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慮る

コミュニケーションって難しいなって思う。

僕は相手の言葉の裏を汲み取るのが苦手でついつい吐き出された字面のまま捉えてしまう。つい最近まではそのことに対して全く疑問を感じることはなく、寧ろそれが正義だとすら思っていた。

そんな僕は、先日、(コロナ騒動が起きる前ね。)とある友人と飲んでる時に、「慮る」と言う言葉の話題になった。慮るって言うのは、あれこれ思いを巡らし、深く考えること、って意味なんだけど。どうやら僕は、慮りの精神に欠けるらしい。

「もっと慮れる大人になれよ。」と少し呆れたように笑いながら言う友人と別れ、大人になるって難しいよなー、なんて思いながら帰る夜道で、ふと、大学卒業したてのころのことを思い出した。

あの頃の僕は、アルバイト先の上司に年が近い人がいて、気がつけば毎日のように飲みに行く関係になっていた。出会った頃の彼はいつも寂しそうな背中を僕に向け日々の悩みをボソボソと吐き出していた。そんな彼の頼りない悩みを聞く時間が僕はとても愛おしかったし、なんなら僕は彼に淡い恋心を抱いていた。

彼は、悪いことを沢山していたし、仲良くなればなるほどそれを僕に強要して来るようになった。僕は自分がどんどんダメになっていくのを感じながら、それでもやっぱり彼と一緒にいたくてズルズル関係を続けていた。そして、自分の意志の弱さに反吐が出る思いだった。

そんな時、仲が良かった同僚にこんなことを言われた。

「あんた利用されてんねんって、マジであいつとは距離を置いた方がいいよ。」

彼のことが大好きだった僕はその言葉を否定してほしくって、彼に直接、同僚に言われたことを言って、本当は僕のことをどう思っているのかを聞いた。

すると彼は、息を吸うようにナチュラルに

「そうだよ。利用してるよ。素直に言うだけましでしょ。」

と言った。

僕はショックのあまり、勢いで彼に酷い言葉を沢山言った。それは彼を咎める気持ちもあったけど、彼に変わって欲しいと言う思いもあった。けど、別に僕が言うべきことではなかったなぁと今は思う。

その日一日は気まずくなったが、僕たちの関係は変わらず続いたし、彼への恋心もそう簡単には消えてくれなかった、

その日を境に彼はどんどん口が悪くなり、職場の同僚への愚痴も多くなっていった。自慢話しも沢山するようになった。僕はそんな彼にどんどん失望していったし、きっとそんな目で見てしまっていたと思う。

そんなある日、彼の関東への移籍が決まった。あぁ、この関係は終わってしまうんだと、ぼんやりと思った。彼は特に寂しがりもせず、やっぱり彼にとって僕はただの後輩でしか無いんだと、思い知った。

ただ、別れ際にみた彼の目の奥には優しさが透けて見えたような気がした。いや、彼の目の奥にはずっと前から優しさを感じてたんだ。僕がその事実に目を背けてただけだ。

ただ、悔しいくらい彼が好きで、彼女の話しをする彼は腹が立つくらい幸せそうだった。それだけのことだ。

僕は彼を嫌いになって楽になりたかっただけだった。

ここまで書いて、文字にして初めて、彼のこと慮れなかったーとかそう言う問題ではないことに気づいた。冒頭の話しは全く関係なかった。

駅のホームで、「電車来たよ。乗らないの?」と言った彼に、「もう少し一緒に居たい。」と言うことすら出来ない意気地なしな僕は、その後彼に連絡することはなかった。

それから何年か経ったある日、風の噂で彼が結婚したことを知った。

彼が幸せならそれでいい、それだけでいいや。

もう初夏なのに、夜はまだ肌寒い。

見上げた夜空は滲んでるくせに、やっぱり悔しいくらい月が綺麗だった。

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