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読書ノート 「ル・クレジオ、文学と書物への愛を語る」 ル・クレジオ 鈴木雅生訳

 ル・クレジオは新しい小説を書き始めるたびに、原稿の最初のページに英仏両語でいつも同じ言葉、「My soul(わが魂)」「Ma vie(わが生命)」を記す。自分が書くものを魂や命とみなしているのだ(「序 ル・クレジオとの四十年」許鈞)。

 2011年から2017年にかけてル・クレジオが中国で行った講演を纏めたもの。編者の許鈞(シュジュン)は、南京大学外語学部教授(当時)で、翻訳学の泰斗として知られ、『調書』『砂漠』といったクレジオ作品の中国語訳を手掛けている。十五の講演録が記されているのだが、その講演で触れられる、作家や哲学者のなんと多いこと。「読むこと」を「書くこと」と同じように重要視するクレジオの博学を思い知らされる。それは別冊附録として記された「人名小辞典」を一瞥しても知ることができる。この人名小辞典で遊んでみます。


 アチュべ(ナイジェリアイボ族)、アルゲダス(ペルーの作家、原住民主義『深い河』)、アントナン・アルトー(フランスの詩人・演出家・俳優)、ウー・チョンエン(『西遊記』の作者)、ルイ・テマジェーヌ・ウアト(『逃亡奴隷』レユニオン文学)、ポール・ヴァレリー(フランスの思想家・詩人)、フランソワ・ヴィヨン(フランス中世最大の詩人)、ウェルギリウス(古代ローマの詩人)、ウェルズ(『タイムマシン』『透明人間』『宇宙戦争』)、ヴェルレーヌ(ランボーと放浪)、ヴォルテール(『カンディード』百科全書派)、エイミス(イギリス小説家『ラッキー・ジム』)、エウリピデス(古代ギリシア三大悲劇詩人の一人『バッカスの信女たち』)、エフトゥシェンコ(ロシアの詩人『早すぎる自叙伝』)、エマーソン(アメリカの思想家『自然論』)、大江健三郎(日本で二人目のノーベル文学賞受賞者)、オコナー(アメリカの女性小説家、短編の名手)、オバルディア(フランスの劇作家・シュルレアリスムから出発)、オマル・ハイヤーム(イランの学者、詩人『オマル・ハイヤーム』)。

 ジャック・カゾット(フランス幻想文学の先駆者)、カフカ(『変身』『審判』『城』)、カミュ(『異邦人』『ペスト』)、ガルシア・マルケス(『百年の孤独』『族長の秋』)、ガルシラーソ・デ・ラ・ベガ(ペルーの歴史家、スペイン人征服者とインカ王女の間に生まれ、ペルーで成長した)、ガレアーノ(ウルグアイの小説家『炎の記憶』)、キプリング(ムンバイ生まれのイギリスの小説家『ジャングル・ブック』)、ピエール・ギヨタ(フランスの小説家『五十万人の兵士の墓』)、グージュ(フランスの劇作家・女優、反革命の容疑で処刑)、レーモン・クノー(フランスシュルレアリスト)、グラック(フランスシュルレアリスト)、アントニオ・グラムシ(イタリアの革命家・思想家『獄中ノート』文化ヘゲモニー)、グリッサン(仏マルティニクの詩人・小説家「クレオール化」提唱)、クリスティーヌ・ド・ピザン(イタリア女性詩人)、グロジャン(フランス詩人)、ポール・クローデル(フランス駐日大使、詩人)、ゲーテ(ドイツ詩人『若きウェルテルの悩み』『ファウスト』)、ケベード(スペイン散文家、言葉遊び)、孔子(中国思想家『論語』儒教の始祖)、ゴーディマー南アフリカの女性作家、アフリカ人女性として初のノーベル文学賞受賞)、コルタサル(アルゼンチンの小説家『石蹴り遊び』)、コレット(フランスの女性作家『シュリ』)、ゴロデー(ニューカレドニアの女性詩人)、ソフィー・ド・コンドルセ(フランスの数学者)、ジョセフ・コンラッド(イギリスの小説家『闇の奥』)。

 サアグン(フランシスコ会士『ヌエバ・エスパーニャ事物全史』)、サアディー(中世イランの代表的詩人『薔薇園』)、サッカレー(イギリスの小説家『虚栄の市』)、サバト(アルゼンチンの作家『英雄たちと墓』)、サルトル(フランスの哲学者『存在と無』『嘔吐』)、サロート(フランスの女性小説家、ヌーボーロマンの騎手)、サンゴール(セネガルの政治家、詩人、ネグリチュード運動)、シー・ナイアン(『水滸伝』の作者)、シェークスピア(イギリスの劇作家『ロミオとジュリエット』『ハムレット』『マクベス』英国ルネサンス文学の最高峰)、シェニエ(フランス詩人、フランス革命で逮捕・処刑)、アンドレ・ジッド(フランスの批評家、小説家『贋金つくり』)、クロード・シモン(フランス・ヌーボーロマン)、シャザル(モーリシャスの詩人)、ジャナン(フランスの批評家、小説家)、シャーマン・アレクシー(アメリカの小説家『リザベーション・ブルース』)シュアレス(フランスの批評家)、ジャン・ジュネ(フランスの小説家『泥棒日記』)、シュライビ(モロッコの小説家『単純過去』)、ジェームス・ジョイス(アイルランドの小説家『ユリシーズ』『フィネガンズ・ウェイク』)、ショインカ(ナイジェリアの詩人アフリカ初のノーベル文学賞)、ショーロホフ(ソ連の小説家『静かなるドン』)、ジルベール=ルコンド(フランスの詩人、シュルレアリスト)、スー・シー(北宋の文人)、スウィフト(『ガリヴァー旅行記』)、スタイロン(アメリカの小説家『ナット・ターナーの告白』『ソフィーの選択』)、スタインベック(アメリカの小説家『怒りの葡萄』『二十日鼠と人間』)、スタール夫人(フランスの女性小説家)、スタンダール(フランスの小説家『赤と黒』)、ストリンドベリ(スゥエーデンの劇作家『痴人の告白』)、セガレン(フランスの詩人『碑』)、セゼール(マルティニク島詩人)、セリーヌ(フランスの小説家、反ユダヤ文書)、セルバンテス(スペインの小説家『ドン・キホーテ』)、ソー・ファル(セネガル女性小説家『幽霊』)、荘子(中国古代の思想家、老荘思想)、ソフォクレス(古代ギリシア・三大悲劇詩人の一人『アンティゴネー』『オイディプス王』)、ソーマデーヴァ(インドカシミール詩人)、エミール・ゾラ(フランスの小説家『居酒屋』)、ソロー(アメリカのエッセイスト、思想家『ウォールデンー森の生活』)、孫子(春秋時代の兵法家)。

 ダブレ・ド・マヌヴィレット(フランス水路測量士、東インド会社でインドや中国沿岸の海図を作成)、ダリオ(ニカラグア生まれの詩人)、ダン(イギリスの形而上派詩人)、チャン・ルオシュイ張若虚(中国、初唐の詩人『春江花月夜』)、ツァオ・シュエチン曹雪芹(『紅楼夢』)、エミリー・ディキンソン(アメリカの女性詩人)、ディケンズ(イギリスの小説家『オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』)、デヴィ(モーリシャスの小説家)、デフォー(イギリスの小説家『ロビンソン・クルーソー』)、イジドール・デュカス(ロートレアモン)、デュマ(フランスの小説家『三銃士』『モンテ=クリスト伯』)、杜甫(中国盛唐期、李白と並ぶ唐代の代表的詩人)、マーク・トウェイン(『ハックルベリー・フィン』『トム・ソーヤ』)、ドストエフスキー(『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』)、ドス・パソス(アメリカの小説家『北緯四二度線』)、ドービニェ(フランスの詩人)、トルストイ(『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』)。

 ネサワルコヨトル(古代メキシコテスココ王国支配者、詩人)、ネルヴァル(フランスの小説家、詩人『東方旅行記』)、ノヴァーリス(ドイツ詩人前期ロマン派『青い花』)、シャルル・ノディエ(フランスの小説家『スマラ』『パン屑の妖精』)、ノリス(アメリカの小説家『マクティーグ』『オクトパス』)。

 パー・ジン巴金(中国の小説家、文化大革命時に迫害)、ハイダー(インドの女性小説家、ウルドゥー語で創作)、バイロン卿(イギリスの詩人『マンフレッド』)、ハガード(イギリスの小説家、秘教探検小説『ソロモン王の洞窟』)、莫言(=モー・イエン)、パク・チャヌク(韓国の映画監督『オールド・ボーイ』でカンヌ国際映画祭グランプリ)、オクタビオ・パス(メキシコの詩人『弓と竪琴』)、ジョルジュ・バタイユ(フランスの思想家・作家『眼球譚』『マダム・エドワルダ』『エロティシズム』)、パール・バック(アメリカの女性小説家『大地』)、ハベル(アメリカの女性小説家『田舎での一年』蜂好き)、バルザック(フランスの小説家『人間喜劇』の総題のもと『ゴリオ爺さん』『セラフィタ』)、ロラン・バルト(フランスの批評家『表徴の帝国』『零度のエクリチュール』)、班・婕妤(中国前漢の女官『怨歌行』)、ビー・フェイユイ(中国現代の小説家『玉米』)、ビュトール(フランスの小説家『心変わり』)、フォークナー(アメリカの小説家『響きと怒り』)、ブーガンヴィル(フランスの航海者『世界一周旅行記』)、プラトン(古代ギリシアの哲学者『ソクラテスの弁明』『饗宴』『国家』)、アナトール・フランス(フランスの小説家、批評家『シルベストル・ボナールの罪』)、マルセル・プルースト(フランスの航海者『失われた時を求めて』)、アンドレ・ブルトン(フランスの詩人『シュルレアリスム宣言』『ナジャ』)、ウイリアム・ブレイク(イギリスの詩人『無垢の歌』)、フレイレ(ブラジルの思想家『大邸宅と奴隷小屋』)、プレヴェール(フランスの詩人・シナリオ作家『天井桟敷の人々』)、フロベール(フランスの小説家『ボヴァリー夫人』)、ブロンテ姉妹(イギリスの小説家姉妹『ジェーン・エア【シャーロット】』『嵐が丘【エミリー】』『ワイルドフェル屋敷の人々【アン】』)、ペギー(フランスの詩人『半月手帳』)、ベケット(フランスの劇作家『ゴドーを待ちながら』)、ペトラルカ(イタリアルネサンスの詩人『カンツォニエーレ』)、エドガ・アラン・ポー(アメリカの小説家『モルグ街の殺人』『黒猫』)、ボイエル(ノルウエーの小説家『大いなる飢え』)、ボーヴォワール(フランスの女性小説家『第二の性』)、ボウルズ(アメリカの小説家『シェルタリング・スカイ』)、墨子(中国戦国時代の思想家「兼愛」)、ボードレール(フランスの詩人『惡の華』)、ボーマルシェ(フランスの劇作家『フィガロの結婚』)、ホメロス(古代ギリシアの詩人『イリアス』『オデッセイア』)、ポーラン(フランスの批評家『新フランス評論』)、ボルヘス(アルゼンチンの詩人、小説家『伝奇集』)、マルコ・ポーロ(ヴェネツィア共和国の商人、旅行家『東方見聞録』)。

 マシーセン(アメリカの小説家『神の庭に遊びて』)、マフフーズ(エジプトの小説家一九八八年にノーベル文学賞受賞)、マラパルテ(イタリアの小説家、批評家『壊れたヨーロッパ』)、マラルメ(フランスの詩人『エロディヤード』『半獣神の午後』)、マリー・ド・フランス(中世フランスの女性詩人『すいかずら』)、マルクス・アウレリウス(古代ローマ五賢帝最後の皇帝『自省録』)、マルグリット・ド・ナヴァル(国王フランソワ1世の姉「フランスのミネルヴァ」)、アンドレ・マルロー(フランスの小説家『人間の条件』)、マンデヴィル(イギリスの貴族、旅行家『東方旅行記』)、ミシュレ(フランスの歴史家『フランス史』)、ミショー(フランスの詩人『みじめな奇跡』)、ミストラル(チリの女性詩人『死のソネット』)、メストコショ(ケベックイヌー族の女性詩人、先住民保護の活動家)、メルテロロン(バヌアツの音楽家、小説家『トーガン』)、莫言(中国の作家『赤い高梁』)、トマス・モア(イギリスの思想家『ユートピア』)、孟子(中国戦国時代の思想家「仁政政治」を説く)、モーパッサン(フランスの小説家『女の一生』)、モマディ(アメリカの小説家先住民カイオワ族出身『夜明けの家』)、モンテスキュー(フランスの啓蒙思想家『法の精神』)。

 余華(中国の作家『兄弟』では文化大革命から開放経済までを描く)、ユイスマンス(フランスの小説家『さかしま』)、ユゴー(フランスの詩人・小説家『静観詩集』『レ・ミゼラブル』)、ユルスナール(フランスの女性小説家『ハドリアヌス帝の回想』)、尹東柱(挑戦の詩人『空と風と星と詩』日本留学中に独立運動に関わった容疑で逮捕され、獄中死)。

 老舎(中国の小説家『四世同堂』文化大革命初期、紅衛兵の攻撃に会い自殺)、ラザール(ルーマニア人作家『解放奴隷の土地』)、ラハリマナナ(マダガスカルの作家『屍衣の下の夢』)、ラファイエット夫人(フランスの女性小説家『クレープの奥方』)、ラ・フォンテーヌ(フランスの詩人『寓話詩』)、ラブレー(フランス・ルネサンスの人文主義者『ガルガンチュワとパンタグリュエル』)、ランブリック(フランスの批評家『新フランス誌』編集長)、ランボー(フランスの詩人『地獄の季節』『イリュミナシオン』)、李白(中国盛唐期の詩人、詩仙とも讃えられる)、リウィウス(古代ローマの歴史家『ローマ建国史』)、陸機(中国西晋の文人『文賦』)、魯迅(中国の小説家『阿Q正伝』)、ルイスシンクレア(アメリカの小説家『バビット』『本町通り』)、ピエール・ルイス(フランスの詩人小説家『ビリティスの唄』)、ルクリュ(フランスの地質学者『大地』)、ルソー(フランスの思想家『社会契約論』)、ルーミー(ペルシアの詩人、神秘主義者『精神的マスナヴィー』メヴレヴィー教団創始者)、ルルフォ(メキシコの小説家『ペドロ・パラモ』『燃える平原』)、レオポルド(アメリカの生態学者『野生の歌が聞こえる』)、老師(中国春秋戦国時代の思想家、道家思想の開祖)、ロション(フランスの天文学者、インド航路探索に参加、旅行記を記す)、ロートレアモン(フランスの詩人『マルドロールの歌』『ポエジー』)、フィリップ・ロス(アメリカの小説家『さようならコロンバス』)、ヘンリーロス(アメリカの小説家『それを眠りと呼べ』)、ピエール・ロチ(フランスの軍人、小説家『アフリカ騎兵』『お菊さん』)、ロドリゲス・デ・モンタルボ(『ドン・キホーテ』の原点である『アマディス・デ・カウラ』作者)、ロマン・ロラン(フランスの小説家『ジャン・クリストフ』)、ジャック・ロンドン(アメリカの小説家『狼の子』)。

 オスカー・ワイルド(イギリスの詩人、劇作家『サロメ』)、王維(中国唐代の詩人、南宋画の祖)、ンソンデ(コンゴ出身の小説家『一つの太陽、二つの海、三つの大陸』)。


 フランス主体の人選は、クレジオがフランス人だからであろう。また中国の現代作家について多く言及されているのも、もちろんこの講演が中国の大学で行われていることに由来する。日本人の文化素地との違いを感じることのできる遊びでありました。

 「ル・クレジオの考えでは、人類というのは世界中にいる個々の人間の総和だ。抽象的な人類など存在しない。(途中省略)…独立とは自由と─成長する自由、息をする自由、自己表現する自由と同義だということ。それなくしては、調和の取れた欠けることのない社会はけっして実現しないだろう」世界は具体的な個人の総和なのである。それを忘れてはいけない。


 あとは蛇足の断片たち

  •  書かれたものと自然の関係。文学とは人間という部族組織と世界全体を結びつけるもの

  • 「詩は万人によって作られるべきである。一個人によってではなく」(ロートレアモン)

  •  自分が書くものは、以前読んで気に入った作品の延長、あるいは変奏でしかない

  •  言語というのは、たえざる生成のうちに生きる私たちの存在の一部

  • 「書くことの幸福は、人生になんらかの実質を付与したいという欲求と結びついています。それは、この短すぎる人生を永続させるためではなく、物質性を与えて虚無から救い出すためです」

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