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お前の何になろう

これまでの恋愛と明確に違っていたことはいくつかあって、そのうちのもっとも大きな違いが、「わかってほしい」より「わかってあげたい」の気持ちが強かった、という点だった。何で分かってもらえないんだと腹を立て、泣き、喚くことが恋愛のほとんどの時間を占めていた私にとっては、大いなる進歩だった。私にとっての「普通」と、あなたにとっての「普通」は当然ながら全然違うものだ。以前は、私のとおんなじ「普通」を持っている人がどこかにいるのだと信じてやまなかったけれど、今では誤りだと知っている。「なんで」と思うより、「私が好きになった人はこういう人」と思えるようになった。彼と喧嘩して仲直りするたびに、記録に残した。彼はどういうことが嫌で、彼の状態に合わせてどのような対応するのがベストか。彼と接する上で、意識しておくとよいことは何か。彼といることで、私が陥りやすい穴は何か。忘れないように書き記して、何度も読み返して、それらは実際にとても役に立っていた。そばにいるからと言ってひとつにはなれないけど、私達は全然別の人間なんだけど、それでも一緒にいたかったから、努力した。誰よりも分かり、分かられる必要なんてなくて、私と彼との間で何が分かり合えて、何が分かり合えないか、それさえなんとなく掴めていればそれでいいと思った。

過去の恋愛と比べてもう一つ大きく異なるのが、別れても尚、私の人生の登場人物に彼がいる、ということだ。これまで、交際の終わりは、私の生きる範囲から相手を追い出すことが目的だった。もう必要がないと思えば別れを告げて、連絡もきっぱりとらない。「友達に戻ろう」と食い下がられても、くれてやる慈悲などない。元々、奴らとの関係性は恋愛感情の上にしか築かれていない薄っぺらなもので、戻れるマスなんてない。好きだけど、好きでなければ付き合っていないけど、恋愛でなければ、きっと話もしなかった。だけど、彼は元々同僚だ。しかも私にとっちゃ、こと仕事に関しては、頼れる同僚の一人で、いないと困る相談相手なのだ。彼氏でいると同時に同僚としての関係性も育った。社会人歴は4年の差があるし、情報の噛み砕き方もまったく違うけど、見えているもの・聴こえているものの範囲が似ている。貴重な存在だ。単にコミュニティの中で始まった恋愛だからこうなったのではないと思う。彼氏彼女であるというのを度外視して人間として信頼できた元彼など数少ない。

関係性があり、それを重んじたいと、この私が思っちまっている以上、私は彼と向き合いたい。私は私を大事にしたいから、私の気持ちを。この前仕事の相談があって電話した。別れてからも一度くらいはLINEしたことあったけど、いくらいつも通りに話してくれるようになったと言え、電話はさすがに勇気が必要だった。1時間くらい話して、めちゃくちゃスッキリした。あーやっぱ、むちゃくちゃ必要だなって思った。友達とか、同僚になっても、必要だなって思った。これって気色悪い?ごりごりに元カノなのに、今更そんな小ざっぱりとした肩書き持ち出して、ねえ、気色悪い?知るか。知るかよ。未練みたいに方向性明確なもんじゃない。話をしたいと思える人、話が通じる人、そういう意味で信頼できる人。私にとっては数少ない存在。この人にしかできない話がある。私が重んじたいと思っていて、相手が拒絶していない以上、どうしようが私の自由だろう。

彼と生きるってどういうことだろう。付き合ってたって一緒には生きられない。付き合ってなくなって一緒に生きられる。彼女ヅラしたいのではない。

自分のことに関しては、愛着障害という言葉をテーマに悩むことはほとんどなくなった。親と上手くいっているからだろう。大きな枠をひとまず認められたような感覚がある。私は不安型と回避型のミックスで、不安型の特徴が特に色濃いけど、最近はそこまで激しくない(付き合っている人がいないからかもしれないが)。彼は、回避性の愛着障害。もう、見るからに。それって、誰かが分かってあげないと、分からなくても、分かってあげられないということを分かっていたり、分かろうとしてあげる誰かがいないと、いけないんじゃないのかしら。彼は特別悩んでいないし、そんなもん必要としてないけど、人に理解されることもすることも煩わしいようだけど、一人くらいそういう人がそばにいてあげたっていいんじゃないだろうか。自分以外の安全地帯があったって。他人である以上常に安全地帯ではいてあげられないと思うけどさ。ひとりとひとりでいたっていいんじゃないの。

しかし、どうしても耐えられないのは、彼があまりにも寄り添えないこと。必要以上に近づくと心を閉ざすこと。怒りを言葉でなく態度で伝えること。だったら、そこは彼に求めなきゃいいんじゃない。友達でいればいいんじゃない。求めなくてもいい距離感でいれば。友達でなら、いてもいいんじゃない。友達になりたい。私といくらでも話をしてくれて、私もいくらでも話をしたいと思えて、〇〇りんとして見ていない人。そんな人他にいないよ。好きだよ。すごく好きだよ。何で一緒にいられないんだろう。大事な人たちが私を見る目が、可哀想な人を見る色で、結局、それがひどく辛かった。私がいいって思えてんならそれでいい、っていくら決心したとしても、あまりにみんなそういう目で見るから、大事な人たちがみんな心配そうな顔をするから。友人や家族の顔を曇らせながら、図太く我を通すことはできなくて、不安の中にいた。一緒にいればいるほどさみしくなる。私はもうさみしくなりたくない。だから付き合いたくない。

何年ぶりかに会った友達に、「結婚してなにが変わった?」と聞いたら、「旅行の後にそれぞれの家に帰るのが嫌だったけど、それがなくなったのは良かった」と言ってて、良い答えだなって思った。

追伸
可愛くして会社行ったのに飲み会も断って、薄暗い気持ちで帰路についていたけど、自分が思い出させてくれた。さみしくなりたくないから誰とも付き合いたくない、なんて言ってごめん。うそだよ。ちゃんと気がつけたよ。中身のが絶対大事でしょってあの人言ってた。顔じゃなくて中身で選ばれたんだよ。私ほどの人いないよ。さあ解散!


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