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銀河フェニックス物語【出会い編】  第一話 永世中立星の叛乱⑤ (41)~ (50)

第一話のまとめ読み①(1)~(10)  ②(11)~(20)   ③(21)~(30)
④(31)~(40)

  神殿の集中電算室に向かってオルダイは走っていた。

オルダイ横顔近衛前目む@2


 俺の前にドロテ、後ろにレイター。
 近衛兵もバカではない。
 俺たちの目的地がわかったようだ。集中電算室に近づくにつれ警備がきつくなってきた。

 電算室の前に近衛兵五人が銃を構えて立っていた。

 背後のレイターから声がした。
「俺が奴らの気を引く。あんたら、部屋開けてくれ」
 言うが早いかレイターは飛び出した。

 めちゃくちゃだ、あいつ。
 近衛兵に小型爆弾を投げつけた。

 バンッ

 小規模爆発で近衛兵が後退する。
 レイターが正確に近衛兵の右胸を撃つ。

 その隙にドロテが生体認証でドアを開けた。

 俺とレイターが滑り込む。
「わたしはここで追っ手を防ぎます」
「すまぬ、ドロテ」
 集中電算室の内側から鍵をかけた。

 暗い電算室の中は空気がひんやりしている。
 ここにある情報処理電算機は巨大なパイプオルガンのようだ。
 床から天井まで突き抜けた円柱がいくつも走り、ところどころ光が点滅している。
 その手前にコントロール用のキーボードと椅子が置かれていた。

 キーボードを操作しながらトライムス少佐に渡された連邦軍の非接触型データ収集機アルボードを本体に近づける。

 カード状の本体に十五という数字が浮かび上がった。
「十五秒でデータを抜いたら、すぐに出るぞ」
 レイターに声をかけた。

「待てよオルダイ。折角ここまできたんだ。もっと面白いことしようぜ」
 こいつ何を言い出すのか。

「重力制御装置をいただくのさ」
 そう言ってレイターはにやりと笑った。

n1@4近衛帽子なしウインク

「な、何?」
「と言ってもやることは同じさ。アルボードを差し込んで制御装置の管理パスワードを変更するだけだからな」

 俺はあわてた。
「や、止めろ。重力制御装置はこの星の生命維持装置なんだぞ。間違ったらこの星は終わりだ。トライムス少佐になんて報告するんだ」
「別に俺はアーサーの下で働いてるわけじゃねぇ。俺の判断で作戦なんてどうとでも変えられる。ここだな」

 レイターは手早く二段目のキーボードに貼られていた封印のシールをレーザーナイフで切り取った。

 そして、俺が止める間もなく抜き取ったアルボードをその横へ差し込んだ。

* *

 フェニックス号のリビングでティリーは不安に襲われていた。

 レイターは出かけたまま戻ってこない。もうすぐお昼だ。状況がよくないのだろうか。

 隣でフレッド先輩は検索を続けていた。
「ティリー君、これを見てくれ」

横顔前目のむ逆

 先輩が示すモニターには臨時便のお知らせが出ていた。

「十四時にタラ系行きの臨時避難便が西の二十五番ゲートから出るらしい。タラの政府が交渉したようだ。十四時というとあと二時間か。よし、この船に乗ろう」
「先輩、レイターはこの船にいるようにって・・・」

 わたしの言葉を先輩は強い口調で遮った。
「君も知っているだろう。彼は『厄病神』だ。一緒にいて帰れる保証はない。それに彼は今我々を守るという職務を放棄している」
「そういうわけじゃ・・・」

「いいかい、僕たちは出張でたまたま暴動に巻き込まれてしまった、こういう時ビジネスマンは自分の判断で身を守らなくてはいけないんだ。本社へ一刻も早く無事帰ることが我々の仕事なんだよ。タラまで出られれば三日で本社に着ける。僕は行くよ。君はここで一人で待っているかい?」
「い、いえ」
 一人になるのは怖い。

n11ティリー@眉ハの字カラー

 先輩は有能なビジネスマンなのだ。先輩の言うことを聞いていれば間違いはない。

「じゃあ一緒に行こう」
「お待ちください」
 マザーが引き留めた。
「僕たちが外へ出るのを止めることはできないよ。監禁罪に問われてもいいのかい」
 フレッド先輩の言葉にマザーはドアを開けた。

 最小限の荷物を詰めたスーツケースを持ってわたしたちは西ゲートへと向かった。 

* *


 神殿内の集中電算室でアルボードが六十という数字を示している。

 レイターがつぶやいた。
「やっぱ、制御装置はガードが固いな。あと一分か。ドロテ持つかなあ」
「この後どうするつもりなんだ」
 俺は心配になって聞いた。

「あんた、いいアイデアない?」
 そう言ってこの男は笑った。星が滅ぶかどうかと言う時に。
 やはり力づくでも止めるか。

 身体に力を入れた俺をレイターは珍しく真面目な表情で見た。
「どっちにしても、ラール王室のバックにアリオロンがついて連邦軍の機密盗んでたってことが公になれば、この星の中立はつぶれる。もう戻れねぇんだよ。この星を救いたいならあんたも覚悟を決めな。切り札を持っているほうが勝つ」
 こいつの言葉に説得力があった。

 その時、
 ダダダダッツ

 集中電算室の鍵が破られた。
 大勢の足音が室内に響く。

 そしてレイターのよく知っている声がした。
「君にはとどめをさしておくべきだった、レイターフェニックス」
 アリオロンの工作員ライロット・エルカービレが立っていた。

n80ライロット@2スーツ前目叫ぶ

「残念でした」
「君の悪さもこれまでだ、逃げられんぞ」
 百人近い近衛兵たちがぐるりと銃を構えて囲んでいる。

 レイターが大声で叫んだ。
「撃てるもんなら撃ってみろ。重力制御装置ごと爆破してやる」

 何て響く声だ。
 横で聞いていた俺も背筋に寒いものが走った。
 重力制御装置の爆破という言葉で隊員の間に動揺が走るのがわかる。

 我々にとって重力制御装置は神なのだ。
「はったりだ」
 ライロットが大声で動揺を抑えようと叫びながら電子剣をしならせた。
 重力制御装置と繋がった集中電算室で飛び道具は使えない。

 電子剣による接近戦か。俺たちも剣を抜く。

 レイターの奴はアルボードの数字を気にしている。
 十秒を切った。

「オルダイ、数字が二になったらしゃがめよ」
 小声でつぶやいた。

「全員前へ」
 ライロットが指示を出す。

 剣を構えた隊員がそろりそろりと間合いを詰めてくる。

 五秒前、四、三、
 二秒前だ。俺たちが体をしゃがませた瞬間。

 ドォーン
 体中を重いものが走った。

「な、なんだ?」
 俺たちを取り囲んでいたライロットや隊員がばたばたと倒れる。

「行くぜ!!  オルダイ」
 アルボードを引き抜くとレイターは走り出した。
 俺もレイターの後に続く。

 レイターは倒れている隊員の上を飛び越えざまに、銃を抜いた。

銃構える近衛カラー

 あいつは振り向きながら、起き上がろうとしている男に向けて撃つ。

 左胸を撃たれた男の身体が反動でびくんっと跳ねたように倒れた。

 アリオロンの工作員ライロットだ。
「ちっ、防弾スーツか。頭撃てりゃおしまいだったのに」
 レイターが舌打ちした。
 あの位置から頭を撃ったら、貫通した場合、重力制御装置に当たる。

 ドアの前にドロテが倒れていた。
「すまん」
 一言だけかけると俺たちは走り抜けた。

 神殿内の至る所で人が倒れている。

 俺はレイターに話しかけた。 
「すごい衝撃だったな」
「キーワード変換の瞬間、識別重力制御が切れたんだ。十Gはきついさ」    

* *

 王室警備艇ラールゼットがガーディア社の高重力検査場から赤茶けた平原へと飛び出した。

 反王室グループのヤンは艦長室から窓の外を見た。作戦は順調に進んでいる。
 
 この先は無人だ。
 もう、どこでこの艦を爆破しても被害はでない。
 予定ではガーディア社の検査場から五キロ離れた地点で俺たちはシェルターに入る。

 そこで起爆装置を作動させ、残りの爆弾を爆発させる。

 シェルターの墜落地点に、ガロン技師長が俺とトライムス少佐そして艦長の三人を迎えに来る手はずになっている。

 操縦パネルを操るトライムス少佐を見つめた。さすがこの人は連邦軍の天才軍師だ。

 と、その時、
 ドォーン。

 激しい衝撃が艦を襲った。

 俺は床に転がった。
 トライムス少佐も操縦パネルに突っ伏している。

 俺はすぐにわかった。十Gだ。
 識別重力制御が一瞬はずれたのだ。

 すぐ一Gに戻った。俺はトライムス少佐に声をかける。
「何ですかね、今の高重力は?」

 バンッ。バン。
 今度は複数の爆発音がした。

「まずい。今の衝撃で起爆装置が作動した」
 冷静なトライムス少佐が焦った声を出した。

 これはやばい。
「ヤン、シェルターへ急げ」
 俺は慌てて逃げ込んだ。

 バシュッ。
 少佐は艦長を椅子にしばりつけている紐を銃で焼き切った。

 艦長の体がぐらりと傾く。
 十Gのショックで気を失っているようだ。

 トライムス少佐が艦長を背負って走ってくる。
 二人が飛び込んだところで俺はあわててシェルターのドアを閉めた。

 バッツババーン。ダーン。

 シェルターの中にいてもその衝撃はわかった。ラールゼツトは爆発崩壊している。

 トライムス少佐が珍しく感情をあらわにして怒っていた。

n32上向き@白衣怒り逆

「レイターの奴、一体何をした?!」

* *

 正午になった。
 神殿の外は人であふれ返っている。学生と民衆が合同で行う統一デモが始まった。

「国民議会の開催要求」「一律税の導入反対」と書かれたプラカードを掲げた参加者がシュプレヒコールをあげる。

 その声はかたまりのようになって神殿の中にも響いていた。

 ガーディ社長は秘書のアドゥールを呼びつけた。
「アドゥール、警備艇のラールゼットはどうしたのじゃ? 正午までに到着するはずではなかったか」
「今、確認を急いでおります。先ほど検査場から出航したことまではわかっているのですが」

n170アドゥール真面目

 アドゥールはあせっていた。
 一体どういうことだろう。検査場と連絡がつかない。
 遠隔確認システムでラールゼットが飛び立ったところまでは確認した。

 しかし、その後、消息がつかめなくなっていた。

 確認システムに機影が映らない。不測の事態が起きている。
「社長、ラールゼットに事故が発生した可能性があります」

「ラールゼットが来ぬとな? して、先ほどの衝撃は何だったのじゃ? 関係あるのか?」
「すぐに調べます」

 あの衝撃は十G。
 外のデモ隊には影響がなかった。この神殿内の識別重力制御がはずれたということ。

 おそらく、同じシステムを使っているガーディア社の検査場と警備艇のラールゼットでも十Gが発生したに違いないわ。
 一体なぜ? 


* *

 神殿内の通路をレイターとオルダイは逃走していた。

 このままではまずいな、オルダイは走りながら考えていた。想定以上に警備兵が多く投入されている。

 来る時に使ったメンテナンス用の通路も封じられていた。

 しかもさっきからレイターの様子がおかしい。肩で息をしている。
「どうした? どこかやられたのか」
「バ~カ、やられるかよ」

n36近衛兵制服

 そう言いながら脇腹をかばって走っている。
 そうか、こいつ怪我をしていたんだった。

「十Gの衝撃のせいか。少し休むか」
「そんな暇はねぇ」
 というレイターの手を引き、目の前の部屋の中へ引っ張り込んだ。

「遠回りになるが部屋を抜けていこう。神殿内には迷路のように繋がった部屋がいくつもある」     

 神殿内の構造は俺の頭に入っている。
 この奥の隠し小部屋を抜ければ、ほとんど使われないエレベーターがある。

 隠し小部屋のドアを開けると奥に人影があった。俺たちに背を向けて端末に向かって作業をしている。

 この部屋に人がいるのは想定外だった。
 女性か。我々に気がついたようだ。
 だが、近衛兵と勘違いしている。このまま通り抜けられるか。

「大変なことが起きているわ」
 その声は俺のよく知っている声だった。俺はつい声に出してしまった。
「アドゥール」
「オルダイ! あなた・・・どうして」


* *


 オルダイの後ろからレイターは二人のやりとりを見ていた。

 王弟秘書のアドゥールさんか。相変わらずお美しい。
 元王室近衛隊長のオルダイと知り合いでも不思議じゃねぇな。

「あなたがやったのね? 重力制御装置の管理ができなくなっている。パスワードが書き換えられているわ」
 アドゥールさんがオルダイを問い詰める。

オルダイとアドゥール横顔

「そうだ」
「これが何を意味するか、あなた、わかっているわよね? この星が滅ぶのよ。これは、あなたを止められなかった私の責任ね」
 この二人、ただの仕事仲間という関係じゃねぇな。

 俺は声を掛けた。
「はぁい、アドゥールさん」

 アドゥールさんが驚いた表情で俺を見た。
「あなた、クロノス社のボディーガード?」
「覚えていてくれたかい。うれしいねぇ。悪いが、重力制御装置は今、連邦軍の管理下にある」

「まさか、連邦軍の特命諜報部・・・」
「頭の回転が早い女性って好きだなぁ。ライロットのじいさんから何か聞いてる?」

 アドゥールさんの白い肌がさらに青ざめた。
「オルダイ、この人たちがラールシータをめちゃくちゃにしようとしているのよ」
「おいおい、ライロットに何を吹き込まれたか知らねぇが、そっちが先に連邦軍の機密を盗んでおいてそれはねぇぜ」

n1@4近衛む

 アドゥールさんが唇をかんだ。困った表情もきれいだ。

「ラールゼットを破壊したのもあなたたちなのね」
 アーサーたちはうまくやったようだな。

「でも、もう遅いわ。アリオロン同盟への加盟を円卓会議は決議したのよ」
「知っている」
 オルダイが言った。

「この決議によってあなたたち反王室グループが求めている望みが叶うのよ」
「どういうことだ?」
「アリオロンによる資金援助で一律税の導入を廃止するの」
「なんだと?」

 オルダイが動揺している。
 ライロットのやることは抜かりがねぇな。

「ラールの民のためにアリオロンと手を握ったのよ」
「この星の自主自立と中立の伝統はどうなる」

「私だってやりたくてやった訳じゃないわ。では聞くけれど、ほかに手はあるの。あなたたちは一律税に反対と言っているけれど、この星を立てなおすための財源はどうするのよ。銀河連邦に入ったら何かしてもらえると言うの」
「・・・・・・」
「あなたは重力制御の管理権を握って事態を混乱させようとしているだけだわ」

 オルダイは反論せず、アドゥールさんに背を向けて歩き出した。
「レイター、この先のエレベーターで外へ出る」

 俺はオルダイの後に続いた。さて、どうするか。

* *

 宇宙空港の西ゲートはタラ行きの臨時便に乗ろうという人であふれ返っていた。
「これは手続きを早くしないと乗れなくなるぞ、急ごうティリー君」
 フレッド先輩が人ごみをかき分けて進んでいく。はぐれないようについていくので必死だ。

 こんなに大勢の人が乗れるわけがない。搭乗カウンターにたどり着けるのかすら不安だ。
 と、その時、人の波に押されバランスを崩した。
「きゃあ」

n11ティリー叫ぶ倒れる逆.@2

 倒れる、と思った瞬間。誰かがわたしの腕をつかんだ。
 レイターの顔が一瞬浮かんだ。
 違う。知らない青年だった。

「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます」
 学生さんのようだ。左腕に赤い腕章をしている。
 その後ろに同じように腕章をした五人程度の若者が立っていた。

「クロノス社のフレッドさんとティリーさんですね、こちらへどうぞ。安全な場所までご案内します」
 どうしてわたしたちのことを知っているのだろう。学生運動のグループに知り合いなんていない。

「いやあ、助かります」
 フレッド先輩が若者について歩き出した。わたしも後に続く。

 彼の案内で簡単に制限区域へ入ることができた。
 反王室派と学生運動グループが連携していた。

 落ち着いたところで彼に声をかけた。
「あの、どうしてわたしたちのことを知っていらっしゃるんですか?」
「申し遅れました。私はガーディア社の技師長ガロンの弟でマイヤと言います。学生自警団のリーダーをつとめています」

n150マイヤチェック@微笑

「ガロン技師長の・・・」
 技師長が弟さんのことを心配していたことを思い出した。無事だったんだ。よかった。

「フレッドさん、あなたは兄の命の恩人と聞きました」
「ええ」
 フレッド先輩がうなずいている。

「私もあの現場にいたのですが、自分のことで精一杯で兄を救えませんでした。ほんとうにありがとうございました」
 マイヤさんが頭を下げる。

「人として当然のことをしたまでですよ」
「いや、あの状態でなかなかできることではありません。非常時にどういう行動をとるかで人間としての幅や器の大きさがわかるというものです」
 マイヤさんの言葉が重たい。
 わたしは逃げる事しか考えられなかった。

 でも、レイターは・・・。

n27 シャツ@前向きシャツむ

「本当に尊敬いたします。お役に立てることがあったら何でも言ってください」
 マイヤさんの言葉に即フレッド先輩が応じた。
「ありがとうございます。さっそくで恐縮なのですが、我々をタラ行きの臨時便に乗せてもらえるよう交渉をお願いできませんでしょうか」

「わかりました。すぐ手配します」
 何だか、落ち着かない。

「先輩。ガロンさんを助けたのはレイ・・」
 わたしの言葉をさえぎって先輩は小さな声で言った。
「僕たちも彼を置いていかずに待っていたじゃないか。同じだよ」
 納得いかないわたしに先輩は続けた。

「こうした縁は将来の仕事にも役立ってくるから、大切にしたほうがいいんだよ。しかもこれなら臨時便に乗れるぞ。人助けはするもんだよね」
「・・・・・・」
 先輩に返す言葉が見つからなかった。 

* * 


 神殿の隠し小部屋の奥にエレベーターがある。
 これが神殿から外へ出る最後のチャンスだ。

 アドゥールに背を向けて歩きながらオルダイは頭を振った。

 俺のやっていることは間違っているのか。
 アドゥールの声が頭にこびりついている。「重力制御の管理権を握って事態を混乱させようとしている」と。
 その通りだ。この先の策もなく、制御装置のパスワードを変更した。

 アドゥールはアリオロンと手を組んで一律税を回避すると言っていた。民の怒りは急速におさまるだろう。

 だが、それでいいのか?

 エレベーターのドアの横にあるスイッチを押した。
 教皇陛下専用だ。
 だから普段は誰も使わない。これに乗れば一気に下へ降りられる。

 ドアが開いた。レイターと二人で飛び乗る。

 レイターが行き先階を設定する。お、おい。操作が間違っている。
「お前、それは上昇ボタンだ」

 慌てて止めようとした俺をあいつはゆっくり制した。
「折角ここまで来たんだから、神サマ拝んで帰ろうぜ」

n27レイター振り向き近衛にやり

「な、何を言っているんだ? この退路をふさがれたら終わりだぞ」
 エレベーターが急上昇しはじめた。

 途中から壁面が透明な硬化ガラスになり外の下界の様子が見えた。
 群衆が神殿を包囲している。
 いや、神殿だけじゃない。一ノ丸、二ノ丸を超えてどこまでも続いている。

 エレベーターのドアが開いた。
 その先は教皇のフロアー。

 このまま下りのボタンを押して降りるんだ。

 レイターは迷いもなく教皇の執務室へと入っていく。
 俺は後に続いた。

 俺はどうしてこいつを止めないんだろう?
 こいつが教皇と対峙した時、俺はどうするのだろう?
 まずい。判断力が落ちている。

 部屋の中心へと足を進める。
 中央電算室とつながったいくつものパイプが床と天井を貫いている。

 その横にあるコントロールパネルの前に、白い髭をたくわえた教皇が座っておられた。
 われわれに気づかないほど一心不乱にキーを叩いていらっしゃる。

 レイターが声をかけた。
「じいさん。忙しそうだね」

 教皇は顔を上げずにつぶやいた。
「どうしても重力制御装置がコントロールできない」
「いくらやっても無駄だぜ。パスワード変更しちまったから」

 教皇は手を止めてゆっくりと顔をあげた。
「お主、今、何と言った?」
「聞こえてただろ」

 教皇の視線が俺に向いた。
「オルダイ・バルボア、そちは近衛兵の隊長であったな。今、何が起きている?」
 教皇には逆らえない。

「おそれながら教皇陛下。重力制御装置の管理は現在、銀河連邦に移っております」

オルダイ横顔近衛前目む礼

「それが何を意味するか、そちならわかっておろう。この星の崩壊だ」
「そうかな? この星が崩壊するか、賭けるかい?」
 レイターが教皇に言った。

「そちは銀河連邦の者か」
「そう。俺はレイター・フェニックス。あんたがこの星の運命を司る神様だか知れねぇが、俺は崩壊しねぇ方に賭けるぜ」
 こいつ、教皇陛下に対し口のきき方が無礼だ。

 教皇が俺を見た。
「オルダイ、そちは国民議会の開催を求めて近衛隊長を辞めたのであったな」
「はっ」
 陛下がご存じだったとは。俺は恐縮して頭を下げた。

「我々ラール王室が、なぜ、議会を置かずやってきたとそち等は思う?」
 レイターが答えた。
「独裁がしたかった、って訳じゃなさそうだな」

「絶対王政のこの星にもかつて議会があったのだ」
 教皇の言葉に俺は驚いた。

 初めて聞く話だった。
 歴史の授業ではラールの神すなわちラール王室による統治がこの星の始まりと教わった。 

 高い技術力を持つ我々の祖先は、元々、衛星に住んでいた。

 だが、彗星が激突することがわかり、科学者たちが重力制御の技術を開発して惑星ラールシータへと移住した。

 そして、重力制御装置を扱える者たちは、この星を司るラールの神とあがめられこの星を支配した。  

 教皇が我々を見つめる。

ラール八世

「その昔、衛星からの移住後に発足したラールシータ政府は、銀河連邦とアリオロン同盟の両方から加盟を求められた。我らの祖先の議会は高重力制御という独自の技術を持つラールシータはどちらにも属さぬことが賢明と考え、永世中立星を宣言したのだ」

「へ~ぇ。議会がちゃんと機能してたんだ」
 レイターが相槌を打つ。

「だが、その後も、銀河連邦もアリオロン同盟も多額の資金援助をちらつかせて加盟を迫ってきた。我々の技術を狙っていることは明白だ。わかっていても、目先の利益に目がくらむものだ。どちらについたら有利か、高い金額を得られるか、考えるものが出てくる。議会は混乱した。支援は甘い毒薬。その誘惑を断ち切り、この星の自主自立を維持するために我々の祖先は議会を廃止し、全ての決定権をラール王室に一本化したのだ」

「ふ~ん。ラール信教は重力制御の技術を守るための統治の仕組みって訳か」
 レイターは態度は悪いが頭は悪くない。
 連邦軍の皇宮警備は政治学や社会学もきっちり仕込まれているのだろう。

 我々は今も重力制御技術の根幹を公開していない。

「しかし、宇宙一世紀も経てば綻びもでてくる。世界中で高重力技術も進歩する。わが星の経済も厳しくなった」
「一律税は不満を誘ったな」
 
「読み誤ったのだ。この国難を全てのラールの民で乗り切ろうという意図であった。決して弱者を切り捨てようというものではなかった。だが民には理解されなかった」
 その説明は我々に届いていない。

「国民議会で決めればここまで不満はたまらなかったんじゃねぇの」
 レイターは俺が考えていることと同じことを口にした。
「議会が復活すれば、また、銀河連邦とアリオロン同盟の綱引きに弄ばれるのだ」

「そうとも限らねぇ。簡単だよ、王室は拒否権を持てばいいんだ。内政は議会に任せて、外交は王室がやってもいいし。やり方はいくらでもある」
 教皇が目を細めてレイターを見た。
「俺は連邦の皇宮警備やってたからいろいろ王室見たけど、国民が信じられねぇ王様ってのはホントかわいそうだな」

 トントン。
 部屋をノックする音と同時に廊下の奥のドアが開いた。

「兄殿、話があるのじゃ」
 ガーディ王弟の声だ。

 どうする? 俺はレイターを見た。
 あいつは俺にウインクしながら教皇の後方に下がって直立不動のポーズを取った。

 おれもあわてて横に並ぶ。二人で教皇の護衛のフリをして気配を消した。

オルダイとレイター近衛

「入りなさい」
「兄殿、重力制御装置に異常でも発生したのか?」
 入ってきたのはガーディア社の社長、ガーディ王弟だった。

「原因はわかった」
 重力制御装置の管理は教皇の仕事だ。
「それは良かった」

 ガーディ王弟はタブレットペーパーを取り出した。
「兄殿、急ぎで済まぬが、この勅令にサインを貰えぬか」

 文書を読む教皇の顔色が変わった。
「そなた何を考えておる。アリオロン同盟に加盟すると言うのか」
「王室の円卓会議で既に決議をしたのじゃ。後は兄殿のサインだけ」
 先ほどの円卓会議の決議だ。

「ガーディ、そなたもわかっておろう。この星は永世中立で成り立っておることを」
「わかっておらぬのは兄殿じゃ。もはや、高重力産業だけではこの星はやっていけぬ。兄殿はしょせん技術者じゃ」

「アリオロンからはどのような条件を持ちかけられたのだ?」
「金銭的な援助じゃ。兄殿、外を見てくれ、もう、我々王室一族だけではこの星の統治は無理じゃ。アリオロンの支援を受けて一律税を廃止する。さすれば民も納得する」

 レイターが一歩前に出た。
「頼みがあんだけど」  

「衛兵無礼じゃぞ」
 ガーディ王弟は驚きながら強い口調でレイターを制した。

ガーディ社長口開ける

「アリオロンと手を組むの、やめてくんねぇかな」
 王室の言うことを聞かない近衛兵はありえない。王弟もおかしいことに気が付いたようだ。

「な、何者じゃ?」
「俺も内政干渉はしたくねぇんだ。でもアリオロンと組むっつうならこの星消えてもらう」

「気は確かか」
「重力制御装置の管理権は俺が持ってる。制御をストップしたらどうなるんだっけ? みんなぺしゃんこだっけ?」

n205レイター横顔@2近衛前目口開く

 軽い口調で恐ろしいことを言う。

「バカな、兄殿これは一体どういうことじゃ」
 王弟は教皇とレイターの顔を交互に見た。

 教皇は静かに答えた。
「重力制御装置の管理権を銀河連邦に奪われた。パスワードが書き換えられてしまったのだ」
「ひぃいぃぃ。この星はもう終わりじゃ。兄殿は一体何をしておったのじゃ。重力制御装置の管理は兄殿の仕事・・・」

「まあまあ、落ち着いて。俺はこの星が崩壊しねぇ方にさっき賭けたんだから」
 レイターは手のひらを広げ、戦意の無いことを示しながら王弟に近づいた。

「どうしろと言うのじゃ、アリオロン同盟ではなく銀河連邦に加盟しろと言うのか」
 王弟がレイターにくってかかる。

「そうは言ってねぇだろ。ほんとにあんたら自力で何とかなんねぇのかよ」
「それが難しいから援助を求めておるのじゃ」

 ガーディ王弟の言葉に俺は思わず叫んでいた。
「そんなことはない! ラールの民には力がある」

n160オルダイ逆叫ぶ

 全員が俺を見た。

 俺は続けた。
「ラール王室と民が手を取り合えばこの国難を乗り越えられる。国民議会はその橋渡しになりたいんだ」

 一瞬の沈黙の後、教皇が王弟に強い口調で命じた。
「ガーディ。御前会議を開け」
「ぎょ、御意」

 御前会議。この星の最高意思決定機関。

 普段は出席しない王室の円卓会議に教皇が参加する。
 御前会議の開催は三十年前の教皇の代替わり以来だ。近衛隊長を務めた俺も見たことは無い。

 教皇が言った。
「ガーディ、そちが言ったように、もう我々一族だけでこの星の統治は無理だ」
「では兄殿、この決議にサインを」

 教皇は、王弟を無視して俺に顔を向けた。
「我らに必要なのは他者の知恵だ。オルダイ・バルボア、そちは国民議会の代表者として御前会議に参加せよ」
「はっ」
 俺は深く頭を下げた。

 苦虫をかみつぶしたような表情のガーディ王弟にレイターが話しかける。
「頼みがあんだけど」
「な、なんじゃ?」
「あんたアリオロンの工作員と知り合いだろ。あいつらにしばらく俺を殺しに来ねぇように頼んでくんない?」
 王弟がいぶかしげにレイターを見ている。

「今、重力制御装置のパスワードは俺の頭の中にしかねぇからさ。俺が死んだら装置のメンテナンスができなくなっても知らねぇぜ」
 もし、レイターが死んだら大変なことになる。この星は崩壊する。

 教皇が口を開いた。
「ガーディ、彼のものの言うとおりにせよ」
「は、はい」
 レイターの奴、王室を脅している。 

 そして、認めたくないがこいつは今、わが星を崩壊させる力を持って教皇の上に君臨しラールシータの神となっている。

 そのまま神殿の最上階にある教皇の部屋で御前会議が開かれた。

 いつも俺が警護していた王族全員が集まった。
 細長いテーブルの議長席に教皇が座っている。俺は近衛兵の帽子を取って末席に座った。 

 俺の後ろにレイターが、ガーディ王弟の後ろにはアドゥールが無表情で立っていた。

 恐れ多い場だ。俺に対する視線が冷たい。
 だが、ここにいる全員が同じ思いを持っている。ラールシータを救いたい。その一点において同志だ。

 俺は、俺の考えを、民の声を、伝えた。

「私オルダイ・バルボアは、ラール王室を愛しております。国民議会の設置は革命ではございません。この国難をラールの民と王室が手を取り合うことで乗り越えたいと考えております」

 御前会議が終わった。
 最後にレイターが最敬礼をした。

n1@4近衛真面目敬礼

「ラールの御心のままに」と。


* *


「タラ星系へ向かい、間もなく当機は離陸いたします。シートベルトの着用をお願いいたします」
 ティリーの目の前で女性の客室乗務員がアナウンスをしていた。

 エアポートの西ゲートからちょうど臨時便が出発するところだった。 

「いやあ、助かったね」
 隣の席のフレッド先輩は嬉しそうだ。

 マイヤーさんが用意してくれた席はファーストクラスだった。
 客室の先頭にある、座り心地のいい広い椅子が私たちの席。

 けれど、わたしは居心地の悪さを感じていた。

t23食事線画泣きそう

『非常時にどういう行動をとるかで人間としての幅や器の大きさが分かるというものです』
 マイヤさんの言葉が頭の中で繰り返し思い出される。

 わたしは混乱する非常時に何もできなかった。
 あそこから逃げることだけしか考えていなかった。負傷した人たちを救うどころか見捨てようとした。

 レイターは違った。
 ガロン技師長の救出に向かったレイターの姿が浮かんだ。いい加減でおちゃらけた人だと思っていたのに・・・。
 そのレイターも置いて私は逃げようとしている。

 自己嫌悪におちいる。

 そんな考え事を吹き飛ばすような大きな声が目の前で聞こえた。
「全員動くな!!」

 な、何なの? 
 顔を上げると客室乗務員の女性にナイフを突き付けている男の姿が目に入った。

「きゃあ」
 驚いて声が出る。

 助けて、レイター。
 思わず助けを求めたわたしに、レイターの声が聞こえた気がした。「あんたが俺を信頼していなかったら、銃を持っていようがいまいが守れやしねぇよ」と。


* *


 アリオロンの地下アジトでライロット・エルカービレは目を覚ました。

「大丈夫ですか? エルカービレ中佐」
 補佐官が私を見ていた。

横顔シャツ解禁寝る

 胸に激痛が走る。

 神殿の集中電算室を最後に記憶がない。
 レイターフェニックスを追い詰めたところで衝撃を受けた。
 おそらくは高重力十Gの衝撃。

 倒れたところでレイターフェニックスに左胸を撃たれた。
 防弾のガードスーツを着ていて助かった。

 だが、息をするのも苦しい。
「折れた肋骨が肺に刺さっています。応急処置はしましたが、安静になさってください」

 レイターフェニックスはあそこで一体何をしていたのだ?

「状況はどうなっている?」
「まもなくラール八世が自ら勅令を発すると」
 自らの勅令? そんなシナリオは聞いていない。

 アリオロン同盟へラールシータが加盟することは円卓会議で決議された。後は教皇がサインをして通常の勅令で流す予定だ。
 ラール八世がこれまで自ら勅令を出したことはない。

 何かがおかしい。

「ラール全星に生中継されるそうです。まもなく始まります」
 私は体を起こしてテレビのモニターを見つめた。

 神殿のベランダが映っている。その下にはラールの民衆が集まっていた。デモは収まっている。
 
 教皇が姿を現した。

 ガーディ王弟には交渉で何度も会ったが教皇のラール八世を見るのは初めてだ。肖像画通りの白い髭の御仁。 

 ベランダに立つと教皇は軽く右手を挙げゆっくりと宣言した。

ラール八世右手

「ラール勅令を発する。一つ、ラールシータは永世中立を堅持する」
「な、何?」
 私は身を乗り出した。
 話が違う。

 民衆は静かに聞いている。
 教皇の勅令は続いた。

「一つ、国民議会の発足を了承する」
 群衆から歓喜の声が上がった。拍手が巻き起こっている。

「一つ、一律税については再検討する。以上」

 群衆が一斉に叫んだ「ラールの御心のままに」と。

 どういうことだ?
 教皇が右手を民に向けて軽く振った。

 その時、私は気が付いた。

 思わず銃をモニターに向けた。
「中佐、何をなさるつもりですか」
 補佐官が私を止める。

 彼は私がテレビに映る教皇を撃とうとしたと思ったようだが、違う。
「レイターフェニックスだ」
「え?」
「教皇の後ろにレイターフェニックスが立っている」
 私は銃で示した。

 ラール八世の後ろに、無表情の警護官二人が影のように寄り添っている。一人はレイターフェニックス。

 そして、もう一人は私が接触しようとしてできなかった元王室近衛隊のオルダイ・バルボラ隊長。

 元近衛隊長と連邦軍の皇宮警備が教皇ラール八世の警護をしていた。

オルダイとレイター近衛

 七十二ノ丸駅前公園の夜を思い出す。

 転々と拠点を移す反王室グループと接触し、資金援助による一律税廃止という手土産を使って交渉をしようと考えていた。
 あの時、レイターフェニックスが現れたせいで計画が狂った。

 いずれにせよあそこでレイターフェニックスの息の根を止めていれば、こんな結果にはならなかったのだ。

 全ては七十二ノ丸公園で対応を誤ったのが原因。私の責任だ。


* *


 ラール八世の教皇勅令が終わった。

 アドゥールはその様子を神殿内の会議室で見ていた。オルダイが連邦軍の諜報部員と一緒にラール八世の警護から戻ってきた。

 私が愛したオルダイは昔と変わらず凛々しかった。胸の奥に痛みが走る。
「お疲れさまでした」
「ああ」 
「あなたの勝ちね」

アドゥール横顔前目普通

 かつて私とオルダイは一緒にラール王室を守ろうと必死だった。
 学生時代から知り合いだった私たちは共通の目的を歩むうちに恋愛関係となった。

 王室支配に綻びが出ているという認識は二人の間で一致していた。

 でも、私は王室の権威を高めようとし、彼は民に連携を求めた。
 気がつくと喧嘩ばかり。
 彼が近衛隊長を辞めて私たちの関係は修復ができなくなった。


「あなたの勝ちね」
 というわたしにオルダイが応えた。
「勝ちも負けもない。全てはこれからだ」

 学生の頃から正義感の強い人だった。私はそこに惹かれていたのだけれど。
「私はアリオロンと、あなたは銀河連邦と手を結んだ」

 オルダイは不機嫌そうな顔をした。
「力は借りたが手を結んだ訳じゃない」

オルダイ正面近衛へ

「じゃあ重力制御装置の管理権はどこにあるの?」

 私は知っている。
 ここにいる連邦の諜報部員がパスワードを変更し、そのパスワードをオルダイにも明かしていない事を。

 結局、すべて銀河連邦の管理下にある。
「・・・」
 オルダイは黙ってしまった。利用されていることに彼も気付いているのだろう。
「この諜報部員が重力制御の権利をわたしたちに返してくれる保証はあるの?」
 連邦軍の男に聞こえるように言った。

「諜報部員っての止めてくんねぇかなあ。俺、レイター・フェニックスだってば」
 初めて会った時から軽い人だと思っていた。
 諜報部員のイメージからかけ離れている。

 でも、この人が私たちが練ってきたアリオロン同盟への加盟を阻止した。(51)へ続く
まとめ読み版⑥へ続く

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