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イタリア旅行記①

 イタリア旅行の日記です。二日ずつ載せていきます。


5月30日

 5時半起床。部屋の窓からみえる王ヶ鼻の先端に朝陽がかかって、しろくひかっている。青天だ。カップスープで朝食を済ませ、身支度する。10泊13日の旅程だが、NORTH FACEのHOT SHOTと肩掛けショルダーのふたつに荷物を切り詰めた。キャリーケースはそもそも持っていないし、道中とにかく身軽にうごきたい。枯れないようにと祈りながらベランダの花とハーブに水をやり、最後にぐるりと部屋を見わたしてから家を出て、鍵を閉めた。人気のない松本の街を歩き、アルピコプラザをめざす。バスで東京まで3時間、そこから電車で成田に向かう。成田空港を使うのは初めてで、近づくにつれて車内に外国人の姿が増えてゆく。昼前に到着し、ポケモンセンターで旅のお供としてラティアスのぬいぐるみを買った。耳と羽がくったり折れていて、ねこのようでかわいい。ターミナルを移動する際、ヌオーの巨大なぬいぐるみをバックパックにくくりつけた外国人の男性を見かけた。ヌオーだ、と思っていると、彼がこちらに振り返り、かわいいでしょ、ぼくのhostageだよ、と微笑む。ポケモンは好き? と訊かれて先ほどのラティアスを取り出して見せると、わーラティアスだ、と笑ってくれた。手を振って別れたあと、hostageの意味をGoogle翻訳で調べると「人質」だった。

hostage

 円をユーロに換え、中国国際航空のカウンターでチェックインする。遅延の多い航空会社だと聞いていたが、15時過ぎのフライトは定刻通りとのことでひとまず安堵した。売店で素焼きピーナッツを買ったり、空のボトルに水を汲んだりして待つ。
 14時半、搭乗が始まる。通路を挟んだ隣で、ちいさな女の子が母親の膝の上に坐っていた。離陸の際、2歳以上の子どもはひとりで着席しなければならないと客室乗務員が言うが、膝からおろされた途端すさまじい声で泣く。数人の乗務員が集まってなにかを相談する。けっきょく女の子は膝に乗せてもらったまま離陸した。こちらもなんとなくほっとする。クロワッサンとハムの軽食が出て、大変空腹だったのですぐに平らげた。食後にりんごジュースをのみながら、行きのバスで観ていた『プレデター2』の続きを眺める。
 18時半ごろ、定刻通り北京に到着する。天井が広くて明るくて天国みたいだと思う。夕方の陽が、灰色の床にきつく照っている。次の便まで7時間あるため、事前にネットで中国国際航空のトランジットホテルを予約していた。そのため、一時的に入国の手続きを取らなければならない。指紋を取って書類を提出して、と事前に調べておいた手順どおりに進めようとするが、そもそも出口がわからない。案内の女の子に訊いてみても英語がわからないようだった。事前に印刷しておいたホテルの予約メールをみせると、あっちだ、という。言われたとおり進むと、一時入国という文字を掲げたカウンターが見えた。機械で指紋をとろうとするがなかなか認識されず、先ほどの女の子が上から手で手をおさえてくれるが、それでもうまくいかない。なしでいい、と身ぶりをされて、疑いながらカウンターに向かう。記入した書類とパスポートをみせたが、だめだ、と言われる。指紋がないからかと一瞬思ったが、どうやらそうではなさそうだった。入国は許可できない、と担当者の男性は言う。乗り継ぎまでの時間が短すぎるからだめだ。そんなはずはない、とこちらも返す。ホテルの予約が可能なのは次の便まで6時間以上空く場合で、今回は7時間もある。現にホテルの予約もできている。それでも、無理だ、と彼は言う。なにかの勘違いだろうと出口に向かおうとすると、男性がついてきて中国語で何かを言い、もとの場所に連れ戻された。さすがにあきらめ、釈然としないまま乗り継ぎ用の保安検査に向かった。
 チェックを終えて乗り継ぎ用のラウンジに降り立ち、途方に暮れた。この7時間を、どう過ごせばいいのか。ほんとうならホテルでシャワーを浴びて仮眠をする予定だったのに。ひとまず給水場でペットボトルに水をいれて、コンセントがついた窓際の席に腰をおろす。先ほどのやりとりのせいで、すでに疲労困憊だった。おなかがすいたので、日本から持ってきた羊羹を食べてはちみつの飴を舐めた。Wi-Fiは飛んでいるものの金盾によってネットの閲覧ができない。仕方なく、ダウンロードしておいたポケモンの映画を観たり、持参したカルヴィーノの『パロマー』を読んだりして時間を潰す。そのうち眠気がやってきて、誰もいない席をふたつ借りて横になった。夜の乗り継ぎラウンジに人気は少なく、清掃員のお喋りだけが天井に高く響く。イヤホンをつけて、鯨の鳴き声の音声を再生する。窓のむこうで、巨大な飛行機がいきもののようにのったりとうごいている。赤や青の光が明滅して、エンジンの轟音が遠くで響く。深海のようだと思いながらすこしだけ眠る。

5月31日

 深夜1時前。目を覚ますと、閑散としていたラウンジにぞろぞろと人が集まっていた。トイレの洗面所で顔を洗い、スニーカーからサンダルに履き替える。出るまぎわ、先の飛行機で一緒だった母子とすれちがった。会釈するとどこへ向かうのかと訊かれたのでイタリアのミラノだと答えた。私たちはスペインに帰るの、と彼女は言った。別れ際、女の子がアディオス、と舌足らずに言い、私もアディオス、と返した。
 ネックピローを膨らませていると、搭乗開始のアナウンスが流れた。離陸してすぐに夕食が出る。チキンとしいたけの煮込みと白米、ハム、コールスローサラダ、オレンジふたきれ。空腹で胃が痛くなっていたので、うれしくてすぐに全部たべる。キューピーコーワ―ヒーリングとビタミン剤をのんで、数時間ねむったり起きたりをくりかえす。今回の席は窓に寄った3列の通路側で、まんなかは空席、窓際の席に背の高い金髪の男性が坐っていた。彼は11時間に及ぶフライト中、一度もトイレに立つことがなかった。
 以前イギリスやモロッコに行ったときの記憶では、機中の時間は永遠につづくように長く感じたが、なぜか今回はあっという間だった。比較的しっかり眠ることができたかもしれない。朝食はザーサイの載った粥と煮卵、ロールパン、すいかだった。定刻通りに飛行機は着陸する。空港までのバスの窓から、みごとに冠雪した美しいアルプスがみえた。入国手続きを済ませ、ミラノ市街地に向かうためバス乗り場をさがす。しかしチケット売り場がよくわからない。鉄道の看板がわかりやすく出ていたため、予定を変更してマルペンサエクスプレスを利用することにした。クレジットカードで切符を買い、おそるおそる打刻機に通す。合っているのかよくわからなかったため、2回通す。直後、ホームに滑り込んできた車両に乗りこんだ。空港はかなり田舎に位置しているのか、窓の外は田園の景色がつづく。乗務員が切符の確認でまわってきて、こわごわ手渡す。打刻できていない場合は50€の罰金があると聞いていたので怯えていたが、何事もなく返されて安堵した。
 ミラノ駅は、おそろしく広かった。威圧的なほど高い天井に、神殿を思わせる柱廊。機能ではなく、修飾のための修飾。駅舎全体が、ムッソリーニの時代、ファシズムのためのモニュメントであることを思い出す。予定どおりkipointにリュックを預け、地下鉄をめざす。切符販売機の使い方がよくわからず、けっきょくキオスクで購う。地下鉄はスリが非常に多いと聞いていたため、私にふれればおまえをゆるさない、と強く念じながらバッグを握りしめ乗りこんだ。10分ほどで目的の駅に着く。地下鉄から出た瞬間、視界がドゥオーモの全景で埋めつくされた。第一印象は、奇怪な異物という感じ。今までの人生で出会ったことのないかたちの建造物。曇り空の下、ほとんど禍々しくそびえている。
 チケットを買い、なかに足を踏み入れた瞬間、すこし泣いてしまった。怖い。なんだここは。怖すぎる。情報の密度が、窒息するほどに濃い。古代の森林のように立ち並ぶ巨大な柱、なによりもおびただしい装飾に眩暈がした。隙間という隙間が、すべて絵画や彫刻や意匠や、意味のあるもので埋め尽くされている。空間を塗りつぶすことに対する、おぞましいほどの執心。どしたん人間……? と思った。なんでこんなもんをつくらなあかんと思ったん? ふつうにごはんたべてお風呂入って、それだけで生きていられんかったん? なんでこんなもんをつくらなあかんかったん? 放心したままぐるりとひとまわりする。奥の薔薇窓やステンドグラスも、美しいというよりおそろしかった。そこにこめられた時間、人生そのものが何千人分も凝縮されたような。何百年も前の高度な技術と膨大な手間と金が、2024年の陽ざしを浴びてきらきらひかっている。

 受けとめきれないま聖堂を出て、付属の博物館をまわった。配置されている彫刻ひとつひとつの顔が、総じて怖い。みんな切羽詰まっている。熱を冷ますためにすこしガレリアを散歩する。高い天井の下、高級ブランドの店が延々と並んでいる。そのうち雨が降ってきた。駅まで地下鉄で戻るか迷ったが、ミラノの街を見たくて雨のなか3kmほど歩くことにした。濡れた石畳の道や、建物のあいだからみどりの樹々が噴きだしている様子に見とれながら駅まで戻ったが、あとでこの選択を後悔することになる。
 預けていた荷物を受け取り、ホームにあがる。ヴィネツィアまでの鉄道チケットは事前に予約してあった。道すがらのスーパーで買ったサンドイッチを食べたり、昼寝をしながら2時間半ほど揺られる。やがて車窓のむこうに、海が見えた。海面にちいさな島々が浮かび、そのむこうに、ひときわ巨大なシルエットがみえた。
 きつい陽のなかで電車を降り、駅舎を出たとたん、眼が眩んだ。大運河。荘厳な建物が岸辺に並び、幾艘もの船が行き交う。ヴェネツィアにきた、と昂揚し、写真を何枚も撮る。ホテルまでの道すがら、路地と水路が複雑に交差する景色があまりに美しく、カメラをかまえたままおそろしく遠回りしながら向かった。ぶじにチェックインできたあと、リュックをおろしてまた外に出た。事前予約していたコッレール博物館を見学する。壮麗な内装に、目の奥がちかちかする。シャンデリア、壁紙、装身具。どこもかしこも、意味と色彩と情報で溢れ返っている。博物館を出て、そのまま散歩をつづけた。

 今朝イタリアに着いたばかりなのだから、今日は休んだ方がいい。頭では分かっていたが、それよりも、とにかく楽しかった。歩いているだけで楽しい。この街をどこまでも歩き尽くしたい。モロッコのシャウエンを訪れたときと似たような感覚。須賀敦子のエッセイで読んだヴェネツィア・ゲットーも訪れた。煉瓦。広場。樹々。頭上で揺れる洗濯物。小路。看板。井戸。水路。ゴンドラ。鴎の声。潮の匂いがする、と思ったら、いつのまにか海岸まで来ていた。歩数計を見ると、30,000歩を軽くこえている。膝と腿が痛い。けれど景色は圧巻だった。海の向こう岸に建つ教会が、夕方のひかりに淡くかすんでみえる。
 帰り道、ひとりの男性に声をかけられた。とても優しそうなイタリア人で、前に日本に訪れたことがあるという。たどたどしい英語で自己紹介された。自分は火吹き芸人で、今夜公演がある。可能であれば、観にきてほしい。もし、可能であれば。ひかえめに言われ、握手をして別れた。ホテルに着いた瞬間、どっと疲労が押しよせた。スーパーで買ったサンドイッチを齧り、ジュースをのんだ。先ほどの話がすこし気になっていた。行きたいような気もするが、ちょっとあやしい気もする。でも良い人そうだった。でも。考えているうちに億劫になり、ぬるいシャワーを浴びてベッドに入った。夢は見なかった。


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