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掌編小説にチャレンジです。

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思いつきで気ままに不定期で、書いてまいります。お暇な時にでもお立ち寄りください。
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#掌編小説

通り雨

通り雨

梅雨明け間近の夕暮れ時、山間の道を車で行くと、しばしば通り雨に遭遇することがある。一転俄かに掻き曇り、辺り一面が闇に閉ざされたかと思うとバケツをひっくり返したかのような大雨に見舞われる。そんな経験誰にも一度や二度はあるだろう。これは私が、忘れもしないある夏の日、偶然に体験した出来事である。

真っ黒な雲に向かって車を進めることを余儀なくされた私は、半分高を括っていた。この時分に降る雨はどうせ、一時

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亡き姉からの【エール】ショート・ショート

亡き姉からの【エール】ショート・ショート

まさに間一髪の出来事だった。もう二分出発が早ければ、目の前に広がる多重衝突事故の当事者の一人に名を連ねていたことだろう。

運が良かったの一言で片づけるのは簡単だが、私のこれまでの人生において、今回のように九死に一生を得た出来事は一度や二度ではない。

歴史に名を留めたほどの大惨事の先の震災の時も、実を言えば最も被害の大きかった東北地方最大の都市の海岸線の街でまさにあの時間に、仕事に当たっていたは

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鳥打帽

鳥打帽

鳥打帽という言葉を聞いてそれがどんな帽子だか察しがつく人がいったいどのくらいいるのだろうか?

ハンチングと言い換えれば納得がいくのか?。本来は狩猟時に身に着けるものであり、元々の使用目的を知らないものにも、おおよその形は理解できるだろうし、一世代前に持てはやされた帽子だぐらいの察しは付くだろう。

 ファッション性重視の今日、カラフルな色合いの物や、多少奇抜なデザインのものも中には見受けられるが

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恋愛成就のチケット

恋愛成就のチケット

いきつけの喫茶店に吉岡隆子が訪れるのは決まってウイークデーの昼休みである。リーズナブルなうえに食後のコーヒーまでついたその店の日替わりランチは、隆子にとってのささやかな平日の楽しみであり、午後からの仕事の活力源であるとも言えた。

空いていればいつも指定席にしている窓際の二人掛けの席は、表を行きかう人々のざわめきや、季節の移り変わりを肌で感じ取れるお気に入りの席でもあった。

彼女はその日も正午を

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恋愛成就のチケット  第二章

恋愛成就のチケット 第二章

入社5年目の自分の事を早くもお局呼ばわりをする後輩達の噂話を小耳に挟んだ時、吉岡隆子は少なからぬ動揺を隠せない自分に気づいた。

新商品の研究開発室への転属が叶ってから早二年、まだまだ大きな成果を挙げるまでの新商品を世に送り出せてはいないのだが、彼女には今の部署が水に合っていた。

それゆえ日々の研究の中で出くわす幾多の困難も、決して苦痛ではないと自ら言い切れるほど、この仕事にやりがいを感じてもい

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THE DAY

THE DAY

起き抜けに淹れられた、モカマタリの香りと、ラジオから流れる台風情報が渾然一体となり勝次の部屋を包んだ。八月の朝は、夏至の頃とまではいかないにしろ5時前には、その明るさを取り戻すのが普通だった。

太平洋の南海上、遥か沖合で発生した台風15号は、すでに950ヘクトパスカルを上回る勢いでその勢力を強めている。このままの勢いで日本に上陸したらいったいどこまで大型化することだろう?

ガレージの奥に、大切

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与太モンの兄貴  茅ヶ崎浩太郎

与太モンの兄貴  茅ヶ崎浩太郎

勘太から聞かされた突然の別れ話を、おみよは黙って受け容れるしかなかった。冬ざれの浅草の街は、年の瀬の人の流れで賑わいを見せていた。

「分かっておくれおみよ、お前に落ち度があっての話じゃねえ事は、お店(たな)のみんなも重々承知の上だ。だがなおみよ、お前の兄貴の吉松と来た日にゃ、始末がわるすぎらー。世間様がきゃつの事をなんてほざいてるか知ってるか?ごくつぶしの鏡だとよ、言い得て妙じゃねえか。お前も不

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バッタもんのゆびわ

バッタもんのゆびわ

あたしはずーっと、この指輪だけは本物だと信じてましたよ。今の今までほんとにね、あんたあたしにお母さんなんて呼んでもらえると思ったら大間違いだよ。人が聞いたら驚くでしょうね。死に水を取ってやることもせず。葬式なん以ての外と,ほったらかしで、不肖の子を絵に描いたような私のことを、みんななんて思うでしょうね。だけどね言わせてもらうけどあたし、人になんと思われようと、一向に構いません。だってあんたがあたし

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成れの果て

成れの果て

今日までの、努力の結果を結実させる瞬間が、間もなく訪れる。もう俺たちにやり残したことなど何もない。今まで費やした時間と金と、地位と名誉を投げ捨てることに対して、苦言を呈するものがあるなら、迷わずきっぱりと言い返してやるつもりだ。

「お前らに俺の、何が分かるんだ」

 何より大切な音楽の道を、志半ばで犠牲にせざるを得なかった苦しみ。父に翻弄され、やりたくもない法曹界で、今日の地位を気づき上げたのは

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貉 むじな

貉 むじな

 間が差した。他になんといえばいいのか?思い浮かばない。蠢(うごめ)く何かが視界に飛び込んだことは、はっきりと記憶する。急ブレーキをかけるなり。急ハンドルを切るなり、その何かとの衝突を避ける手立てはいくらでも有りえた。しかし私は、敢えてそれを怠った。いや怠ったという言い方は的を得ない。むしろ意図して私は、アクセルを踏み込んだ。敵意をむき出しにして、そいつの息の根を止めるために。

 命が宿っている

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