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教師、教育、教授法(2)

前回までのお話

前回は、「カリスマ性のある教師」はどういう要素を持っているのかということをテーマに、私の意見を書いていきました。今回はその後半です。

前回は最初に「カリスマ」を辞書で確認しました。もう一度、確認します。

① 神の賜物としての超自然的・超人間的・非日常的な資質・能力。教祖・預言者・英雄などにみられる。M=ウェーバーは,このような資質をもつ指導者に対し人々が人格的に帰依する関係をカリスマ的支配と呼び,伝統的支配・合法的支配と対照をなす支配類型の一概念とした。
② 転じて,一般大衆を魅了するような資質・技能をもった人気者。

スーパー大辞林「カリスマ」より

そして、私が思う理想の教師は「正しい言葉遣い」「理論を用いた教育」「教科に対する専門的知識」、という三つをあげました。

今回はその続きの最後にあたります。

統率力

「統率力」に関しても重要なポイントだと考えます。「リーダーシップ」と表現した方がわかりやすいかもしれません。

私が思うリーダーシップとは、簡単に言うと「この人についていこう」と思わせることだと考えています。

「この人についていこう」と思わせることは、良い方向にも悪い方向にも持っていくことができます。悪い方向というのは、洗脳といってもいいのかもしれません。

このように「統率力」というのはある意味「暴力」と紙一重の関係です。なので、教師は正しい方向に導いてあげる判断力も必要になってきます。

私は統率力を実現させるためには、前にも述べた、担当教科に対する専門的な知識が大きな鍵であると考えています。専門知識の持った教師(リーダー)のもとに、生徒は「ついていこう」と思うものです。

「この先生についていけば〇〇(教科名)ができるようになるんじゃないか。」や、究極的には「この先生についていけば人生がより楽しくなるのではないか。」と思ってくれたら幸いです。

おわりに

そもそもnoteを再開しようとした理由。今回一番書きたかったところです。
私はとある本に出会って、再開しようと思いました。
その本は、

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