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【えーる】鹿野茶物語 647年のその先へ

いささか煮出し過ぎたのか、もともとがこういう味なのか、きわめて渋みの強い刺激的な味が、しかし舌には心地よい。茶色いその液体に鼻が近づくと、渋みを連想させるかのような清々しい香りが漂ってくる……烏龍茶の味にも近いこの味は、自分好みのスッキリした味わいだ。

山口県周南市鹿野地域と、お茶との関係は、存外深いものがある。

そもそもの起こりは1374年、室町時代までさかのぼる。
臨済宗の古刹として名高い漢陽寺を開山した用堂明機ようどうめいき禅師により中国から鹿野にもたらされた茶は、江戸時代には藩主の飲茶用に用命を受け、江戸にも献上品として出荷されていたものだ。農家の副業としても盛んで、一時期には年間8トンもの生産量をあげていたという。

だが、しだいに勢いは衰え、細々と自家用に栽培されている程度に落ち着いてしまっているのが現状だ。

しかしながら、鹿野茶の未来にはまだ希望の灯が見えている……そう、自分は思うのである。
今回は、そんな鹿野茶について話していきたい。

店内で美味しい「釜炒り茶」を

自家用に栽培、とは言ったものの、実は鹿野茶を飲食店で楽しむことができる。農家レストラン「たぬき」をご紹介しよう。

名の通り農家レストランの1つで、鹿野の特産品を振る舞ってくれる。数量限定の「宝作御膳ほうさくごぜん」「豚豚拍子とんとんびょうし」をはじめとした定食や、新そばの季節なら定番メニューのそばを新そばで提供してくれることもある。

そんなメニューを選びながら口にすることができるのが、鹿野茶を釜炒りした「釜炒り茶」だ。

冒頭の写真がまさにそれなのだが、この釜炒り茶が絶品なのである。
鹿野茶と一口に言っても茶葉によってさまざまな味があるのだが、ここで出される茶は、きわめてまろやかで甘い味をしている。冒頭の茶色より、さらに色が赤によった鮮やかな赤茶色である日もあるのだが、思わず「おかわりを」と言ってしまいたくなるような癖のない味が魅力的だ。

たぬきでは喫茶メニューとしてコーヒーやジュースも提供されているが、自分の中でナンバーワンは、無料で提供されるこの釜炒り茶なのである。

「鹿野和紅茶 なごみ」歴史の新たな1ページ

周南市では、市の資源・特性を生かした個性と魅力を持った産品を、「しゅうなんブランド」と銘打って認定している。

そのしゅうなんブランドの1つに、鹿野茶の葉を紅茶に加工した「鹿野和紅茶 なごみ」が選ばれている。

平成27年より、鹿野の茶文化と経済循環のために発足したプロジェクトにより完成をみたこの鹿野和紅茶は、試行錯誤を繰り返しながら選別された紅茶の製造だけではなく、地域の障がい者就労継続支援作業所である「ふれあい作業所鹿音かのん」によるパッケージングや、地元のブランドを創出する「鹿野ブランド創出研究会」による外袋のデザインなど、鹿野地域のさまざまな人たちが関わり、形になった。

鹿野茶という資源と、鹿野の人々の思いが1つになった、ブランドに名を連ねるにふさわしい逸話を持つこの紅茶は、よく煮出した紅茶によくある、渋みを伴うような味も、鼻に抜けるような香りもない……まろやかで甘いその味は、紅茶と普通のお茶の中間のような、やさしい味。

確かに紅茶なのだが、少し違う。そんな独特で、しかし嫌ではない味を持つ紅茶なのだ。

ちなみに、鹿野和紅茶には、上の写真にあるような外装で販売されていたものもあった。しゅうなんブランドとして「 なごみ」の名を冠する前には「朝霧紅茶」という名前で販売されていたり、異なる外装で販売されていたりと、今にたどり着くまでにも、さまざまな試行が繰り返されていたのだ。

ちなみに上の写真は、当時の和紅茶生産者3人がそれぞれ作ったものをひとまとめにして販売していたものである。同じ和紅茶であっても、生産者それぞれに違う味を楽しむことができた。

物語は続く

これまで、長い時間をかけて鹿野に息づいてきた茶の文化。こうした文化を見直そうという動きが起こり、また、和紅茶という新しい飲み方も形になっている。

これから、鹿野茶がどうなっていくのかは、まだ分からない。しかし、志を持って鹿野茶を広めようとしている人たちがいる……それは、鹿野の未来にとって明るい要素たりえるのではないか、そう思えてくる。

消え去りそうだった鹿野茶の灯は、今なお鹿野で燃え続けているのだ。

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