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この30年の社会の停滞と、「ホイチョイ・プロダクションズ」の変わらなさについて、考える。(前編)

 バブル期には、「私をスキーに連れてって」「彼女が水着にきがえたら」「波の数だけ抱きしめて」という映画をヒットさせたような人たちがいた。

 すごく時代と共に生きているような存在で、同じ時代で生活していても、自分のような人間とは最も縁遠いと思っていた。

 その「バブルの象徴」といってもいいような、しばらく耳にしていなかった名前を聞いたのは、その人への批判だった。しかも、自分が、そのことに気がついたのは、恥ずかしながら、その批判から2年ほど経った時だった。

ホイチョイ・プロダクションズ

 私は、これまでフェミニストが「女をモノ扱いしている男」「女の人格を認めない男」を非難しているのを見かけても、それが何を指しているのか正直あまりピンときていなかった。だがこの本を読んで、「女をモノとして見る」というのはこういうことを言っていたのか、とはっきり理解することができた。そしてそれ以外にも今までピンときていなかったミソジニーや女性蔑視の事象が、この本を通して次々理解できるようになったのである。たったの一冊で。まったくすごい本だ。個人的には「この一冊ですぐわかる!女性蔑視」と実用書風にタイトルを変えて自分の店のフェミニズムコーナーに置きたいほどだ(置かないけど)。

一時は時代を掴み、時代をひっぱっていた人でさえも、こんなふうに老化して激しいミソジニーを撒き散らすようになってしまう、そしてまったく今のトレンドを把握できなくなってしまうのだというショック。単純にフェミニズム的な怒りだけではなく、そんな驚きと寂しさが胸に広がった。

 久しぶりに読もうと思ったのは、いくらなんでも、そこまでひどくないのではないか、と確認したい気持ちもあったせいだ。

『不倫の流儀』

 ちょっとしたコツを身につけさえすれば、50過ぎのハゲでデブのオッサンだって若い女のコと恋ができるんです。
 本書は、50過ぎのゆるんだ体型のオッサンが若い女のコと恋をするために様々なコツを伝授する、オッサン向けの恋愛講座です。講座開設に当たっては、のべ120人の女性にインタビューし、女性の本音を聞き出しました。これは、若い女性がオッサンにこっそり教えてくれた福音なのです。

 まずは想像してください。安室奈美恵も今年43歳。ってことは、あのルーズソックスの女子高生たちが、今や、全員アラフォー。40歳といえば、女性の性欲が一生のうちでピークに達するとされる年齢(グラフ参照)。つまり、かつてのコギャルは今、全員が毎日毎日やりたくてウズウズしているんです。そう思うと、何だかワクワクしてきません?

 このあたりは、とても批判されそうだし、出版された2020年では、何を書いているんだ、と言われても仕方がないし、コツは、48項目にわたってあげてある。

① とにかく褒める。②彼女の話を一言残らず聞き、欲しいと口にしたものをプレゼントする。③執事のごとく仕える          これがチヤホヤの3原則。

 こうしたことは、相手を尊重しているとは思えないし、前出の批判の中にあった「女をモノとして見る」の表れと指摘されても仕方がないように思う。

恋愛初心者にはまず心得をお伝えし、恋の実践のコツについては時代の潮流を研究し、ファッション、料理、ドライブ、健康法、ギター、日本酒、英語、美術館、京都などジャンル別に全20章で、わかりやすくコミカルなイラストとともにお届けします。そう、熟練したコンシェルジュがあたかも貴方のそばにいるかのように!

 ただ、版元は当然ながら、こうして肯定的に購入を促すのだろうし、Amazonのレビュー欄で目立つ言葉は、内容を真に受けるのではなく、ネタとして楽しむ、といった表現だった。それも、この書籍のターゲットでもある50代と思われる方々が書き込んでいるように思えた。

 つまり、真剣になるのはダサい、なんでもネタとして楽しむ、という価値観が共有できれば、この本は楽しめるのかもしれず、その感覚こそが、バブル時代だと思えた。

『ホイチョイのリア充王』 

 「不倫の流儀」の批判を見て、久しぶりに「ホイチョイ・プロダクションズ」のことを思い出し、そして、凋落した、という批判を見て、この「不倫の流儀」だけではなく、余計なことかもしれないが、ここに至るまでの作品も確認したいと思った。

 ホイチョイ・プロダクションズの「新・見栄講座」スキーやゴルフ、サーフィンなど、バブルの頃にみんながこぞってやったあのアウトドア・スポーツは、平成も終わろうとする今、驚くべき進歩を遂げています。道具は便利になり、料金は安くなり、しかも参加人数が減ったせいで待ち時間もなく楽しめるようになっているのです。かつてのミーハーのための新しい見栄の張り方を教えます。

 この紹介の文章↑は、2018年発行の、この本の内容を過不足なく伝えていると思うのだけど、ターゲットにしている「かつてのミーハー」と言われるのは、バブルの時代に「若者」で、この書籍が発行された頃には、おそらく(当時)40代以上の年代をターゲットにしていると思う。

この国にはむかし、空前のスキー・ブームがありました。ピークの1994年には、1年間に1回以上スキーをする人が1860万人もいたそうでございます。が、残念なことに、この遊びにはずいぶんとお金がかかったため、長い不況がこの国を覆っている間にすっかり人気を失い、22年後の2016年には、その数は6分の1の330万人まで減ってしまいました。

サーフィン人口(1年間に1度でもサーフィンをする人)もスキー人口同様、過去20年間で140万人から30万人へと、4分の1以下にまで減ってしまっています。 

(「リア充王」より)

 かつてブームとなったスポーツが、今は、やり方によってはより楽しめる、というコンセプト自体は、生涯スポーツや、これからの高齢者の健康維持を考えたら、かなり優れた視点だと思うのだけど(著者と、読者は、嫌いそうな考えですが)、個人的にはフットサルが入っていないのはちょっと不満だし、この書籍にも「不倫の流儀」で批判されたような感覚は、あちこちに出ているように思う。

「自分たち」以外への見方

 「不倫の流儀」に関して、ミソジニー的な感覚が批判がされ、だけど、その感覚は、この2018年に出版された「リア充王」にもあるから、「凋落」したのではなく、「変わらない」だけなのかもしれない。

テニスで「いいね!」を貰おうと思ったら、短いスコートをはいて脚をむきだしにしたスタイルのいい女子と一緒に写真に写るに限ります。なんたって、若い女の生脚は最強の「いいね!」アイテムですから。

女性をゴルフに誘う場合、食事代・交通費は男性負担、プレー料金は割り勘というのがデフォルトですが、もしも、王さまが彼女のプレー料金まで払ってあげた場合、彼女は帰りの車内で、必ず財布から5千円札を取り出して、「全部払って貰っちゃって悪いから、高速代だけでも出します」と言って、王さまの胸ポケットにむりやりねじ込もうとします。でも、間違ってもこの5千円を受け取ってはいけません。これは罠です。受け取ったとたん、先の展開は無くなります。ニッコリ笑って「いいよ、こっちが誘ったんだから」と拒絶なさってください。 

(「リア充王」より)

 さらには、読み進めると、ミソジニーだけではなく、「自分たち以外」に対する、冷静を通り越して、冷たい見方が特徴ではないか、とも思えてくる。

加齢臭も内臓脂肪もない30代前半のイケメンの医者・弁護士・外資系証券マンたち。彼らは王さまの強敵です。前述の「1人予約ランド」に「女性・28才・独身」のラウンド希望が上がると、数秒でほかの3人が決まってしまいますが、その3人は全員こいつらです。20代でゴルフをやるいい女は、ほとんどすべて奴らにかっさわれているのが現状です。

 私も偉そうに言えないし、無力で貧乏なままだけど、バブル以降の30年の日本の停滞に関しては、バブルの頃に若かった人間の一人として、責任がないとは思えない。(何もできずに恥ずかしいが)。

 だけど、この著者の見方は、自分よりも若い世代に対して、どこか突き放すような見方をしているように思う。

今の日本の若者は、下の世代から年金で支えて貰うことができず、自分の将来の収入に希望が持てないため、ひたすら外出を控え、金を使わず、貯蓄に励んでいます。そんな若者を、金のかかるスキーやテニスのフィールドに引っ張り出すなんて、酷な話です。

 それでも、かつての「自分たち」の仲間への言葉には、温度を感じる。

私たちホイチョイ・プロダクションズは、バブル景気のさなか、スキー、スキューバ・ダイビング、サーフィンをテーマにした3本の映画を制作し、それぞれの関係者のみなさんに、ひとかたならぬお世話になりました。この本には、そのときにお世話になった方々への、御礼の気持ちもこめられています。

(「リア充王」より)

 さらに、唯一、積極的に、関係を持とうとしているのは、身内だけのようだ。

 ならば、かつてスキーやサーフィンを流行らせたわれわれが責任をとって、せめて自分の子供だけでも無理して引き込むしかありません。

『新 東京いい店やれる店』

 この書籍の発行は、さらに時代を遡って2012年だけど、最初の同シリーズは、1990年代前半に発売されているから、基本的なコンセプトは、バブル時代の価値観からつながっているのだと思う。

 とても露骨なタイトルでもあるのだけど、帯に「エロ本です」とあるから、「半分、ネタとして読む」のが、「正解」なのかもしれないが、個人的には、とにかく真面目にならないふりをする、このノリにはずっとついていけなかった。

 だから、当然、2020年代では「ミソジニー」と言われるような表現もあちこちにある。

 顔のいい女、すなわち、我々が心からエッチしたいと願う女は、男が想像する以上に自分の美しさを意識している。マンガやドラマには、しばしば「自分の美しさに気づいてない美女」というのが登場するが、そんな女は男の妄想の産物で、現実には一人もいない。現実の美女は、常に、自分の美貌を武器に、自分を少しでも高く売ろうと考えている。彼女たちの一番の関心は、相手の男の人間性なんかではない。相手の男が自分をどう喜ばせてくれるか、だ。 

(「新 東京いい店やれる店」より)

2011年秋、銀座のミシュラン2ツ星ふぐ店『ふぐ福治』が、常連の元宮崎県知事、東国原英夫に、メニューにない肝のポン酢和えを出したところ、一緒に食べた35歳の女性が口がしびれて入院する事件が起こった。(店も潰されず、娘が引き継いでいる)                               ちなみに、このときの東国原英夫の連れの女性は、東国原がジョギング中にナンパした相手だったそうだが、あんな髪の薄いバツイチ中年男でも、フグと言えばついて行く女がいる事実が明らかになったという点で、我々にとって学ぶところの多い事件である。

 特に、この話(「ふぐ福治」に関するエピソード)は、ミソジニーというだけでなく、ここに登場する人たち全てに対して、冷静を通り越して冷たさも感じてしまうのだけど、この書籍を楽しめる読者は、ネタとして、これをウイットと思うのかもしれない。

 そして、それは、その感覚を支持する人たちが、ずっと一定数存在する、ということのはずで、同時に、それは平成以降の日本の30年の停滞と、つながっているように思う。

「仲間たち」の文化

 「ホイチョイ・プロダクションズ」の想定している読者層は、どこに存在するのだろうか。

 2012年発行の「新 東京いい店やれる店」には、こうした文章もある。

 最後に一つ、ご注意を。
 本書は、35歳以上の紳士(マーケティング用語で言うところのM2)専用である。ここに書かれた内容は、スポーツジムの男子更衣室や、ゴルフ場の男風呂で交わされる男同士の会話のようなものだ。そういう本を女性が覗き見するのは、一種の痴漢行為に等しい。女性の購読を堅くお断りする。(中略)
 また、35歳未満の若い男性の購読もお断りする。本書が紹介する「やれる店」は、プロレスで言えば「凶器攻撃」のようなものだ。若いキミが、同世代の女とのデートに「凶器」を使ったら、もう鬼に金棒、百発百中、女をKOできるのは当たり前だ。おじさんなんかかないっこない。若いうちから凶器を使うなんて、卑怯じゃないか。キミたちは若いんだから、凶器に頼らず、素手で勝負しなさい、素手で。

その昔、デートってやつは、男がレストランのガイド本を買って情報を収集し、その中からベストと思われる店を予約して女を連れて行ったものだった。男たちは、レストランだけでなく、食後に行く夜景スポット、その後で寄るバー、最後に入るホテルと、デート・コース上のすべての通過点について入念な下調べを行なっていた。デートには「計画」と「準備」が不可欠だった。

 こうした文章で推測すると、どうやら「ホイチョイ・プロダクションズ」≒馬場康夫氏と同世代、もしくは、似た感覚を持つ人たちである「仲間たち」に向けての発想で、もしかしたら、本音の部分では、それ以外の人たちには、自分たちの作品は届かなくてもいいと思っているのではないだろうか。


 その「仲間たち」のことも、もう少し詳しく、さらに、この「ホイチョイ・プロダクションズ」の感覚と似た集団も、この停滞の30年に見続けてきた気がするのだけど、それも改めて、もう少し考えようと思った。


(※「後編」に続きます)。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしければ、読んでもらえたら、うれしいです)。




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