事故発生、事故発生。救助隊が向かいます」
「事故だと?!」
 ピット内の緊張が高まる。

 レイター!! 無事でいて。
 優勝しなくていいから、戻ってきて。わたしは祈った。

* *   
   

『闇の制御室』の中で男たちはモニターを凝視していた。

 レース番組はアクセス反射圏の出口を中継で映している。 
『中で事故があったということですが大丈夫でしょうか? 圏内にはクロノスのエース、ギーラルのオクダ、あと周回遅れの船のあわせて三機がいます』

 小太りの男がにやりと笑った。
「『作戦B』は成功だ。エースを撃ち落したな。傭兵の『処分屋』はさすがだ」
「岩石弾を使わせたので、事故として扱われるはずです」
「無敗の貴公子め、手こずらせおって。あとは、ギーラルが優勝するのを待つだけだ」

 パリパリっとモニターの画面にノイズのような光が走り、アクセス反射圏の出口から船が飛び出してきた。

 その中継映像を見た瞬間、二人は無言になった。
 クロノスの、エースのプラッタだ。

『エースがアクセス反射圏を抜けてきました。今こちらに入ってきた情報によりますと、周回遅れの船が小惑星に激突し事故を起こしたもようです』

「バ、バカな。『処分屋』がレーサーごときにやられるはずはない」
 モニターに向かって叫ぶ男の隣で痩せた男もさすがに焦りを感じた。

「現実を直視しましょう。クロノス社は一位で間もなくゴールします。『作戦B』は失敗しました」 
 だが、まだ終わっていない。

「次は『作戦C』です。アルファダイヤの奪還、もしくは破壊のため軍への協力を要請してください」
「わかった、連絡を入れよう」
 小太りの男はルト星軍の司令部に秘密回線をつないだ。

* *

 レイターが操縦するプラッタがルトワンの直線滑走路に着陸。
 観客が総立ちになって小旗を振る中、一位でフィニッシュした。

『優勝はクロノスです。無敗の貴公子、エース・ギリアムが、今、八万人の観衆の前でゴールを切りました。船は一旦ピットへ入ります』

 ピットの奥で素早くレイターとエースが入れ替わる。
 エースが頭を下げた。
「レイター。ありがとう。すまなかった」
「礼はいらねぇ。賞金は忘れるなよ」

n27見上げるレースやや口開く怒り逆

 レイターがヘルメットを手渡す。中に何かが入っている。遠隔装置だった。
「五年前のことも謝っておきたい」
「はぁ?」
「君が会社を辞めたことだ」
「あのなあ、メロンの親父にも言ったけど昔のことなんて俺はどうでもいいんだ」

「だが君は僕に対して怒っているじゃないか」
「ああ、怒ってるさ。せっかくティリーさんと二人っきりで出張へ行くはずだったのによお。ったく、あんたのせいで・・・」
「君、ティリー君のことを」
「フン」
 連邦軍の仕事のないアブダ星系で、のんびりティリーさんとS1プライムを楽しむという俺の計画は、こいつのせいでぶち壊しだ。

 レイターは更衣室に入ると素早くスーツに着替えた。
 モニターにはウイニングランをしているエースの姿が写っている。

 番組の解説が聞こえた。
『無敗の貴公子はまた今年もやりましたねえ。この記録はいつまで続くんでしうか』
「勝手に言ってろ」

 さて、アリオロンはどうでてくるか。
 汚職リストが張り付いた優勝商品のアルファダイヤは会場地下の金庫に厳重に保管されている。 

 あいつらダイヤを狙ってくるな。

 とりあえずクリスに知らせるか。銀河総合警備の無線に接続する。
「クリス聞こえるか」
「どうした?」
「賞品のアルファダイヤを狙っている窃盗団がいる」
「何っ!」

「俺は今から地下の金庫へ向かう。あんたは警察と連携して警備を強化してくれ」
「わかった」


* *


 レイターはすごい。銀河一の操縦士だ。
 ティリーはエースのウイニングランを生で見ながら、感動に震えていた。

「ティリー君」
 背後からわたしを呼ぶ声がする。振り向くとメロン監督が立っていた。
「君に頼みがある」
「はい、何でしょうか」
「ジェニファーの代わりに、表彰式でエースの賞品の受け取りを手伝ってもらいたいんだ」
「え??」

n11ティリー驚く

 思いもよらない言葉だった。

 レースクイーンのジェニファーは表彰台に上ったエースの後ろに立ち、次々と渡されるトロフィーや花束をワゴンへ運ぶ担当だった。
「他にもレースクイーンはいるじゃないですか」

 監督は声を落として言った。
「エースが腕を怪我していることは社員である君以外知らないんだ。うまくフォローして欲しいんだよ」
 エースがけがをしていることがわかったら、そして選手登録していないレイターが身代わりで操縦したことがばれたら、優勝取り消しどころか失格になってしまう。

 これは大事な仕事だ。
「わかりました」
 
 ジェニファーの動線は頭に入っているけれど緊張する。
 レースクイーンの予備のスーツが渡された。

 こんなミニ丈のスカートなんて履いたことがない。恥ずかしい。
 しかもウエストがきつい。
 よくこんなスカートをジェニファーは履いていたなと感心する。

 救いは制服っぽい上着があって、露出が少ないことだ。
 ジェニファーは上着を着ないで舞台に上がる予定だったけど、わたしには無理。  
   

* *

地下金庫へ向かう階段を駆けおりながらレイターはネクタイを締め直した。
 暑苦しいが仕方ねぇ。警備の奴らは身なりにうるさい。

t28ネクタイむ逆

 金庫室の前に到着した。入構証を通して中に入る。

 レベルAの超弩級警備だが、今、俺は内部の人間だ。
「異常無いか?」
「はっ」
 大型銃を手にした『銀総』の警備員が俺に敬礼する。
 
 ちょうど、トロフィーなどの賞品が金庫からエレベーター内へ移されているところだった。
 このエレベーターは表彰式のステージへ直行する。

『これより表彰式を行います』
 金庫脇に吊るされたモニターから司会者の声が聞こえた。
 エースの顔がアップで映っていた。
 この映像でステージの進行状況がわかるようになっている。

「アルファダイヤは?」
「こちらです」
 ちょうど金庫から取り出されたダイヤがエレベーター内に運ばれた。
 紫のビロードの台の上に鎮座している。
 直径三センチという大きなダイヤは薄いピンク色の輝きを放っていた。

 「確認する」
 白い手袋をはめて手に取る。
 クリスから連絡が入っているから誰も俺を止めない。
 
 ネックレスのためのチェーンがついていた。
 重いな。純金か。
 ダイヤをひっくり返すと、情報通りに透明なフィルムが貼られていた。

 警備員に気付かれない様に素早くフィルムをはがしダイヤを元の位置に戻す。
 あっけないほど簡単な作業だった。

 エレベーターから出た俺は素知らぬ顔で指示を出す。
「窃盗団はステージ上で狙うことも考えられる。気をつけてくれ」
「わかりました」
 制服を着た二人の警備員は緊張した面持ちで賞品と共にエレベーターに乗り込んだ。

 金庫室の外の廊下へ出ると俺は無線でアーサーを呼んだ。

「アーサー。任務終了だ。リストは転送した。後は勝手にやってくれ」
「お疲れだった。こちらもあと少しでアリオロンのアジトがわれそうだ」

n30アーサー軍服微笑@

「ったくほんとに疲れたぞ、割り増し料金にしろよ」

 金庫室へ戻る。
 ふぅ。一息入れよう。

 椅子に座ってモニターを見ると俺は思わず笑った。
 ティリーさんが賞品を受け取るレースクイーンを担当していた。

 ミニスカートが似合っていてかわいい。

 受け取る仕草がぎこちなくて素人感丸出しだ。
 おかげでエースの左手の不自然さがごまかせている。

『続いて、副賞のアルファダイヤが贈られます』
 ダイヤを狙うなら勝手に狙え。
 もうあの宝石に相場以上の価値はない。

 エースがアルファダイアを手にした。
 ティリーさんに手渡すために後ろを向く。

 次の瞬間、俺は血の気が一気に引き、モニターに向かって叫んでいた。
「エース! あの野郎何しやがる!! ティリーさんが危ねぇじゃねえかよ」

 ステージへの直行エレベーターはもう降りてこない。
 くっそぉ。
 俺は金庫室を飛び出すと二段とばしで階段を駆けあがった。

* *

 ティリーは現実感の無い世界へ迷い込んだようだった。

 自分が無敗の貴公子と一緒にS1の表彰台のステージにいる。

s110エースとティリーレースクイーン

 こんなこと妄想したことすらなかった。
 ひっきりなしにたかれるマスコミのフラッシュに酔いそうになる。

 エースはトロフィーを右手で高々と上げて優勝のポーズを決めている。堂々としていて左手を怪我をしているとはとても思えない。

 トロフィーを受け取りワゴンに乗せる。

 重たくてよろめきそうになる。エースはよくこれを片手でかかげたなと感心する。

「続いて、副賞のアルファダイヤモンドが贈られます」
 50カラットのダイヤは、ピンク色に輝いていた。

 エースはあのダイヤをどうするのだろう。
 自分ではつけないだろうから、飾っておくのか、誰かにプレゼントするのか。

 ダイヤを手にしたエースがわたしの方を向いてにっこりと笑った。 
 アルファダイヤを受け取ろうと手を差し出すと、エースは不自然な動きをした。

 ネックレスのチェーンを広げて右手と左手に持つとわたしの頭上へとかかげた。
 呆気にとられて見上げるわたしの目の前でゆらゆらと巨大なダイヤが揺れる。
 そして、彼はダイヤをわたしの首にかけた。

 信じられない。
 エースのファンに殺される。    

 胸元でアルファダイヤが揺れた。
 重たいし緊張する。

 でも、もう二度とこんなダイヤを身に着けることはないだろう。どこかでときめいている自分がいる。

 シャンパンファイトが始まる前にわたしはステージ脇の階段から下へ降りる手筈になっている。 

 階段の下にレイターが立っていた。

 ミニスカートをのぞこうっていうんじゃないでしょうね。
 と、一瞬疑ったけれど違う。
 レイターの表情が怖いほど真剣だ。どうしたんだろう。怒ってる?
 
 レースクイーンの格好をしていることに腹を立てているのだろうか。

 レイターはものすごい勢いで階段をかけ上ってきた。
 そして、いきなりわたしの体を抱きかかえて一気に駆けおりた。

s16お姫様抱っこ2

「ちょ、ちょっとレイターどういうこと?」
 何も答えない。
 ネクタイをきちんとしめていた。めずらしく息がはずんでいる。

 ふっと、切ない表情でわたしを見た。
 顔が近い。

 な、何なの。
 下までおりるとレイターはわたしを下ろし、首から下げていたアルファダイヤのネックレスをもぎとるようにはずした。

「このダイヤは俺のもんだ。クリス、ティリーさんを頼む」
 言うが早いかレイターはわたしの体をクリスさんに押しつけて走り出した。

 レイターが賞品、賞金をよこせと言っていたことを思い出す。

 確かにそれはレイターのものだ。

 でも、わざわざまるで見せびらかすかのようにこんな場所で持っていかなくてもいいんじゃないだろうか。

n14ティリー振り向き@レースクイーン

 と、その時、
 パシパシっとはじけるような音が聞こえた。

 後ろ姿のレイターがスキップするようなステップをする。その足元で小さな火花が飛んだ。

「レイターを援護しろ。敵は近くにいる」
 クリスさんが無線で指示を出す。

 今のは銃撃? レイターが狙われているの? 

 レイターは一番手前にあったピットへ滑り込むと姿を消した。
「どういうことですか?」
「窃盗団があの賞品のアルファダイヤを狙っているんだ。私は警備本部へ戻る。あなたも一緒に」
 クリスさんは有無を言わさずわたしの手を引いた。
 
 その時、わかった。
 レイターはわたしを守るためにダイヤを奪い取ったのだ。

* *

 闇の制御室から小太りの男が作戦命令を発した。
「『作戦C』だ。アルファダイヤを奪還もしくは破壊せよ。あの金髪の男を殺しても構わん」
「了解」
 我がルト星軍の特殊部隊から返事が来た。後は彼らに任せる。

 その隣で痩せた男は最後の作業を急いでいた。
 私にとってはアルファダイアも汚職リストもどうでもいい。我々アリオロンの目的は連邦の宇宙船新技術の入手だ。

 
* *

 サーキットでの発砲に気付いたスタンドの観客がざわつき始めた。

 警備本部でクリスが大声で指示する。
「一人の怪我人も出すな! 観客を安全な経路で誘導する。窃盗団は警察で捕まえてくれ」

 ヒル警部が答えた。
「わかっている。被害を防ぐためレイター・フェニックスを西倉庫へ向かわせてくれ。私も現場へ向かう」

 正面のスクリーンにレイターの現在位置が、そしてその脇のモニターに監視カメラの映像が映し出されている。

 追っ手は少なくとも五人。
「レイター。聞こえるか。窃盗団をスタジアムから引き離す。西Bゲートの渡り廊下から西倉庫へ向かってくれ」
「了解」 
 レイターの声が聞こえた。     


* *


 暑い。
 何だか今日は走ってばっかりだ。

 汗がべとべとする。シャワーを浴びてぇ。
 もう、こんなダイヤに用はねぇ。追ってくるあいつらにくれてやるのに。 

 アーサーから連絡が入る。
「時間をかせいでくれ。敵の命令系統からあと少しで発信元が判明しそうだ」

s21レイタースーツふりかえりとアーサー正面

 追っ手をまくな、殺すな、殺されるな、ということかよ。
 簡単に言ってくれるぜ。

 S1のレースってのは体力を使うんだぜ。さすがに俺も疲れた。

 さっきのレースがよみがえる。

 最新鋭のS1機は、普段のバトルとは違った。
 反応がシビアだ。俺は身体中の神経と感覚を研ぎ澄ました。
 
 集中に次ぐ集中。
 俺の能力とプラッタの性能の力比べ。
 船が壊れるか俺が倒れるかっていうGにもプラッタはよく耐えた。

 そうさ、S1は俺のガキの頃の夢だった銀河最速レースだ。
 なのに、なぜだ。
 『あの感覚』は訪れなかった。

 ダダダダダッ。
 追っ手が連射してくる。 

 余所事考えてるヒマはねぇ。
 スタジアム内の地図を頭に描き、物陰に隠れながら進む。
 西倉庫まであと何メートルだ? 

 あいつらプロだ。訓練された動き。 
 ルト星軍だな。

 息が切れてきた。
 苦しい。 
 アーサー、早くなんとかしろ。

 監視カメラで見ているクリスから連絡が入る。
「レイター、もう少しだ。西Bゲートの渡り廊下に到着すれば待機している警官隊が援護する」
「了解」
 角を曲がれば西Bゲートだ。あと少し。

 ヘルメットをかぶり盾を構えた警官隊が見えた。
 これで一息つける。 
 援護を頼むぜ。

 だが、警官隊はピクリとも動かない。

 クリスがあわてて無線で呼び掛ける。
「おい、ヒル。レイターが見えるだろう。援護して窃盗団を捕まえろ!!」
「今は動けん。警視総監の命令だ」
 ヒル警部の機械的な返事が警備本部に響く。

「なんだと?」
「西倉庫で一網打尽にする」

 レイターは走りながら二人のやり取りを聞いていた。

 そうだった。このダイヤを追っているのはルト星政府だ。あいつらこのダイヤを消したいんだ。
 やべぇ。西倉庫なんざへのこのこ行ったら俺も消される。

 ルート変更だ。

n30前向きむ2

 渡り廊下は渡らねぇ。西Bゲートから外へでる。向きを変えた。

 その時、
 ガガガガガガッツツ

 警官隊がレイターの足元に向けて一斉に威嚇射撃した。

 嘘だろっ。
 だから、サツは嫌ぇなんだ。

* *

「やめて!」
 警備本部の映像を見てティリーは叫んだ。

 レイターに向けて警官隊が発砲している。 

 クリスが無線に怒鳴った。
「ヒル、やめろ。どういうつもりだ!」
「警備会社の指示は受けん」
 警察の威嚇射撃で道をふさがれたレイターは仕方なく渡り廊下へ向かった。

 その先は西倉庫だ。

* *

 アーサーはS1が開催されているサーキットスタジアムに近いキャンプ場にエアカーを停めた。ワゴン車が後に続く。
 ここはS1プライムを観ようと、集まったファンたちの臨時駐機場になっている。

 そこに目的のコンテナ船があった。

 逆探知に引っかかった作戦指示はこの船から出ている。
「踏み込むぞ」
 アーサーを先頭に銃を構えた連邦軍の特命諜報部員たちが次々と飛び込んだ。

 そこは、『闇の制御室』だった。

 狭く暗いコンテナ船内。S1ネットワークから新型船のデータを抜き取る機器の光が点滅している。 

 奥に男が並んで座っていた。小太りの男と痩せた男。
 二人は驚いた顔でアーサーを見つめる。

「ルト星公安局ラク・ドルタ次長ですね」
 アーサーが小太りの男に逮捕令状を示した。

n32上向き口開き逆

 次の瞬間、
「『作戦D』全ての証拠消去」
 痩せた男が手元のスイッチを押した。
 
 リモートコントロールの起爆装置。 
「退避せよ!」
 アーサーが隊員に指示しながら後ろへさがる。

 アーサーは走りながら無線に向かって大声で叫んだ。
「レイター、逃げろ!」     

* *

 西倉庫の中は直方体のコンテナがいくつも積まれていた。

 その一つの影にレイターは隠れた。追っ手の足音が止まった。
 敵さんも倉庫へ到着したようだな。

 銃を握り直す。

 左手にアルファダイヤを握ったままだった。
 大きなダイヤを見つめると表彰式のティリーの姿が頭に浮かんだ。

n28下向き下目切ない逆@

 かわいかったな。ミニスカート。
 ステージから抱きかかえて降りた時の感触が思い出される。

「ちっ、世の中っつうのはうまくいかねぇもんだ」
 レイターがつぶやいた時、アーサーの緊迫した声が無線から響いた。
「レイター、逃げろ!」

 世界が真っ白に輝いた。


* *


 ボッ。
 ドワァアアアン。

 その音と振動は遠く警備本部まで響いた。
 ティリーは燃え盛る倉庫を映すモニターの映像が現実のものとは思えなかった。

 本部の中に警戒サイレンが鳴り響く。
「西倉庫で爆発。近くの臨時駐機場でも同時刻にコンテナ船の爆発がありました。人為的な爆破の可能性あり。消火活動に入ります」
 
 西倉庫に設置されていたモニターは白と黒の点滅を繰り返している。爆発の衝撃でカメラが壊れたようだ。

「レ、レイターは?」
 あの炎の中にレイターがいるの? 信じられない。信じたくない。隣に立っていたクリスさんが動いた。
「臨場する」
 クリスさんの手をつかむ。
「わたしも行きます」
 クリスさんは口を真一文字にしたままうなずいた。

 西倉庫には近づけなかった。
 
 集まった消防車が放水しているけれどそれは消火というより延焼防止だった。火の勢いは衰えていない。

 警察が立ち入り禁止区域をテープで仕切っていた。

 クリスさんがテープをくぐって中へ入っていく。
 わたしもあとに続いた。
 炎の熱が肌に感じられる。煙で目が痛い。

 突然クリスさんが走り出した。
 その先に現場を仕切るヒル警部の姿があった。
「レイターはどこだ?」
 クリスさんの問いにヒル警部は炎に包まれる倉庫を指差した。
「あの中だ」

 膝ががくがくと震え始めた。

n12ティリー正面レースクイーン青筋

 倉庫の炎は天井まで焼き尽くしている。救助に入れる状況でないことは一目でわかる。
「ヒル、貴様ぁ」
 クリスさんは思いっきりヒル警部の右頬をなぐった。

 消火作業で濡れている地面にヒル警部の身体が転がる。
 警部は泥を払いながら立ち上がると悲しそう目でクリスさんを見た。

「爆発のことは本当に知らなかったんだ。俺は上層部から関係者全員を西倉庫へ追いやれという命令を受けただけだ」
「誰が爆破したんだ?」
「わからん。これから捜査する。知っていたら彼を倉庫に追いやったりしなかった。それはほんとだ」

 火は二十分で鎮火した。
 あたりには焦げ臭いにおいが立ち込めている。まだ熱い倉庫の中へ消防の救出ロボットが向かった。

 近くに設置された消防本部のテントでクリスとティリーは小型モニターを食い入るように見つめていた。

 救出ロボが倉庫内の映像を送ってくる。
 真っ暗な内部は煙でほとんど見えない。
 レイター、怪我でも何でもいいから生きていて。

 救出ロボの声が聞こえた。
『倉庫内に生命反応なし。爆発当時、倉庫には七人がいたが生存は絶望的』

 倉庫にいた七人のうちの一人はレイターだ。
 頭がうまく働かない。その情報から導き出される結論を身体中が拒否している。
 クリスさんも何も言わずに次の情報を待っている。

『確認された遺体は四体。黒焦げで性別・身元はわからない。そのほかの遺体はおそらく爆発で吹き飛んだとみられる』

 わたしはイライラしながら自分の携帯通信機の画面を見た。「返信ください」と、さっきからずっとレイターにメッセージを送っている。

 返信はない。読んだ気配もない。

 クリスさんが話し始めた。
「俺はあいつがこんな十二のころからの知り合いなんだ」
 そう言って自分の腰の辺りを示した。
 わたしに話しかけているのかつぶやいているのかわからない。
「あいつ、口は悪いがいい奴でさ。今回、俺が誘わなきゃ・・・」

 嫌だ。
 レイターの思い出話なんて聞きたくない。     

 レイターが最後に見せた切なそうな顔が頭に浮かんだ。

n28下向き下目切ない逆@

 表彰台でレイターに抱き上げられた感覚がよみがえる。こんな時なのに胸がときめく。何を考えているんだわたしは。

 これまでに見たことの無い表情だった。
 彼はこうなることがわかっていたのだろうか。

 打ち消すように首を横に振った。

 レイターは不死身だ。

 携帯通信機を音声通話画面にしてレイターの連絡先にタッチする。
「現在、通話に出られません」
 機械的な音声が流れた。

 続けてフェニックス号に架ける。マザーが出た。
「レイターいる?」
「戻っていません」
「連絡は?」
「ありません」
 息が苦しい。

 でも、レイターは銀河一の操縦士。
 必ず船に戻ってくる。
 彼の戻る場所はフェニックス号しかないのだ。

「わたし、レイターを船で待ちます」
「駐機場まで送ろう」
 クリスさんの申し出を断った。
「ここで、レイターを探してください。お願いします」

 S1プライムから帰宅する客の混雑が続いていた。

 どうやって帰ったのかよく覚えていない。陽が落ちかかり薄暗くなる中、駐機場に着いた。
 フェニックス号に灯りがともっている。
「う、うそ」
 わたしは走った。

 レイターはケチ、もとい節約家なのだ。マザーは人がいないときに照明を点けたりしない。

 フェニックス号の居間にレイターはいた。
「よお、お帰り」
 のんきにソファーに座ってテレビを観ている。
 倉庫の爆発火災をニュースが伝えていた。

 すっかりリラックスしてスウェットの上下に着替えたレイターは頭にタオルをターバンのように巻いていた。

Tn1レイタータオル

 幽霊じゃない。レイターは生きている。
 
「ぶ、無事だったのね。メッセージ送ったのにどうして返信してこないのよ」
「あん? 汗かいたから、早くシャワー浴びたかったんだ」
 
 レイターが通信機を手に取って笑った。
「およ、ティリーさんからこんなに愛のメッセージが届くとはうれしいねぇ」

 安心すると同時に腹が立ってきた。
 レイターのこの緊張感の無さは何。

 爆発に巻き込まれたと思ってあんなに心配した自分が馬鹿みたいだ。
 大体わたしのボディーガードなのに、先に戻ってくつろいでいるってどういうことなの。

「倉庫の炎上に巻き込まれたのかと思って心配したのよ」
「まあね。今度、火の輪くぐりを宴会芸に加えよっかな」
 燃え盛る炎が頭によみがえる。やっぱりあの中にレイターはいたんだ。

「あそこにいた人は誰も助からなかったのよ。一体どうして?」
「俺は不死身だって言ったろ」
 レイターはニヤリと笑った。
「冗談は止めてちょうだい」

「エースに感謝しなくちゃな」
「どういうこと?」
「レースに出た時に借りた、あいつの耐火スーツ下に着たままだったんだ。さすがS1仕様は高性能だな」
 こともなげにレイターは答えた。
 もしレイターがそれを着ていなかったら・・・。

「だけど、髪の毛がこげちゃったんだよ」
 タオルをとったレイターの髪は毛先がぱさぱさになっていた。
「だからトリートメント借りた」
「えっ?」
「さっきちょうど船に届いてさぁ」
 机の上を見ると箱が無造作に開けてある。

 思わず駆け寄ってのぞき込んだ。
「うそでしょ?」
 きのう、わたしが通販で注文した高級ヘアケアセットだ。

 普段使っているシャンプーの十倍近い値段がしたけれど、エースのためにきれいになろうと奮発したトリートメントの封が開いていた。

「ちょっと、これ、いくらしたと思ってるのよ! わたしより先に使うなんてひどいじゃない!」
 レイターに詰め寄る。

「S1の賞金もらったらお代は払うから、そんなに怒るなよ」
 怒るなと言われるとさらに腹が立つ。
 わたしがどんな思いでこれを購入したか知らないくせに。

 しかも、小さなボトルの中身が半分近く減っている。
「どうしてこんなにたくさん使うの!!」
「ダメージヘアの人は多めにって書いてあるんだ、ほら」

 喜怒哀楽のジェットコースターに乗っているような一日にわたしは自分の感情をコントロールできなくなっていた。

 レイターがにやりと笑いながら言った。
「ティリーさん、いつもその格好してたらいいじゃん」

 その時気がついた。
 レースクイーンのミニスカートのスーツを着たままだった。

n11ティリー顔赤らめむ逆

 は、恥ずかしい!

 レイターが生きてて良かったという喜びも安堵感も、日常の怒りの前にふっ飛び、わたしはおもいっきり叫んだ。 

「ばかばかばかばかばか!! レイターのバカ!」 
 そのまま自分の船室へと走ったわたしは、力一杯ドアを閉めた。         (おしまい)  第十二話 「恋バナが咲き乱れる頃に 」へ続く

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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」