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あなたの元気は何味?

目の前で信号が赤になった。この信号が異常に長いことを、私は知っている。

まったく、週が始まったばかりなのに疲れている。「週が始まったばかりなのに」という思いが、余計に私を疲れさせている。信号を待つのは長いから、すぐ後ろのローソンで、ビタミンドリンクでも買おう。
私は、疲れている時や、苛々した時に、酸味のあるものを摂取したくなる。


私の過去の記事を読んだことがある方はわかるかもしれないが、ちょっとしたことをすぐにネットで調べる癖があり、今回も気付けばsafariを開いていた。そこには、「一般的にも、疲れていると酸味のあるものを身体が欲しやすい」というようなことが書かれていた。その仕組みも記載されていたので、ここで軽く説明をしようと思う。

酸味をもたらす成分は主として5つ存在し、そのすべてに何かしらの、身体を健康に保つ効果があるらしい。例えばビタミンCは、疲労を引き起こす活性酸素を抑制し、クエン酸は、栄養をエネルギーに変えるための補助機能を持っているという。
そして、我々が疲れている時、身体がこれらを必要とするため、無意識的に酸味のあるものを欲する、というのだ。


ふうん。私たちのからだは、「足りていないものを欲しがる」という、かなり単純なしくみのようである。



その理論でいうと、私の身体はほとんどピーマンと同じ成分で構成されている。私の身体が、ピーマンを求めたことがないからだ。
この真実に気付くことで、人間を捕食する生物に襲われたとき、「私なんか食べても美味しくないよ!」という言葉に説得力が増し、なんとか逃れられるかもしれない。ここで、「私はピーマンの味がします!」と言ってもいいのだが、万が一、その生物がピーマンを好きだった場合のリスクを想定すると、前者の方が得策のように思う。

また、幼い時、コーヒーやピーマンなどの苦いものが苦手な人が多いのは、一般的に子どもが苦味成分を多く含むことを示唆する。それが大人になるにつれ消費されて、摂取しはじめる人が現れる、というカラクリなのだ。

かつて、錬金術が広く信じられていた時代に、「金はひとの身体の中に存在し、歳を取るにつれてそれが代謝され、全て無くなったときに死ぬ」という説が唱えられていた(ちなみに、その説を信じ、人の尿を煮詰め続けた研究者が、リン〈元素記号 P〉を発見したという)。恐らく、それと似たようなシステムなのだろう。


しかし、人の好き嫌いの加減からして、その代謝にはかなりの個人差があると考えられる。
例えば、死ぬまで辛いものが苦手な人の身体には、かなりの辛味成分が含まれているのだろう。

反対に、若い頃に食べれたものが食べれなくなったり、食べたくなくなる仕組みも、この逆を考えれば都合がつく。人の身体は、蓄積と代謝によって、流動的に構成成分が変わるようである。

今まで私は、「ピーマンが苦手です」と言っていたのだが、これからは「ピーマンは足りています」と言うことにしよう。



それにしても、私への酸味の効果は絶大である。活性酸素が...とかいう理論上の効果以上のものを感じる。
酸味は、私の脳内にある、身体の元気をつかさどる部署の重鎮に、アポ無しで訪問し、勝手にミラーボールを取り付け、EDMを鳴らし始める陽気な奴なのだ(プラセボに他ならないが、酸味の効果を調べてから効果が倍増した気がする)。


私は、速やかにローソンへ入店し、まっすぐにC1000ビタミンレモン(ポピュラーなビタミンドリンクの製品名である)をめざし、それを速やかにレジへ出した。すべては信号が青の時に渡れるように、だ。

ところが、レジの店員が、ポンタカード(ローソン等で貯めたり使ったりできるポイントカードである)について、突然語り出した。僕はポイントをどのくらい貯めたことがある、とか、たまに異常にポイントを貯めている客がいる、とか、ケチな居酒屋の酒くらいうすい話を、延々とするのである。そんなにも意気揚々と話されたら、聞かないこっちが悪い感じじゃないですか。それでも、できるだけ気のなさそうに、「はあ」とか「そうなんですか」と相槌を打ち、しきりに外の信号を気にするそぶりをしてみたが、まったく効果がない。


そうして、ようやくローソンから脱獄し、シャバへ出たときには、信号は再び赤になっていたのである。
ああ、なんだよ。なんのために今コンビニに寄ったんだよ。たこが。

イライラが募ってきて耐えきれず、その場でC1000を開封し、ひと口飲み込んだ。


「すっぺ!」

その瞬間、何者かが頭の部屋をノックし、返事をする間も無く扉を開け、どこぞのオカンのように勝手に入り込み、もやもやを瞬時に掃除した。




やはり酸味はすごい。私は、タコだけでなく、他の軟体動物にも心で謝辞を述べ、青になった信号を渡り始めた。


私の元気に味があるなら、それは相当酸っぱいだろう。


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