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読書感想 『わたしの美しい庭』 凪良ゆう 「2020年代のスタンダード」

 テレビ番組で話をしている作者を見かけた。

 二人のホストが、ゲストの作家として話をしていて、4人が画面に映っているけれど、どの人も作家であることは、もしかしたら珍しいことかもと思った。

 そのゲストは、「本屋大賞」を獲得して、「いま話題の」という形容詞もあったが、自分の情報が狭いために、全く知らなかった。

 それで、読んでみようと思った。

 だけど、「本屋大賞」をとった作品は、とても人気があり、図書館で取り寄せるのは時間がかかりそうだったから、今、早めに読めそうで、なるべく最近の作品を読もうと思った。

 それは、安直な方法で失礼で申し訳ないのだけれど、自分にとって「新しい作家」に出会う時に、毎回、個人的に採用している方法だった。

『わたしの美しい庭』 凪良ゆう

 登場人物の、それぞれの視点で物語は進んでいく。

 両親が事故で亡くなり、引き取られた相手が、母親の前夫。
 名前は、百音(もね)

 離婚相手が再婚し、その夫婦が事故で死亡。血のつながらない娘を引き取った男性。家業でもある神社を引き継いでいて、翻訳家と、マンションの経営と、その屋上の神社を両立させている。
 名前は、統理(とうり)。

 統理の高校の同級生で、ゲイである男性は、その隣室で暮らして、3人で家族のような生活をしている。
 名前は、路有(ろう)

 統理と、幼なじみで、高校時代に付き合って事故で亡くなった男性のことを忘れられない女性。
 名前は、高田桃子。

 高田桃子が高校時代に付き合っていた男性の弟で、今は、うつで休職中の男性。
 名前は、坂口基(もとい)

21世紀の「中間小説」

 これは、少し変わった「家族」の話でもあるのだけど、それだけに人と人との関係「習慣」に寄りかかることができず、より丁寧に真剣に向き合うことになるから、その姿を細やかに描いた物語の読後感も、爽やかな印象になる。

 登場人物の名前の「キラキラの程度」も含めて、2010年代以降のスタンダードとして、広く読まれていることも納得できる作品だった。

 昔、純文学と大衆小説の間、というニュアンスで、「中間小説」という呼び方があったのだけど、21世紀の「中間小説」というものがあるとすれば、こうした小説ではないかとも思った。

休職中

 現在、休職の理由として、精神疾患が増加していて、特に「うつ」で休む人も多いはずなので、その状況にいる人の気持ちが描かれている物語は増えていると思う。

 だけど、その表現方法にも、いろいろな違いがあり、隈なく読んでいるわけではないので説得力はないかもしれないが、この作品はフェアな描き方をしているように感じた。

 私自身も、当事者ではないし、そんな評価をできる資格もないけれど、こうした人物の気持ちの表し方が、特別と普遍のバランスがとれているように感じ、それは、作品全体のトーンにも通じると思えたので、少し長いけれど、引用する。

 入社して十年、うつ病で辞めていく同僚を腐るほど見ていたが、そんなのは気合いの問題だと思っていた。自分までがそうだと認めるわけにはいかず、そのくせ医者というプロフェッショナルから断定され安堵した。やっと楽になれたと感謝して泣いた。
 俺は完全に壊れていた。
 病状を相談した上司からは、おまえもかという目で見られた。戦力外通知に等しいアシスタント業務に回され、責任から解放されたのも束の間、同僚からのいたわりに耐えられなくなった。うつで戦線離脱した同僚を、俺自身が憐れんでいたからだ。
 情けないやつだな。
 根性が足りないんだよ。
 そう思われていることがひしひしと伝わってくる。あるいは、勝手に俺がそう思い込んでいたのか。最後は過呼吸で倒れ、俺は白旗を振らざるをえなくなった。

 メンタルクリニックでの医師との会話についても、とてもリアルに思えた。

 ――  休んでいることを申し訳なく思わなくていいんですよ。
 ーー  これは病気なんですから。
 ――  あなた自身に悪いところはなにもないんですよ。
 医者はそう言う。けれどどれだけ怠けていても許されるなんて、励ましたり文句を言ったりする人のほうが責められるだなんて、そんな自分だけ都合のいい世界に浸っていていいのかと焦る。自分が楽をしている分、周りがしんどい思いをしているのは明白じゃないか。
 ――  そう言う考え方をする人だからこそ、つらいんですよね。
 なにを言っても穏やかな笑みで肯定される。人間味をほとんど失したその対応に、うつとは別の意味で自分を殺されている気がする。そんなふうに感じるのも病気のせいか?

おすすめしたい人

 少し気持ちが疲れている人。
 いつも読んでいる本とは、少し違う小説を読みたい人。
 寝る前に少しずつ読む本を探している人。

 そんな人たちにおすすめできると思います。

 私自身は、この作家の書いた「BL」も読んでみたいと思いました。



(他にもいろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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