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【ショートショート】VR墓参り

「なあ、今年はこれで済ませないか?」
私はパソコンの画面とVRゴーグルを見せながら、妻に声をかけた。

暑さというより痛さを感じる直射日光が降り注ぐ夏がやってきた。
7月の梅雨は長く今年は冷夏だというニュースもあったが、どうやら嘘らしい。
40度近い気温に達する地域もあるようで、どう考えても猛暑だ。

この地域は幸い暑さはそれほどでもないが、直射日光を強く感じる。
また晴れの日が続くので、ちょっと怠惰な私にとっては神様に外出しろと言われているようで、少し後ろめたさを感じる。

日付は8月の半ばに差し掛かり、お盆の季節がやってきた。
実家は遠く、若いころと違って普段の外出さえも億劫な私にとって、わざわざ墓参りに行くのは苦痛だった。

実家へ帰る際に渡る大きな橋から見える景色は確かにこの世のものとは思えないくらい美しく、それだけは楽しみであった。ただ、それを除くと親戚付き合い等、面倒なことしかない。

しかも今年はコロナウィルスが流行している。政府は県を跨いだ移動を推奨していない。ただでさえ盆の実家への帰省が億劫だったところにコロナが重なったため、どうしようかと思いあぐねていたところに見つけたのが、VR墓参りだった。

VR墓参りを知らない人の為に少し説明すると、専門の業者が依頼者に変わってお墓の掃除やお供え物をしてくれ、お墓の撮影をしてくれる。そして、依頼者はVRゴーグルでその撮影動画を見て、あたかも墓参りを行ったような体験をする事が出来るサービスだ。

さて、冒頭に戻ろう。インターネットをだらだら見ていた時にVR墓参りサービスを見つけた私は、これだと思い妻に声をかけたのだった。

「さすがにそれはないでしょう」
妻はちょっと不機嫌な顔をして、私の想像通りの反応を示した。

私の妻は日本的な伝統文化を非常に大事にする。それがたとえ夫の親戚との付き合いだろうと、いやな顔を一つせず積極的に関わることも厭わない。

「なあ、今年くらいはいいんじゃないか。墓の向こう側も世の中の事情を察して今年はやって来ないかもしれないぞ。」
そんな私の軽口に対し、妻はまっすぐな目をして応える。
「年に何度も行ける訳じゃないんだから、行きましょうよ。きっと行ったら行ったで楽しいと思いますよ。それにあの川を渡る時に橋から見える景色をあなたは好きでしょう?」

こう妻に諭されると私は弱い。その後は通常何も言えなくなって、妻の言う事を聞いてしまう。でも、なぜか分からないけど今回は少し反論をしてみようと思ったのだ。夏の暑さのせいだろうか。

「そんなこと言ったって、いったい何回墓に行けば良いんだよ。これで346回目だぞ。それに年齢を考えるとコロナだって恐いし」

妻は不思議そうな顔をして言う。
「何を言っているのよ。私たちはとうの昔に死んでいるんだからコロナに罹るわけないでしょう。」

はあ、やはり妻の言う事に逆らう事はできない。
気候穏やかな天国から40度の猛暑の地上に今年も行くのか。
まあ良い。三途の川にかかる橋から眺める景色でも楽しむとしよう。

                               (了)

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