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花猫葬


 猫が死にました。

 庭主と、偶々居合わせた角の家のおばさんが、二人でお弔いをいたしました。
 段ボール箱の棺に数枚の古いタオルで布団を作り、硬直している猫を入れました。 庭には五月の花々が幾種類も咲いていたので、庭主はいくつもいくつも手折っては猫を飾ってやりました。
 とりわけ、ちょうど色取り取りの、それは沢山のゆり水仙が広い庭のあちこちに揺れ乱れておりました。派手ではないピンクやら前に出過ぎない赤のには花びらに黄の差し色がありました。ぽかぽかの日を思わせる黄色いのには、内にはっきり染まった頰のような紅みがありました。どれも沢山入れました。悲しいかな、決して上品とは言い難い色めのゆり水仙たちは白地に黒い斑模様の野良毛を随分柔らかく温かく飾ったので、簡素な棺の内側はとびきり綺麗に彩られ、宝石箱のようでした。

 どうして猫は死んだのでしょうか。



――――この二、三日、朝の四時からカラスが騒ぐので何度も寝返りを打っているのですが、あんなに騒ぐというのは怪しいと思っていたのです。一週間ほど前に子猫が食べられたらしいとか。この猫もきっとカラスとやり合って死んだのでしょ うか。
――――いや、カラスにやられたとは考えにくい。猫の軀には別段血で汚れたところなど見当たりませんでした。大人の猫ですから戦って死んだのなら大きな傷くらいありそうなものなのに。

 庭の垣根のあちら側ではこんなやり取りが聞こえましたが、ただ朝から姿を見せなかったその猫は、隣の家との境の繁みの下でうずくまり冷たくなっていたのです。


 

 猫には姉妹猫がおりました。姉は黄に茶に黒がごちゃごちゃに混じったような毛色がガサガサして見えるので、白地に黒斑がすべすべ光る妹とは見た目はさっぱり似ていないのですが、並ぶとその顔立ちやら背格好がたいそう似ているのでした。
 二匹は去年、同じ母猫から同じ日に生まれたのは確かなのですが、勝手に呼んでいるだけでどちらが姉か妹かは誰も分かってはいません。不思議なことにこの庭の隅に隠れて姉妹は同じ日に子猫を三匹ずつ産みました。そして二匹で六匹の子猫を育てておりました。
 庭には姉妹の亭主猫もおります。そっくりなトラ縞が二匹、片方は相当人懐こいのですがそれはそれとして、どちらがどちらの亭主なんだか、それとも片方だけが父親なのか、果たして本当の父猫はまったく違う猫なのか、実のところ分かったもんじゃないのです。ただ似たようなトラ縞の子猫が二匹ほど居るので恐らく家族ではあるのでしょう。もっともこの辺りには昔からトラ縞の野良は多いのですが。


――――猫は死んでしまったが、二匹で育てていたのは幸い、残った方の母親が子ども達の面倒を見るでしょう。
――――ところがそうでもないらしい。主に世話をしていたのは死んだ猫の方とのことで、そういえば子猫らの姿も見かけないままなのです。


 庭主に抱えられた段ボールの棺は、少し遠い町まで、今ならまだ間に合うからと車で運ばれることになりましたが、垣根のあっち側は特に構いもしないようでした。


 せんだって子猫達が見えなくなった時は、死んだ母猫に連れられて隣の家の植え込みの陰に潜んでおりました。しょっちゅう庭に訪れては子ども達を見に来る人間どもを警戒したのでしょうか。それとも、またカラスが襲って来た為に子猫を隠していたのでしょうか。

 というのも、姉妹は三匹ずつ子猫を産みましたが、今ではどちらが産んだのか定かではないのですが、三匹しか残っておりません。ある時から一匹足りなくなりました。その後さらに一匹減っておりました。 

 先週近所の中学生にカラスに食われている子猫が発見されてなんとか一匹だけは助かりましたが一匹はどうにもなりませんでした。      

 それで今では三匹なのです。



 昨日猫は庭にいました。

 今日猫は軀を抱いた庭主に少し臭うと言われつつひらいたままの薄目を閉じさせ、 角の家のおばさんの手には固くなった自分の身体を優しく撫でさせました。
 まもなく梅雨を迎える昼中は脇に汗が滲むような日で、ここ最近と同様に数羽のカラスの煩くひびく夕方の出来事でした。


――――車に轢かれたのじゃないか。最近また増えているから。
――――前に轢かれた猫は断末魔をあげたような顔をしていたが、そんな様子はなかったらしい。
――――何かの病気だったのか。伝染病もあるらしいとか。               ――――人にうつったりしないといいのですが。 

 低い垣根の外から覗きながらの立ち話は続けられ、中には庭の猫達にエサをやる人もあります。姉猫も現れて周りを窺いながらエサに手を出します。いつものことです。夕方になれば誰か彼かがやってきて、入れ替わり立ち替わりしながらみんなで話しているのです。



 焼き場へ急ぐ庭主が抱えた宝石箱に納められた猫は、角のおばさんに見送られ、カラス達のわめく声さえ振りほどき、落ちていく陽の残照だけをお供に連れて行きました。


――――カラスの奴ら、子猫を狙っているのじゃないですか。              ――――だって子猫は見当たらない。    ――――狙っているからこんなにギャアギャア鳴くのでしょう。それとも、もう仕留めてしまったのかしら。               ――――もしかして子猫らはとうにやられてて、母親は助けきれずに死んだのか。      ――――猫でも後追いするでしょうか。
――――さすがに猫ですからねえ。

 口さがない垣根たちは頼まれはしなかったのですが、猫の一生を手前勝手に読み解いてくれました。日が暮れても猫の物語は街灯の下で交わされていきました。やがて忘れてしまわれるのに、日が暮れても続いているのです。


――――猫は子どもを残して死にました。否、残して死んだわけでなく、子猫らが先にあの世にいったやもしれません。それで後を追ったとか。
――――情の深い猫もいたものだ。しかしカラスがうるさい。             ――――猫が死んだというのに、カラスはまだ鳴いているのか。                         ――――もう陽も沈み、外はこんなに暗いというのに。
――――子猫を守る母猫は死んでしまったというのに。                 ――――子猫はみんな死んでしまったというのにカラスは鳴いているなんて。       ――――カラスのヤツめ、きっと猫を死なせたのに違いない。              ――――そうだ、猫はカラスに殺されたのだ。




 三匹の子猫は、猫が死んだ翌日に姉妹猫の片割れが連れて戻りました。
 一昨日からは亭主猫同士が喧嘩をし、ついに懐こい方ではない猫が追い出されてしまいました。実は亭主猫達も姉妹と同じ日に同じ母から産まれたので四匹は兄弟姉妹だったのですが、その母親は子ども達が大きくなると庭から姿を消しました。 それが、今朝久し振りに顔を出し、エサを食べていきました。
 庭には枇杷がゆさゆさに実っております。果物のなる木の実は、鳥のために全部は取らないで少し残して置くものだと昔から言われています。
 この枇杷をカラスが食べるのです。この短い年頃の間にこの辺りの森はどんどん拓かれてしまいカラスも住み処を失いました。黒くて大きなカラスはその姿もしゃがれた声も遠くからさえ目立っておりました。


 ゆり水仙は赤もピンクも黄色のも、どれもまだ沢山咲いておりますし、太くて立派な真紅の大きなアマリリスなどもいくつか花が開きだしました。小っちゃな紫陽花のようなランタナのピンクと橙色は蝋みたいに固そうに見える様がかえって可愛らしく、 本物の紫陽花はと言えば青紫に染まり初め、日々が移り変わっていくことを知らせてくれるのでした。



 いつまで経ったところで、猫が死んだ理由は分かりようがありません。 無責任な噂だけが、界隈をしばらく賑やかにしただけでした。

 ただ、猫は死んだのです。



*2020.6.6pixiv初出分 *

☆☆☆☆見出し画像はみんなのフォトギャラリーより、にきもとと様の作品『蝶を見届ける猫』を拝借しております。ありがとうございます😊☆☆☆☆

※こんなお話(↓)も書いてます。よろしかったらお立ち寄りくださいませ😊😊😊※

黒猫セシボンと過ごした19日間↓はこちらです。




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