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16. 割れても末に、なんてね‥


懐かしい声の主
 
何を話しているの? よく聴こえない
いや、聴きたくない だけど、にげたくない
期待するものはない もとめるものもない
心は動かなかった 不思議な感覚だった
怖かったわけじゃない やせ我慢でもない
じっとこらえていただけ そう思いたかった
 
けれど
 
不思議な感覚
 
ずっともとめていた『君』なのに
それほどにも どれほどにも
なんにも感じないんだ

ただそこにいる、それだけ
くらいにしか思えなかった

つきあげる感情も衝動も
にじりでる切なさも懐かしさも
なにも
 
目と鼻の先にいる君なのに
神様がいるのなら それは
最後のチャンスとすら 思えるほどなのに
 
なんなら強がりであってほしかった
だけど 即座に整理された気持ちが耳元で
静かに理由をささやいた
 
心の中の君と現実の君はもうすでに
別のものになっている
僕に恋をしている君を僕は好きだった
そして僕に恋していた君を僕は今もまだ好きなんだ と
 
そう、僕は
焦がれていた永遠を手に入れていた
今を捨てる代わりに
 
そうか
 
『心に生き続ける』って
こういうことか
 
人は死んだら忘れ去られる存在
そんなものじゃなく
みんなの心に生き続けている
そう言われることがあるけれど
こういうことなのかもしれない
この世にいない人の思い出は
きれいなものだけが残る
盤面いっぱいの黒の石が
一手で真っ白に裏返るようにたやすく
嫌な思い出もなにもかも
笑い話や眉をひそめて苦笑いするだけの
褐色のエピソードに変わる
 
だけど 生きている人というのは
生々しいくらいの現実としてこの世に作用して
きれいごとや白黒だけじゃ
片付けられない 定まらない
込み入って複雑
身じろぎできないほどびっしり張り巡らされた
グレーにつぶされながら
この場所この時間にとどまることなく
決着をつけることもなく
あしたへ向かって今を力強く歩いていく
そんな存在と思う
 
今の僕が君をどうにもこうにも忘れられないように
誰かの心の中に僕もまた生き続けることができるんだろうな
って
 
こんな思いで それを知りたくはなかったけれど
 
今でも
ろ過され再度結晶化し純度を高めていくだけの記憶だけが
鋭さを増す
動くほどに ちくちく痛む忘れ形見

 


 
『会いたい』
 
きっかけはそれだけ それだけのことば
山の向こう 星空の待つ場所から吹き下ろした
たよりのない風
 
そして
 
僕は今
あの道を辿っている
君を迎えに行くために
あの日から埋まることのなかった僕らの日々を
もう一度進むために
助手席で屈託なく笑っていた君を
現在に置き換えるために
その頬を幾重にも照らし消えていくオレンジの光の中を
もう一度走るために
潰えた記憶を額縁の中から力づくで
引きずりだすために
 
この道のりがどんなに遠くても 僕は行く
黄信号にアクセル踏んで
暗くぽっかり大きな口をあけているあの日々へ
 
 
 
ううん、そう
バカだよね
 
 
 
会いたくなったのは僕
液晶に映る『会いたい』が届いてから
もう何年も経っている
 
まだ 君が僕のこと好きになって
それで
そして未来が開けていくように思えた頃に
届いた文字
だから 便りなんてない
ただの僕の今日の行動のための設定
僕のかき乱された衝動の定位置
 
こうして
君の家まで伸びるこの長い闇に滑り込めば
まだ繋がっていられるような気がした
それだけ
 
そう、覚えてる
この街並みも、左折レーンも、
角っこのラーメン屋の赤提灯も、
いつも渋滞する交差点も
暗闇だけが左右に広がる大きな橋を越えて、
立体交差式の道路をくぐって片側4車線、
並み居るトラックを、国道沿いの眠らないファストフード街を、
真っ暗な林道を抜けて、市境のガソリンスタンドの前、
道路にぽつんと立つ自動販売機を横目にただただ長く伸びる道を
走る
 
寂しげなオレンジのあかりに照らされ
無骨なパルテノン神殿
トンネル
もうすぐだ
そう、このトンネルを、決して長くないトンネルを
二つ抜ければあとは
くねる山道を登り住宅地に繋がる一本道の前
そこで車を歩道に寄せブレーキをかけた
 
エンジンを切る 収束する空気
無音の圧迫を感じるほどの静けさ
大きく息をするのもはばかられる山の深い眠り
 
結局僕は、それ以上進むことはなかった
 
そして
 
その日だけでなく
何かに駆りたてられたように
同じことを何度もした。
デッサンをととのえるように
何度も何度もこの道をなぞった。
でも、あの場所へ踏み込むことはしなかった
 
君を家まで送った午前零時過ぎ
余裕の表情の裏にひっこめてた疲労
仮初めの癒しを求め辿りついた住宅街の外れ
シートを倒したリアガラス越し
銀色に輝く満天の星空
息が白くなるほんの少し前のこと
リアガラス越しにゆらぐ黒のクロスにはりつけられた
銀食器たちがそのレリーフを鈍くキラキラ 瞬かせる

 



何度この衝動に駆られ身を駆っても
銀色の思い出に踏み込むことはしなかった
 
なぜ?
できなかった?
 
それは
僕が見ていい記憶はそこまで だから
 
ただ あの頃にタイヤが刻んだ傷を
なぞっていたかっただけ
つながっていられる実感を一番
感じることができる空間だったから
それがいたみだとしても
 
なんにも なんにも携えてはいない
未来も希望も
胸にささった造花一本
それでよかった。
だからこれ以上は進まない
標もない
 
車を停めた
 
 
静まりかえった夜を引き返すとき
コンコンと君はいつも
すこしだけ開いたウィンドウから
『着いたら連絡してね』
笑顔で
でも不安を目の奥にすこしだけ閃かせ
 
僕が家に帰り着くほんの少し前
いつもちょっとだけ早い
『もう着いた?』
信号待ちで確認すればいつもそう
そんな文字がすこし開いたままの窓から
キャビンの僕に舞い込む
サイドブレーキを引いて返事 すれば
すぐ電話してくる君
その寝る前の五分がたまらなく‥いとしくて
電話のない時でさえ
しあわせそうに寝息をたて
今日を閉じた君の寝顔を思った
 
 
ハンドルに預けていた上体を起こした
ただ
泣きたいと思った
 
無理矢理、頬に弧を描き伝う
涙のイメージを
そうしないと僕はたぶん 泣けないから
コドモのころから泣く自分が
かっこ悪くてキライだった
泣いて
人の同情をかってしまうかもしれない自分が
嫌だった
 
頑張ったら‥やっと 泣けた
そしたら
止められなかった

 


 
君が
一緒に見た映画を見て僕になぞらえた言葉
思い出していた
 
あの主人公が僕だったら、きっと追いかけちゃうね、って
 
そういう僕を そのときにはもう 知っていたんだよね
あきらめない男 もしくは 何よりも、何をおいても
自分の思いを優先する男なんだと
 
それは
 
相手の目からしか自分を見ることのできない男
それとも相手の未来を考えることをしない男
その真意にはもう手が届かない
二人は楽しかった束の間の日々を胸に
過ぎ去る十一月の終わり
背を向け 別々の道を選んだ
今思えば、まるで僕らの行く末を暗示するように
 
いつか、失くす恋を伝えたいと思っていた
この恋は、その先に広がる穏やかな日常への
通過点でしかないことを伝えたかった
飾りつけたり見せびらかしたり
ひっそりしまいこむだけの宝物になんてしたくなかった
絶えず変化し続ける流動的なかたちがほしかった
くさびに打ちつけられたりせず
自然と引き合っていたかった
すべての瞬間を二人の呼吸で織りなし
ダイヤですら傷一つつけられない堅牢さではなく
水のようなやわらかさをもった無垢にまみれた
僕らでいたかった
この思いつかまえてみて、そんな
悪戯な君の目が好きだった
 
儚い夢のあとにはすり減り使い切られた体が
力なく横たわっていた
何一つとどまらないままだからこそ
やり直しのきかないものだからこそ
いつのどの瞬間も『生きている』っていう実感があった
 
僕は生きていたんだ
 
経過の清算から逃れたかけらを集めても
どうしても『なにか』は足らない、だけど
なにかが足らないままでいいから黙って歩けと
僕の声を借りた誰かがせっつく
 
 
あれから僕は一度だけ寝て見る夢を見た
何もかもが変わらないまま君と
楽しく過ごす夢を
目が覚めたとき なんだか
幸せで胸があたたかかった
でも目がさえていくほどに
すみやかに失われていく夢の世界の記憶
胸にある無数の穴から
だいじだったと思うものたちが
それがなんだったのか思い出す前に
とめどなくこぼれおちた
焦るほどに 僕の両手は
無力だった
 
過去はみんな消えていく
流れる光が僕を映し、君を映し
そのままふたりの足元をさっと照らし過ぎ去る
雲に急かされ閉ざされていく天使のはしご
 
もしも光の速度を超えられたなら
『僕ら』というものが存在した『あのとき』にも
戻れるのだろうか
 
手元には
何枚かの写真だけ 『あのとき』という光を
湛えたまま
 

 



まださがしてる
まだまよってる

あてどなく

現実の君に惹起されることはなにひとつない
それなのに

焼きついたものがいつまでも姿をとどめる

一つの区切りがつくということは
つぎのステージが隣り合わせってこと

電線に絡まったビニールみたいに
こころはここにしばられたまま
風にあおられて身じろぎすることしか
できないでいる

だけど
 


 
本当は知ってた ひとつ前の君の恋の結末
でも言えなかった 君を傷つけると思ったから
そして
ずるさの境界を決められないと
そこに臆病も足されることになると知った
 
 
いろんな過去を追憶した
いろんなゴメンを集めてみた
いろんな君との未来を空想の先に描いた
そして、いろんなありがとうが
‥いや
僕にその資格がない
不愉快を露わにするために
わざと傷つける言葉を選んだあの日の延長線上に
まだ今もとどまっている僕には
 
君がきっと行きたいって思う場所 見つけたよ
でも
僕はもう 彼女の人生に干渉することのない
存在になってしまった
やり場のない苛立ちと怒り、それと‥
 
これがきっと本当の
悲しみ
‥だろう?
 
黒を基調としたドロドロした汚らしさが混ざり散らす
大きなうねりが胸を支配する
どうしようもないほどにどうしていいかわからないこんな気持ち
初めてだ
 


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