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【詩】遺影の貴方



遺影に写るその人を思う
僕の記憶にない頃から
僕を愛し
僕を慈しみ
僕の幸福を願っていたその人



遺影に写るその笑顔を思う
黒い着物のその人は
その時のためにこの写真を用意していた



その人は去り、この遺影を残した
柔らかく、優しい、大好きな笑顔
きっと見ていたのはカメラのレンズではない



自分が去ったその後に
自分を悼む血族に
お前たちなら大丈夫と伝えるため
お前たちを見守っていると伝えるため



我々の記憶にない頃から
我々を愛し
我々を慈しみ
我々の幸福を願っていた祖母



遺影に写るその笑顔を思う
黒い着物のその人は
我々の行く先に幸多からんことを信じ
死後もなお、
残していく我々のことを案じ、
この柔らかな優しい笑顔を残したのだ



僕は手を合わせる
唯一、こうでしか思いを伝える手段を知らない
遺影の彼女と目を合わせ、
こちらも笑みで応じて目を閉じる



ばあちゃん、しばらくぶりです。
結婚は、残念ながらまだ先になりそうです。
仕事は大変ですが、何とか楽しくやってます。
貴方の孫は30を越えて、立派なおっさんです。
今年は本家には行かれませんが、
いとこの妹分たちが食べるだろうと思い、
チョコゼリーを本家に送りました。
ばあちゃんも良かったら召し上がってください。
大変ではありますが、仕事は真剣にやってます。
結婚の方は、じいちゃんに急かされてるから
もう少しちゃんと考えようと思います。
できればどうか、その笑みで、
これからも見守っていてください。



目を開ける
相変わらずの優しい笑みが
僕を見守っている



遺影を撮るということの
決意を思わずにはいられない



己が死を受容しつつも、
死の間際ではいけなくて、
生気の残っているその最中で撮るのが望ましい



死後、一番に皆が見つめる姿になるのだから
遺影の彼女は、
己が死に相対しつつも、
残していく我々への慈愛を、
その表貌にたたえたのである。



なるほど、
衰えて意識も絶え絶えの晩年の貴方よりも、
柔らかな頬をした温かい笑みが、
こうして手を合わせている今では印象深い。



きっといつか
僕にも遺影を撮る日が来るのだろうか
それまでに幾度も貴方に手を合わせ
気づいていくこともあるのだろうか



僕は想像する
死の遠くなくなった自分が
貴方に手を合わせるときのことを
僕に残していく誰かがいてくれることを信じ
貴方の笑みに相対することを想像する



60だか、70だか、
死が近づいた僕に貴方が伝えてくれることは
きっと、
きっとだけど、
その祖母の笑みと、
横に並ぶはずの祖父と父母の笑みは、
死が安らかなものと伝えるため。
向こうでまた会えるよと伝えるため。
それまでは頑張りなさいよと伝えるため。
怖くなったら私たちを見なさいと伝えるため。



ばあちゃん
どうか安らかな眠りの中で
僕たちのことを見守っていてください。
僕が貴方にお会いするのは
まだ先のことになるでしょうが
どうかその時まで
柔らかく、優しい、大好きなその笑顔で、
僕のことを支えていてください。



あまり記憶にはないのですが、
ばあちゃんの笑い声とおんぶが好きで、
いつもは飲まないビールを、コップ一杯分だけ飲んだときが、なぜだかとても嬉しかった。


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