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「持続可能な社会」を目指すことがなぜ企業価値向上につながるのか

TAKA(@Murakami_Japan)です。個人的にも大変賛同している、ESG/SDGs、サステナビリティという言葉がますます注目を集めるようになってきています。日本語でも「持続可能な社会」といってメディアで取り上げられない日はないくらいです。

でも果たして、この意味を正しく理解している人はどれぐらいいるでしょうか。省エネとかエコロジー(エコ)と同じように、環境問題に配慮したあるべき「正しい取り組み」という漠とした解釈にとどまっているのではないでしょうか。

今回、「持続可能な社会」を目指すことが、各個人がエコ意識でやるだけではなく、営利企業である株式会社・上場企業が目指していく合理性はどこにあるのか。この命題について、アカデミックすぎる研究分析的アプローチではなく、多くの人にわかるようにを意識しつつ、コーポレート・ファイナンスの観点から私の個人的な解釈を書き記したいと思います。ちょっとした論考です。

顧客ニーズや資金調達の「ため」は説明になってない

顧客の共感を得る
「持続可能な社会」を実現するサービスはお客様へ受けが良い、商品価値の訴求につながるという話をよく聞きます。確かに、「社会的意義」が全くないサービスよりも意義深いサービスや取り組みの方が、顧客の共感を得ることができるでしょう。結果、売上高の拡大はサービス競争力の向上にはつながることもあります。マーケティングの観点では極めてポジティブで、その訴求力を生かして売上を拡大することもできるかもしれません。

ただ、社会的意義を高めるために、サービス提供に大きなコストを負担し、そのコストを顧客に転嫁しているだけでは、本当に企業にとってプラスでしょうか。結果、コスト競争力を失ったり、収益性を低下してしまわないでしょうか。

資金調達にメリットがある
「社会的意義」を訴えることで投資家の共感を得ることができるでしょう。したがって、投資を検討してくれる投資家が増える。確かに、「持続可能な社会」「SDGs/ESG」を投資のクライテリアとする投資家は増加の一方です。上場株機関投資家の中には、"nice to have"ではなく"must have"として投資判断する投資家もどんどん増えてきています。その観点ではメリットは明確にあります。

ただ、投資家の共感を得て投資してもらいやすいことは、実は説明になっていません。投資家も、アセットオーナーと呼ばれる資金の出し手からお金を預かって運用しているわけですから、しっかりと投資からリターンが出なければ意味がありません。資金調達にメリットがあるのは、あくまでも"must have"とする投資家が増えてきた「結果」に過ぎないのです。なぜそのような投資家が増えているのか、ということが大事です。

企業は何を目指すのか

これは一言で言うなら「ステークホルダーバリューの最大化」です。ポイントとなるのは、ステークホルダーとは誰かということです。

一般的に意識されるのは株主でしょう。他に経営陣や従業員。顧客やパートナーもステークホルダーに該当します。起業した当時は顧客もおらず、株主=経営陣であり経営陣にとっての自己実現や利益の創出を目的にしていれば良いのかもしれませんが、企業が成長するにしたがってより多くのステークホルダー価値を意識していく必要があります。この点に関する考察は後述したいと思います。

一旦、その中でも重要な要素の一つである株主価値の最大化、すなわち企業価値向上を軸足において考えてみたいと思います。企業はある意味、企業価値を向上させることを目的として経営されているという側面があります。それは経営を監督する取締役を株主が選任することからも明らかです。

企業価値の向上と「持続可能な社会」の実現の両立は可能か
確かに、投資家には「持続可能な社会」の実現を期待するケースは上述の通りあります。あえてこれを投資家の「ウィッシュ(要望)」と呼びましょう。この要望に応えることイコール=企業価値の向上と言えるでしょうか。

しっかりとリターンをあげて、企業価値を創出しながら、加えて「持続可能な社会」を実現してほしいという風にも言っているに過ぎません。「持続可能な社会」を実現するためには企業価値を毀損しても良いとは言っていないと考える方が妥当でしょう。では、「持続可能な社会」の実現と企業価値向上を両立させることは果たして可能なのでしょうか。

社会的コストと長期的な視点

無視できない要因=社会的コスト
企業活動において無視できな要因があります。社会的コストです。社会的コストの代表的なものをいくつか挙げてみたいと思います。

・環境コスト
・インフラコスト
・有限な希少資源

確かに1つのサービス単位で見た場合のコストが最も低いのは「原価の安い」」サービスになります。つまりできるだけ安くいいものを作って、世の中に普及させていくことが企業が目指す一つのゴールになります。これはある意味旧時代的な価値観、最適化の概念です。

これを社会全体でみて最適化を考えるとどうなるでしょう。一見、「原価の安い」サービスは優れているように見えますが、環境負担が大きい、インフラへの負担が大きい、希少資源を食い潰しているとしたらどうでしょう。社会全体でみれば「原価は高い」という構造が生まれます

以前は、最適化の範囲が1つのサービス単位で見られていたとすると、今は社会全体でみた単位での最適化をみるようになっているのです。つまり、社会コストが高いサービスは、それを持続的に提供するためにかかるコストが大きい。社会全体の社会コストを低減が進むにつれ、そのサービスの価格競争力のバランスが変わってくることになります。一方は社会コストが増加し、一方はインフラ整備により社会コストが低減していく可能性があるのです。

長期的な視点
もう1つ重要な変化があります。社会がより長期的な視点を持つようになったということです。いくら社会的コストが大きいからと言って、短期的に圧倒的に便利で「原価の安い」サービスがあれば、大きく普及し、短期的に大きな富を生み出す可能性があります。この普及エネルギーは全く否定できませんし、今もそのようなサービスは生まれ、世の中に価値提供をし続けています。

社会全体の最適化、つまり社会コストも含めて視点で見る場合、長期的な視点がより必要になってきます。つまり、CO2排出のコストが一番大きいと判断される場合、それを削減する方向で社会インフラ整備の整備が進むでしょう。その新たな社会インフラを前提とした場合、異なるサービスがより競争力を持つ場合があるのです。ただし、この変化は短期的には訪れません。結果的に投資家がより長期的な視点で投資判断をしてくれるという前提が必要になるのです。

売上拡大より大事な視点

ここまでの議論で見ててくるのは、「持続可能な社会」を目指した企業活動やサービスは、財務的に最も影響するのは売上拡大ではないということです。具体的に見てみましょう。

「持続可能な」サービスだから、共感を呼びファンが増え、売上拡大する。確かに一定のアーリーアダプターを取り込むという観点では意味があるでしょう。ただ、レイトマジョリティーを取り込むには、顧客にとってより高い付加価値がなければいけません。つまり、圧倒的にコストパフォーマンスの高い付加価値提供をしている状況です。社会的コストが低いと幾ら訴えかけても、実際に販売している価格が「高い」のであれば顧客はサービスを購入しないのです。しっかりと社会コストが安くなった恩恵を顧客に還元してこそ、初めて顧客の賛同が得られるのです。

つまり、「持続可能な社会」を目指し企業価値を向上する上で本質的に重要なのは売上拡大ではなく社会的コストの低減を背景にした価格競争力にあるといえます。

先ほど触れたように、長期的な視点で考える投資家が増えてきたことで、長期的な視点で企業価値向上を考えるのです。そのために、長期的に上昇する社会コスト(環境負担、希少資源)を踏まえて、長期的に社会コストが低い形でサービス提供し、結果的に売上拡大・利益拡大を実現することそのものが企業価値の向上につながるのです。

世の中が「社会コスト」を明確に意識し、「長期的な視点」で考えるようになったことこそが、「持続可能な社会」を目指しつつ企業価値の向上を実現できるようになった背景なのです。

競争力の源泉である「ヒト」「モノ」「カネ」

もう1つ重要な観点があります。企業の競争力の源泉である、「ヒト」「モノ」「カネ」です。前半にステークホルダー価値の最大化について触れました。「持続可能」であるためには、企業価値だけではなくステークホルダー全体の価値を最大化していくことが重要であるという視点です。これも3つの要素に分けてみてみましょう。

「ヒト」は競争力の源泉
「持続可能な社会」を実現するためというビジョンは人の共感を呼びやすく、初期的なメンバー獲得や成長期の採用面でも優位性があるでしょう。つまり、より優秀な人をより低いコストで採用できる可能性があるということです。

加えて、長期的な視点で経営することで、短期的な利益の増減に左右されない企業経営を目指しているため、社員の雇用をより長期的な視点で考えることが駅ます。つまり、リテンションが低い組織を作る可能性が高まります。人材の流動性が高まり、優秀な人材を獲得するコストは大きくなるばかりですので、ますます企業価値における「ヒト」の影響は大きくなるでしょう。

「モノ」は巻き込み広い視点で価値創出
「持続可能な社会」を実現する上でキーワードが社会コストの低減です。そのためには、インフラコストを引き下げていくことが重要になります。単に全てを内製化し単品サービスとして競争力を高めるだけではなく、社会インフラとして持続的・長期的に存続するように「仕組み化」していくことが重要になる。そのために、パートナー戦略や連携などを通じて、インフラ全体として競争力を設計できるかが重要になってくる。そのために、「持続可能な社会」を目指すミッションや長期的な視点を有した企業体であり続けられるかが重要になる。

「カネ」は長期性を重視し資本コストを引き下げる
長期的に競争力を有するような技術、サービス、それを実現する経営戦略、パートナー戦略を有する企業は、より長期的な株主からの出資機会に恵まれるでしょう。投資家の期待値が短期的なPLではなく、長期的な価値創出に向かえば向かうほど、短期的なPLに左右されることなく、長期的な戦略立案が可能になります。また、そのストーリーを評価されることで、長期的な価値(=ターミナルバリュー)を織り込んだバリュエーションがつくことになるでしょう。それが実現できれば資本コストが引き下がり、財務面でも競争力を有することができ、企業価値のさらなる向上の実現できる可能性が高まってきます。

具体的事例で考えてみる

やや抽象的な概念が多くなってきましたので、最後に具体的な事例でおさらいしてみましょう。ここでは、旧来のガソリン・ディーゼルエンジンを前提とした自動車産業 v.s. EV(電気自動車)を考えてみましょう。

短期的な利益創出という視点
トヨタが短期的な利益(=当期純利益)を最大化するためにはどうすれば良いでしょう。おそらく、EVの開発などに投資するのではなく、できる限り既存の自動車の販売台数を伸ばし、スケールメリットで生産・販売を通じたバリューチェーン全体のコストをできる限り引き下げていくことになるでしょう。EVを積極的に推進する理由とそうでない理由を考えてみると:

(積極的に推進する理由)
・EVの方がCO2排出といった環境負荷が小さい
・長期的にEV化が進んだ際には、技術的リーダーポジション、ブランディングを獲得することで、EV時代の市場シェアを高めることができる
(積極的に推進しない方が良い理由)
・EV開発の先行投資によりPLとCFが悪化する
・ガソリン車とEVが需要を食い合い、規模の効率性が低下する
・充電設備などインフラが整っていないため、インフラ整備が整うまでは普及期が来ない
・インフラ整備にはコストがかかる
・インフラを利用するコストが引き下がってこないと、ユーザーのランニングコストが高く、富裕層などに需要が限られてしまう

とこんな感じでしょうか。短期的なリターンを重視する投資家でれば、利益の悪化を嫌うことでしょう。しかし、「持続的な社会」に世の中が向かっていくという長期的なシナリオを評価する投資家であれば、いずれはEVが席巻しEVを受け入れる社会コストが下がるぐらいインフラが整備された暁には、価格競争力が逆転すると考えるでしょう。

「持続的な社会」を目指す視点
ガソリン車:
・生産コストは十分下がっており、研究開発投資は小さい
・一方で、ガソリンによるCO2排出に関連する環境負荷に対するコストが高騰した場合、ユーザーにとってランニングコストが上がる
・ガソリンの値段が高騰するとユーザーにとってランニングコストが上がる
→ つまり、生産コスト+環境コスト+ランニングコストが競争力を失う

EV:
・規模の経済が働くことで(※バッテリー容量増大・出力拡大、生産コスト低減)により生産コストが下がる
・環境負荷に対するコストが小さい
・ガソリンなど希少資源への依存度が小さい。再生可能エネルギーなど環境負荷の小さい発電容量が増えることで、クリーンエネルギーが石油に対しても価格競争力も持つ
→つまり、生産コスト+環境コスト+ランニングコストが競争力を有する

最後に

ここまで読んでいただきありがとうございました。ここで論じたかったのは各議論の正確性ではなく、いかに「持続可能な社会」の実現に向けた経営戦略と投資戦略が企業価値の向上につながるのかというフレームワークを示すことで、単なる偽善やエコ思想だけではなく、「経済合理性を伴った」世の中のモメンタムがまさに起きている現状をより多くの方に理解してもらいたかったからです。

このような説明で「持続可能な社会」の実現可能性に対する納得感が高まること、信じる人が増えること、それ自体が「持続可能な社会」の実現の一歩だと信じて、このような論考を寄稿いたしました。ご一読いただき、ご賛同いただいた方は是非SNS等で共有いただければ幸いです。

追伸)写真は某山をトレッキングした際に撮影したものです。また遠出をし、新緑の空気を味わえる日が訪れることを願っています。

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