過去の自分をヨシヨシと。
もういやだ!
放棄してしまいたくなる子供な部分をなだめつつ、聞いてみる。
「どうしたんだい?」
「Aさんが私のことをわかってくれない…」
「私だって壊したくて壊してるんじゃないよ」
「それなのに、あの人は出来ない私を責めるんだ」
という、思考。
「私は悪くない」
「相手が悪い」
という、思考。
責任転嫁の思考。
「壊したのはsatomiでしょ?」
「うん」
悪い、悪くないでいうなら「悪いのは私だよ」
「うん」
「自分さえよければいい」という生き方を
変えることができないことが今の悩み。
「相手のために、なんで私が!?」が常にある。
人のためにと思わないと力でないよ、という。
人に教えることができるように、自分が覚えよう!が動機としていいらしい。
人のために生きることが
結果として自分のためになる?
知らんがな。
私は心底、利己的な人間です。
だから、手首を切って、人に見せつけることもできた。
自分が満足したい!と思うときは、人の悲しみ、感情なんて想像しない。
学校の担任の先生に手首を見せたときは、先生が泣いて動揺してくれたから、私は満足した。
気持ちはニヤリと笑みを浮かべた。
病んでいる。
自分の力ではどうにもならない。
どうしよう・・・。
●人が喜ぶことをやる
うざ
と思う。なに、そのめんどくさそうなヤツ。
位に感じる、クソな自分。
クソな自分が結構好きで、悪くないと思っている。
手首を切って、自分で包帯を巻いていた自分を今夜はヨシヨシ。
ヨシヨシする。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?