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なぜSmartHRは社長交代を決断できたのか

TAKA(@Murakami_Japan)です。先日12月8日にスタートアップ界隈を駆け巡ったニュースがありました。日本を代表するスタートアップであり、ユニコーン企業の1社であるSmartHRの代表(社長)の交代です。2021年6月に約156億円のシリーズDを発表しユニコーン企業の仲間入りをし、11月25日にForbes起業家ランキングで宮田社長が第一位を獲得した、その直後だったからかその衝撃は想像以上に大きなものだったように思います。

特にTwitter等SNSで拡散された宮田社長の退任ブログは相当数の方に読まれたように思います。かなり赤裸々に、かつ自然体で今回の意思決定を広くお伝えされました。それ自体が宮田社長であり、彼が彼らしく生きてきた証のような、そんなブログが多くの共感を呼んだように感じています。

私自身、2018年から経営アドバイアーとしてご一緒し、2019年以降はリード投資家/大株主/ボードオブザバーとして、取締役会の内外様々な場面でご一緒してきた立場から、今回「なぜSmartHRは社長交代を決断できたのか」ということを綴ってみたいと思います。結論を先に言っておくと、そんな簡単なことじゃない、一朝一夕でできるもんじゃない、それ相応の決断できた理由があるということです。

これを綴る意味は、それだけ企業にとって、さらには成長期のスタートアップにとって社長交代のインパクトが巨大であり、最も難しい意思決定だと言われるものだからです。そして、GAFAや日本のメガベンチャーなど、多くのケースで創業社長が長年率いていることが当たり前であり、むしろ生存結果だけ見るとその方が効率的であるとすら思えるからです。

だからこそ、「なぜSmartHRは社長交代を決断できたのか」を共有することこそが重要だと感じてたのです。(※内容はあくまでも私見です)

創業者社長の交代は難しい

社長交代は最も難しい経営判断と言って良いと思います。それだけ経営への影響が大きく、変更することで悪い影響が出る可能性が存分にあるのです。もっと言えば、悪い影響の方がより具体的に見えているからです。

創業社長の変更においては、例えばこういうものです。

・組織の求心力がなくなってしまうのではないか
・創業社長が力を持ち過ぎると2頭竜になり意思決定が分裂するのではないか
・良かったもの(プロダクトやカルチャー等)が壊れてしまうのではないか
・顧客が離れてしまうのではないか
・カリスマがいなくなり採用力が低下してしまうのではないか

上記はどれも当てはまる可能性があるでしょう。完成された会社であったり、小さい会社であればまだ影響度は小さいかもしれませんが、急成長期で規模も大きな会社であれば尚更でしょう。日本では創業社長が変わって成功した事例がまだまだ少ないのです。ソフトバンク、ファーストリテイリング、日本電産にとっても最も大きな経営課題ですよね。もちろんリクルートとかソニーとか遡れば、今残っている会社はありますが順風満帆でない時期を何度か繰り返してきました。また、生存者バイアスがかかっていることも忘れてはいけませんし、ここに至るまで紆余曲折も数多くあったことでしょう。スタートアップでは、諸藤さんが立ち上げたSMS(エスエムエス)が創業社長から変更し、その後も成長を続けた事例として有名です。

議論すること自体が極めて難しい

宮田さんのブログに書いてある通り、春先から議論が始まり、そして独断ではなく株主も交えて議論して決めています。それだけ聞くと、「あぁ時間をかけて、ステークホルダーをうまく巻き込んで議論すればいいんだ!」と安易に勘違いしてしまうかもしれません。いやいや、そんな単純なものじゃないですよ。議論したら意思決定できるなら、もっと日本企業の経営者のサクセッションはうまくいっているはずです。

何度も言います。創業社長の変更は難しい。

そして、多くの場合は何かがうまくいっていないことを「変える」ために実施しようとすることが殆どです。だから、「社長」を変えたからうまくいくはずがない、「社長」を変えるぐらいしないとこの状況は打破できない、という極めて大雑把な議論が起こりがちです。でも、それだけ難しい状況における判断を、そんな対極的な大雑把な議論だけで済ませてしまって、果たして状況が良い方向にいくでしょうか。

ある種の博打になってしまってはいないでしょうか?

では、一体何を議論すれば良いのでしょうか。「何を」を見つけること、それ自体が本当に難しいのです。なぜならば、なぜ変更しなければいけないのか、どうして新しい社長が適任なのか、どうして社長を交代した方が良いのか、そんな問いに答えるためには数多くの問題に一定の方向性を導き出す必要があるのです。

それはまさに、由緒正しき家族の後継が結婚相手を選ぶようなものかもしれません。結婚する前からすべてのことを予見することはできません。そんな難しい意思決定を、取締役会の議論を通じて行なっていく必要があるのです。(※大前提として、取締役会の議論を通じて決めるものです。創業社長の一存で指名し院政を引くような場合を想定していません)

不可欠な取締役会/経営陣の成長

今回、社長交代の意思決定ができた背景は、春先から良い議論ができたことは勿論ですが、注目すべきは「良い議論ができる素地があった」ことが重要だと思っています。

果たして社長交代を、誰かの独断ではなく議論から導き出せる取締役会、そこにいる経営チームを有した企業が日本にどれぐらい存在しているでしょうか。それが難しいからこそ、コーポレート・ガバナンスは進化し、指名委員会設置会社という形式を生み出し、指名委員会に社長など取締役の選解任の議論を委ねるようになったのです。

私がSmartHRの経営に関わるようになったのは、2018年です。もし仮にその時点の取締役会にて今回の議論をさせたとしたら、同じような議論や結果にならなかったように思います。それから3年間の間の取締役会の変化が今回の議論を可能にしたと感じています。

数多くの取締役会の議論に参加してきましたが、SmartHRの取締役会のレベルはこの3年間で急速に上がったと思います。宮田さんが感じる経営者として"Great"から"Good”へ感じ方が変わった要因に、単なる事業成長だけではなく取締役会での議論のレベルの急激な向上があったと私は捉えています。

具体的な話は記載できませんが、「短期的」「過去思考」「事務的」「報告中心」の取締役会から、「長期的」「未来志向」「戦略的」「議論中心」の取締役会に大きく変貌を遂げたように思います。

宮田さんを含めて以前の取締役会のメンバーは決してガバナンスに対する理解が深かったとは言い難い状況でした。当時のレベルであれば、それを超えているスタートアップのが数多く存在していると思います。もしかすると平均以下だったかもしれません。

それから「経営の監督と執行」の違いの意味、今どの立場で発言しているのか、取締役としてどういう視点で議論に参加すべきなのか。議論において留意すべき観点はなんなのか。そういう客観性と主体性のバランスがこの数年で一気にトレーニングされてきたように思います。

今では何も言わなくても、これまでアジェンダに上がってこなかったようなテーマが自然と上がってくるようになりました。まず「何を議論するのか」「なぜ議論が必要なのか」「どういう風に議論を進めるのか」、こういった意図が取締役会の運営から明確に感じ取れるようになりました。

上場後の姿、より大きな企業となった後の姿、社会的に責任が大きく増加した後の姿、それらを見据えながら、将来のガバナンスのあり方「ガバナンス5.0」を見据えて、常にその取締役会やガバナンスにPDCAを取り入れ、その構成要素であるここの経営陣のレベルアップを各取締役メンバーが意識するようになった結果だと思います。

その途中経過として、今年3月に監査等委員会設置会社への移行を発表しました。

そして、その数ヶ月後、元コニカミノルタHD社長の松﨑正年さんを社外取締役として選任することを発表しました。これらの意思決定に向けても長年かけて準備をしてきた結果なのです。

会社の「未来の姿」のイメージの共有

取締役会の議論を通じて、経営陣が3年前は持っていいなかった会社の「未来の姿」のイメージが徐々に固まってきていました。これは前提として極めて大きいのです。今回議論するのは、今後の会社の引っ張っていくトップは誰か、です。だからこそ、その「会社」の「未来」が正しく理解されていない限りは、この議論は決して収束することはありませんし、そして正しい答えが導き出せる可能性は著しく下がってしまうのです。

取締役会の進化により、徐々にSmartHRの強み、課題、未来社会においてどういう貢献をしていくのか、そのためにはどういう会社になっていく必要があるのか、そんなイメージが取締役会の議論を通じて徐々に形成されていっていたのです。

取締役会では様々なことを話します。私は一番大事なのは、その「会社の未来の姿」を見据えていくことだと思っています。当たり前過ぎるのですが、実はこの議論ができている会社が極めて少ないのです。SmartHRもまだ道半ばですが、この数年をかけて、経営陣・取締役会が進化する過程の中で、この解像度が高められていたことが、議論の土台をしっかりとしたものにすることができたのだと思います。

本物の「多様性と持続性」を手に入れるために

そして当然ですが、今回の議論には株主だけではなく独立社外取締役である松﨑正年さんやYahoo出身の弁護士である尾西先生もアクティブに参加しています。

議論の幅は、聖域なく様々なパターンが具体的に議論されました。そして、それぞれの取締役が客観的に議論に参加するだけではなく、「自らが社長になったらどういう会社にしていくか」という主体的な視点も含めて議論に参加してきました。これは簡単なようでどの会社にもできることではありません。

少し話がずれて聞こえるかもしれませんが、SmartHRは人事を扱う企業として、スタートアップの代表的企業としての、D&Iに積極的に取り組んでいこうとしています。D&Iを可能にするためには、取締役会が本物の多様性ある議論をできるカルチャーを作り出すことが不可欠だと思います。そのためには、立場の異なる取締役が独自の価値観と知見から、個別に今回のテーマを考え、何が最適なのかを考え尽くす姿勢が不可欠に思います。

そのために最も影響力の大きな宮田さんがそういうスタンスで議論することが不可欠なわけですが、周りの取締役の皆様が同様に、いやそれ以上に客観的かつ主体的に議論に参加したことで、宮田さんへ客観的かつ主隊的な議論をより促す結果につながったのです。

個別の議論は生憎紹介できませんが、そういう議論を重ねた結果が今回の意思決定なのです。多様な視点から一つの大事なテーマを議論していく姿勢。この議論が取締役会でできたことは、経営陣の成熟と取締役会の進化を表しているとともに、これから多様性を進化させ、持続的に成長していくためのガバナンスカルチャーのスタート地点にもなったように感じています。

SmartHRがさらに羽ばたいていく可能性

だからこそ、SmartHRはさらに成長する可能性が高まったと思います。実際、宮田さんが経営し続けた場合と、芹澤さん体制に変わった場合を比較することはできません。そんな議論をしてももう意味はありません。

ただ、間違いなく言えるのは、この議論を通じて、取締役会および経営陣がさらに進化したということです。これは今後の成長に間違いなく武器になってきます。今後、同様に難しい判断を迫られることがあるでしょう。その場合も、今回のように議論をできる可能性が高いと思います。そして、このガバナンスは今はまだガバナンス2.0のフェーズです。これから3.0、4.0と進化を重ねる中で、さらに磨きがかかってくると思います。

もう一つ、間違いなく力になることがあります。それは今回の議論を通じて、各経営陣の「納得性」が極大化されたことです。それぞれが納得しているからこそ、仮に誰が新社長になっても、それが外部から招聘されていたとしても、この議論の末に決まった新社長を最大限バックアップし、各経営陣がそれに向けてやるべきことをやるぞ!というそういう覚悟というか、一致団結感が醸成されたように感じています。

そして、その覚悟は新社長である芹澤さんにも伝わっており、いや、寧ろ芹澤さんの新社長としてのスタンス、ビジョン、覚悟が各経営陣に伝播し、それを支えようという力が生まれたように感じています。

この決断をしたSmartHR、およびその経営陣を皆様是非応援ください。私もいち株主として、取締役オブザーバーとしてこれまで以上に引き締めて臨んでいきたいと思います。

長文ありがとうございました。その他、スタートアップの経営に関わる、ファイナンスや、ESG/SGDs、コーポレート・ガバナンスやSmartHR関連のnoteもいくつかありますので、是非ご覧ください。

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