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銀河フェニックス物語 【出会い編】 第三十二話 キャスト交代でお食事を(まとめ読み版)

銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>マガジン 
<出会い編>第三十一話「恋の嫉妬と仕事の妬み」

 本社で下りエレベーターに乗り込んだベルは、声を掛けられるまで全く気づかなかった。
「ベルさん、お帰りかい」
 真横に立っていた姿勢のいい男性が、レイターだったとは。

「あら、レイターは仮装パーティ?」
「役員の警護だったからな」

n26スーツ後ろ目にやり色

 ティリーが名付けた『よそいきレイター』だ。

 髪の毛固めて、ネクタイをきっちりしめて、普段のだらしない格好とは大違いだ。
「きょうは、これであがりよ」
 レイターと正面玄関から外へ出て並んで歩く。

 会社の近くにオープンした、ビストロフレンチの前を通る。
 いつも混んでいるのに、夕方早めの時間だからか人が並んでいない。
「夕飯、一緒に食べない?」
 思いつきでレイターを誘った。
「いいねぇ」

 席に座って正面から見ると、レイターは結構イケメンでかっこいい。
 フェル兄には負けるけど。

「このワインはお値打ちだぜ、当たり年だ」
 ソムリエみたいにワインも詳しい。
 便利な人だ。
 赤ワインをボトルで頼む。

 グラスを傾けながら、レイターに聞いてみる。
「ねぇ、ティリーのこと、どう思ってるの?」

レイターとベル乾杯イヤリングなし

「あん?」

 ヨマ星系で立てこもり事件にあってから、ティリーの様子がおかしい。レイターのことを意識してる。

 「レイターのこと、どう思ってるの?」ってティリーに詰め寄ると「レイターには『愛しの君』がいるから」ってかわされた。

 間違いない。
 ティリーはレイターのことが好きなんだ。

 不思議なことにそういう気持ちって、周りに見えてて本人だけ気づいてなかったりする。
 女友だちとしては、お節介を焼きたい、と親切心がもたげてくる。親切心? 違うな、わたしがキューピッド役を面白がってる。

 今度はレイターを攻めてみよう。

「『愛しの君』はもういないんでしょ。七年前に亡くなったって聞いたよ」
 レイターが困った顔をしながら答えた。
「七年経とうが、俺は愛してんだ」

「今も?」
「今も」
「これからも?」
「これからも」
「一生?」
「一生」

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 レイターが『愛しの君』のことを本気で愛してることはわかる。

 けど、困った表情をしているのは、ティリーのことも好きだからだ。
「じゃあ、どうして『俺のティリーさん』て、ちょっかいかけるわけ?」

「他の男と付き合って欲しくねぇから」
「何なのよ、それ」
「俺のわがままさ」

* *


 ティリーさんを所有はしねぇ。
 だが、他の誰にも所有されたくねぇ。俺の単なるわがまま。

 クライアントの警護対象者。かつ宇宙船レースの観戦仲間、っていう現在のつかず離れずのこの距離間が、俺の中では絶妙のバランスをとっている。臨界点ギリギリだ。

  この間、立てこもり犯から救出する際にティリーさんを抱きしめた。あまりにかわいくて、心が持っていかれそうになった。やばかった。

s18@戦闘服

 リアルな感触が、俺の幸せな記憶を上書きしそうになる。
 

 いつまでも、このままでいるわけにはいかねぇことはわかってる。
 ダチのロッキーに言われるまでもなく、問題を先送りしていることもわかってる

 それでも、ティリーさんに好きな人ができるまで、楽しませてもらいたい、っていう俺のささやかな願い。

 ベルさんが、正しい指摘をする。
「レイター、あなたって何でも器用にこなせるのに、恋愛は不器用だよね」
「不特定多数の相手は得意だぜ」
「そういうこと言ってるからダメなのよ。ティリーは、レイターのこと好きなんだよ」  

上向きカラー2s

 ベルさんは、思いっきり直球を投げてきた。
 こんな剛速球。誰も打てねぇよ。

 これ以上は危険水域だ。

「前にも言ったろ、俺は特定の女性とはつきあわねぇ主義なんだ」
 バントのような、しょぼい答えを返す。これでこの話は終わりだ。 

 俺は運ばれてきたリエットを、焼き立てのバゲットに乗せて口に入れた。
 きちんと丁寧に作られた味だな。
 赤ワインとよく合う。

「でもさあ、どういうわけか、ティリーも一歩引いてるんだよね」

n43ベル正面@水色タートル口開くカラー

 ベルさんは話を続けた。
 どうやら俺を恋愛話のゲームに出塁させたいらしい。
「だろうな」
「どうして?」
「まじめに答えて欲しいかい?」
「もちろん」

 あんまり食事中にしたい話じゃねぇが、しょうがねぇ。

「俺が人殺しだから」
「・・・・・・」
 ベルさんが無言で俺を見つめる。

「俺は、ティリーさんの目の前で、人を撃ち殺したことがある」

 ティリーさんの初めての出張。
 俺は、狙撃犯を射殺した

銃大人@シャツカラー

  思いのほか、ベルさんは平然としていた。
「さすが厄病神だね。でも、理由があったんでしょ」
「そりゃそうさ。正当防衛さ。あっちが撃ったから俺も撃った」
 ベルさんは、じいさんが皇宮警備の元長官、父親は連邦保安官だ。血なまぐさい話に慣れてるな。

「ティリーは、平和で真面目な星の出だからね」
 出身星系のアンタレスでは、銃を所持することすら許されない。

 メインディッシュの仔牛のソテーが、二人分運ばれてきた。

 俺が切り分ける。
 ナイフがいい具合に肉に入る。適度な焼き加減。少しだけにじむ血を見ながら、今度は俺がベルさんにボールを投げた。
「ベルさんは、もし、フェルナンドが目の前で人を殺したらどうする?」
「ど、ど、どうしてフェル兄の話が出てくるのよ」

n26横顔前目微笑逆

 フェルナンドはベルさんの従兄弟で、俺と同じボディガード協会ランク3Aの同業者。先日、ティリーさん含め4人で食事に出かけた。

「あんた、フェルナンドのこと好きなんだろ?」
 直球ストレートでお返しだ。
「なんでわかったの?」 

 わからないと思っている方が不思議だ。ベルさんの顔が赤くなった。かわいい。

 俺はベルさんの皿にソテーを取り分ける。
「そりゃわかるさ。恋する瞳が輝いてる」

 ベルさんが、俺を見て答えた。
「フェル兄は、意味なく人を殺したりしないよ」
「俺だってしねぇよ」
 と返したが、俺は殺し屋だ。フェルナンドとは違う。
 
「わたしは受け入れるよ。フェル兄のこと信じているから」
 フォークに刺した肉を口に入れてゆっくりと噛む。塩加減も固さも文句のつけどころがないソテー。
 フェルナンドがうらやましいな。

 俺は、いじわるな質問がしたくなった。
「フェルナンドが隠し事してたらどうする?」

ひまわり大

「構わないよ。わたしに隠すことに理由があるんだから、仕方ないよ」
 すごいな、ベルさんは。

 俺は素直に感動した。フェルナンドに聞かせてやりてぇ。

 もし、ティリーさんが、俺にここまで全幅の信頼を置いてくれたら・・・。
 何、妄想してるんだ俺は。浮かんだ考えを即座に打ち消す。

 連邦軍の特命諜報部員は、家族にもその所属を隠して活動する。
 俺に家族はいねぇ。 
 フローラが死んで、もう誰も愛することもないし、家族を持つこともない。
 強いて言えば、将軍家が家族代わりだ。

 こんな俺は諜報部員に適任だ。
「お前、父上のために働かないか?」
 特命諜報部の隠密班を受け持つことになったアーサーの申し出を、俺は悩むことなく受け入れた。

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 これまでに俺は、何人殺しただろう。

 もともと褒められた育ちじゃねぇし、戦地でも随分と活躍して、暗殺協定にも躊躇しなかった。

 こんなことは、ティリーさんに明かせねぇ。
 銃も軍隊も嫌ってるティリーさんと俺が、つきあえるわけがねぇんだよ。

 俺は特定の女性とはつきあわねぇ。
 そのことを了解した上での、深い仲の女友だちはいる。
 いつ死んでもいい楽しい毎日。それ以上、俺が人生に求めるものは何もねぇ。   

 * *

 
 会社帰り、ティリーは自宅へと歩いていた。

 最近オープンした、おしゃれなビストロフレンチの前を通る。
 きょうも入り口に行列ができている。一度入ってみたいね、ってベルと話しているけれど、空いていたことはない。

「え?」

ティリー歩き逆大

 足が止まった。

 店の窓ガラスの向こうに、見間違うはずのない顔が見えた。
 胸がドキンとなる。
 よそいきレイターだ。

 その向かい側にはベルが座っていた。
 どうして? 
 そんな予定は聞いてない。

レイターとベルカラー

 真剣な表情で話をしている二人の横顔は、親密に見えた。

 反射的に窓に背を向けた。

 逃げるようにその場を立ち去る。
 足早に歩きながら考える。

 別にベルとレイターが一緒に食事をしていたって、不思議じゃない。仕事の打ち合わせかもしれない。プライベートだって構わない。

 どうしてわたし、逃げたりしたんだろう。動揺する方がおかしい。

 そうか、ベルのせいだ。
 一緒にあの店へ行こう、って言ってたのに、ベルに裏切られたようで寂しいからだ。


「ティリーさん」
 聞き覚えのある声がわたしを呼んだ。足を止めて振り返る。
「怖い顔をしてどうしたんですか?」
 フェルナンドさんだった。

n41正面微笑

 その顔を見たら、つい、誘ってしまった。
「一緒にお食事でもいかがですか?」
 ベルの憧れの人だと知っているのに、わたしったら。

 ベルがレイターと二人で食事をするからだ。

「いいですよ。どちらへ行きますか?」
 フェルナンドさんの落ち着いた声を聞いたら冷静になった。
 罪悪感にかられる。二人で食事をしたらやっぱりベルに悪い。

「あ、あのハンバーガーでもいいですか?」
 ファストフードのチェーン店が目に入った。このくらいならベルも許してくれるだろう。


 店内は学生であふれていた。

 スーツをビシっと決めて背筋の伸びたフェルナンドさんは、ちょっと浮いている。申し訳ない。
「場違いでしたね。すみません」
「いえいえ、久しぶりで新鮮です」
 ハンバーガーにポテト。紙のコーヒーカップが乗ったトレイを、カウンターの上に置く。

 隣に座ったフェルナンドさんがわたしに聞いた。
「どうかしたんですか?」

ティリーとフェルナンド一本

 ベルとレイターが食事しているのを見て動揺した、なんて言えない。

「ちょっと、一人で食べるのがさびしくて」
 嘘でもなく本当でもない答えをした。

 フェルナンドさんが上品にフィッシュバーガーの包みを開きながら言った。
「ベルから聞きましたよ。レイターさんの『愛しの君』は亡くなった将軍家のご令嬢だったんですね」
「ええ、レイターは今も忘れられないそうですよ」

 『愛しの君』のフローラさんは、研究所のジョン先輩が嫉妬するほど頭がいい才女
 美しくて、将軍家のお嬢様で、わたしに無いものを全て持っている、レイターが言うところの『銀河一のいい女』。

フローラ結婚写真

 よそいきレイターが頭に浮かんだ。

 どうして彼は今、ベルと食事をしているんだろう。
 何度も浮かび上がってくる疑問。


「ティリーさんはレイターさんのこと、好きですか? 嫌いですか?」
「え?」
 ポテトを手にしたまま、フェルナンドさんの顔を見つめてしまった。

 好きか嫌いかの二択。こんな直接的に聞かれたのは初めてだ。
 初めて思った、フェルナンドさんはベルと少し似てる。 

 好きか嫌いか。

 その二択で聞かれた瞬間、反射的に答えが浮かんだ。
 好き。レイターのことが好き。

 なのに、「好き」と言語化すると違和感が背中を走った。好きか嫌いかで、簡単に切り分けることはできないのだ。

「レイターは厄病神ですし、だらしないし、女ったらしで、お金にうるさくて、わたしを子ども扱いするし、嫌なところがたくさんあります」
 嫌いな点が、すらすらと口をついて出てきた。
 
「好きなところは?」

n42後ろ目微笑カラー

 フェルナンドさんの優しいのに詰め寄ってくる声。

 細長いポテトをゆっくり食べて時間を稼ぐ。

 レイターの好きなところ。 
 フェニックス号でS1レースを見るのが待ち遠しい。
 宇宙船バトルへ行くのは心がはずむ。
 一緒にいるのが楽しい。
 ずっとこのまま、バカなことを言い合っていたい。

 微妙かつ絶妙な距離感。 

 立てこもり事件に巻き込まれたわたしを、助けに来てくれた時のレイターの腕の感触が蘇る。あれは、どこへ分類すればいいのだろう。

ハグ

 わたしは薄い味のコーヒーを一口すすり、気持ちを整理する。

 言葉を選んで事実を伝える。
「料理も上手ですし、船に詳しくて、レイターの操縦の腕前は、尊敬しています」

 レイターとの関係。そんな表層的なものじゃない。けれど、ここから奥へは簡単には進めない。

 
 フェルナンドさんはレイターと同じ仕事をしている。
 わたしは、思い切ってたずねた。
「フェルナンドさんは、銃で人を撃ったことありますか?」

 質問してから後悔した。
 食事中に聞く話じゃなかった。

 フェルナンドさんは嫌な顔もせず、真摯に答えてくれた。
「実際に人を撃ったことはありません。でも、そういう事態になった時のための訓練は常にしていますし、覚悟もあります。クライアントを守るのが仕事ですから」

 わたしは、ベルにもチャムールにも話していないことを、口にしていた。

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「レイターは、わたしの前で人を撃ったことがあるんです。その人は亡くなって・・・」

 あの日のことを、初めて言葉にした。
 突然の轟音。落下する男性の身体。路上にできた血だまり。焦げ臭いにおいと煙。
 五感のすべてに、くっきりと焼き付いている記憶。

 わたしを守ってくれるレイターが、他の人を傷つけ命を奪う。

「頭ではわかっているんです。正当防衛は許されるということも、警護のお仕事の大変さも。わたしが今、生きているのだって、レイターのおかげだってことも。・・・でも、どこかで、心がついていかないんです」 

* *


 「心がついていかないんです」
 そう言ってティリーさんは目を伏せた。

 僕はどう声をかけるのが適切なのか考えた。
 レイターさんの場合、事情がちょっと特殊だ。

 僕と同じボディーガード協会のランク3Aであると同時に、連邦軍の特命諜報部という前線にいる。さらに暗殺協定の対象者。殺し屋だ。

 先日、ティリーさんも一緒に出かけたザブリートさんの店でも、髪の毛を焦がすような銃撃戦をして、経済大臣の暗殺を未然に防いだばかりだ。

n24レイター横顔@頭巾なし焦げ

 だが、そのことはティリーさんには話せない。

「もし、レイターがただの宇宙船乗りだったら・・・」
 そこでティリーさんは言葉を切った。

 その続きが聞こえた気がした。
 レイターさんがただの宇宙船乗りだったら、つき合うのに躊躇はしないのに、と。

 レイターさんに聞かせてあげたい言葉だ。
 特命諜報部は匿名諜報部。ティリーさんはそれを無意識のうちに感じ取っている。
 レイターさんもお辛いだろうな。


 ティリーさんが顔を上げて僕を見た。
「フェルナンドさんは、好きな人いるんですか?」
 突然、投げかけられた質問に動揺する。
「いえ、忙しすぎてそれどころじゃありません」
「そうですか」

 嘘ではない。今、愛する人はいない。

 警護対象者と恋に落ち、皇宮警備を追い出されてから三年。
 彼女も今では結婚して、王妃となっている。

* *

 ティリーは心の中でベルに詫びた。

 無料のコーヒーをおかわりしたせいで、ついフェルナンドさんと長居してしまった。

 でも、会話の中で、フェルナンドさんに今は好きな人がいない、ということがわかった。ベルにチャンスがあるということだ。この情報で許してもらおう。

「ティリーさん、送りますよ」
 フェルナンドさんにエスコートされて、二人でバーガーショップを出た。

 その時、だった。
「あんた、こんな時間に俺のティリーさんと何してやがる?」

n30@3カラー

 よく知る声に呼び止められた。

 よそいきレイターだ。
 怒った声に空気が固まる。

 間の悪い、とはこのことだ。 

「何って、ご自宅まで送るところですよ」
 フェルナンドさんが冷静に答えた。
「俺が送る」
 レイターがわたしの手を取ろうとした。

 反射的にわたしは手を振り払った。
「止めて!」

n35怒りカラー

 自分だってベルと食事していたのに。
 自分のことは棚に上げて、不機嫌な顔をしているのが腹立たしい。

「何でぃ? これはまた随分と嫌われたもんだ。俺が何したってんだ」
「自分の胸に聞いてみれば」
「あん?」
 レイターが首を傾げた。口にしたあとで後悔した。

 これじゃあ、レイターがベルと食事に行ったことを責めているようだ。そんなつもりじゃないのに。
 いや、本当に自分はそんなつもりじゃないのだろうか。

「フェルナンド、あんた変なことしゃべったんじゃねぇだろうな」
「フェルナンドさんは関係ないわ! レイターのせいよ!」
 思わず大声になる。

 レイターはわたしの剣幕に一歩引き、眉間にしわを寄せた。
 怖い顔でフェルナンドさんをにらみつける。

「ティリーさんに指一本でも触れて見ろ、ただじゃおかねぇからな。ちゃんと送り届けろよ」

 それだけ言うとレイターはくるりと背を向けて、わたしの家とは逆方向へ歩き始めた。
 フェルナンドさんが小声で聞いた。
「ティリーさん、いいんですか? 追いかけなくて」

 追いかけて謝りたい。「レイターのせい」だなんて、言いがかりだ。

 でも、もういい。
「・・・いいです」
 下を向いたら涙が出てきた。

 どうして、こんなことになっちゃったんだろう。
 すべてがすれ違い、掛け違っていく。

「わたし、一人で帰ってもいいですか」
 フェルナンドさんは困った顔で短くため息をついた。

「わかりました。レイターさんに怒られますから、大通りを通って気をつけて帰ってくださいよ」
「ええ。おやすみなさい」

n26横顔A前向き真面目色

 わたしは、ゆっくりと家に向かって歩き始めた。

* *

 ティリーさんに「一人で帰りたい」と言われて「はいそうですか」と帰すわけにはいかない。
 何かあったら、僕がレイターさんに殺される。

 とりあえず別れたふりをして、距離を置いて後を付けることにした。

 そして、気がついた。自分と同じことをしている人影に。
「そんなにティリーさんのことが好きなら、つきあっちゃえばいいじゃないですか」
 レイターさんは何も言わなかった。
「あなた、隠し事が多すぎるんですよ」
「あんたに言われたくねぇよ」

「自分の心に正直に生きないと、あとで後悔することになっても知りませんからね」
「あんたは後悔してねぇってことかよ」
 痛いところをきれいに突いてくる。

「僕はもう帰りますから」
 あとはレイターさんに任せて、僕はその場を離れた。

 レイターさんとティリーさん。
 お互いが好きで、しかも、そのことに二人とも気付いている。
 なのに、正面から向き合おうとしない。
 二人の前に、色々な事情がハードルとなって並んでいることはわかる。
 でも、それを、手を取り合って飛び越えていく、という選択肢がある。

 僕には無かった選択肢。

 人生は、いつ何が起こるかわからない。
 きょうと同じ明日がくる保証はないのに、大切なことを先送りしてしまう。
 人は今を生きることしかできない、というのに。

 と、恋愛で人生を棒に振った僕が何を言っても、説得力は無いでしょうけどね。     (おしまい)第三十三話「宇宙に花火が打ち上がる」へ続く

第一話からの連載をまとめたマガジン 
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ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」