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短編小説:放課後の座席表

 放課後の教室。外が暗くなる少し前。吹奏楽部が練習する音がぼんやり聞こえる。何部かわからないけれど、運動部らしい声が聞こえる。
 そんな教室に僕は、花森さんとふたりきり。
 僕の前に座った花森さんは、僕の机に置いた座席表を覗きこみながらしゃべっている。

「それでねー、ここと、ここが今ケンカしてるの。で、なぜかここが仲良くなってる」
 座席表を指差しながら、花森は僕に説明する。
 花森さんは、情報通だ。
 クラスの人間関係をほとんど把握している。最近の僕らはよく、こうやって放課後に話している。いわゆる噂話、良いものではないのだろうが、花森さんの話はついつい聞いてしまう。

「そうだ、知ってる?新木さんの好きな人」
「えっ」
 花森さんの言葉に、思わず声が出てしまった。新木さんとは最近僕が気になっている人なのだ。
 大人しくて、長い黒髪が綺麗で、よく本を読んでいる。頑張って話しかけているけれど、あんまり上手くいっていない。
「新木さん、好きな人とかいるの?」
「いるよー、もちろん」
 花森さんはにやっと笑う。
「何?知りたいの?」
「まあ、一応」
 そんなに興味はないけど取り敢えず聞いとくよ、みたいな顔をしているけれど、僕の心臓はばくばく言っている。
「じゃあー、ヒント。窓際の列」
「窓際…、廊下側?グラウンド側?」
「グラウンドでーす」
 どき、っとする。
 僕は、グラウンド側の窓際の席だ。
「えー、誰?」
「誰でしょうー?」
「もったいぶらないで教えてよ」
「…」
 花森さんが黙ってしまう。
 真顔なようで笑っているような、よくわからない顔をしている。
「花森さん?」
「えー、じゃあ、正解発表しちゃう?」
 上目遣いで僕を見ながら、花森さんはまたにやっと笑った。
「正解は…」
 花森さんは、わざとためている。

「この人でしたー」
 花森さんが指差したのは僕の席…、ではなくて、僕のふたつ前の席だった。そいつは吹奏楽部のイケメンくんだ。
「ふーん…」
「え、反応うっす!」
「いや、なんかなー、あんまパンチなかったわ」
「パンチって何?」
 花森さんはケラケラと笑った。
 つられて僕も笑う。

 もちろん、内心ショックを受けている。
 花森さんにはばれてないみたいだけど。

 やっぱり新木さん、僕に興味ないのかな。ライバルには勝ち目がなさそうだし。

 あーあ、失恋しちゃったなぁ。

 悲しい。
 僕はこっそり、座席表の「新木」を見つめた。


   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 放課後の教室。
 窓際のいちばん後ろ、という最高の席に座ってるのは、クラスメイトの草野くん。今日、教室に残っているのは私と草野くんだけ。
 ラッキー!

「草野くーん」
「何?」
 面倒くさそうな顔してるけどさ。本当は私の話、聞きたいんでしょ?
 私は教卓にあった座席表を草野くんの机にぽん、と置くと、前の席に座った。
「今日は何?」
「んー?女子のケンカの話聞く?」 
「じゃあ、一応」
 一応、とか言ってさ。興味津々のくせに。

 草野くんは私が情報通だと思っている。
 まあ、どちらかといえばクラスの内情はよく知ってる方かな。友だちもわりと多いし。いろんな人から噂話聞くの好きだし。
 少し前、なんとなくクラスの女子のケンカの話をしたら、草野くんは意外と食い付いてきた。
 それで、なるほど、って思ったんだよね。
 草野くんと盛り上がるには、噂話がいちばんだって。
 それから私は、放課後に草野くんと噂話をするようになった。でも、毎回毎回草野くんが食い付くような話題を探すのって結構大変。
 だからたまに…、嘘つくこともあるけど。
 でも、誰かが傷付くようなもんじゃないし。ちょっとなら大丈夫でしょ、たぶん。
 だって草野くんが興味を持ってくれる方が大事なんだから。
 なぜ、って…。
 私は草野くんが好きだから。

 でも草野くんはどうやら、クラスメイトの新木のことが好きらしい。しょっちゅう目で追ってるし、大人しい新木に意味もなく話しかけようとしている。
 あんなネクラのどこが良いんだか。
 あきらめてくれたら良いのに。

「そうだ、知ってる?新木さん好きな人」
 だからちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、嘘をついてみた。
「えっ、新木さん、好きな人とかいるの?」
 あからさまに食い付いてきた。自分で気付いてないのかな、さっきと全然反応違うじゃん。
「いるよー、もちろん」
 ほらほら、目が泳いでるよ。
「何?知りたいの?」
「まあ、一応」
 一応、とか言ってさ。興味はないけど取り敢えず聞いとくよ、みたいな顔してるけど。本当はめちゃくちゃ知りたいくせに。
「じゃあー、ヒント。窓際の列」
 わざと草野くんの列を言ってみたら、わかりやすく動揺している。「廊下側?グラウンド側?」とか聞いてきてるけど、普通窓際って言ったらグラウンド側でしょ。

「正解は…、」
 誰にしようかな。ぶっちゃけ新木の好きな人とか知らないし。草野くん以外なら誰でも良いわけだし。

「この人でしたー」
 草野くんのふたつ前の席のイケメンくん。こいつにしとこ。モテてるし、なんかみんな好きそうだし。
「ふーん…」
 ほら、やっぱりね。草野くんは明らかにがっかりした顔をしている。本当にわかりやすいな。
「え、反応うっす!」
 でも私は、気付いていないふりをしてあげる。
「いや、なんかなー、あんまパンチなかったわ」
「パンチって何?」
 思わず笑ってしまった。好きな人にパンチも何もないでしょ。動揺して、まともな言い訳もできなくなっている。

 でも、そういうところも好きなんだ。

 草野くんは、私につられたのか笑っている。
 それが悲しみを含んだ笑いだから気にくわない。
 こんな嘘をついても、別に草野くんが私を好きになるわけじゃないもんね。
 草野くんは新木が好き、という事実を、改めてぶつけられただけだ。

 やっぱり草野くん、私に興味ないのかな。そんなに新木のことが好きなんだな。

 あーあ、失恋しちゃったなぁ。

 悔しい。
 私はこっそり、座席表の「新木」をにらんだ。




※フィクションです。
 高校時代に書き溜めた「アイデアノート」のメモをもとに書いてみました。当時の私はこれを長編小説にしたかったようです。いや、無理。

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