ふたくちめレポート

あ、どうもこんにちは。

ワタクシ、何を隠そう現代に生きる不思議生命体その一つ――所謂「妖怪」というやつです。えっ、どこも変じゃない?普通の成人女性に見える?むしろ美人だ!その個性的な帽子が良くお似合いだ――ですって?あ、そこまで申し上げてない。デスヨ。まぁ、いくらお褒めが上手くても、ネタあかししかできませんわ。

ほうら、ご覧あそばせ。


ワタクシ、「二口女」ですの。


夏になるとよくある怖い話、怪談話。それに、最近はキャラクターとしてもテレビに出ているその大元。頭の後ろに大きな口がある、そう、その「本物の妖怪」て奴ですよ。あ、ほんと。こっちが恐縮するくらい腰抜かしてますわ。ぁいやいやいや、お構いなく。平気ですよ。むしろあなたのカフェラッテが台無しになってしまいまして、申し訳ないコトをしたわ。

この大きな帽子も特注で、好きなハンドメイド作家さんに受注で作って貰っていますの。いくら大きなニット帽でも、どうしても首筋のお口がはみ出てしまうのよネ。

いぃんやいや、流石に昔の二口女の伝承通りに人を食ったり、隠れてものを食べやしませんのヨ。そんなことしたら、ワタクシこの仕事やってイケマセンカラ…。「妖怪」と言っても、もう人間が人間を怖がる時代でしょう?だからこうしてワタクシ達もライフスタイルを変えているんですヨ。オ ニ イ サ ン 。



これから夏が来るのを示唆しているサッパリ晴れた日だ。高層ビルが立ち並ぶ都内の大きな三ツ星ホテル。そこへ併設されている立派なカフェテラスに長い黒髪の女性を取材する男女の姿があった。出来る女をイメージした二十代の女性は手元のメモ帳と、タブレットを交互に操作し、忙しなく記録を取っている。その横の四十代近い男はカメラマンで、受け答えをする女性二人の姿を撮るのだろう。二人の名刺がカフェのテーブルに出ているが、名前の横に「不可思議雑誌△編集部」と書かれている。名前の通り、世の中の不可解な現象・伝承を追っている雑誌だ。男は席を立ち商売道具のカメラでオシャレなカフェと黒髪の女性の大きな口を中心に、様々な角度で写真に収めている。男のジーンズは零したカフェラテの染みが大きく広がっているが、それ以上に彼らの取材を受ける黒髪の女性への好奇心が大きいようで、目も口も手の動きも、どれをとっても大きく、そして嘘が無い。

「まだ生きる伝説には現代は狭く、勝手に動くとか、とても不便な事も多かったことでしょう?過去の因果で代々女性が生まれると20歳前後でその”二つ目の口”が生まれるとの事ですが、やっぱりいじめとか、生活に困ったこと等はありましたか?」

「ん~どうでしょう?元々そう言う家系でしたし、あ、私か~~~くらいのノリでした。人によっては選ばれると病んだりしちゃうみたいでしたけど、元々私自身がヒッキーだし、丁度新卒で入った会社辞めようと思ってた頃に口が出来たので、ま、いっか。みたいな。あまりネガティブに思ってないですね。勝手にドライヤーかけてくれたり思ってたより便利です」

「でも、やっぱり妖怪になってしまったからショックじゃないですか?近い方で、魚人になられた方が彼氏にフラれて焼身自殺しようとした人も居ましたし、そんなに大きな口があって自分じゃなくなっちゃう~!!とか不安になりません?」

「ならないっすねぇ~。彼氏も友達もいませんでしたし。だって、下総国の時代に討伐された妖怪の呪いですから、正直、その呪い自体もかなり弱ってるみたいで。口が出来るけど、一切喋らず、物も食べれないみたいで。一度歯医者で見て貰ったら、喉の声帯が無いから声が出ないんですって。でも、何か喋りたい事があるみたいでずっと声を出そうとしてたんです。声が出ないとわかった時がもう、可哀想で可哀想で。それで実家の蔵で調べたんです。何か手がかりがあるんじゃないかって。そしたら」

「そしたら!」

「どうなったんです!?」

ぐいぐいとテーブルの向こうから圧倒してくる取材陣の二人をまぁまぁと黒髪の女性がなだめる。雑誌の傾向から、おそらく不可解な出来事に心を痛めたり、恐怖した「いかにも現代妖怪!ここがいとこうじき!」という出来事が欲しかったのだろう。椅子にかけ直した二人を見届け、黒髪の女性――つまるところ呪いで現代に蘇った妖怪「二口女」は、おずおずと顔面にある普通サイズの口でアイスティーのストローを咥える。取材陣の二人も各々呼吸を整えて二口女がゆっくりと話し出すのを待つ。

「おそらく、お二人が想像しているような文献や証拠も、特になかったんです。あるのは代々二口女になってしまった人たちの日記とか、その人らを描いた絵とか、そう言った物でした。けれど、埃まみれになった蔵の壁に、この髪の毛が文字を書いてくれたんです」


しんどい かんみがほしい けがいたむ


「確かにそこはめっちゃ古い蔵でしたけど、でももうちょっとなんか無い?てなって、私、呆れちゃって。甘味(かんみ)っておやつでしょ?意味わかったら、もう、笑っちゃって」

くすくすと笑う二口女の顔を、取材する二人がすっかり冷めた顔で眺める。期待していたものではなかったが、お約束の様な期待外れとも違ったようだ。思い出し笑いが止まらない二口女が、笑いを収めようとアイスティーを飲み終わると、二人の取材陣はそそくさと礼を述べ、カフェを出る準備を始めた。

「なんか、あっけなかったね」

二口女はそう呟くと、スマートフォンの着信が鳴る。宛名は「フタクチさん」とかかれ、立て続けにメッセージが送られてくる。

【ワタクシ、そんな期待外れだったかしら?】

【ありのまま伝えているのに失礼だコト】

【ねぇチョット!ワタクシ達の名刺をお忘れじゃない】

そうだそうだと二口女は慌てて自分の肩さげカバンから名刺入れを取出し、既に席を立とうとする二人の取材班に一枚ずつ差し出した。大正レトロにデザインされたこれまた派手なピンクと緑の色違いの名刺には、大きくこう書かれている。


【ふたくちめレポート】


「ま、まって!これ、今すごくバズってるブログじゃないですか!俺もこれ読んでますけど、行った場所も食べたものも憑りつかれたみたいに行きたくなって、大変なんですよ!え、まさか…」

「まさかです。これ、私たちのブログです。色々行って、レポートを書いて貰っています」

「書いて貰うって、まさか!妖怪にですか!?だって、さっき喋れないって言ってたじゃないですか」

「そうなんですけど、そうでないんですよ」

【その通り!ワタクシ、こんっな不思議な箱、初めて触りましたの!んまぁスマートフォンって、妖怪にも使えるユニバーサルデザインですの。科学の進歩は呪いより優れているのですネ】

スマートフォンを取材班の二人に掲げた二口女は送られてきたメッセージを淡々を見せつける。ブログの閲覧数はとうに万を超え、有名な女優やタレントと肩を並べているレベルだ。口をぽかんと開けて突っ立っている二人に二口女は交互に喋る。


「確かに後ろの口は喋れないし、食べれもしないけれど」

【この子の味わったスウィーツ、見た季節、触れた物、聞いた楽曲、感じた香り】

「五感は全て共通してるんです」

【だから、ずっとずっと言いたくて、あの美味な甘味の名前はなんだ!ワタクシに似た平面の女はなんだ!あれもこれも知りたくてうずうずしてて!】

「だから始めたんです。二口目のレポートを。」


――つまるところ現代に蘇った妖怪「二口女」とは、弱小の呪いによって二つ目の口が出来てしまったただの一般女性のようだ。けれども不可思議な大口は現代科学の力で圧倒的な力を手に入れたなんて、面白いにもほどがある。カフェを出た二口女は個性的な帽子をかぶり直し、薄暗くなった人ごみを歩く。

【ねぇ、アナタ。この最後のお二人が驚かれたところの表現に「ハトが豆鉄砲を食らった」を真似て「不可思議好きが科学に負けた」てどうかしら?】

後頭部から送られてくる皮肉な通知にふふ、と笑いつつ、次はどんなスウィーツを食べればこの妖怪は喜んでくれるのか、スキップしたい気持ちで現代の妖怪じみた一般女性は改札へ吸い込まれるのであった。


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