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70.春になると思い出す先生

毎年、卒業〜入学シーズン。
人生でお世話になった先生が沢山いる中、この時期にはある一人の先生を真っ先に思い出す。

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床の冷たい講堂で行われた入学式。
校長先生や教頭先生、来賓の方やPTA会長の長い話を聞き、学年担当の先生方の紹介があったことを覚えている。後に行われるクラス発表が気になりすぎて、あまり集中できなかったこと。「××ちゃんと同じかな、××君も同じクラスがいいな」、頭の中はそんなことでいっぱいだった。

待ちに待ったクラス発表も一瞬で終わり、新しいクラスの指定された席に座っていると、今後の三年間ずっとお世話になる担任のK先生が登壇し、挨拶を始めた。これが初めてのホームルーム。

「一年一組を担当する、Kです。長い話はさっき十分に聞いたでしょうから、まぁ落ち着いて、一曲聴いてください」

ん?一曲?
K先生は突然、それはそれは大きな声で歌い始めた。

果てしない大空と 広い大地のその中で
いつの日か幸せを 自分の腕で掴むよう
歩き出そう明日の日に 振り返るにはまだ若い
吹き荒ぶ北風に 飛ばされぬよう 飛ばぬよう

松山千春さんの「大空と大地の中で」を一曲まるまる、堂々と歌い上げたのだ。
突然の歌唱に、クラスメイトは「ぽかーん」とか、「は?」という表情をしながら、ただK先生を見つめていた。曲の後半には、既にホームルームを終えた隣のクラスの子たちが廊下から覗き込んで笑っていた。

戸惑いの拍手の中、気持ちよく歌い上げたK先生は一息つき、「僕は松山千春が本当に好きなんで、新しいクラスを持つ時にはこうして歌わせてもらうんです」と笑い、あとは配布プリントの説明や登校初日の諸々を手短に伝えてホームルームを終えた。帰り道、クラスメイトと「やばい先生が担任になってしもたなぁ」と、ちょっと不安になりながら帰った。

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それから私の三年間は前途の通り、すべてK先生が担任なり、進路相談や日常的なコミュニケーションを交わす中で、信頼している先生の一人となった。普段は温厚で優しいK先生は、教室にスズメバチが侵入してきた時、信じられないくらい俊敏に、しかも空のジャム瓶でスズメバチを捕獲してちゃんと外へ逃したことや、たまに怒るとめちゃくちゃ声が大きいこと、伝えたいことが多く他のクラスより必ずホームルームが長引くこと、顧問をしていた野球部をとても大切にしていたこと、生徒思いの熱心な先生だった。

時は流れて、卒業の日。
私たちは生徒数が90人前後と少ない学年だったので、全員が互いを知っている慣れ親しんだ環境だった。友達、部活、勉強、恋も、情けないくらいに悩んで一生懸命な日々を思い出しながら、笑って泣いての卒業式を迎えた。

式典を終え、最後のホームルーム。
K先生は三年間の感謝と、私たちにはなむけの言葉を贈った。そして、入学式の時と同じ「大空と大地の中で」を涙声で熱唱した。この時、クラス全体には手拍子が起き、涙する子や微笑ましくK先生を見つめる子がいて、自分を含めそれぞれの成長を感じた。本当に、とても温かい空間だった。

***

中学校を卒業して14年目。
毎年、この時期になるとK先生のことを思い出す。歳を重ねるにつれて、「大空と大地のその中で」の歌詞に励まされることも増えた。

生きるのがつらいとか 苦しいだとか言う前に
野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ

「私たちが大人になっても踏ん張れるように」と、この曲を贈ってくれたK先生の優しい気持ちに泣きたくなる。記憶のタイムカプセルのようにこの曲を残してくれたK先生、本当にありがとうございました。

おわり

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