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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(148)


前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(147)






 スタジアムに向かうときには雲に遮られていた太陽も、晴明たちが着ぐるみを着て外に出る頃には、隠れることなくその姿を現し、開場を待つファン・サポーターに暖かい日差しを浴びせていた。一一月下旬なのに、最高気温は二〇度近かったから、コートやカーディガンを脱いで軽装でいる人もちらほらと見られる。

 いつもとおおよそ同じ長さの入場待機列を横目に、晴明たちはグリーティングスペースへと歩いていく。ライリスたちを見て、多くの人は顔をほころばせていたけれど、それでもどことなく空気が引き締まっているのを、晴明は感じていた。

 それでも、グリーティングスペースに集まるファンやサポーターは、ライリスたちの到着を大いに喜んでくれていた。三〇人ほどの来場者、特にハニファンド千葉の赤いユニフォームを着た人たちの顔は、晴明もすっかり覚えているから、わざとらしさを感じない表情に、早くも安堵する。両者を妨げるものは何もない。

 晴明は一年間の感謝の気持ちも込めて、今までよりも気持ち大きく手を振った。色めき立つファンやサポーターの一人一人が、晴明にとってはかけがえのない存在だった。

 ギッフェンも交えて四人で集合写真を撮った後は、お待ちかねのグリーティングの時間である。

 握手をしたり、一緒に写真を撮ったり、贈り物をもらったり、声は出せないけれど会話をしたり。

 なんてことのないようなやり取りを、晴明は明るく丁寧に行った。心なしか自分たちに接してくるファンやサポーターには、いつもより熱がこもっている気がする。まるで悔いを残さんとするようだ。

 それもそのはず。一部リーグ昇格プレーオフは年間順位三位から六位のチームで争われる。トーナメント形式で、上位チームのホームスタジアムで開催されるのがレギュレーションだ。

 現在ハニファンド千葉は、準決勝をホームで開催できる四位につけている。だけれど、今日の結果次第ではアウェイゲームを余儀なくされる五位や六位に順位を落とす可能性もある。

 つまり今シーズン、ライリスたちとフカスタで会えるのは今日が最後かもしれないのだ。熱が入るのも当然だろう。当てられるように、晴明の動きも大きく溌剌としたものになる。まだ出番はあるけれど、今この瞬間に全力を投じる。流れる汗が勲章だ。

 一〇分ほど経った頃には、ほとんどのファンやサポーターがグリーティングを終えていた。岐阜のユニフォームを着たサポーターから、岐阜銘菓の鮎菓子を貰い、渡されたギッフェンのぬいぐるみを抱える。もちろん元気に振る舞ったが、こういった交流もまたしばらくはないのだなと考えると、晴明は少し感傷的な気分にもなった。

 莉菜や由香里がグリーティングスペースに来なかったことも、拍車をかける。莉菜の体調がまだ完全に回復していないのは分かっていたが、それでも寂しさが晴明の胸には立ちこめた。

 しかし、そんな晴明を救うかのように、泊が試合開始三時間前からフカスタに来てくれていて、晴明の心は持ちあげられる。受験の準備は大丈夫なのかとも思ったが、泊の笑顔を見ていると自然と心が癒やされていった。

 自分の前に並ぶファンやサポーターがいなくなったのを確認してから、晴明は少し離れた場所に立つギッフェンのもとへと歩いていく。

 一足先に手持ち無沙汰になっていたギッフェンは、映画で見るようなポーズを披露していて、目の前の来場者を喜ばせていた。晴明がギッフェンの近くにまで来たことを、アテンドの米倉が知らせる。

 向き合う二人。晴明はひとまず右手を差し出した。軽い小芝居を挟みつつも、村阪も右手を伸ばしてくる。握手をした二人に、ここがシャッターチャンスだと言わんばかりに、いくつものスマートフォンが向けられる。

 EC岐阜もギッフェンも対戦相手であって、敵ではない。目を合わせると、ギッフェンの瞳の奥の、村阪の凛々しい表情が晴明には想像できるようだった。

 手を離した二人は、身振り手振りで会話をする。晴明が考えた動きにも、ギッフェンは的確な動作を返してくれて、ダンス経験のある村阪の動きの豊富さを晴明は知った。

 ファン・サポーターに向けても腕を大きく動かして、何かを尋ねている。でも、それは一方的ではなくて、相手の反応を自然な形で引き出していたから、空気が微妙になるとか、間が持たないということはなかった。

 晴明たちがジェスチャーでコミュニケーションを図っていると、ピオニンやカァイブも近づいてきた。横一列になって腕を組む四人に、眩いばかりのシャッター音が送られる。

 ファンやサポーターの方を向いていては、晴明にはギッフェンの顔は見えない。

 それでも、ギッフェンのなかで村阪も、手ごたえを感じている表情をしているのだろうと思った。



「えっ、村阪さんって本職はダンサーなんですか?」

 驚いたように言う成に、村阪は口を柔らかく結んで答えてみせる。

 入場者への応対も終えて、晴明たちは第二会議室に戻ってきていた。村阪は着ぐるみを脱いで軽く汗を拭くと、すぐに米倉と雑談を始めていた。もちろんまだまだ出番はあるし、疲労困憊ではないのは晴明たちも同じだったが、一切息が切れていない村阪を見ると、スタミナの違いを思い知らされる。

 でも、それも普段から身体を動かす職業についているなら納得だ。

「うん、普段は名古屋の方で活動してるんだけどね。縁あって、週末にはギッフェンに入らせてもらってるんだ。まあもともと岐阜は地元ってこともあるんだけどね」

「でも、EC岐阜のツイッターやインスタを見ると、ギッフェンは平日もわりと活動してますよね。それも村阪さんが入ってるんですか?」

「ああ、それはね、俺のクローンが入ってんだよ。村阪二号って名前なんだけど、けっこうオリジナルの俺に忠実な動きしてくれるから、助かってんだ」

 村阪が嘘をついているのは、晴明にも瞬時に分かった。絵空事にもほどがある。

 それでも、反射的には笑えなかった。まだ疲れが身体から抜けきってはいなかった。

「ちょっと、村阪さん。相手が反応に困るような嘘はやめてもらいます? 部員さんたち、呆気にとられてるじゃないですか」

 晴明たちが反応に困っていると、米倉がすかさず村阪をたしなめる。咎めてくれる米倉がいるのは、晴明たちにとっては助かる。

「なんてね、冗談だよ。平日にはクラブの職員さんが入ってるんだ。まあダンスの経験がないから、俺と同じように踊ることはできないんだけどね。あっ、これ内緒にしといてね。他の人に知られると色々と厄介なことになるから」

 着ぐるみに誰が入っているかは、一つのブラックボックスだ。口外しては興が削がれてしまう。

 だから、晴明たちは頷いていた。一つの着ぐるみに複数人が入れ代わり立ち代わり入ることは、何ら珍しいことではない。晴明の前にだって、ライリスに入っていたスーツアクターがいたのだ。

「あの、村阪さんって岐阜のホームゲームごとにギッフェンに入って、毎回違ったダンスを披露されてるんですよね」

「うん、動画あるけど見る? ドローンで撮ったやつ」

「本当ですか?」と聞く渡は、徐々に村阪の性格が分かってきたらしい。村阪は何も言わず微笑んでいたが、案の定米倉に「いや、スタジアムじゃドローン飛ばせませんよね?」と訂正されている。

「だね」とニヤニヤしながら返事をする村阪は、やはり笑いやツッコミをほしがっているようだった。

「ダンスの方はSNSで拝見させてもらってます。とても躍動感があって、見ていて楽しくなります」

「うん、ありがと。まあ着ぐるみを着て踊るのは、君たちが思ってる以上に大変だけどね」

「あの、それで村阪さんはホームゲームや、今日みたいな遠征の時にしかギッフェンに入らないんですよね。こんなこと聞いていいのか分かんないんですけど、今日が終わったらどうするんですか?」

「どうするって?」

「いえ、シーズンオフでもマスコットの出番はありますけど、そこに村阪さんが入るのかどうか、ちょっと気になってしまって」

「うーん、どうだろ。ありがたいことに来年もギッフェンの中に入ってほしいとは、クラブからは言われてるけどねぇ……」

 村阪が瞳を動かして、米倉にアイコンタクトを送る。米倉も頷いていた。

「ウチはもうプレーオフ進出の可能性はないから、今日でシーズンは終了だし、ファン感もシーズン中にやっちゃってるからねぇ。まあこれからの話し合い次第だけど、たぶん来シーズンが始まるまではお休みってことになんじゃないのかな。踊らないなら、別に俺じゃなくてもいいわけだし。このまま冬眠かな」

「君たちはどうなの?」と逆に訊かれて、晴明はすぐに答えられなかった。シーズン後の話なんて、まだ筒井からは全く出ていない。昇格プレーオフに進出する可能性があるから、クラブとしても忙しい時期なのだろう。

「まだ分からないです。プレーオフにも登場するのかとか、シーズン後の活動はどうするかとか、まだ話し合えてすらいないですから」

「そっか。まあ、千葉はプレーオフの準備とか忙しいもんね。ファン感はもう終わったんだっけ?」

「いえ、シーズン後に行われる予定です。それも今日と、それからプレーオフ次第ですけど」

 ファン感とはファン感謝祭の略だ。日頃の応援に感謝して、選手たちとファンやサポーターが直接触れ合うイベントである。

 当日はライリスたちも参加予定だが、日程は成の言う通り、まだ正式には決まっていない。今の段階では、来週末開催予定だが、十中八九延期になるだろう。

「まあ君たちなら大丈夫なんじゃない? さっきのグリーティングも元気よく行えてたし、きっと来シーズンもお願いしますって言われると思うよ」

「本当ですか?」

「うん。よその人間が言うことだから、一〇〇パーセントの保証はできないけどね。絶対大丈夫! なんじゃないかな。たぶん」

「いや、どっちなんですか」と米倉が即座にツッコミを入れると、第二会議室には和やかな空気が広がった。観客も大分入り始めて、スタジアムが賑やかになってきたことも相まって、晴明は軽くリラックスできていた。

 今までで一番多くの人たちの前に立つ。もちろん緊張もあったが、その緊張も少しずつ楽しめるようになっていた。



 ピッチサイドに登場したときに晴明が感じたのは、キックオフを今か今かと待ちわびるファンやサポーターの期待の眼差しだった。入場時の出迎えのときに見た待機列の長さから、来場者の多さは分かっていたが、荷物が置かれている席も含めると、現時点では間違いなく今シーズン一番の客入りだ。

 スタジアムには試合前から熱気が渦を巻き、ゴール裏に掲出された「この一戦に全てを懸けろ 必ず昇格を掴み取れ」という手書きの横断幕が、決戦の空気をにわかに煽っている。立っているだけで、いい意味での痺れを晴明は覚えてしまう。

 チームが勝てるように、自分たちがよりスタジアムを盛り上げたいと心から思った。

「皆さん! 本日はフカツ電器スタジアムにお越しいただきありがとうございます! ここからは試合前コーナー、ハニファンドTVのお時間です!」

 野々村がマイクがなくても聞こえるぐらい、声を張り上げる。晴明たちも協力して、全ての客席に向けて手を振った。恥ずかしそうに、でも多くのファンやサポーターが手を振り返してくれる。

 晴明はそのなかに莉菜と由香里の姿を見つけた。出迎えはできなかったけれど、ちゃんとスタジアムには来てくれたようでほっとする。

「さて、前節の試合を振り返ってみたわけだけどどうかな、ライリス? 惜しくもスコアレスドローという結果に終わったわけだけど」

 そう振られて、晴明はメインスタンドを垣間見た。今日こそは、という空気が充満していて、晴明を勇気づける。

 前節のハニファンド千葉はチャンスも多く作っていたし、シュートも相手の栃木の三倍放った。決して悲観するような内容ではない。

 晴明はゆっくり胸を二回叩いて、サムズアップを掲げてみせる。ファンやサポーター、そしてスタジアム内でウォーミングアップをしている選手たちにエールを贈るつもりで。

「内容は悪くはなかったから、今日こそ勝てる! そう言いたいわけだね?」と野々村はうまく晴明の意図を汲んで、スタジアム全体に発破をかけてくれる。たとえそれが打ち合わせ通りのものだとしても、わずかな視界に見えるファンやサポーターの精悍な顔つきが、晴明には心強かった。

「さて、今日は特別ゲストに来てもらっています! EC岐阜のマスコットキャラクターのギッフェンです! どうぞー!」

 ピオニンやカァイブにも話を振って、それぞれの動きを引き出したところで、野々村がギッフェンの名を呼ぶ。メインスタンドの下で待機していたギッフェンが登場するやいなや、スタジアム全体から拍手が飛んだ。

 特にアウェイゴール裏の岐阜のファンやサポーターは一人残らず拍手をしているように晴明には思えて、ギッフェンがチームに根差した存在であることが窺えた。

 当のギッフェンも軽やかな足取りで、ピッチサイドに飛び出している。その姿にたとえアウェイであっても、サポーターとマスコットが生み出す相乗効果を晴明は感じていた。

「ギッフェン、今日はわざわざ遠いとこから来てくれてありがとう! どうかな? 二年ぶりにやってきたフカスタは!」

 野々村が尋ねると、ギッフェンは大きく腕を回して喜びを表現してみせた。晴明にはギッフェンの横顔が、楽しくて仕方がないと言っているように見える。固定された表情でも、ポジティブな空気が発せられていて、きっとそれには村阪のパーソナリティーも寄与しているのだろう。簡単に真似できることではない。

「うん、私たちもギッフェンに会えて嬉しいよ! 今日はお互い全力を尽くしていい試合にしようね!」

 大きく頷くギッフェンにスタジアムも同調して、清々しい空気が辺りを包んだ。こういう試合前の健やかで、和やかで、どこか緊張感のある雰囲気を晴明は好きだなと思う。

「どう? ライリスも久しぶりにギッフェンに会えて嬉しいんじゃない? 二人、仲良かったもんね」

 ギッフェンは六年前に誕生して以来、毎年欠かさずフカスタに来ていたらしい。去年はカテゴリーが違ったから会うことはなかったけれど、友好的な関係は今も続いている。

 晴明はそう示すために、前へと歩み出た。ギッフェンも同じように歩み出る。隣同士になった二人は、まず手を繋いで前後に揺らした。再会を喜んでいることを観客にアピールし、写真撮影の時間を設けてから、今度は真正面に向き直る。

 二三動作で会話を交わすと、二人は頷いて肩を組んだ。ギッフェンは性別が設定されていないから、男同士の友情とは少し違う。

 だけれど、すぐ隣でギッフェンの気配を感じていると、なおのこと晴明は言葉は必要ないと感じた。

「やっぱり仲良しは健在だね! ギッフェン、改めて今日はよろしくね!」

 ライリスとの肩組みを解いたギッフェンは、メインスタンドに向かってお辞儀をしてみせた。再び温かい拍手が贈られ、晴明でさえも胸が感慨で満たされていく。

 ギッフェンはピオニンやカァイブともハイタッチをして、スタンドの下に戻っていった。メインスタンドのファンやサポーターからはその姿は見えていない。だけれど、ギッフェンに見守られ、晴明は大きな安心感を得ていた。

「ハニファンド千葉のファン・サポーターの皆さん! それでは、今日もいきましょう! ハーニファンド!!」

 野々村に続いて、スタンドからハニファンドコールが飛ぶ。太鼓が響くゴール裏を中心に、メインスタンドやバックスタンドのファンやサポーターも手を叩いて、掲げている。

 もしかしたら今年最後かもしれないハニファンドコールは、今までよりも壮大で力強かった。これが多人数の力なのだろう。

 晴明も手を掲げて観客を煽りながら、屋根に反響してこだまするハニファンドコールに浸った。必ず勝てるという確信が湧いた。

「それでは、これにて試合前コーナー、ハニファンドTVを終わります! 皆さん! 今日もハニファンド千葉への熱い熱い応援、よろしくお願いします!」

 野々村がそう締めると、今一度スタンドから拍手が飛ぶ。そのなかで晴明たちは筒井たちアテンドやギッフェンと合流して、スタジアム一周を始めた。

 わざわざ前にまで出てきて、自分たちに手を振ったり、写真を撮ってくれるファンやサポーターたちに、晴明たちも精一杯元気な動作で応える。莉菜や由香里もスマートフォンを掲げてくれていて、晴明の心は綻んだ。

 ギッフェンともう一度手を繋ぐ。前向きなファンやサポーターの表情が晴明にはつぶさに見えて、これからの熱戦を予期しているみたいだった。


(続く)


次回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(149)


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