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もののけ姫とゴッホの意外な共通点?宮崎駿の複雑性を徹底考察

もののけ姫は、自然破壊、差別、貧困、戦争、感染症、精神疾患、多神教など、様々なテーマが盛り込まれた、今こそ見るべきスタジオジブリの国宝級アニメ映画作品です。
さらに今回は、ゴッホ作品を取り上げた考察はあまり見ることがなかったので、合わせてご紹介したいと思います。


ぜひハンドパンの演奏でも聞きながら、じっくりお読みください。


タタリは感染する

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主人公のアシタカはアイヌ民族の村の少年で、いずれ長となることを期待されていました。しかしイノシシ神が人間への恨みからタタリ神となり、アシタカの村を襲いました。アシタカはタタリ神を鎮めるため奮闘しましたが、最後にはタタリが伝染り、死の呪いにかかってしまいます。

ここで重要なのが、タタリは恨みの有無に関わらず感染をする症だということです。神秘主義的な「呪い」としながらも、異種族との接触により未知の病が引き起こされるという重要テーマのひとつが見えます。

直接伝播する狂犬病だけでなく、ノミ由来で人類に広がった黒死病ペストもそうです。人類の大陸移動で広まった天然痘の症状は鎌倉仏教の大仏に描かれました。

そしてコウモリからヒトへ伝染り大規模に世界中を今パンデミックへ陥れているコロナまで。人類史において疫病は切っても切り離せないものです。

もののけ姫でも差別を受けるハンセン病患者が描かれています。


この世はタタリそのもの

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もののけ姫は開始15分ほどの、旅をはじめてジコ坊と出会うまでのシーンが非常に作品の深みを生み出しています。

アシタカは病を治すため西へ向かいました。訪れた集落では戦が行われており、アシタカは呪いの力で二人の命を殺めることとなります。その後市場へ訪れ金目の物を持ってるとバレると、お金を奪おうと人が近寄ってきます。

ジコ坊「戦、行き倒れ、病に飢え。人界は恨みを残した亡者でひしめいとる。タタリというなら、この世はタタリそのもの」


自然を切り崩し人類が発展したというような単純な話ではなく、人間社会も複雑に絡み合い、戦争・貧困・病で苦しんでいる人々が描かれています。絶対的悪者をつくるのではなく、皆が醜く「生きろ。」と、そんなテーマが浮かび上がる描写です。

ジコ坊と別れアシタカは、製鉄により発展したタタラ場を訪れます。そこでも呪いに侵され苦しむ人々と、差別せずに生きる意味を与えるエボシの姿が描かれます。

本当にもののけ姫がエコロジーの映画なら病者は死ぬしかない存在です。しかし山を切り崩し仕事を与えることで、弱肉強食の自然では生きられない病者たちを生かしている、人間社会のホンネを打ち明けます。

病者の長「生きることは誠に辛い。世を呪い、人を呪い、それでも生きたい。」


神、人、獣、樹、彼らが生きる自然とは

・ナウシカの失敗
風の谷のナウシカとの共通点を指摘される機会の多いもののけ姫。しかしナウシカはある種、宮崎駿の世界観を描ききれなかった失敗作として上映されてしまいました。

ナウシカは人類のひどい自然破壊により傷づいた自然を治そうとする救世主として見え、自然と文明を切り離した上で人類視点を軸とした物語として大団円を迎えました。

しかしこれでは自然保護を訴える作品にしかなっていません。本来描きたかったのは「凶暴な自然との共生」なのではないでしょうか。それは漫画版では描けても、家族連れをターゲットとした予算の限られた映画になると、核心となるテーマが薄くなってしまいました。

・もののけ姫の室町アミニズム
ナウシカの反省として、もののけ姫はテーマの本質を逸らすことなく映画化されました。

もののけ姫では、凶暴な森に棲む神々は、野蛮な人々と対等な存在として、お互いに搾取し合いながら共生しています。

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天皇の勅命でシシ神殺しを企てるジコ坊を長とした「唐傘連」は、ヒト神の使いとも言える存在です。

宮崎駿「日本というのは、室町期なんてのはとくにそうですけど、得体の知れない奴がいっぱいいるんですよ。彼(ジコ坊)は半俗半聖というか、ちょうど山伏みたいなもんです。山伏というのも坊主じゃないですよね。坊主じゃないけれどもただの俗人でもないという存在。そこらへんが明瞭じゃないんです。そういう人たちがあの時代にはいっぱい輩出して、その連中はいったい何をやってるのか分からない。絵巻物を見ても、実に奇妙な格好をしてながら、大手を振って大通りを歩いてる。唐傘なんてのはそう簡単には持てるはずがないのに、連中はボロをまといながら平気で持ってる。そういう混沌とした時代ですから、だからいろんな結社があったし、いろんな組があっただろうと思うんです。唐傘連というのも石火矢衆というのもそのひとつですね。」


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またジコ坊が雇った「ジバシリ(地走り)」は、山の狩人で、獣の生革を被り、血を顔に塗って身を隠します。彼らはシシ神への畏怖の念もイノシシ神のように持ち合わせていました。

猩々「生き物でも人間でもないモノ」

サンも、ジバシリ同様に山犬にも人間にもなりきれない、犬神モロの君に育てられた少女です。

モロ「黙れ小僧!お前にあの娘の不幸が癒せるのか?森を侵した人間が、我が牙を逃れるために投げてよこした赤子がサンだ!人間にもなれず、山犬にもなりきれぬ、哀れで醜い、かわいい我が娘だ!お前にサンを救えるか!?」


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「シシ神(ディダラボッチ)」も絶対神ではなく、一介の山の神にすぎません。支配力も薄く、タタラ場の人々からすれば「シシ神様」も「帝」も大差がないようです。

室町時代は文明としての文脈がまだ朧げです。縄文時代のアミニズムな生命倫理感に影響を受けた、宮崎駿の世界観に非常にマッチしました。


精神疾患に苦しむタタリ神たち

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神々は恨み、憎しみを蓄積することでタタリ神になってしまいます。精神状態は病んでいき、コミュニケーションのとれない別の生き物のようです。

しかし動物を巨大化させた森の獣神たちとは異なり、タタリ神の形相というのは新たな妖怪をつくることに匹敵します。その圧倒的な創造を宮崎駿は幻覚のような実体験から行いました。

宮崎駿「自分のなかにドロドロ したものや,憎しみとか,憤怒みたいなものがあるとき,それをどうやってコントロールするか。僕はコントロールしきれないところがある人間で,自分の毛穴という毛穴から,穴という穴から黒いわけのわからないものがワーッと噴出してくる,そういう体験を何度かしているんです。そういうものをみんな持ってるのかと思って,タタリ神みたいなキャラクタ ーを作りました。描いたスタッフにはわからなかったらしく,イカスミスパゲッティみたいになったりしましたが(笑)」

精神医学において体感異常症(セネストパチー)と呼ばれるこれらの原因は、うつ状態や統合失調症などがあげられます。

幻覚を体験し、それをアート作品へと昇華させた事例は他にも多く存在します。言語化困難な体験を他人へ伝える表現力には圧巻です。

そんな一人がかの有名なゴッホです。


ゴッホはタタリ神へ堕ちた

フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh)は1853年オランダ生まれの後期印象派の重要人物で、近代芸術(モダンアート)の発展に貢献しました。

印象派は、産業革命により市民に開かれた日常を描き始めた時代の絵画で、モネやルノワールのような鮮やかな光や、浮世絵の影響を受けた日本趣味(ジャポニズム)が特徴です。


・黄色と青のコントラスト
画商として働いていたゴッホは、失恋や孤独感から双極性障害となり、仕事を辞めて1881年ごろから絵を描いていくようになります。

ゴーギャンなどの前衛的な芸術家に影響を受けながら、南フランスのアルルで印象派らしい明るい色彩を研究しました。

ゴッホテラス

「夜のカフェテラス(1888年)」


・狂気が発露した精神療養
ゴッホはアルコールやニコチン依存症になり、梅毒により痴呆性脳麻痺を患っていました。さらに共同生活していたゴーギャンと喧嘩をして自ら耳を切断しました。

絵が評価されず友人とも喧嘩別れしてしまい、1889年からサン=レミの精神療養院へ自ら入院することとなりました。

徐々にゴッホは「うねり」を研究しはじめました。写実的な形状から、自身の解釈でうねった幻覚のような景色を描き、多くの芸術家へ影響を与えました。そして1890年にピストルで自殺することとなります。

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「星月夜(1889年)」


幻覚症状で生まれた生物

・タタリ神
宮崎駿は激怒した際に「身体の中から黒い虫が出てくるのを感じる」と度々発言しています。それを表現したタタリ神は、ゴッホの「うねり」が3Dに動き出したようでゾワッとします。

ゴッホが黃と青の補色関係をうまく使うことで鮮やかな狂気をつくったように、宮崎駿は黄緑と紫のコントラストで、おどろおどろしいタタリを表現しました。

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糸杉

「二本の糸杉(1889年)」


・タタリの痣
呪いの痣(あざ)を治すためアシタカは村を出て旅へ向かいました。

「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産に登録が決定しましたが、アシタカの村は縄文遺跡群を参考に作られました。

そして縄文土器と対比させる形で、腕の痣を見せています。当時はアイヌの人々は縄文人の生き残りだと考古学者が唱えていたため、和人とは異なり物々交換による狩猟民族としてアシタカ村は描かれていました。

ゴッホのうねりの衝撃は日本にも伝わり、縄文土器の異様な形状は1952年に岡本太郎によって再評価されました。一般的に知られる弥生時代以降に発展した日本の伝統美術を乗り越えた、原始的な美として「4次元との対話ー縄文土器論」を発表し、日本美術史を発展させました。

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・アシタカの旅
アシタカは次期族長となる器だったにも関わらず、呪いにかかり村から追い出され、許嫁との別れを経験しました。そんな絶望の中、せめて明るい旅立ちを送ってほしいと、久石譲の渾身のテーマ曲「アシタカせっ記」が流れます。

背景には雄大な自然がこの上なく美しく描かれ、絶望の中でどうにか希望を見出そうとしたアシタカの姿が見えます。その矛盾した美しさは、ゴッホが自殺する数ヶ月前に、甥の生誕を祝って描いたアーモンドの絵にすごく近しいものを感じます。

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アーモンド

「花咲くアーモンドの木の枝(1890年)」


・こだま(木霊)
こだまは木に宿る精霊で、妖怪や八百万の神を表現したジブリらしいキャラクターのひとつです。デザインは森に何かが見えるという不思議なスタッフが作りました。不気味な可愛らしさは大変人気ですね。トトロもこだまが成長した姿という設定も存在しており、トトロの部屋にも縄文土器が置かれていました。

ゴッホも植物のモチーフで多くの作品を書きました、なかでも7作にわたるひまわりのモチーフは有名ですね。

初期のように、黄色と青でのコントラストが激しいひまわりとは代わり、背景を含め黄色を全面に使い、微細にトーンに変化をつけることで生き生きとした躍動感と調和を実現しました。

こだま
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「15本のひまわり(1889年)」


混沌とした最高傑作

もののけ姫は決して、時代劇のように勧善懲悪な物語でもなければ、伏線を丁寧に回収することもなければ、世界の問題を救って大団円を迎える話でもありません。

無慈悲な自然の中、神か獣か人かもわからない、正義や悪でもない、おぼろげな存在が生きる。そんな混沌とした世界を描いた宮崎駿の最高傑作です。

よむよむ。





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