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読めば読むほどおもしろくなる『珈琲の世界史』(講談社現代新書)の話

上野と浅草の間くらいに面白い本屋さんがあって、たまに行きます。店主こだわりセレクトの本たちが並んでる。学ぶこと、主張することから逃げない感じを尊敬しています。

さて、そこで先日買ったのが『珈琲の世界史』(旦部幸博、講談社現代新書、2017年)。

この本、すごいですよ。目次見ます?

引用しようかと思ったけど「honto」に詳しい目次載ってた! 

ええ、すごいなあ。何がすごいって、実際にこの本の目次ページには「章」レベルまでしか書いてないんですよ。でも、「honto」に載ってる目次には「章」の次の「節」レベルまで書いてある。ここまで書いてくれると内容をかなり予想しやすくなる。

どうやって入力してるんだろう。普通に目視&手入力の可能性も…。知ってる人いないかなぁ。どなたか…業界の人…友達になって…教えてくれませんか…?(と夢みる)

すごい話が逸れてしまった、本の感想に戻ります。

歴史が芳醇すぎて飲み込めない苦しみ

語り掛けるように親しみやすい文章だけど、カンタンなわけではない。

そもそも世界史っていろんな国と重要人物に背景が絡み合って(○○朝が勃興するも○○に打倒され、そこへ△△を狙う○○帝国の××が攻め込んで、□□により反撃されて撤退して、みたいな…)、私はすぐわけがわからなくなるんですが、そんな世界史もコーヒーを手掛かりにすれば一気に親しみやすくなるかって、なるわけがなかった! 歴史の大筋に加えて、例えば

コーヒーの木の種類(主に3種類。味、病気への耐性などが違う)
コーヒーの性質(熱帯の高地でよく育つ、実や豆にカフェイン含有など)
コーヒーをめぐる人の欲望(薬効、ステータス、金、経済、政治)

のようなコーヒーならではの要素が加わってくるわけで、カンタンになるわけがない。むしろややこしい。

でも、その複雑な歴史を、変にわかりやすくしてないのがきっとこの本のいいところ。新書らしい軽さを保てるぎりぎりのところまで濃く、はしょらず、誠実に書いてくれているんだろうなと思う。

「本格的なコーヒー通史をあなたに」と「はじめに」に書いてあるんですが、そのとおりなんだろうな。世の中には、コーヒーをめぐる、わかりやすく面白おかしく脚色された物語もたくさんあるけれど、そうじゃない、混ぜ物のない物語をお伝えしたいと。ありがとうございます。

で、感想を書き始めたのがちょうど1カ月くらい前。書き始めたのだけど、どうにも進まなかったんです。なんか、本当は飲み込めてないのに無理やり面白いと思おうとしている感があって。あー苦しかった。

おいしく味わうためにコーヒー年表を作ってみた

歴史の勉強が苦手な頭をするする抜けていくのをなんとかもっと手応えあるものにするために、年表を作ってみました。

年表Excelを1回こちらにアップしてから、これは書籍の要約を配布する行為にあたるのではとリーガル良心が咎めて削除したのですが、Twitterをおそるおそるのぞいたところなんと、講談社現代新書の編集部からお礼をいただいてしまっていた!ので…恐縮ですが再アップします。どうぞ。↓↓

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まずコーヒーという飲み物が生まれる前の話

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青い表は、1400万年前くらいから7万年前くらいの話。コーヒーノキは人間よりずっと早く誕生してアフリカの山の中に生息していたらしいから(と思われる根拠までちゃんと書いてある)、きっと人間の祖先にとっては生まれたときから身近な植物だったんだろうって。

でも、コーヒーは熱帯の高山地帯で育つ植物だから、人間がアフリカの山から下りて世界中に広がっていっても、コーヒーは広まらず、現地の人のみが知るものであり続けたと。おもしろい。

コーヒーがイスラーム世界を経てヨーロッパへ広まっていった話

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黄色い表は、9世紀~18世紀半ばまでです。最初の見どころは、原産地エチオピアから紅海を挟んだ向こう岸・イエメン(飲み物としてのコーヒー発祥の地)へ、コーヒーがどうもたらされたのか

(以下、すっごいざっくりと要約)

史料はない、しかし周辺の歴史を丁寧に紐解くと、浮かび上がってきたルートが2つ。1つめは、9世紀ごろにコーヒー原産地・エチオピアの内陸部からイエメンへ奴隷として大量に送られた人によってもたらされたルート。2つめは、11世紀~14世紀の間に、エチオピア帝国の勢力拡大のための戦禍を逃れた人々によって、エチオピア内陸部から紅海沿岸部にコーヒー栽培が伝わり、さらにそこから紅海を越えてイエメンへと人々が流入した時に伝わったルート。

(おわり)

ここ、本ではこんなに「名推理どーん!」みたいに書いてなくて、あくまで、周辺のこれと、これと、これと…から推理してみるとこうなりそうですね、というお話が書いてある。一度読んでも「どういうこと?」と思うけど、何度か読んでパズルがハマった感じを認識すると、すごい、気持ちいい。(6回くらい読んで理解した感じがする)

コーヒーが世界中に広まって今にいたるまで

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緑の表は主に17世紀から現代までの400年ちょっとの歴史です。Excelの行で言うと152行、3つの表の中で一番長いです。

なんで表を3つに分けたかって? いや、それはただ「時」の列で並べ替えたいのに「時」の列の表記の仕方が「○年前」「○世紀」「19XX年代」と3種類あって、全部統一するのが面倒だったからですよ。

ちなみに、この表の一番右の列「ソート用」は、本の章立てに沿った順番です。画像では、「時」列をソート(並べ替え)しているので、章をまたいで起こったできごとも時系列で見ることができます。

「ああ、オランダ東インド会社がジャワ島でコーヒー栽培に成功してた時期に日本にコーヒーが伝来したんだなぁ」とか、「ああ、ナポレオンの大陸封鎖令のせいでヨーロッパでコーヒー不足になって代用コーヒーが生まれた頃、日本では初めてコーヒー飲んだ人が『焦げ臭くて飲めたもんじゃない』って書いたんだな」とか、わかります。たのしい。

市場経済という魔物に翻弄されるコーヒー

このあたりの歴史の個人的見どころは、コーヒーが「市場経済という魔物」に翻弄されていく様子。 コーヒーがヨーロッパに浸透し、植民地でも栽培されるようになって、アメリカでも需要が高まり、もう作れば作っただけ売れる黄金時代を経たあと、無計画な増産がたたり需要と供給が逆転(1896年)、コーヒー価格がどんどん下がっていきます。

そんな厳しい状況に直面し、コーヒー産業を守りたい生産国や、機に乗じて儲けたいアメリカの実業家、さらに冷戦下で中南米の政情を不安定にさせたくないアメリカの政治的思惑などが絡み合って、いろいろな価格安定策が打たれます。

ちゃんと生産できる、輸出できる、利益を得られる、だから生産し続けられるというサイクルは、けっして当たり前ではなく、安定を求める各国の努力があるからなんですね。勉強になる。

コーヒーの日本史に興味津々

さて、日本史。これがまた面白いんです。(なんでここで急に日本史に飛ぶの、と思うんですが、この流れも読み返すと「よく考えた構成なんだな」って思います)

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いろいろ面白いんですが、個人的にすごく満足感があった(笑)のは、巷の「純喫茶」の由来がわかったこと。なんでも、1920年代には「美しい女給」を目当てにする水商売的カフェーが流行り、だんだん社会風紀の乱れとして取り締まられていたと。一方で「そういうんじゃない」普通の喫茶店が増えていき、1930年代後半になると「純喫茶」と呼ばれるようになったらしい。へえ!

また、日本でのコーヒー文化が広まる背景には、1910年代に日本から渡ったブラジル移民を支援したいという日本側の思いと、なんとか新市場開拓をしたいブラジル・サンパウロ州政府の思惑が交差していたというのもすごく興味深かったです。

ついでにもう1つ挙げると、サンパウロ州から無償提供を受けたコーヒー豆を使って営業、全国展開していた「カフェー・パウリスタ」から独立したスタッフが、あの「キーコーヒー」を創業したというのも「へぇぇ!」な話。(街なかでふと、青地に黄色の文字の「KEY COFFEE」看板を出した喫茶店を見たときに、歴史の香りを感じるようになって楽しいです)

ちなみに(これで最後)、このパウリスタから独立した人が創業したカフェがもう一つ「松屋珈琲」。こちら、虎ノ門と神谷町の間にあるらしい。知らなかった! 行動圏内! 行こう!

コーヒーの現代史がこれまた難しくて、おもしろい

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現代史での個人的な見どころは、切っても切り離せない「スターバックス・コーヒー」との関係です。

★アメリカのコーヒー事情に不満を持つ人々からスペシャルティコーヒーが生まれた
1960年代の国際コーヒー協定のもと、コモディティコーヒーのなかでも低品質になっていたブラジル産コーヒーを大量に輸入していたアメリカ。1970年代には、そんなアメリカのコーヒー事情に不満を待つ人々によってスペシャルティコーヒーが生まれてきます。

より上質な豆や焙煎方法を追求する店ができたり、スペシャルティコーヒー(生豆の個性がとっても大事!)という言葉と考え方を生み出して広めたり、品質の評価基準を示したり。さらには輸入業者が団結してスペシャルティコーヒー協会を設立し、生産国に「まとめ買い」を提案したり国際コーヒー協定の輸出制限を緩和させるためのロビー活動をしたりした(ある程度成功!)

★スタバの躍進がスペシャルティコーヒーの認知度を一気に上げた
スペシャルティコーヒーのシェアがじりじりと広まるなか、1986年、かの有名なスターバックスが登場。エスプレッソに蒸気で泡立てたミルクを加えたカフェラテが人気を博します。

スタバはスペシャルティコーヒーの流れのなかでも異例のスタイルの店でしたが、スターバックスによって初めてスペシャルティコーヒーの存在を知った人が多かったので、「新時代の旗手」として多くのメディアに取り上げられたのだそう。この後、スターバックスを手本としたエスプレッソ中心のコーヒー店が次々登場します。スタバの偉大さはそこにあったのかぁ。

サードウェーブ系コーヒーとは…?というもやもやもスッキリするかも

そして、よく言われる「セカンドウェーブ」「サードウェーブ」の説明も、この本を何回か読むと「あぁ…そういうこと…なるほど…」と思えるのではないかと思います。

セカンドウェーブはスタバに代表される自動化された画一的なエスプレッソを提供するコーヒー店の時代。サードウェーブは、スタバに対するアンチテーゼだったということだけは確からしい。でも、定義はあいまい(変化してきている)なうえに、サードウェーブ代表とされるブルーボトルコーヒーも、地理的な事情が大きく影響してブームになったと思われるので、時代を代表しているかっていうと「?」である、ということだと、理解した。

それに加えてこの本が面白いのは、アンチテーゼが生まれるほどの、いわば「ゆるみきった」スタバは、2008年に「全米の店舗を一斉に閉鎖、スタッフ全員にエスプレッソの淹れ方を再教育する」という大胆な改革をして見事品質向上&ブランドイメージ回復に成功した、というエピソードも教えてくれること。いい本だなぁ。

反面教師だったスタバが更生してしまったことで、サードウェーブ系コーヒー店の存在意義が揺らぐ(揺らいでる?)、のかもしれないし、もはや「アンチとかではなく、全然別のもの。どっちもいいよね、好みだよね」という共存の仕方をしていく(している?)のかもしれない。

日本ではまた事情が違うんだろうなぁ、と、思ってふと思い出したのは、最近通りかかった町の喫茶店の看板に、「サードウェーブ系の豆は置いていません」という注意書きが書いてあったこと。アンチ・サードウェーブというのも存在しているのかもしれない。けっこうわけがわからない現象な気がする。コーヒーの歴史は今もなお新しく刻まれ続けているんですね。

さて、そろそろおわり。コーヒーのありがたみを感じ、将来を思いながら

いやー、読めば読むほど、コーヒーのありがたみが増します。著者も言うとおり、今も世界各地でコーヒーは、社会的な変化(景気やブーム)や、病害、さらには地球温暖化など、さまざまなリスクにさらされているわけで、将来も今と同じようにおいしいコーヒーが飲める保証はどこにもない。

今は「サステナビリティ(持続可能性)」が、フェアトレードやエコロジーに続くキーワードになっています。(p.249)

しかし一方で、コーヒーを求める人がいる限り、世界から完全にコーヒーが消えることもないだろうと著者は言います。たしかにね。この長い歴史、コーヒー栽培をがんばってきた歴史を見てきたらそう思う。

ちょうどよい、暗くなりすぎない終わり方だなぁと思いました。とにかくいい新書で、手軽に読めるのに、読めば読むほど味わい深いです。

よければ年表を眺めながら、この本をじっくり楽しんでください。では、今日もいい一日を。ごきげんよう!








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