雛倉さりえ

1995年生まれ。小説家です。 https://lit.link/en/3lie

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最近の記事

しんと仄暗く/白い肉/ウメゼリー/漆黒のフレーム

 7月20日。8時半起床。浴衣姿のまま大浴場に向かい、湯舟に浸かる。こぢんまりとした露天風呂に朝の光線が斜めにさしこみ、湯面はぼんやりと白く濁っている。朝風呂のあと冷房の効いた部屋ですこし眠り、11時にホテルをチェックアウトした。五反田で乗り換えて御嶽山へ。外は昨日につづき、おそろしく暑い。皮膚の表面がずるりと溶けてゆくような感覚。よくみんな平気で歩いていられるな、と思って見渡してみたら、誰もが険しい表情を浮かべていた。それはそうよな、と思う。  駅前のイオンで大学院の友人ふ

    • 精度の低さ/サラミ/つやつやの果実/ぜんぶが円くて

       7月19日。6時半起床。カップスープで朝食を済ませ、荷造りをする。銀色ビーズのつぶつぶピアスに薄灰色のパイソン柄セットアップ、トムウッドのリング、aetaのボストンバッグ、足元はたくさん歩けるようにoofosのサンダル。泊まりの荷物はそれほど多くなく、THE SHOPのトートにおさまった。最後にウパーのぬいぐるみをバッグにおさめ、家を出る。仕事ではない上京はずいぶん久しぶりだ。今回はとにかくたくさん人に会う予定を詰めた。とても楽しみだ。  高速バス乗り場は駅前に位置する。ス

      • イタリア旅行記⑥

        イタリア旅行の日記です。二日ずつ載せていきます。 前の記事はこちら  6月9日  ローマ滞在二日目。今日はトラステヴェレにおいしいものを食べに行こうと決めていた。依然体調は良くないため、ゆっくり支度をしてホテルを出る。  まずはホテルのそばのサンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア教会へ。ベルニーニの傑作「聖テレジアの法悦」が有名で、映画『天使と悪魔』にも登場した(燃やされていたけど)。日曜朝で、ちょうどミサがおこなわれていた。数十分ほど待ち、ようやくなかへ。真ん中の祭壇に

        • イタリア旅行記⑤

          イタリア旅行の日記です。二日ずつ載せていきます。 前の記事はこちら 6月7日  7時ごろ起床。おそるおそる体を起こす。まだふらついていて微熱っぽいが、昨日ほどの高熱はなく安堵する。快晴で、昨日着ていた服を洗って干すとまたたくまに乾いた。ホテルの本館で朝食を摂る。今日の予定は、ローマまで移動することと、17:00から予約を取っているボルゲーゼ美術館に行くこと。それさえ達成できればいいと思っていたが、せっかくオルヴィエートまで来たのに市街地まで行かないのはもったいないような気

        しんと仄暗く/白い肉/ウメゼリー/漆黒のフレーム

          イタリア旅行記④

          イタリア旅行の日記です。二日ずつ載せていきます。 前の記事はこちら 6月5日  目が覚めた瞬間、ものすごく嫌な予感がした。もしかしたら、いつもより体温が高いかもしれない。起きあがったら予感が確信に変わってしまう気がして、しばらくベッドの上でスマホをさわる。怖い。でもさすがに動き始めなければ、と立ちあがるとふらついた。あきらかに体調が悪かった。喉の痛みも、いよいよ酷くなってきている。咳の症状こそないものの、風邪以外のなにものでもない。ミラノだ、と思った。イタリアに着いた初日

          イタリア旅行記④

          イタリア旅行記③

          イタリア旅行の日記です。二日ずつ載せていきます。 前の記事はこちら 6月3日  午前8時起床。蚊の羽音で夜中に何度か起きた。案の定、何か所も刺されている。ステロイドを塗って、支度をする。鏡を見ると、瞼の腫れはすこし引いていてほっとする。けれど体が、ひどく重怠い。連日の疲労がたまってきている。いつものようにCONAD(スーパー)で買ったクロワッサンとジュースで朝食を済ませ、駅前に向かう。駅舎から少し離れたところにあるバス停でチケットを買い、シエナ行きのバスに乗りこむ。日本人

          イタリア旅行記③

          イタリア旅行記②

           イタリア旅行の日記です。二日ずつ載せていきます。  前の記事はこちら 6月1日  午前8時起床。昨日歩きすぎたのか疲れがずっしりと残っている。よろよろとベッドを出て支度し、ホテルの一階に降りる。朝食はビュッフェ形式で、クロワッサンやチーズ、サラミ、ハム、ゆでたまごなどをぞんぶんに食べる。ホテルに荷物を預かってもらい、予約していたドゥカーレ宮殿へ。  巨大なドーム型の屋根がつらなる外観に、まず圧倒された。案内どおり進んでゆくと、豪奢な天井の部屋が連続する。宝石箱を裏返した

          イタリア旅行記②

          イタリア旅行記①

           イタリア旅行の日記です。二日ずつ載せていきます。 5月30日  5時半起床。部屋の窓からみえる王ヶ鼻の先端に朝陽がかかって、しろくひかっている。青天だ。カップスープで朝食を済ませ、身支度する。10泊13日の旅程だが、NORTH FACEのHOT SHOTと肩掛けショルダーのふたつに荷物を切り詰めた。キャリーケースはそもそも持っていないし、道中とにかく身軽にうごきたい。枯れないようにと祈りながらベランダの花とハーブに水をやり、最後にぐるりと部屋を見わたしてから家を出て、鍵

          イタリア旅行記①

          落ちるときは落ちる/オルヴィエート/遠いところまでゆく練習/『青がゆれる』

           5月9日。午前8時起床。昨日は精神的になぜか不調で、カレーを食べてガチャガチャを回し、映画館に出かけてゴジラとコングが闘う映画を観たりしてなんとか自分を励まそうとしたけれどうまくゆかず、なんの仕事もできないまま22時に就寝した。10時間ほど眠った計算になり、頭と腰が痛い。  鍋で玄米を炊いているあいだ、さっと部屋を掃除したりインスタを眺めたりする。最近、なんとなくメンタルが安定しない。すぐに苛ついたり、疲れてしまう。いくら玄米を食べ、植物を育て、部屋を清潔に維持し、夜には香

          落ちるときは落ちる/オルヴィエート/遠いところまでゆく練習/『青がゆれる』

          含羞と遠慮ぶかさ/質量のある水平線/惑星みたいなシャンデリア/『ラッカは静かに虐殺されている』

           2月25日。7時半ごろ洗濯機の音で目が覚めたが、二度寝する。体を起こしたのは9時過ぎ。台所に降りて鍋で玄米を炊き、具沢山の味噌汁をつくる。納豆と辛子明太子、はちみつ梅干し。松本で暮らしはじめてから、これらを毎朝かならずたべている。実家にいたころ、朝はありものや冷凍食品などで適当に済ませていた。食に興味がないと自分では思っていたけれど、あたらしい生活が始まったとたん、衣食住を善くしてゆきたいという欲求が湧いてきて驚いている。  隣室の住人が起きてきて、ぎごちなくあいさつを交わ

          含羞と遠慮ぶかさ/質量のある水平線/惑星みたいなシャンデリア/『ラッカは静かに虐殺されている』

          つぎに住む街のこと。2

           十二月の初めに、部屋さがしのため松本を訪れた。引っ越すなら一月だと、あらかじめ決めていた。不動産屋の繁忙期を避けたかったのと、長野の寒さをまず体感してみたかったからだ。  五回ほど引っ越しの経験があるため、優先項目はあるていど固まっていた。バストイレ別、八畳以上、角部屋、そして日あたりの良さ。せっかく松本に住むのだから、山が見える部屋だったら嬉しいなと思ったけれど、考えすぎるのもよくないな、とも思った。事前にいくら想像しても、実際にその部屋に足を踏み入れた瞬間にしかわからな

          つぎに住む街のこと。2

          VTuberたち/透明な寒さ/赦すわけでも、赦さないわけでもなく/イヴくん

           11月11日。午前10時起床。このところ体調を崩していたけれど、今日は調子が良い。布団のなかでInstagramとXを30分ほど眺めてからベッドを出る。テレビに推しのVTuberの切り抜き動画を映しながら、朝食のチーズドリアを食べた。  数ヶ月前まで、まさか自分がVTuberに夢中になるとは思っていなかった。存在はもちろん前々から知っていたけれど、みんな元気が良いなあという程度の認識だった。活気のある若い人の声が一度にたくさん聞こえると、情報量が多すぎるというか、心臓がそわ

          VTuberたち/透明な寒さ/赦すわけでも、赦さないわけでもなく/イヴくん

          つぎに住む街のこと。

           つぎに住む街をさがしている。  滋賀の実家に戻ってきたのは今年の二月だ。関東で得たものすべてを関東で失くし、ひとりで戻ってきた。学生時代の自室はひどく狭く、代わりに居間を使わせてもらうことになった。庭の木蓮の葉に濾されて射すあかるい陽ざし、曲線と花の紋様が刻まれたチョコレート色の壁紙、六つの硝子球から成る小ぶりのシャンデリア。年季の入った洋室で、半年とすこしのあいだ過ごしてきた。  居心地は悪くないけれど、ここは仮の場所なのだという意識がずっとあった。自分の選んだ街で、自分

          つぎに住む街のこと。

          デビュー10年の小説家が、初めて文学フリマに出店した話。

           9月10日。七時起床。前日は早めに寝たので八時間は眠っていたはずだが、頭が重く吐き気がする。やはり朝は苦手だと思いながら、最近ずっと観ている『ジェレミー・クラークソン 農家になる』を横目に支度する。薄灰色のコンタクトレンズにblue-mayの銀色ビーズのピアス、shimmerで購入したオーガンジー素材の黒のチャイナトップス、歩きやすいように足元はHARUTAのスポックシューズ。  もう九月だけど念のため、とNARSのファンデーションの下にアネッサの日焼け止めジェルを仕込んで

          デビュー10年の小説家が、初めて文学フリマに出店した話。

          文学フリマ大阪11について

           先日投稿したnoteの通り、Twitterが使えなくなってしまった。文学フリマの宣伝のかなめだと思っていたため一時は本気で諦めかけたが、周りのひとたちに励ましてもらい、出店することにした。  一冊も売れなかったら……と思うと不安で仕方ないが、文学が好きな人たちが集まる会場の、熱や空気を味わいにゆくと思えばそれもいいのかもしれない。  以前に出した同人誌『呼吸する街』に加え、今回はこのnoteで掲載していた日記をまとめた新刊『日々の泥』も持っていきます。価格は2種とも1,0

          文学フリマ大阪11について

          掌編『睡蓮』

          第6回 阿波しらさぎ文学賞 最終選考落選作です。  真珠母いろの雲がちぎれながら空を飛びかう風のつよい夜明け、今日は美術館に出かけようとクヅは決め、親友のハダエにそう告げる。身をよじらせて同意を示したハダエと手をつなぎ、クヅは客室を出て廊下を進み、一階のロビーへ向かった。  壁一面の硝子窓から射す朝陽が、褪せて毛羽立った絨毯や綿のあふれたソファを燦々と照らしている。窓の外にひろがる海は淡いみどり色に凪いでいて、海上にそびえる巨大な白い鉄柱の周りには、海鳥が円を描いて群れてい

          掌編『睡蓮』