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理解してもらたくて気持ちを話して勝手に傷つくループ辞めたい

わたしは、人に自分の気持ちを理解してもらいたいという気持ちが人より強いのかもしれないと思う。
それはわたしが、感情論で動きやすい性格なためかもしれない。
なにか話し合ったり、決めていく上で、論理的事実に基づく考えによって決めていくよりも、何があってどう感じたか・どうすれば気分よくいられるかを重要視して物事を考えることが多い。

しかし、社会人として、大人として生きていく上では、それはあまりにも不利な思考の癖かもしれない。
大人の世界では、物事は事実によって判断されるし、それによって誰がどう感じるかよりもその結果として出る数字が重要視される。

わたしはその社会のルールにうまく適応できず、「どうして嫌な気持ちになる人がいるのにこんな判断になるんだろう」などともやもやしてしまうことが多々ある。

先日、ハラスメントに関する記事を書いた。

この記事ではわたしが過去経験したアルコールハラスメントについて書き、時間は経ってしまっているが、会社に問題として扱ってもらうか迷っているという内容を書いたものだ。

たくさんコメントを頂き、本当に心が温かくなった。
ずっと、心に刺さっていた棘のようなものがようやく抜けたような感じがした。
まだ傷はじんわり痛むけど、きちんと治療していこうと、向き合おうと思わせてもらうことができた。
わたしの代わりに怒ってくれている人もいて、本当に嬉しかった。

わたしは、クレーマーみたいで嫌だななんて思っていたが、やっぱり問題と向き合い乗り越えることで、自分の症状やトラウマも良くなるかもしれない。
そう考えて、わたしは会社にアルハラの問題を伝えることにした。

比較的信頼できると思っている女性の上司に相談をした。

・実際にあった出来事
・その出来事がきっかけで適応障害になったこと
・いまもトラウマで、プライベートでもお酒の席が苦しく感じること
・かなり良くなったが、二年間鬱とパニックに苦しんだこと
・会社に問題として受け止めてほしいということ
・加害者の処分を求めているわけではないこと
・ただ同じようなことで悩む人がもう出てほしくないこと

この内容を伝えた。

上司は話を真剣に聞いてくれ、実際に行動に移すための準備をしてくれることになった。
これはわたしにとっては望んでいた結果で、納得できるはずだった。

しかしわたしは、少し心が重たくなった。
それは、上司と話す中で「こういう飲み会が嫌ってことは、他の人も感じていることなのかな?」と質問されたことが原因だと思う。
「確かに古臭い雰囲気はあるけど、それが嫌と感じる人はうたたねさん以外にいるのかな?」と上司は尋ねた。

彼女は全く悪くない。
わたしは自分の苦しい気持ちや、自分のためにこの件を乗り越えていきたいと思っていることをたくさん伝えた。
そんな感情的な話をするわたしに対し、上司は実際この出来事を問題にするために論理的観点から物事を見てくれようとしたのだと思う。

しかし繊細すぎるわたしは、この言葉を聞いた瞬間に、
「自分だけが感じているのかもしれない」
「この人は会社として問題視するべきことか判断する身分なんだ」
「もしここでいないと答えたら問題はなかったことにされるのかもしれない」
そんな風に感じてしまった。
自分を理解してもらえなかったような感覚になってしまい、それが酷く悲しく、自分が会社において孤独なように思えてしまったのだ。

夫はわたしと同じ会社に勤めている。
つまり夫は、わたしが耐えられなかった環境でいまも家庭を支える大黒柱として働いてくれている。
その事実が、わたしを時に苦しめる。
わたしが耐えられないことを耐えられる人がこんなにも身近にいて、わたしのように感じる人は少数派で、わたしの感情は会社としては無視したほうが効率的なものなのだろうとか。

こんなこと考えても、仕方がないのだけど。
大丈夫、わたしにはやりたいことがたっくさんあるし、また病みそうになったらすぐさま逃げてしまえば良い。
夫が絶対に支えてくれるから。
でも、それでもたまに、やっぱりどうしても孤独に感じ、自分を理解してほしいと思い、人に感情を開示してしまうのだよね。
そして勝手に少し傷つく。
このループ辞めたーい!

うたたね

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