企業価値を向上させるダイバーシティ経営とは
はじめまして、TAKA(@Murakami_Japan)です。今日はダイバーシティについて少し書いてみたいと思います。
昨今、日本でもようやくダイバーシティの重要性について盛んに議論がされるようになりました。私の前職ゴールドマン・サックス(以下「GS」)はご存知ない方もいるかもしれませんが、人材の重要性を強く認識した上で人材投資を積極的に行っている会社です。金融危機以前から給与水準ばかりが日本のメディアでは取り上げられていますが、それはあくまでも人材投資の一面に過ぎません。
私は前職に15年近く在籍し、退職後も色々とお付き合いを継続させていただいていますが、GSの人材投資におけるコアパートの一つはカルチャー投資、そしてダイバーシティ投資だと思っています。目下、私は上場・未上場の急成長期のスタートアップの経営にも関わっていますが、このダイバーシティを経営にどう取り込んでいくのか、どう活かしていくのかは、スタートアップの経営シーンにも顔を出し始めています。
そこでよくある発言が「ダイバーシティって総論賛成なんだけど、やりすぎると事業の足を引っ張るから、そうならない範囲でやるっていうなら賛成」というものです。これは時代の流れとして賛成をしているが、本当に「経営の力」になるという実感がなく、ロジックとしても腹落ちしていないからこそ出る発言だと思っています。最終的には、ダイバーシティの実戦と効果は少しずつ取り組んで組織と個人の中で消化して初めて効果が出るものなので、このnoteだけで説明できるものではないのですが、少しでも議論の一助となることで、日本に「ダイバーシティ経営」が浸透していくこととなれば幸いです。
ダイバーシティとはなにか
具体的にどういう取り組みがD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)として捕らえられているかですが、参考までにGSのWEBサイトを紹介しておきます。七つの項目に分けて解説がされており、各七つの項目それぞれについて具体的な施策も一部紹介されています。イメージを掴んでもらうには良いのではないでしょうか。
日本のように女性の社会進出の課題が大きすぎるため男女の話がダイバーシティの中心に座っていますが、GSのようなグローバル企業ではもちろんそれにとどまりません。実際、ダイバーシティのカテゴリーは無数に存在し、要は「何かの違い」を受け入れる、その「何かの違い」を指すものであればいかなるものもダイバーシティだと言えるのです。
ダイバーシティを自分ごととして捉える
例えば、私のように典型的な大卒(大学院卒)・理系・男性だと一見するとダイバーシティにおけるマイノリティと対象となることは少なく感じるかもしれませんが、一度子供が生まれると子育て家庭となり、親の介護が必要になると介護家庭となり、単身赴任するとまた違う環境に身を置かれるのです。その度とごとに仕事をする上での前提が変わってくるわけですが、その「何かの違い」をどれぐらい人や組織が理解し、尊重した上でお互いの力を最大限発揮できるようにするか、そういう問題と理解してもらえれば、多様性は自分自身問題でもあると理解してもらえるのではないでしょうか。
なぜダイバーシティが浸透しないのか
ではなぜ、ダイバーシティが日本の社会で浸透するのが難しいのでしょうか。色々な要因があるので、この辺りは専門家の方々の意見や解説記事なんかをご覧ください。個人的には2点だけ指摘をしておきたいなと思います。
1点目は、とはいえすでにダイバーシティは一定程度は浸透しているということです。確かに、欧米などダイバーシティ先進国や外資系企業と比較すると、その差は雲泥だという意見はもっともです。ただ、欧米とは国家全体の国民のダイバーシティが日本よりも元々あるために、自然とダイバーシティが進みやすい特徴があるのも考慮しなければいけません。
あと、日本の外資系企業は社歴が短いことも多く、英語が喋れる社員など他にも優先すべき事項もありますし、何十万人を採用するわけではないことからすると、比較的D&Iを意識した組織づくりはしやすかったという背景もあるでしょう。一方、日本の大企業は100年企業と女性の社会進出が当たり前でなかった時代から変化が必要であるため、スタート地点が大きく違うことはあります。
ただ、1点目を考慮してもとても評価できる状況ではないとも思います。2点目の理由になりますが、それはダイバーシティの浸透による成功体験を十分に詰めていない日本企業がまだまだ多いことが関係していると思います。やはり人材登用は経営戦略においても、中核をなすものです。人材登用を間違えれば、事業が傾き、企業価値が毀損するかもしれない。そういうプレッシャーと闘いながら、ダイバーシティの浸透を進めていかなければいけないのも事実です。
だからこそ、ダイバーシティを浸透させたことの成功体験を会社全体で感じられることが何よりも重要だと思うのですが、こればっかりは鶏と卵なので、どうしても時間がかかるのです。ダイバーシティは「長期的な人事戦略」だと認識することも大事になってきます。幹部候補まで育てるには新卒から15-20年という期間が必要ですから、少なくともそれ以上の時間軸で取り組まなければ成果が出ないのは当たり前です。この10年徐々に取り組みが本格化してきているとすると、あと10-15年は結果が出るまで我慢強く取り組む必要があるのです。
ダイバーシティが「経営の力」にならないと感じるのはなぜか
これは業績や企業価値の向上に直接的に影響したという認識を、事業や経営の現場が感じきれていないからだと考えています。この「感じる」ことと実際に「プラスの影響がある」ことは必ずしもイコールではありません。このギャップを埋めない限りはダイバーシティの価値を組織や経営が理解することはないのではないかと考えています。
ダイバーシティが浸透していない組織では、人事評価に対してある特定の価値基準が存在していることが通常です。例えば、実際に詳細なプランを立案して大型の営業をまとめたとか、そういう話です。もしくは組織内外の人脈を駆使して、大きく事業が推進する橋渡しをしたり、そういうことが評価の対象となりやすい組織も存在するでしょう。そこで、異なる強みやバックグラウンドを有した人材が、異なる形で貢献したとして、それが本当に正しく評価されるでしょうか。それが必ずしもそうならないから、ダイバーシティの価値を感じづらいということはないでしょうか。
例えば、ほんのちょっとした工夫のアイデアを出したり、異なる組織内外の人脈を駆使して、いつもとは異なるエッセンスを商品や営業に加えることで、大きな競争優位性を生み出したり、受注という成果に繋がることはないでしょうか。この他の人とと違うやり方で「異なる価値」を提供した場合、ちょっとしたアドバイスや大きな建造物を建てる上での小さなボルトナット程度の評価しかしなければ、この「異なる価値」はいつまで経っても評価されることはありません。
そうして異なる視点から「新たな価値」を生み出す可能性を組織がどんどん失っていくのです。結果が出ていないと感じるから、それがダイバーシティの価値を経営が理解できない理由の一つです。
ダイバーシティを「経営の力」に変えていくために必要なこと
アンコンシャスバイアス(無意識バイアス)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。ダイバーシティがないことで生まれる、無意識のバイアスです。ある経験や価値観に縛られて、異なる価値観を無意識のうちに排除したり、下に見たりするようなバイアスです。
まずこのアンコンシャスバイアスをなくしていくことが必要です。それは個人の価値観という扉を広げて、多くの価値観を受け入れるということですので、そういう「共感」を大事にするようなトレーニングも必要な話です。前職GSでも「共感」をうむトレーニングがありましたが、ダイバーシティの価値を浸透させるために必要と理解して人材投資として行っていたと思います。
もう一つ大事なことは「小さなこと」でも「異なる意見」には大きな価値を見出す、そういう文化作りが不可欠だと思います。先ほど例に出したような、大きな建造物を作っている場合、どうしてもそれを具体的に組み上げている人に評価が集中しがちです。でも最終的にその建造物がより大きな価値を生み出すために、非常にクリティカルなアイデアを出した人がいたとすると、その価値を大きく評価していくことが大事になります。もちろん、その配分は適切に行う必要がありますが、「異なる視点」「新しい価値」に対して経営が目を向けていく、そういう視点がなければ、ダイバーシティが力を発揮したと認知されることはありません。
仮の女性比率が少し高まったからと言っても、いつまで経ってもダイバーシティが価値を生み出しているという実感は湧かないでしょう。
普段からやっている、いつもやっていることも。もちろんこれも大事なのですが、未来に向かって新価値を創出できるかが問われている時代だからこそ、「異なる視点」「新しい価値」に目を向けていく必要があります。その最も中心的な人材投資が「ダイバーシティ投資」なのだと思います。
ダイバーシティは長期的な視点が必要
最後に、再度強調しておきたいことがあります。ダイバーシティを経営の力に変えていくのは極めて長い時間が必要です。それは前述した通り人の成長や人材の入れ替わりには15-20年といった時間がかかるからです。
短期思考のPL脳の経営では、ダイバーシティの実現は極めて難しいものになるでしょう。長期的なファイナンス思考の経営はもとより、人材という非財務の価値に着目し、それを言語化し、定量的にその意味づけを経営の中で議論し、そして組織に浸透させていく。そんな経営力が求められています。
今、グローバルな機関投資家は人的資本経営について理解を示しており、むしろ彼らが積極的に財務諸表に計上されていない企業の本質的な価値を見抜いていこうとしてます。投資家が人的投資に対する価値を理解する素地はすでに整いつつあるのです。
あとは、我々日本人が、そして経営の現場にいる方々だけではなく、全従業員がこのダイバーシティの本質的な価値を理解し、長期的な視点で取り組めるかにかかっています。私は、間違いなく日本はそれができる国だと考えています。このnoteがダイバーシティのさらなる浸透の一助となることを願っています。
最近出版した『サステナブル資本主義 5%の「考える消費」が社会を変える』は、ダイバーシティ経営とも本質的には相性が良いと思います。ぜひ、経営に多様性を取り入れることで、社会全体で持続可能な世界を創っていければと思います。
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