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私はなぜ自分のことをママと言えないのか。

みなさんこんにちは、古橋香織です。

都知事選のネタが続いていたので、今日は子育てネタを書きます。

タイトルのとおり、私は1歳の子どもがいますが、未だに自分のことを「ママ」ということに対して抵抗があります。それゆえうちの子供は未だに「ママ」と言えません。

なぜなのでしょう。。。??

思い返してみると、私は自分で自分のことを「ママ」とか「お母さん」と言った回数が極端に少ないんです。うーん、一体何故なのか。自分でもよくわからないのですが、「ママ」という響きや自分の中で「ママ」を名乗ることに対してのモヤっとした気持ちがあり、それが子どもを産んでから1年以上続いてるんです。

子どもがいると、これまでとは違うコミュニティにも足を踏み入れる必要が出てきます。「古橋さん」の繋がりではなくて、「うちの子」を媒介とした繋がりがスタートします。そこでは、〇〇ちゃんのママとして認識される訳です。ほかのお母さんや保育士さんから「〇〇ちゃんのママ」と呼ばれると、なんだか恐縮するというか、いえいえそんなママだなんて!!(?)みたいな、謎の感情が生まれてきます。このように、言われるのは嫌じゃないんですけど、言えないんです、自分から。

このような背景もあり、ママを名乗れない理由は何なのか。私の深層心理に潜って考察するのが今回の趣旨となります。


◉考察1◉

自信を持って「ママです!」と言える心境になりきれていない

子育てって超大変です。産んだ直後は24時間ドリンクバーみたいになるし(表現w)、自我が出てくると怪我の心配、親子の感情のぶつかりあい、保育園で他のコとうまくやれてるかしら、なんていう心配が尽きません。親もいちいち全力で向き合うと疲弊してしまうので、一生懸命一歩引いて冷静に冷静に対応しようとするのですが、気づいたら完全に子供のペースに巻き込まれてます。

私もほぼワンオペ育児の中、身なりも気にせず(自分が言うなw)、がむしゃらにやってきました。

でも、私が子供に100%向き合えているかって聞かれると、うーん、、、と口籠ってしまう。お仕事だって子育て優先で組み立てているけれど、やっぱり子供の前でも頭が仕事モードになることが多々あります。インスタグラムで子供と楽しく遊ぶママの投稿を見て凹むこともあります。「あ、私ここまでできてない」って。そういう状況なので、「あなたはきちんとママしていますか?」という質問には自信を持って「もちろんです」とは言えないんです。


◉考察2◉

ママをブランド化するママが苦手

少々偏見が入りますが、芸能人や起業家では、ママって一種のブランドですよね。ママなのにこんなに綺麗!とか、ママなのにこんなにバリバリ働いている!とか。年齢を感じさせないくらいキレイで、優しい旦那さんもいて、子供はもちろん私の宝物。自分の力でお金を稼ぐことができて、常に志の高い女性に囲まれて、お仕事もプレイベートも本当に幸せ、みんなありがとう!みたいな。かつても私はそうなりたかった節があります。ヤンママ志向が強くて、23くらいで子供産んで細くて可愛いママになりたかった。でも、いろいろやってるうちにそれが通用する年齢じゃなくなったから、ある意味軽く嫉妬してるだけです(そもそも我が家はそんな余裕ない)。

そういう経緯もあって私は「ママだけど・・・」とか「ママでも・・・」とか全面に打ち出してくる人を見ても「わあ!すごいわね!」って素直に褒められないひねくれた心の持ち主です。ママさんインフルエンサーのインスタ投稿みても「この写真が撮れるまで一体何回撮ったんだろうw」とか考えちゃう人なんです。

でもでも古橋落ち着いて考えてみて。芸能人やママさん起業家のプロモーションの方法から考察すると、それって人に「共感」してもらいたいか、「憧れて」もらいたいかの違いに過ぎないのであって、女性誌の読者モデルみたいなママだって、もしかしたらお風呂上がりに化粧水塗り忘れたりしてるかもしれないじゃん。たまたま貴方は「憧れ」型のプロモーションに対して異常な拒絶反応を示しているだけであって、それが嫌なら自分は「共感」型で行けばいいだけなんだよ。「お風呂上がりに着替えを嫌がる子供を追いかけてたら、うっかり化粧水塗り忘れちゃったーきゃは」みたいなのでいいんだよ。

苦手なものには近づかなければいいだけなんです。


◉考察3◉

ママが外へ出ようとすればするほど、子供への罪悪感に苛まれるという事実。

結局最後はここに帰結します。「お母さん」よりも響きがやわらかく、いわば母性の象徴たる「ママ」の2文字は、仕事も家庭も両立し、尚且つどちらも領域においても及第点を求められている日本の女性たちの、ある意味「透明なシールド」のような役割を果たしているのではないかと思います。

結局のところ、ママはブランドではない。まだまだ男性社会が根強い日本において、母親が強く生きて、自分と家族を守るために使う、いわばお守りのような役割を持つ言葉なんです。家族がいるから、子供がいるから、自分が倒れたら家庭内のいろいろな流れがストップしちゃうから、だからみんな積極的に「ママ」を名乗るのです。

それに、能力の高い、外に出たいママはいっぱいいるはずです。でも外に出れば出るほど、子供としっかり向き合えているのかという罪悪感によって、歩みを止めてしまう。これはもう言葉では説明できないというか、脳の深い深い部分の問題です。

性別に関係なく、バリバリ働いて社会貢献したい。自己実現をはかりたい。そんなわがまますぎる私は「ママ」を名乗ることが大きなマイナスだと思っていたし、「ママ」という言葉もなんだか自分を表していないようで、さらっと口に出すことができませんでした。でも、それは私が生まれてから今まで構築してしまった変な拘りによるものであるし、その考え方を貫いて得をする人って誰もいないんですね。


そんなわけで私、そろそろその訳のわからない「ママの呪縛」から解き放たれないとな、と思った今日でした。でもやっぱり将来的には「かおりちゃん」って呼ばせたいな(おい)!!


脈絡のない記事ですが、ここまで読んでくださりありがとうございました(いつもより深めの礼)。





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子育てと仕事と学業の間であわあわするワーママ。公務員(都庁)から起業し、イケてる政治家や公務員を作り出すイメージコンサルタントになりました。自治体と議会を応援し、おしゃれによる地域創生を目指しているAB型です。1才児に振り回されっぱなし。春菊とオレンジ色が好き。
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