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喫茶結社 [文芸部]

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記事一覧

火葬とおにぎり

火葬とおにぎり

「うちでは、火葬が終わるのを待っている間、おにぎりを食べるのよ」

母はそう言った。

「ばぁばを焼いている間に、おにぎりを食べるの」

そうとも言った。
まるでメインと前菜かのような言い方に、少し笑ってしまった。

祖母のイメージは「カッコいい大人」。

紅茶党で銘柄はいつも決まっていたり、フィナンシェやパン、発酵バター、美味しいものにうるさかったり、バリバリ働いていたり、革手袋をして車を乗り回

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粋なカッコよさ

粋なカッコよさ

先日行った居酒屋の話をしよう。

カウンターが10席弱、ママさんが一人で切り盛りしていらっしゃる小料理屋というか居酒屋。

知人がオススメしてくれたから入店したものの、もし何も知らない状態だったら絶対に入れない隠れ家的な店。

そこのおでんも、天ぷらも、おにぎりも絶品で、我々は料理と酒に舌鼓を打っていた。

がらりと扉が開いて、御婦人が一人。
常連さんではないようで、私と2つ隣の席に座られた。

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閑話:趣味でやるのが一番

閑話:趣味でやるのが一番

ちゃんと会社員やって、週末だけどこかのレンタルスペースでも借りて、仲のいい友人を招いて、「この料理めっちゃおいしいね」とか言われながら、最後にコーヒーでも淹れちゃって。

そんな生活が実は私が一番やりたいことに近いのではないか?と思うことがある。たまに。

もしここがアメリカだったら、ホームパーティーで満足していたかも。

気兼ねないし、褒めてくれるし、寂しくない。
しかも収入が安定しているのだか

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思い出のハンバーグ

思い出のハンバーグ

『予定を変更して、只今の時間は臨時ニュースをお伝えいたします。』

騒然としているテレビ局のスタジオを背景に、ニュースキャスターは落ち着き払った声で原稿を読み上げた。

『テロリストと思しき武装集団が首相官邸に立て籠もってから、すでに2時間が経過しようとしています。
首相を始め、官邸職員15名が人質となっており、その安否が気遣われております。

尚、犯行グループは「ハンバーグ」を要求している模様で

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行きつけのカフェと、理想と現実と夢中と狂気の話

行きつけのカフェと、理想と現実と夢中と狂気の話

私はあまり“行きつけのカフェ”というものをつくらない。

既に一度行った素晴らしいお店にもう一度行きたいという欲求より、新しいお店を沢山知りたいという欲求の方が勝るからだ。

いいお店もそうでもないお店も知って、勉強したい。
そういう意味では、カフェに行ってもリラックスせず、じっと店内を観察しているかもしれない。

しかし、そんな私にも唯一“行きつけのカフェ”と言えるお店がある。

そのお店に初め

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飲食の道の原点、弓道部

飲食の道の原点、弓道部

私が飲食の道へ進むことになった原点は、高校時代の部活動にあったのかもしれない、と思うことがある。

家庭科部ではない。

弓道部だ。

もしかしたら馴染みがない方もいるかもしれないが、弓道部というものはその多くが専用を道場を持っている。
授業が終われば道場へ走り、道着に着替え、神棚に礼をして、自分の弓矢を準備する。
各々素引き、巻藁と呼ばれるウォーミングアップを行い、射場に立ち、28m先の的に向か

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みにくいアンドロイド

最近じゃ売ってる店がほぼ無くなったアメスピに火を点けて、深呼吸。
ひと昔前にメシ屋でタバコが吸えなくなってから、今やコソコソと人気のない路地で一服するしかない。
世知辛い世の中だが、だからこそこの時間が貴重で、愛おしい。
だからだろうか。
目の端に映った、普段なら無視するであろう事柄に対して、ひどく不愉快な気持ちになって、自分から関わってしまった。

「おい。ガキども。イジメなら他所でやれ。不愉快

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珈琲詩篇「最低な一日とそう悪くない一瞬」(後編)

珈琲詩篇「最低な一日とそう悪くない一瞬」(後編)

前編

バックヤードに並べられた簡素な椅子とテーブルが、私たちの休憩スペース。

今は私の他には誰もいない。
文字通り人目を憚らず、私は机に突っ伏していた。

フルーツタルトがひっくり返った後の記憶は曖昧だ。

多分半泣きになりながら片付け、そのまま明日用に準備していたタルトを使って今日の分を間に合わせたのだろう。
休憩時間になった途端、自分のまかないも作らずに飛び出してきてしまった。

なに

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珈琲詩篇 「最低の一日とそう悪くない一瞬」(前編)

珈琲詩篇 「最低の一日とそう悪くない一瞬」(前編)

地下鉄の窓に映る顔は、いつもより少し気合いの入ったメイク。
だけど表情は、いつもよりずっと暗い顔。
おろしたての靴も、お気に入りのワンピースも、窓に映ればくすんで見える。

店長から電話があったのは30分前。
31分前まで、私は就職してからしばらく会っていなかった大学の頃の友人たちと集まるために、いつもより軽い足取りで地下鉄のホームへ向かっていた。

「休みの日にごめん。二人欠員が出ちゃって、店が

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