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読書『ずっと喪』/ショートショートってちょっとしたVR

「これ、ちょっとしたVRだな」と思わせる小説に出逢った。

洛田二十日『ずっと喪』


ファースト・インプレッション

喪。
喪中とか喪服の「も」。

本屋で背表紙だけを見て、全然意味が分からなくてしばらく固まってしまった。それも、本棚の最上段にあったから上を向いたまま。タイトルの意味を考えても何も浮かばなかったが、帯に「ショートショート大賞受賞!」と書いてあるのだけは分かった。

引っ張り出してみたら、黄色い表紙には女子高生とか鼻とか桂馬とかが散りばめられていた。「喪」のイメージとは程遠く、良い意味で混沌としたポップなカバーイラストだった。
著者名は"洛田二十日(らくだはつか)"というらしい。(noteもやられているらしい→ https://note.com/rakuda_hatsuka )

どう考えても普通じゃない。
タイトルと装丁と著者名の全てを根拠に、私はそう感じた。


読了

購入した翌日に読了した。
1作目から順番に読み進めて、気づいたらすぐに最後の21作目だった。

その間に私は21の空間を旅していた。
一作目の『桂子ちゃん』から最後の『義師』まで、その舞台のほとんどが今いるこことは違う秩序を持つ世界だった。
地球なのに地球じゃない感じ。止まっているエスカレーターを上っているあの感じ。鏡に映っている友達を見るあの感じ。妙な。
自分の部屋にいながらにしてそれを味わえることに対してやけに感動してしまって「VR」と喩えてみたのだけれど、もう少しいいのがある気がする。

そんな全21編の中から5編、感想を書こうと思う。
ただ出来ればこの本は初見の感想を大切にしてほしいので、物語の根幹には触れないように書いていく。

(可能であればKindle版を買って読んでからまた戻ってきてください。無理ならこのまま先に進んでください。さすがに私の文章ではVRを見せられないので、「自分が今勿体無いことをしている」という自覚を持ちながら読むようにしてください。)

ずっと喪 https://www.amazon.co.jp/dp/B081HYRSDD/ref=cm_sw_r_cp_api_i_Cc51EbEF8TEXZ


『桂子ちゃん』

今私がいるこの世界では、女性には月に数日「生理の日」がある。

しかし『桂子ちゃん』の世界では違う。 
主人公の桂子ちゃんには月に数日「桂馬の日」がある。
この期間、彼女は将棋の「桂馬」の動きしかできないのだ。何を言っているかわからないと思うが、そういう世界なのである。
(だから私にはVRを見せるのは無理だって言ったじゃないですか。早くKindleを買って読んできてください。)

飛躍した設定にもかかわらず、女である私は共感させられた。桂子ちゃんのジレンマや妹との距離感もとてもリアルで良い。
なにより、「歩」という多数派に対してのマイノリティである「桂馬」に悩まされてきた桂子ちゃんがそのコンプレックスを打破する瞬間が爽快だった。

人間が皆身体や見た目の悩みと付き合って生きていくのと同じで、「桂馬」と付き合っていかなければならない桂子ちゃんなりの生き方にほんのちょっと勇気を貰えた。


『蚊の鳴くような』

子どもにしか聞こえないモスキート音があるように、子どもにしか見えない"モスキート界"という空間がある。今度はそんな世界だ。

二人の少年を軸に始まったこの作品だが、序盤から少し怪談の気配を感じさせる地の文が程よく気持ち悪かった。
常にじんわり不安になる展開が続く。

少年たちがゴミステーション(=集積所)に忍び込むとそこには、広い板張りの空間の中で賽の河原の話のようにカンカラを積む男たちがいた。彼らもそこに加わって、ひたすらカンカラを積む。

読みながらじゅわぁ……と広まっていく不安がピークに達したとき、はっと意識が現実に戻される。カンカラを積む男たちのその後は、私を納得させた。

「あの人たちもそうなのか」

新宿西口の地下で見たあの人たちも、そうなのか……。
黙々とカンカラを積み続けるモスキート界は私にはそろそろ見えなくなるはずなので、その存在を確信することも出来なければ否定することだってできない。
あるかもしれない異空間のことを考えて、納得に似たおかしみを感じた。


『初恋ファガール』

人の身体を楽器にする「パーカッション部」の青春ショートショート。

それは人の頭頂部をバチで打って音階を奏でる部活だ。各音階につき一人が割り当てられて、ドレミの順に並んで演奏される。

もうなんでもありである。洛田二十日のショートショートを一度に摂取してこれが五作目、徐々に感覚が麻痺してきた。
事実、読了直後に書いた感想メモにはこう書いてあった。

__「なさそうでない」と「ありそうでない」のちょうど狭間をいくあたりが上手い__

いやどう考えても「ない」だろ。そのはずなのに、ちょっと「ありそう」を感じている辺りがもうおかしい。

だが、初恋の感情描写は抜群だった。
大好きな先輩が担当する「ソ」の隣で音を奏でたくて、一ヶ月で必死に「ファ」の音階を目指す主人公がいじらしくて堪らない。
設定の異次元さと彼女の真剣さのギャップに私の脳はバグって、ラストシーンでちょっと泣いた。

ちなみに『初恋ファガール』って「初恋」「ファ」「ガール」だったのかって、今気づいた。


『ずっと喪』

出た。表題作だ。
本屋で見た時に理解できなかったタイトルの謎はもちろんすぐ解けた。

「ずっと喪中の村」が舞台だった。

ここの村民は皆いつでも喪に服している。
「喪人」などという、戦時中の憲兵のような役人がいて、喪に服していない村民がいないか見廻るのだ。東京から来た主人公の男は、引っ越して早々に喪人にスカウトされる。

またぶっ飛んだ設定、と思うだろう。
しかしこの主人公の男はこの村をさして突飛だと思っていないのである。主人公がそんな風だと読んでいるこちらも感化されてしまうので、「そういうもんなのか」と納得して読み進めた。

喪人は、少しでも喪に服していない村民がいるとすぐに墨汁で「喪」ってくる。白いものを黒くすることを「喪る(もる)」と言うらしい。
知らずに白米を食べようとした主人公は、米を取り上げられて乾燥キクラゲを渡されていた。

一見かなり無機質に見える憲兵チックな喪人だが、意外にも人間味があった。
村という狭いコミュニティの「らしさ」も盛り込まれていて、勝手にちょっと裏切られたなと思った。


『二度漬け』

二度漬けといえば「串カツ」である。
父の実家が大阪なので、私は毎年新世界で串カツを食べる。
「二度漬けはあかん」
「ソース足したいんやったらキャベツ使うんやで」
昔からそう聞かされてきたので、私は何も疑うことなく従っていた。

この話は、そんなルールに疑問を感じ"てしまった"サラリーマンが主人公である。

大阪、新世界の串カツ屋、常連のおっちゃん、テーブルの向こう側の店主。
情景や舞台が想像に難くないため、洛田二十日による少しの『非現実味』が倍になって感じられる。
主人公の軽々しいワクワクを共有してしまったが最後、ゾワっとさせられる運命だった。

やはり二度漬けは良くない。本気でそう思った。


本を閉じたら普通に自分の部屋だ

さっきまでモスキート界のある世界やら喪に服し続ける村やらを見てきたはずなのに、すぐ現実に引き戻される。本って案外そっけなくてあっけない。

存在しなくないかもしれない変な世界を覗けるのは楽しかった。
だからきっと「話を読んでほしい」というよりは「私の見てきたこの変な世界をちょっと一旦覗いてきてほしい」という感覚に近い。

(Kindleはもう買いましたか?まだの人は冒頭に戻ってリンクを踏んでください。これは布教です。)

洛田二十日は他にどんな秩序のある空間を作れるんだろうかと思うとワクワクしてしまう。むしろどんな秩序でも成立させてしまうかもしれない。

もしかしたら彼こそ最強の人間かもしれない。
私の中の「強い人ランキング」3位に洛田二十日をランクインさせようと思う。



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