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セシボンといわせて(一日目①)

〈一日目①/夜明け前/記録を兼ねて〉


 セツが捕まった。

 1歳半になるかならないかの、雄の野良猫だ。

 捕まらないだろう、と高をくくっていたので、心の準備が出来ていない。


「エサを......」と母が口に出したところに、被せるように、水も替えとくわ、と言ってしまった私の言葉で「そうだね」と母は台所へ水を取りに行ってしまう。私が行くのに、エサの用意の前に彼女が動き出す。二人ともどこか浮き足立っている。

 水を捨てながら考える。
 まずはケージだ。
 車庫の真ん中に仮置きしてあるケージを、セツを迎えたら〝ここに置く〟と決めてある位置まで移動させよう。

 その前に、捕獲器(踏み板式)からケージへ移す時のために、捕獲器内の餌入れが無い側の口を確かめたくて、磨り硝子の戸を引き開け、今日初めてセツに話し掛ける。

「今日からウチの子になってください。正式な名前はセシボンだよ、セツとか、せっちゃんとか(今まで通り)呼ぶけど」
 大人しい。暴れてはいない。丸くなっている。顔は見えない。 

 小さな声で「くぅーん、くぅーん」と鳴く。

  この時、皿の中にはエサが入っていなかったので、ウチらが来たから少しは安心して食べたのかな、などと呑気な思いが片隅にあった。


 スリムタイプのケージは2段型で棚が2つと扉が上下段に2つある。ハンモック付きにしたのは私の好みだ。ケージを設置し直してから、ケージの前面にくっつけるようにして薄型の収納ケース(55cm×40cm×幅12.5cm)を寝かせる。その上に白いワイヤーネットで母が作ったゴミカゴ(40cm×40cm×62cm/今回のためにジョイント部分を紐で縛り直して固くなるよう補強済)を倒して手前に長くなるように置く。捕獲器を乗せる台にするのだ。
 当初は下段の扉から猫を移動させるつもりだった。でもケージ本体の高さや、扉の位置とその形などの兼ね合いでどうにも上手くいかない。上段の方が扉が小さいから試しに捕獲器の口と合わせてみると、上部分には猫が出られるくらいの隙間が出来るものの横幅はぴったりだ。ただ、ケージは引き戸ではなく外開きなので、閉めるのに時間がかかる。そこで逃げ防止対策として上部分の隙間を埋めるためワイヤーネット(29cm×29cm) を紐で縛り付けた。その結び目を解いて垂直方向へ下ろし、入口を塞いでから扉を閉め、ワイヤーネットを上へ抜くことにした。捕獲器の入り口はギロチンみたく上下に動くので、それを上にあげれば猫がケージの中に飛び込んで床に降りるか、或いは下の棚に降りても、ジャンプして上の棚に逃げるだろう、と踏んでいる。
 一昨日何回かシミュレーションしたけれどとうとう本番になってしまった。


 前開きの古い綿ワンピースを全開にして大きめの一枚布の代わりにし、捕獲器を覆ってセツから周りが見えないようにする。
 いざ捕獲器を持ちあげる時になって手袋がひと組しか見当たらない。冬用の合皮厚手の物をセツが暴れた場合に備えて用意していたのに。
 探しついでに母が日よけ用の長袖腕カバーも持ってきてくれた。短い袖のカットソーを着ていた私に、怪我避けに無いよりはマシだろうから、と渡してくれる。
 残念だけど私たちはセツに触らせてもらえるほどには信用されていないから用心に越したことは無い。
 捕獲器の中央の持ち手を両手でしっかり握る。ガタッと斜めに肘ごと重みで引っ張られる。猫が寄っている方へ重みで傾く。ワンピースに隠されて見えなくても猫が身体を硬くするのが分かる。捕獲器の向きに注意しながら、母と声を掛け合って白いゴミカゴの上に乗せる。ケージの上段の扉が開けてあるので、乗せながらその扉の開き口に塩梅よく嵌まるように整える。

 いよいよだ。 

 そんなに簡単にケージへ入ってくれるのか、少し疑問もあるが、今はやるしかない。

 ケージに入ったら、すぐさまワイヤーネットを下ろすんだ。

「上げるよ!」
 捕獲器の、しっかり重みがある扉を真っ直ぐ上に引き上げる。さっ、と残像も残らない程の速さでセツがケージ内、真下に飛び込む。

 やった!!

 が、すぐに下の棚に上がってきた。
 想定外だった。
 下の棚に乗ってくる予定じゃなかった! こっちがほんのちょっとモタついた間にそこへ来てしまった。いや、もちろんこちらも同時進行で必死に動いてるけど、そりゃそーだ、最も外に出られる可能性のある所に来るよ、そんなの。
 ワイヤーネットの結び目を解くのに僅かに時間がかかった。解けて、入り口を塞ぐ為に真下へ下ろそうとして、下ろせはしたけど、猫の動きに驚いて、ネットを支えていた指も外れてしまい、ネットはそのままケージの床へと落下。幸い、落ちていくネットに驚いてセツも床へ。その隙に扉を閉めた。
 母娘で言い合う声のBGMも含めて全体に極く短い間の出来事だ。

 それから洗濯ばさみやカラビナを利用して扉が開かないように留めていく。

 真下に落ちたネットのマス目に猫の足が引っかかって斜めになっている。ケージの隙間から指を入れて直そうとすると、足が抜けて、セツは下の棚へ上がる。杖やら細い棒状の物を差し込んで引っかけて母娘で協力してネットを持ち上げ、猫のトイレとケージとの間になんとか立てかけられた。そこの部分だけ、ケージが格子柄になった。
 

 チャオちゅーるを1本あげる。「くぅーん、くぅーん」と鳴きながら食べてくれた。
 外からの視線を隠して安心させるために段ボールを被せる。この組み立て式ケージが入っていた箱なのでサイズは丁度いいし、上の棚板まで覆い隠せる。

 車庫のシャッターを半分だけ開ける。外はまだ暗くて、それでもどことなくうっすらと群青色が感じ取れる。車庫の電気を消し扉を閉める。5時になったところだった。



*セシボンとの日々をまとめました。目次もありますので、気になる日を選べます…🐈‍⬛🐈‍⬛🐈‍⬛↓↓↓🐈‍⬛


☆☆☆☆見出し画像はみんなのフォトギャラリーより、にきもとと様の作品『移動中。』を拝借しております。ありがとうございます😊☆☆☆☆☆

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