銀河フェニックス物語【出会い編】 第四話 朱に交わって赤くなって (上巻)
<これまでのお話>
第一話 第二話 第三話
「君のことを信頼して買ったのに、ひじょうに残念だ」
その言葉はティリーの胸にずしりと響いた。自分の読みが甘かったことを思い知るのに十分だった。
「申し訳ございません。工場で船を調べさせていただいて・・・」
「その必要は無いだろう」
ムルダさんにはとりつくしまもなかった。
二ヶ月前、小型宇宙船マロドスの納入書に快くサインをくれた人と同一人物とは思えない。
あの時、ムルダさんは笑顔で言った。
「君は若いのによくがんばっているね。うちの息子とはえらい違いだ、爪の垢でも煎じて飲ませたいよ」
優しい言葉にふるさとの父を思い出した。
そのムルダさんからマロドスの調子が悪い、という連絡が入った。ナビゲーションの自動入力が起動せず、手動でしか入らないという。
えらく不機嫌な声だった。
上司と相談した結果、ナビを取り替えれば済む話だろうし、ナビの交換はわたし一人でも簡単にできるからとにかく急いで向かうようにということでジン星まで飛んできたのだけれど。
『厄病神』のせいだ。
新品のナビに取り替えてもナビの自動入力はピクリとも反応しなかった。これは船の側に問題があるということだ。
「君じゃ話にならんよ」
「申し訳ありません」
ムルダさんの冷たい一言にわたしは頭を下げることしかできなかった。
「購入からまだ二ヶ月だ。船を替えるか、全額修理費をそちらで負担するか。来週までに返事をくれたまえ」
「社に持ち帰って検討いたします」
深く下げた頭を上げると、運転手兼ボディーガードの『厄病神』レイター・フェニックスがガレージの入り口に立っているのが見えた。
フェニックス号に戻るとわたしはため息をついた。
嫌な予感はしていた。
クレーム処理に『厄病神』の船であるフェニックス号で出かけるほど縁起の悪いことはない。
でもこの船しか空いていなかったのだ。
再度ため息がでた。
仕方がない、返品か修理の手続きを取らなくては。
そんなわたしにレイターが声をかけた。
「そう、しょげた顔すんなよ」
他人事のような軽い調子が気に障る。ナビが動かなかったのは厄病神のあなたのせいじゃないの、と思わず言いたくなる。
「いけ好かねぇ親父だったなぁ」
「お客様にそういう言い方しないで。欠陥がある船を売ってしまったんだから仕方ないでしょ」
「あれは船のせいじゃねぇよ。乗り方が悪りぃんだ」
さらりとレイターが言った。
「どういうこと?」
レイターの顔を見た。
この人は『厄病神』ではあるけれど、同時に自称『銀河一の操縦士』で船のことにとにかく詳しい『宇宙船お宅』。
「一目見りゃわかるさ。下手な奴が磁場宙域をシールド無しで飛ぶとああなるんだ」
ここジン星の付近には磁場宙域が点在している。
そこをシールド無しで飛べば電気系統がトラブルを起こすのは当たり前だ。ナビの自動入力なんてすぐに壊れてしまうだろう。
でも、マロドスは磁場を関知すれば自動的にシールドがかかるようになっている。
「シールドが壊れているってこと?」
「あの親父に二十歳ぐらいの息子がいるだろ」
「いるわよ」
「そいつが飛ばし屋で、マロドスを壊したのさ」
「適当なこと言わないで」
ムルダさんは大学生の息子と二人暮らしだ。「通学用に船が必要だ、船を買ってくれたらちゃんと学校へ行く」とせがまれて折れたらしい。
「どうせドラ息子のために親父が金を出したんだろ」
当たってる。
「どうしてわかったの?」
「船、見りゃ大体想像つくさ。マロドスは見た目が地味だから、親は自分も乗れると思って金を出しやすい」
「確かにマロドスの対象は四十代より上だけど」
「リミッターをはずすと驚くほど加速と旋回性がいい。飛ばし屋が飛ばすのに向いてんだ」
「そうなの?」
レイターが驚いた顔でわたしを見た。
「あんた営業なのにそんなことも知らねぇの?」
わたしは答えた。
「リミッターはずすなんてこと推奨しないもの」
「あのマロドスにゃはずした跡があったぜ」
「え?」
気がつかなかった。
「さらに、この辺の飛ばし屋はシールドはずして飛ぶんだ」
そんなことをすれば当然船は壊れるし、それよりレーダーが働かなくなってしまう。
「危ないじゃないの」
「度胸比べさ。そいつの名前なんて言うんだい?」
ムルダさんの息子とは納入した時、一度だけ顔を合わせた。無口な青年だった。
「確か、エリオットって呼ばれていたわ」
レイターがホストコンピューターのマザーを使って検索をかけた。
「やっぱりな、想像通りだ。エリオット・ムルダは飛ばし屋チーム『ジン・タイフーン』のリーダーだ。一ヶ月前にスピード違反と危険暴走で警察に捕まって、現在、免許失効中さ」
若者の顔写真が掲載されていた。エリオットだ。
「よくわかったわね」
「警察のデータベースに侵入した」
こともなげに言うけれどそれって犯罪じゃないのかしら?
「でも、免許失効中じゃ船に乗れないじゃない」
「あん? 別に失効中だって船は動かせるぜ」
「だって乗っちゃいけないでしょうが」
「俺はガキの頃、無免で乗ってたぞ。見つかんなきゃ平気だ」
「自慢げに言わないで」
「ま、工場に持っていっても同じこと言われると思うぜ」
「それじゃあ、うちで修理費をもたなくていいのかしら?」
返品手続きを進めるべきかどうか迷う。
「さあてね。あのいけすかないバカ親父が、おたくの息子のせいだっつって聞いてくれるかどうかは知らねぇよ」
「船を買ってくれた時は優しくていい人だと思ったんだけどな」
「バカ親父はバカ息子をかばってんのさ」
「かばってる?」
「免許失効中に船乗り回してた、なんて認めるわけにいかねぇだろが」
レイターの言うことが当たっている気がした。
この後どうするのがいいのだろう。こちらに非が無いのに要求を飲む気はしないけれど、向こうが悪いという証拠もない。
困り顔のわたしを見てレイターが思わぬ提案をした。
「とりあえず、バカ息子がシールドはずして乗ってる現場を押さえりゃいいんじゃねえの」
「現場を押さえる?」
わたしの問いには答えずレイターは再びコンピューターのモニターに向かった。
「ティリーさん、あすの晩、デートしようぜ」
デートという言葉は無視する。
「何があるの?」
「磁場宙域で『ジン・タイフーン』のバトルがあるってさ。リーダーのエリオット君も出るぜ。シールドはずしたマロドスで」
この人の情報収集力には本当に驚かされる。マロドスがシールドを外して飛ばしていることが確認できれば助かる。
「パンツルックで決めて来てくれよ」
そう言ってレイターはウインクした。
* *
わたしはマロドスの返品作業を一旦見送り、翌日の夜を迎えた。
普段はスカートが多いのだけど、一応、レイターが言うとおりパンツルックにしてみた。
髪の毛はポニーテールにまとめた。パーカーにデニムのパンツという格好は久しぶりで学生に戻ったみたいだ。
また、レイターにガキみたいだってバカにされるかも知れない。
でも、仕方ないじゃない。わたしの故郷アンタレスでは十六歳は大人として扱われるけれどソラ系ではハイスクールに通う年齢なのだから。
それにしても、バトルを確認しに行くのにパンツルックである必要があるのだろうか。
フェニックス号に着くとレイターも、白のTシャツにジーンズを履いていた。
いつものよれたスーツ姿とは違って新鮮な感じがする。
「いいねぇティリーさん、そういう格好も」
めずらしい。レイターがわたしを誉めた。いい声だった。
「ありがと」
この人は女性であれば誰にでも歯の浮くようなことを言うのだ。と、わかっているけれど、誉められて悪い気はしない。
「レイターも学生さんみたいで、何だか仕事には思えないわね」
「仕事? デートだろ?」
「仕事です!」
わたしは大声で否定した。
レイターは笑っている。大丈夫だろうかと心配になる。
*
そして、なぜか、フェニックス号はジン星へと着陸した。
バトル会場は宇宙空間の磁場宙域なのに。
わたしは聞いた。
「バトルを観るんじゃなかったの?」
「ティリーさんはバトル会場でのデートがよかったのかぁ」
レイターがにやりと笑う。
「そういう意味じゃありません」
「ま、ジン・タイフーンの決起集会も結構楽しいと思うぜ」
決起集会?
フェニックス号の後部出口にエアバイクが置いてあった。
いかにも飛ばし屋が好みそうなジャンパーを羽織ったレイターがエアバイクにスラリとまたがった。
様になっている。
「ティリーさんは後ろにどうぞ」
パンツルックで、という意味がその時わかった。
「エアカーじゃないの?」
エアバイクに乗るなんて生まれて初めてだ。とまどっているわたしにレイターが言った。
「隠密行動にゃこっちのがいいのさ。逃げるのにも便利だし」
逃げる? エリオットや飛ばし屋たちにばれないようにするという意味かしら。
不安はあるけれど、これは仕事なのだ。自分に言い聞かせる。
前の座席に座っているレイターにつかまりながら、おそるおそる後部座席にまたがった。
「ほれ」
レイターから渡されたヘアバンド式のヘルメットをつける。
「バイクが傾いたらそのまま身を任せてほしいんだ」
「わかったわ」
「じゃあデートといきますか」
「仕事です」
念を押すとレイターが背中で笑っているのを感じた。
*
夜の街へとバイクが滑り出した。顔に当たる風が強い。
レイターにしがみつく手に力が入る。でも、少し走ると緊張感は消えていった。
レイターは宇宙船だけじゃなくバイクの操縦も上手だった。
風が気持ちいい。
宇宙船で飛ばすのと、少し似ていて少し違う。もちろん船と比べたら速度はまるで違うはずだけれど、体中でスピードを感じている。
どちらかと言えばジェットコースターに近い。これは楽しいかも。自分が風になったような解放感がある。
カーブでバイクが傾いた。
レイターの広い背中につかまり身を任せる。
ドキドキする。これが厄病神じゃなくて好きな人と一緒だったら文句はないのに。
エアバイクでデートをする人たちの気持ちが分かる気がした。
「楽しいわね」
「あん?」
声が風にかき消されていた。
*
向かった先は中心街から少し外れた倉庫だった。
その前の広場には小型宇宙船やエアカー、エアバイクなどギャラリーが集まってきている。
レイターの船でバトルに行ったことはあるけれど、飛ばし屋の集会なんて初めてだ。
「結構たくさんの人が集まってるのね」
「『ジン・タイフーン』は老舗だからな」
文字の入った丈の長い上着を着た人たちがしゃがんでいる。
特攻服だ。初めて見た。わたしの故郷アンタレスに暴走族はいない。
倉庫のシャッターが開き、歓声が上がる。
準備が終わった船が出てきた。マロドスとは違う。
倉庫のシャッターがまた閉まった。
ギャラリーにはひいきの船があるようで、それぞれの船の前で写真を撮ったりして楽しんでいる。ちょっとしたお祭りだ。
*
「マロドスはまだかしら?」
「そりゃ。きのうあんたに見せるためにノーマルに戻してたからな。今頃リミッターはずして、シールドはずして、模擬砲積んでんのさ」
「模擬砲?」
「ほら、あの船見てみな」
レイターが指さす船を見ると大型の機関銃を積んでいる。物騒だ。
「あれ本物なの?」
「うんにゃ、おもちゃさ。でも、弾は出る」
「危なくないの?」
レイターはうれしそうに答えた。
「くっくっく、警察に見つかれば、危険暴走行為の改造罪で摘発されるぜ」
わたしたちのすぐ横にいたカップルが声をかけてきた。
「写真撮ってくれないか?」
「いいぜ、代わりに俺たちも撮ってくれよ」
レイターが笑顔で答えた。
「ちょっちょっと」
「これも仕事仕事」
カップルは『ジン・タイフーン』と書かれたピンクの渦巻き模様の旗の前でピースサインを決めている。
「隊旗の前とはいかしてるねぇ」
と、レイターがカップルの写真を携帯通信機に付いているカメラで撮影した。
「俺たちも頼むぜ」
とレイターは隊旗の前にエアバイクを移動させた。
レイターの隣に立つ。
「撮るぜ」
とカメラを向けられると、反射的に笑顔を向けてしまう。
カシャッ。
「いい写真が撮れたぜ。じゃ、よいバトルを」
「よいバトルを」
カップルが遠ざかっていく。
レイターの手元の携帯をのぞき込んだ。
やばい、これって、どう見ても仕事じゃない。
厄病神とのツーショット写真。バックにはピンクの渦巻きの隊旗。誰が見ても飛ばし屋暴走族の集会だ。
*
一通り会場を歩いた。バトルでも改造船を見るけれどこんな近くで見るのは初めてだった。
「ほれ、あれ、クロノスの船だぜ」
「え? あれが」
品の無い塗装だ。けど、本人たちはうれしそうにしている。
違法改造。わたしたちが売っている船が喜んでもらえて、うれしいような悲しいような。
宇宙船お宅のレイターの説明を聞いているうちにあっという間に時間が過ぎた。仕事をしないとこれじゃ不良のデートだ。
「マロドスはまだかしら?」
「ちっ、俺の想定より遅せぇな。これより遅いのはまずいぜ。奴らが来ちまう」
レイターがつぶやいた。奴らって?
と、同時に倉庫のシャッターが開き、わたしが待ち望んでいたマロドスの姿が見えた。
次の瞬間。
ウゥーーーーー。
サイレンが聞こえた。
「ティリーさん。早く乗るんだ」
携帯を構えていたレイターが素早くエアバイクにまたがった。
「だって、マロドスが・・・」
「警察に捕まるぞ」
「えっ???」
上空を見上げるとエアパトカーが赤色灯を回しながら降りてくる所だった。
わたしもあわててバイクの後部座席に飛び乗った。
「飛ばすから落ちるなよ」
言葉通りの急加速だった。さっきとは違う。わたしはレイターの身体にしがみついた。
上空から追ってくる来る警察車両のメガホンから「止まれ!」と命令口調の声が聞こえる。
逃げるってまさか警察から逃げるって意味だったの?
エアカーやエアバイクが次々と警察に捕まっている。不安に襲われる。
逃げないで素直に警察に話したほうがいいんじゃないだろうか。わたしたちは集会を見ていただけで何も悪いことはしていないのだ。
「レイター!!」
大声を出して呼んでみる。
「あん?」
風の音が大き過ぎて会話にならない。さっきよりスピードが出ている。
レイターの肩ごしに前をのぞくと空気が顔にあたり、目を開けていられなかった。
*
さっき通ってきた高速道路の入り口が通行止めになっていた。
どうするつもり?
レイターは表示を無視して料金所を通り過ぎた。
これって、交通法違反だ。
通行止めを無視したのはわたしたちだけじゃなかった。街の市街地へ逃げようという飛ばし屋たちのエアカーやバイクが何台も隣を走っている。
街の灯りが飛ぶようにと流れていく。
警察に追われるなんてこれまでの自分の人生を振り返ってもあり得ないことだ。
暴走族と一緒になって逃げているなんてふるさとの両親が知ったら卒倒してしまうに違いない。
アンタレス人は順法意識が高いのだ。
と、頭でわかっていながら気分がはずんでいる自分に驚く。
レイターのせいだ。『朱に交われば赤くなる』という言葉が浮かぶ。
だめよだめ。でも、風が心地好い。
そのまま一団はトンネルへと突入した。このトンネルを抜けると中心街だ。
トンネル内は照明が切られているのか真っ暗だった。エアカーのテイルランプだけが連なっている。
「しっかり捕まってろ」
ふわっと身体が浮かんだ。バイクが軽く浮上しトンネルの壁ぎわにある五段ほどの階段を上った。事故や修理の時などに使われる歩行者専用道路だった。
レイターはどうするつもりなのだろう。
ほかのエアカーたちは高速を先へと進んでいってしまいわたしたち二人しかいない。
背後からエアパトカーのサイレンが聞こえる。
レイターは一旦バイクを止めると横につながる非常口の扉を開け、バイクを中へすべりこませた。
そこはバイクがかろうじて通れるほどの狭い通路だった。真っ暗な中、バイクのヘッドライトが照らす灯りだけを頼りに走っていく。
レイターは、いくつもの路地を迷うこと無く右に左にと曲がっていく。
現実感が無い。まるでお化け屋敷とジェットコースターが一緒になったアトラクションのようだ。
一体ここはどこなんだろう。
さっぱりわからない。でも、レイターについていくしかない。
エアバイクが止まった。行き止まりだ。
シューーーー。
レイターがエンジンを切る。静寂が広がる。
「悪いがティリーさん、降りてくれ」
エアバイクから降りた。
声をひそめて聞く。
「こんなところ、入ってきて大丈夫なの?」
「平気、平気。さっきトンネルの先に警察が待ち構えてたからショートカットしたんだ」
一緒に逃げていたエアカーの人たちはどうなったのだろう。
レイターは突き当りの壁の前で何やら操作を始めた。と、突然壁に穴が開き奥へ通じる通路が現れた。中には薄暗い照明がついていた。
エアバイクを押すレイターの後ろに続いて進む。
「三世紀経っても非常用の電源が点くたぁ流石だね」
レイターが見まわしながらつぶやいた。
「ここは一体どこなの?」
「官庁街の真下だ。さっき降りたところが大統領官邸。ここはそこにつながってる地下通路さ。ちょうど警察本庁のあたりだな」
「警察本庁?」
飛んで火にいる夏の虫、という言葉が浮かぶ。
「大丈夫、田舎警察の交通部の資料にゃ載ってねぇよ。大統領脱出用の極秘通路なんだから」
この人はボディーガード協会のランク3Aでいろいろな情報を持っている。でも、警察が知らないってどういうことだろう。
*
通路から外へ出た。官庁街のはずれの地下駐車場だった。
レイターがヘルメットのヘッドホン部分に耳を当てて何かを聞いている。
「ふむふむ。思った通り警察は『ジン・タイフーン』を一網打尽にしたようだ。だが、リーダーのエリオットはうまいことマロドスで逃げちまったようだな」
「あなた、何聞いてるの?」
「警察無線」
「盗聴してるってこと?」
「あたり」
それって違法なんじゃないだろうか・・・。不安を感じるわたしにレイターはおどけて答えた。
「僕ちゃんのお仕事は免許没収されたら、おまんまの食い上げなんでい。念には念をいれねぇと」
申し訳ない気がした。レイターの仕事はここまでわたしにつきあうことはないのだ。
「ごめんなさい、私のせいで」
「あん?」
「警察が来ること予想していたのね」
「・・・・・・」
レイターは答えなかったけど、おそらく警察の動きをわかっていたのだろう。危険なことを知っていてわざわざついてきてくれたのだ。
「本当にごめんなさい」
「謝るこたねぇよ。俺がサツにタレ込んだんだから」
「えっ?」
「あのバカ息子が船と一緒に警察に捕まれば一見落着だろ。あいつがいい腕してたのが誤算だったけどな」
わたしは思わず大きな声を出した。
「クライアントなのよ。警察沙汰にする話じゃないでしょ!」
「違法行為を通報するのは一般市民の義務だろが」
それはそうだけれど、どうも釈然としない。
*
フェニックス号に着くとマザーがコーヒーを煎れてくれた。
「きれいに撮れてるわね」
レイターの撮った映像を見てわたしは驚いた。あのどさくさの中でピントもぼけていない。
倉庫から出てくるマロドスとその操縦席にすわっている息子エリオットの顔がはっきりと判別できた。
「ここを見てみな。シールドをはずしてるのがわかる」
映像を見るとシールド装置のライトがついてない。ちゃんとポイントを押さえて撮影してある。
「レイターって、隠し撮りとか悪いバイトもやってるんじゃないの?」
軽い冗談のつもりで言ったわたしの言葉に、レイターは飲んでいたコーヒーをむせかえした。何だか怪しい。
「とにかくこれで、ムルダさんを説得できるわ」
「あんた、それをあの親父のところへ持ってく気なのか?」
「そうよ。この証拠があれば向こうだって折れるしか無いでしょ」
「やめたほうがいいんじゃねえの」
「どうして?」
「あの親父にこんな映像見せたら機嫌悪くなるだけで、いいことないぜ。二度とあんたんとこの船は買わねぇだろうな」
レイターの言うとおりだ。息子を告発するような映像を見せて喜ばれるはずがない。
わたしは混乱した。
「・・・じゃあどうすればいいのよ? 何のために苦労したわけ」
「俺が匿名でゆすってやるよ。息子を警察に捕まえさせたくなかったら金払えって」
レイターの発想はわたしには全く理解できない。
「やめてよ。それじゃ犯罪じゃない」
「自分で壊しといて修理代を要求するのは詐欺だろが。おあいこだろ?」「とにかくやめてちょうだい。全く一般市民の義務はどうなっちゃったのよ」
「しょうがねぇな。こちらのお坊ちゃんと取り引きするか」
そう言ってレイターはエリオットの顔を指ではじいた。
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