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スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(190)


前回:スポットライトが見えずとも~上総台高校アクター部がいる!~(189)





 グリーティングスペースには、五〇人ほどのファンやサポーターが集まっていた。フカスタでハニファンド千葉のホームなのに、赤いユニフォームと青いユニフォームがちょうど半々くらいに晴明には見える。赤とオレンジがグラデーションになった、二〇二一年の新ユニフォームをさっそく着用している人も多い。

 ハニファンド千葉のファンやサポーターは去年から見知っている人が大半で、晴明は今日も、今年も来てくれたんだと深く安堵した。

 莉菜と由香里の姿も見える。二人とも待ちに待ったという顔をしていて、晴明は必要とされていることに、早くも胸が満たされる心地がした。

 場外グリーティングは、まずはライリスたち四人の記念撮影から始まった。ライリスの隣にエイジャくんが並び、その両脇をピオニンとカァイブが固める。

 ライリスとエイジャくんは身長も目の高さもほとんど同じなので、樺沢も自分と一緒の景色を見ているかと思うと、晴明にはなんだかこそばゆい感じがする。自分たちの正面に見える人たちが、全員スマートフォンやカメラを構えているのも久しぶりの光景だ。

 ガッツポーズをしたり、すぐ横にいるエイジャくんの背中に手を置いてみたり。ポーズを変えるたびに、シャッター音が聞こえるようで、晴明の心はくすぐられる。

 きっと青いユニフォームを着ている柏サリエンテのファンやサポーターには、エイジャくんを見に来た人もいるのだろう。

 だけれど、ライリスがないがしろにされている感じは少しもなくて、純粋に試合以外のイベントも楽しもうとする懐の深さを、晴明は感じ取っていた。

 記念撮影が終わると、四人は個別のグリーティングに移る。

 四人の前にできた人の列は、ライリスたちの前には赤いユニフォーム、エイジャくんの前には青いユニフォームの人と、まずはわりあいはっきりと分かれた。

 自分が応援しているクラブのマスコットと最初に触れ合いたいという気持ちは晴明にも理解できるし、たとえ自分の前にできた列がエイジャくんよりも短かったとしても、ハニファンド千葉のマスコットはライリス、ピオニン、カァイブと三人いるのだ。ファンやサポーターが分散するのは当然だし、三人の列を合わせれば、長さはエイジャくんにも劣っていない。

 だから、晴明は気を落とさず、最初の一人を迎えることができた。

 まずライリスのもとにやってきたのは、小学生くらいになる子供を連れた夫婦だった。去年から毎試合欠かさず、場外グリーティングに来てくれているから、晴明もすっかり顔を覚えているし、会うたびに身近に感じていく。

 ユキちゃんというその子供は、グリーティングが始まるやいなや真っ先にライリスのもとに向かってきて、二か月間のブランクがなかったかのようだ。

 晴明のすぐ前にユキちゃんがよりかかるようにして立って、両親は何度もスマートフォンのシャッターボタンを押している。遠慮しているのか両親がライリスと写真を撮ったことはまだないが、二人の細められた目を見ると、晴明はそれでもいいと思えた。

「ライリス! 今日もがんばってね!」とユキちゃんが言って、三人は晴明のもとから離れていく。子供用の新ユニフォームを着たユキちゃんの後ろ姿に、晴明は今年もまた何度も会うだろうと直感した。

 それからも次々と晴明の前には、グリーティングを求める人が現れていく。優しく声をかけてくれる老婦人。お菓子を差し入れしてくれた男性二人組。がっちりと手を握ってくれた女の子。去年の昇格プレーオフ決勝以来の人もいて、プレシーズンマッチといえど、スタジアムは特別な場所だと晴明は改めて認識する。

 中学生ほどの男女が去っていった次に晴明の前に来たのは、莉菜と由香里だった。二人ともおそろいの一二番の新ユニフォームを着用していて、晴明は頬が緩む。

 狭い視界でも二人が笑顔であることは見えて、特に莉菜は顔色もよさそうだったから、晴明は必要のない心配をしなくて済んだ。

「ライリス! スタジアムでは去年以来だね!」

 弾むように声をかけてくれた由香里に、晴明も大きめに頷いた。スタジアムの外でも二人は毎回のようにライリスに会いに来てくれるが、スタジアムでのユニフォーム姿を見ると、やはりどこか趣が違う。いるべきところにいるというか、ここはライリスたちだけではなく、莉菜や由香里にとっても文字通りホームなのだと晴明は思う。

 二人と握手をすると、握り返してきた手が優しくも力強くて、今日をどれほど待ち望んでいたのかを晴明は知った。

「どう、ライリス? 今日は勝てると思う?」

 尋ねる莉菜の口調は疑問形ながらも断定的で、すでに自分の中に答えが存在しているようだった。

 だから、晴明も大きくガッツポーズを作る。相手は一部リーグ所属で格上だからといって、初めから負けると考える者は、ハニファンド千葉を応援するなかにはいない。もちろん実際に勝てるかどうかは、試合が始まるまで分からないけれど、息巻くのは自由なはずだ。

 晴明のリアクションを見て、莉菜と由香里は余計に目を輝かせていた。まだキックオフまで二時間以上もあるのに、もう来てよかったと言わんばかりだ。

 晴明も心の中で、何度も首を縦に振る。フカスタに到着したときに抱いていた緊張は、いつの間にか軽くなっていた。

 莉菜や由香里との番が終わった後もグリーティングを続けていると、晴明の前にはぽつぽつと、青いユニフォームを着た柏サリエンテのファンやサポーターが並び始めた。去年のリーグ戦で、アウェイチームのサポーターは誰もがライリスたちに温かく接してくれたけれど、それは柏サリエンテのファンやサポーターも例に漏れなかった。握手をしたり、話しかけたり、エイジャくんのときと少しも変わらない熱量でライリスに向かってきてくれる。

 そもそもキックオフ三時間前からグリーティングに参加してくれている時点で、相当なマスコット好きには違いないのだが、想像以上に積極的な姿勢は、晴明の胸をほんのりと暖める。人気の程度にかかわらず、マスコットなら誰でも分け隔てなく好いてくれるようで、理想的なスタジアム、サッカー観戦の楽しみ方の一つだと思う。

 エイジャくんのぬいぐるみを渡されて、一緒に写真に収まろうと言われたときには、晴明は言語化できない感慨を覚えていた。同じようにハニファンド千葉のファンやサポーターも、エイジャくんと楽しげに触れ合っている。開放的な空気が流れる空間。

 今日、晴明たちが直接ファンやサポーターと触れ合えるのは、あとは入場時の出迎えしかない。だから、少しずつ場外グリーティングの時間が終わりに近づいていることが、晴明にはとても口惜しく感じられた。

 来場者の入場時の出迎えは、晴明にとって他に得難い幸福な時間となった。

 入場開始すぐにスタジアムに足を踏み入れるファンやサポーターは、熱心な分ユニフォームの着用率も高い。それと同様にライリスたちの認知度も高く、多くの人が手を振ったり、写真を撮ったりと何らかの反応を示してくれた。

 シーズンが始まる前に何百人、何千人といった人々が期待を持ってスタジアムに来ていると思うと、晴明は目が潤むようだった。

 入場口には辺りを覆いつくすほどのワクワク感が溢れていて、それは晴明の動きをさらにハキハキと大きなものにさせる。ハイタッチをして、優しくファンやサポーターの手に触れ合うと、フェルト越しでも伝わってくる温かさに、生きている心地がする。

 自分が着ぐるみに入って、多くの人とかかわっている。今まで何度も経験してきた感覚が晴明にとっては新鮮で、かけがえのない奇跡のように思えた。

「樺沢さんのところは、入場列どれくらいありました?」

 着ぐるみを脱いでから少しして、落ち着いてきたところで桜子が樺沢に尋ねていた。樺沢が入ったエイジャくんは晴明たちとは別の入場口で、はるばるやってきた柏サリエンテのファンやサポーターの出迎えをしていた。

 筒井からはアウェイゴール裏席のチケットは、かなり売れたと聞いている。それこそ、ハニファンド千葉側と大差がないくらいに。

「ああ、ありがたいことにかなり来てくれたよ。出番が終わるときにも、まだ入場する人がいたくらい。応援もすごく熱の入ったものになるんじゃないかな」

「そっちはどう?」と訊かれて、晴明たちは曖昧に微笑んだ。樺沢に言っても恥ずかしくないくらいには、晴明たちも忙しかった。

「僕たちの方もたくさん人が来てくれました。ずっとひっきりなしに応対してたくらいです。スタッフの人によると、チケットは去年よりも売れているらしいので、きっと客席もかなり埋まって、いい雰囲気の中での試合になると思います」

 言いながら晴明は、多くの座席が埋まったスタジアムの光景を想像した。久しく味わっていなかった両チームの応援歌がスタジアム中に響く光景は、選手だけでなく、見に来たファンやサポーターも鼓舞することだろう。

 そしてそれはライリスも例外でなく、選手に続いてピッチに足を踏み入れた瞬間に、地鳴りのように響く両チームのファンやサポーターの声に、晴明は今から身震いがするようだった。得も言われぬ高揚感が、全身を貫くに違いない。

 晴明にはその瞬間が、既に今か今かと待ちきれなかった。

「場外グリーティングもよかったよな。プレシーズンマッチのキックオフ三時間前にもかかわらず、あれだけ多くの人が集まってくれて。すごく盛り上がってたよな」

 話題を変えた樺沢の声は、明るかった。アウェイとはいえ、今年初めてのスタジアムでのグリーティングに、心から喜んでいることが晴明には分かる。

「そうですね。僕もよく見るファンやサポーターの方たちが来てくれて、嬉しかったです。でも、樺沢さんからすればちょっと物足りなかったんじゃないですか?」

「物足りなかったって?」

「フラスタだったらファンやサポーターの数ももっと多いですし、場外グリーティングでもより多くの人と触れ合えてると思うんですけど」

 この期に及んでもまだ少し後ろ向きな晴明の言葉にも、樺沢は相好を崩さなかった。そんなことは少しも思っていなかったみたいに、柔和な表情をしている。

「似鳥、そういうのは比べるもんじゃないんだよ。もちろん多くの人と触れ合えた方が俺も嬉しいけど、でも俺はあれだけの人と接することができて、満足してるよ。公式戦でもない試合に、あんなに大勢の人が来てくれるのってなかなかないことだから。似鳥だって嬉しかったんだろ?」

 晴明は頷きたいと思った。だけれど、身体は思うようには動いてくれなかった。頭の中では、期待が高まるスタジアムの雰囲気にそぐわない考えが渦巻いていた。

「でも、今日あれだけ多くの人が来たのは、エイジャくんの力が大きかったんじゃないんですか? 僕たちだけだったら、あんなに人を集められてないと思うんですけど」

「あのさ、似鳥。確かにエイジャくんを見に来た人はいると思う。でも、ここはハニファンド千葉のホームスタジアムなんだ。ライリスたちを見に来た人だって、大勢いたろ。それに柏サリエンテのファンやサポーターとも、お前は触れ合ってたじゃんか。ライリスはお前が思うよりも、ずっと多くの人に認められてるよ」

「そうだよ、ハル。去年から続いてやってきてる人もいたし、それってハルが入ってるライリスが好きってことでしょ。ハルのやってきたことは、ちゃんとその人たちの中に積み上げられてるから。そんなネガティブに考えないで、たまには自分を褒めてもいいんじゃないかな」

 二人の言葉は、晴明のくだらない認識をすり抜けた。事実をありのまま受け入れることは難しいけれど、桜子の言う通り、ネガティブなフィルターを通す必要はないと思えてくる。

 それに自分が悪いように考えてしまったら、ファンやサポーターのライリスを好きだという気持ちが報われないだろう。

 晴明は改めて樺沢の目を見た。打ちこめるものがある人間の、力強い瞳だった。

「そうですよね。ライリスの一番近く、っていうか中にいるのは僕なんですから。僕がライリスのことを信じないで、誰が信じるんだって感じですよね」

「ああ。似鳥は立派だし、ライリスも立派だよ。ていうか全てのマスコットが立派なんだ。そこに優劣なんてない。だから似鳥はこれからも胸を張って、ライリスを演じればいいんじゃないかな。なかなか会えないけど、俺も応援してるから」

 樺沢の暖かい眼差しは、ただそこにあるだけで、晴明の涙腺を優しく刺激する。今の自分の全てを肯定されて、それこそ油断したら晴明には涙がこぼれそうだった。

 でも、まだ今日は途中だ。何も成し遂げていない段階から、泣くわけにはいかない。

 晴明はせりあがってくる感情を何とか抑えて、「ありがとうございます」と礼を言った。樺沢も透き通るような笑顔で答えてくれる。

 まずはこの後の、四人でのピッチ一周。晴明の身体には、燃え上がるようなエネルギーが充填されていた。


(続く)


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