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『「初心を忘れない」は才能なのか、努力なのか』。(前編)

 「初心を忘れてはいけない」。

 たとえば、仕事については、「名言」のように語られていて、これまでも数多く聞いてきた記憶がある。おそらく今も、どこかの職場では言われていそうで、(もしかしたら、すでに、この感覚が古いのかも、という恐れはありますが)だけど、その言葉について、年齢を重ねるほど、不思議に思うことが多くなる。

初心を忘れない人たち

 学校を卒業してからずいぶんとたつが、会社という組織にいた時期は3年くらいで、あとはフリーランスでライターを細々としていたのが10年だったり、あとは介護に専念して無職だったりという年月も10年以上だから、本来であれば、仕事について語れる資格はないと思います。

 それでも、時々、初心を忘れない、という言葉を思い出すのは、キャリアを重ねても、そして、その仕事の中で心がゆがむほどの大変そうなことがありそうなのに、気配がどこか明るかったり、もしくは初期の緊張感をいい意味で保持していたり、そういう、人によっての違いはあるにしても、時々、初心を忘れないを体現しているような人がいるからだった。

 その人たちと直接仕事をすることは少なく、話している姿を見たり、わずかに時間をともにしたり、それほど深くわかっているわけではないし、もしかしたら、自分がそう信じたいだけなのかもしれないが、それでも、仕事に対しての取り組み方に、フレッシュさを失わない人たちがいると思うようになった。

 それは、どこか奇跡的な存在にも見える。

 それでも、そういう人たちは、さりげなくいるので、すぐそばにいたりしませんか?

仕事に慣れていくこと

 これは、そういう風にすぐになりがちだし、自覚するのも難しいから、もしかしたら、自分自身も、そうなっていたこともあるかもしれない。

 いつのまにか慣れ、気持ちが擦れてしまうこと。

 毎日、同じような仕事をしていれば、どこか意識も自動化される部分がないと、いちいち立ち止まってしまっていたら、それこそ仕事にはならない。だから、なるべく効率的に動いて、無駄をはぶいて、考えることを少なくして、スピーディーに進むことになり、それこそが仕事に慣れていく、という事だと思う。

 そして、時間がたつと、なるべく面倒くさいことは避けたくなる。
 昔、若い頃、慣れない会議などに出て、それは企画を出す目的があったから、自分がしたい仕事のことを話していたのだったけれど、自分よりもベテランの人たちの多くは、黙って聞いていた。それは、あとで、一緒に会議に出たベテランの人に、あそこで話すと仕事が増えちゃうから黙っているんだよ、みたいな話も聞いたことがあり、年をとっていくと、自分もそういう中に混じっていくのかもしれない、などと思っていた。

 やや抽象的になってしまうが、仕事をしている時にも表の顔と裏の顔があって、いわゆるどんな仕事にも「お客さん」や「お得意さん」はいて、その人たちと接する時が「表」とすれば、仕事の仲間内だけで話す時は「裏」といえるのかもしれないけれど、表と裏のギャップが、キャリアを積むほど大きくなりがちだと思う。もしくは「裏」は、他の誰にも見られていない時だけ見せることになりがちで、どちらにしても、自分があちこちに分裂していくような感じになるけれど、それは、そういうものだと割り切れるのが、ベテランになる、ということなのかもしれない。

 それは、決して責められないし、ある意味当然だとは思いながらも、特に仕事を始めたばかりだと、とまどうこともあった。「お客様のために」というようなスローガンがあり、ある意味では、それは本当なのだけど、「表」では笑っていても、「裏」では、さっきの笑顔がウソのように「お客様」の悪口を言っていて、それは、しかたがないことのほうが多いのだけど、でも、自分がアルバイトなども含めて仕事を始めた頃は、そういう姿はちょっと怖かった。

  
 そして、できたら、自分は、表と裏のギャップがないようにしたいと思いながらも、いつのまにか、そういう中に自分も埋没してしまっているのかもしれないとも思うこともある。

 さらに、いつのまにか、もちろん長時間労働に適応するには、本当に自衛のためだとも思うのだけど、とにかく面倒臭いことは避けるようになる。そして、その姿はベテランであり、初々しさというものは遠くなり、擦れた、という言葉が似合うようになる。
 
 でも、そのほうが自然だと思う。

初心を忘れないは、才能なのか

 それでも、「初心を忘れない人」をたまに見ると、目が覚めるような、自分を恥じるような思いになることもある。

 たとえば、何十年も支援職といわれるような仕事をしていて、輝かしいキャリアを積み、ある意味ではとても「偉い人」なのに、その人が仕事に関して話している時は、まだ自然な熱意があり、ベテラン特有のうんざり感がないことに、どこか感心したりもしていると、何かの質問にふと正面からの言葉を返している。

 この仕事は優しくなくちゃ、やってはダメだと思う。

 その視線を見ていたら、本気なんだと思う一方で、どうして、この人は、大変な思いもあっただろうに、そんなことを言えるのだろう。もしかしたら、すごく恵まれた環境にいたから、そう言えるのだろうか、とも思うのだけど、どんな人でも仕事を続け、それが何十年にもなれば、ずっと楽なことはありえない。そして、どちかといえば、支援職のベテランほど、こんな大変なことがあった。相手に合わせすぎてはダメ、みたいなことを聞くことの方が多くなってきたような感触もあったから、こうして自然に「優しくなくちゃ、やってはダメ」と断言できるような人がいることが、一瞬、ちょっと信じられなかった。

 時々、それに近いことを言う人がいて、どこか不思議な気持ちになって、こういう「初心を忘れない」のは、才能なのではないか、と思うようにもなった。

目的を忘れないこと その持続を覚悟していること

 そして、無理だと思いつつも、そういう「初心を忘れない人」から受ける印象は気持ちがいいし、安直に言えないのだけど、仕事が楽しそうに見えることもあるから、できたら、少しでも目指したい気持ちも、あきらめきれない思いもあるから、才能がないとしても、なんとか努力して、少しでも近づけないだろうか、と思うこともある。

 最近のコロナ禍で、これまで読まない種類の本も読むようになった。

 この本は、感染症そのものの恐さももちろんあるが、それに加えて、感染症に対する不安や恐怖によって、パニックになることを、どう防ぐか。そのためのコミュニケーションに関する本だった。

 この中で、様々なポイントが丁寧に書かれているのだけど、自分が情報を提供する側にいたりする場合に、社会的な不安のために、情報を隠蔽しているのではないか。自分の属する組織自体が、陰謀論で攻撃されたりすることもあるので、そういう時にどうすればいいのか、という部分に、こういう文章があった。

 こういうときは毅然として、「聞き手」の最大の利益のために「聞き手」の方を向いてコミュニケーションをとるのが最善の態度です。そしてそうすることが、所属団体、組織を、ありもしない隠蔽説や陰謀論から守ってくれるのです。

 ここから、無理やり「初心を忘れない」に結びつけるのは、こじつけだとは自分でも思うのだけど、ここで大事なのは、常に「目的を忘れない」ということだと思った。感染症のリスクをどのように少しでも下げるか。そのための情報を「聞き手」に向けて、その「聞き手」のために伝え続けること。それが当初の目的であり、それは、隠蔽や陰謀などが起こると、組織内部に対しての調整や根回しに走りがちだけど、そうではなく、常に当初の「目的を忘れないこと」が危機を救う。それは、実際には出来にくい、と言う意味でも、「初心を忘れない」につながる可能性はある。

 仕事をする時に、自分が擦れてきた、初心を忘れている、といったことに嫌悪感を抱く時があるとすれば、もう一度、「目的を思い出すこと、確認すること」が、「初心を忘れない」は難しいとしても、「初心を取り戻す」ことにはつながるかもしれないから、試してみる価値はあると思う。

 いまの自分の所属する組織のしていることは、人類にとって、どんな目的のためなのか。
 いまの仕事は、日本社会にとって、どんな意味があるのか。
 いまの自分の日常の仕事は、そのもともとの目的に向けて、有効なのか。

 大きすぎて、きれいごとなのかもしれないけれど、もし、少しでも余裕があると、目的の中には、世界をよりよくする、といった肯定的な要素が、建前であっても、一つは存在するはずだと思う。もし、それを確認することで、その目的に共感できるのであれば、周囲の人がどうであれ、ほんの少しでも、その「本来の目的」に近づけるように、日常の中のわずかな時間でも、努力や工夫ができるようになれば、もしかしたら「初心を少しずつ取り戻す」ことが、年齢がいくつになっても、可能なのだと思うし、思いたい。

 そして、(なるべく力むことなく)その目的を忘れないこと。それを続ける覚悟を(秘かに)もつこと。そんな日々を過ごしていたら、仕事に慣れる暇はなくなっていくかもしれず、その結果として、いつのまにか「初心を忘れていない」人に近づいているかもしれない。ただ、たぶん大事なことは、疲労がまさると、たちまち擦れた人になってしまうので、無理せず、少しずつでも続けることだと思います。


『「初心を忘れない」は才能なのか、努力なのか」』(後編)へ続きます。



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